第82話:遊撃隊
こんにちは、暁改めアイラです。
故郷ホーリーウッドで短い休息をとったボクたちは、ホーリーウッド兵6000余とともに第三陣として、グリム盆地に向けて出発した。
今は翌日の昼。
「ユークリッド様、アンゼルス砦が見えて参りました!」
ボクたちへの取次用に配置された軍曹が少し慌て気味に目的地への到着を知らせる。
隊列の中に3つある指揮官用馬車のうち2番手の馬車にボクたちは乗り込んでいて、馬車内にはサリィ、ユーリ、ボク、アイリス、エッラ、ナディア、トリエラ、エイラ、アミが乗り込んでいる。
本当はアイリスやアミはホーリーウッドに残したかったけれど
「アイラがケガしたら私が治すんだから、置いていかないでよ・・・」
と泣きながら叫ぶアイリスや
「私は斥候や隠密としての訓練を受けています、まだ自由な学生の身なので連れていってくださらなければ勝手に付いて行きます。」
と言うアミを置いていくことはできなかった。
「コロネも、アイラちゃんと離れたくないです!ついていきます!!」
なんてすがり付く子もいたがさすがに置いてきた。
アナやソニアも戦争に連れ出したくはなかったので実家に置いてきた。
この9人とザクセンで別れたフローネ先輩とシア先輩だけが、西軍に参加する学生義勇兵だ。
人数は少ないけれど、勇者2人に王族1人勇者に匹敵するメイドに超級と上級ヒーラー残りも例年なら首席を争うレベルのオールラウンダーナディアとエイラ、気配遮断や撹乱魔法を持つアミとこの9人だけでも数千の軍勢を相手取れる構成だ。
ただし、敵兵を斬れるならば・・・。
この300年戦争らしい戦争のなかったサテュロス大陸では職業軍人なんてほとんどいない、つまるところ相手はただのんびり暮らしてきた町人や村人がほとんどだろう。
(条件はこちらも同じ・・・、彼らを斬れるか・・・?)
そう思って馬車の周りの兵達を見る。
彼らはみな昂っているが、それはこの馬車にユーリやサリィが乗っているからだ。
万が一にもボクたちが敗れ骸を晒す様なことになればたちまち崩れるだろう・・・。
ならばボクたちがやるべきことも敵指揮官の迅速な排除、それに尽きる。
アンゼルス砦の敷地に入ると至るところに幕舎が設置されている、砦の収容人数は8000程度なので大半の兵はテント暮らしを強いられている。
そこかしこで木造の簡易宿舎も建てられているが、まだまだ数は足りない様だ。
事前の情報ではグリム盆地の帝国兵は8kmほど先のルルカ湖のほとりに陣取り設営中
ホーリーウッドへの牽制とグリム盆地の実効支配が目的に見えなくもないがフェムスや他の地域への派兵を見るに足並みを揃える為の待機中なのだろう。
司令室に入るとギリアム義父様が書類とにらめっこしていた。
「やあ、皆よくきてくれたね。」
「父上!」
「義父様」
ボクたちの姿を認めるとギリアム義父様は穏やかな笑顔を浮かべて迎えてくれたけれど、その表情には明らかな疲労が浮いて見える
「ギリアム叔父様、御無沙汰いたしております、サーリアです」
サーリアが挨拶するとギリアム義父様は嬉しそうに
「サーリア姫様、またおきれいになられましたな!姫様自らの視察恐れ入ります、兵らも士気が高まりましょう」
それから数分挨拶に費やしてから・・・
「見ての通り書類が多くてね、動けないこちらを尻目に帝国の連中はグリム盆地に村を建設し始めたよ・・・。」
「ギリアム様、それでは条約違反ではないですか!」
サリィが声を荒げていう。
グリム盆地は広大な土地と豊かな水源に恵まれた土地で大穀倉地帯に成りうるが、それ故に過去には国家間での熾烈な奪い合いが行われ、たくさんの血を流してきた。
今から800年程前の取り決めでここは交易路としての利用が決められ、当時の周辺国の調印により非常時の水源利用や採取を除いての占有行為が禁じられ今にいたる。
治安維持に関しては現在は両国の警ら隊が巡回して交易路の安全を確保してきたが・・・。
「今朝方帝国から声明が届いている、帝国は国境沿いのヘルワール火山地帯、フェムス間道、ツェラー渓谷、ルルカ以西のグリム盆地、大森林の領有を宣言し、国境から5km以内の軍や町は直ちに退去せよ、といってきた。刻限は明後日の日ノ出だ。同じ内容を北にも通達しているそうだ」
「むちゃくちゃな要求ですね、通るとは帝国も考えていないでしょうが・・・・あとから現実な要求をしてくるのでしょうか?」
ユーリはその内容に懐疑的
まあそうだよね、国境線を大幅に推し進めるなんて一方的な内容はまず通らない。
なにか目的があるかもしれない。
「そもそもなんで明後日なんでしょうか?、慌てさせるなら明日や今日の日没でいいし、交渉する気があるなら1ヶ月とかでいいはずです」
ボクの言葉に首を捻るギリアム様
「つまり、交渉をする気がないかもしれない・・・と?」
「そう考えれば、この急激な動員と苛烈な要求の意味は・・・」
考え込むサリィ、考えても考えても目的は見えない。
「ボクの、あくまで子どもの勘みたいなものなのですが・・・」
いいよどむボク、軽々しく言っていいものだろうか
「構わない、続けなさい。」
ギリアム義父様が続きを促す
「明後日と指定されれば明日はまだ交渉するので戦争が始まらないと油断しませんか?」
『!!?』
その場にいる人間が皆息を飲んだ。
「まさか・・・さすがにそこまで帝国も腐ってはいまい?」
後々の国交を考えるならば最悪の悪手、自ら定めた刻限を破っての奇襲、それが意味するのは
「イシュタルト王国を殲滅するつもりなら、それもあり得るかなと」
ごくごく薄い可能性だけど
「アイラ、イシュタルトとルクスでは国力はイシュタルトの方が2倍以上あるよ?」
さすがのユーリも今回のボクの意見は聞き入れ難いらしい
「でもね?そもそも正気なら国力にまさる相手にこんな強硬な姿勢ではこないよ、なにか切り札を手に入れたか、あるいは上層部が狂ったかだと思うんだ」
根拠はボクが感じている不安感くらいしかないけれど、確率は0ではない
「仮にそうだとすれば危ういことだが、警戒は緩めない様に厳命しよう。それからユーリたちの配属だが、君たちは軍官学校所属の中でも上位で、下手な卒業生よりも数段上の実力だ。変に配属するよりやりやすいだろうと思って編成を用意している。」
そういってギリアム様は書類を2枚、デスクの上に広げた。
第三遊撃隊と第四遊撃隊の編成書類、内訳は
第三遊撃隊隊長シリル・オーガスト大尉以下、デメテル少尉、フローネ学生准尉、シア学生曹長、エレノア学生曹長、トリエラ学生軍曹、アミ学生伍長
第四遊撃隊隊長マーガレット・カーマイン中尉以下、ユークリッド学生少尉、アイラ学生少尉、ナディア学生軍曹、エイラ学生軍曹、アイリス学生軍曹
「顔見知りの方がいいだろうと思って、組ませてもらった・・・。遊撃隊は危険な任務ではあるが乱戦には巻き込まれ難い、君たちの力を発揮しやすいはずだ。第三は北側、第四は南側に待機して帝国の動きに対応して欲しい。サーリア姫様には本陣での書類仕事と、兵達の鼓舞をお願いしたい。」
「わかりました」
サリィは最前線には出ないとわかっていたのか素直に指令を受けた。
それから、部隊の顔合わせがあった。
顔合わせといっても大体みんな知り合いで、アミがシリル先輩とデメテル先輩を知らないくらいだけれど
「ユーリ様、姫様方、お久しぶりです、アイラ様もアイリス様もまた一段と美しくなられましたね」
前回の里帰り時には演習に出ていて会えなかったシリル先輩は1年半振りだけど外見の変化は少ない
「相変わらず、ユーリ様の周りはかわいい娘が多いね・・・。」
マガレ先輩は相変わらずちいさい子好きの様でボクとアイリスの手をつかんでニギニギしてきた
想い出話に花を咲かせて、もっと話をしたかったけれど今は緊張状態だ。
装備や物資を整えなくてはならない。
ボクとユーリは勇者適性を持っているため空間魔法による異次元収納が使えるので物資を持ち歩くのには困らない。
また第三遊撃隊にもエッラが居るため物資の持ち歩きには困らない、エッラは2年次に上がる際に見事意思力500を突破しており、カリスマ、西風の加護、信念を所持し、準勇者適性の槍王を獲得しているので、空間魔法が使える。
これまでに十分に訓練を重ねて、ユーリは900リットルほど、エッラは550リットルほど、ボクは1200リットルほどの容積を収められるまでに収納術を使いこなせているため、小隊規模の物資の運搬には困らない。
物資を運ぶのに重量を感じないというのはそれだけでずるいのに、この収納に入れている間はどうも時間が経過しない様で、温かいものは温かいまま出てくる、非常に便利だ。
せっかくの保存機能なのにボクは例によってジャーキーも突っ込んでいるが、好物なので仕方がないよね?
さてボクたちは第三、第四というだけあって、第一と第二が別にいて、それぞれボクたちが受け持つ範囲の夜11時から朝10時を担当してくれる様だ。
ボクたちは昼3時から夜11時らしい
間がだいぶ開いているけれど、一番配置人数の多い時間帯なので、遊撃は休ませる時間だそうだ。
異次元収納に物資を積み込み、装備の点検も終えた。
今日は移動で疲れているだろう?ということで、ボクたちは明日からの配置、休んでよくなったけれど
ちょっと寝るにはまだ早い時間だったため、サリィの勧めでアイリスとともにギリアム義父様の部屋へ戻り、仕事中のその肩を揉んだり、お茶を入れてみたりとねぎらってみた。
お茶もマッサージもメイドがやったほうが上手なのだろうけれど、可愛がっている双子にご奉仕を受けたギリアム義父様はソレもう目に見えて元気になった。
それから夕方になり、食事の後隊ごとに分かれて寝室に入り体を休めることにした。
こっちにはユーリ、アチラにはデメテル先輩と、男の子が混ざっているが、部屋は一緒だった。
一応衝立はあるしボクたちは日ごろから一緒に寝ているユーリが相手だからいいけれど、エッラは寝れてるといいけれど・・・。
明日からは、とうとう初の軍務だ・・・・緊張する。
ボクが高ぶっていると、隣のベッドから隊長のマガレ先輩がそっと頭をなでてきて
「体を休めるのも、兵士の仕事。」
と短く声をかけてきた。
「すみません、緊張してしまって・・・。」
ボクは人を殺したことがあるし、自分が死んだことすらある。
それでも、戦争をしたことはなかった。
明日戦争は始まるのかわからないし、怖くはないと思うのだけれど、それでも震えが止まらない。
「アイラ様が落ち着くなら、ユークリッド様やアイリス様と同じベッドで寝てもいいよ?」
とマガレ先輩が許可を出してくれたので、ベッドを動かして2つ繋げて、ユーリとアイリスと3人で寝ることにして。
3人で手を繋いで小声で話していると、2~3分で意識が落ちてしまった。
幸いなことにこの夜、襲撃はなかった。
熱はまったくでなくなりましたが、まだ風邪が治ってない様です。
西は同じ学年に3人の勇者認定を出すことになりました。
一箇所にこれだけいるなら、大陸や世界全土の勇者の数はすごいことになりそうです。10年に1人か2人、しかも王国だけでなので、この世界の勇者判定はかなりゆるいみたいです。




