第69話:大食いの化け物
おはようございます、暁改めアイラです。
意気揚々と望んだ準決勝でしたが、対戦相手のブリミールは、いきなり殺すつもりの攻撃をぶちかましてきた。
ひとまず腕を落として勝利したが、そのあと救護の教官まで殺めて襲い掛かってきた。
仮にこっちが参ったしてもたぶん殺すつもりだったと思う。
だから・・・しかたなかったんだ。
控え室に戻るまで、マガレ先輩も、ジルコニア先輩も一言も発しなかった。
控え室に戻ると途端に全身からイヤな汗が噴き出した。
アレほどの殺気を向けられたのはいつ以来だったろうか?
命の危険をボクは感じていた。
油断すれば殺される、だからボクはブリミールを殺すしかなかった。
(そもそもさっきのあれはなんだ・・・?)
ブリミールの体から漏れ出たシミの様なモヤのような黒いなにか。
アレが一体どの様にセレナ教官を食ったのか、その様をボクは見ていなかった。
それにやつを斬り捨てた途端あの黒いものが霧散して、たぶんその中に納まっていたであろうものが吐き出された。
その中には生きた女性も3人含まれていたのだ。
「アイラちゃん、お水どうぞ」
ジルコニア先輩が穏やかな表情で、お水を差し出してくれた。
ボクは受けとってゆっくりと飲む
冷たい喉ごしにすこし落ち着きを取り戻す。
「ありがとうございますジルコニア先輩」
うれしそうに微笑むジルコニア先輩はマガレ先輩の方を見ると
「さっきマガレと話したんですけれど、私の名前ジルコニアをちょっと縮めてジルってよびませんか?」
関係ない話をしてボクの気を紛らわせようとしてくれているのがわかる。
「ジル先輩がそれでよいのなら、ぜひそう呼ばせてください。」
そこまで会話したところで、マガレ先輩がようやく口を開く。
「セレナ教官は本当になくなったのかな?あんなわけのわからない一瞬で・・・」
普段あまり長く喋らないマガレ先輩がセレナ教官の死を悼む。
先輩は3年生だしボクらと違ってお世話になっていたのかもしれない。
部屋に戻ってきてから30分ほどたった頃か?
控え室に教官数人とヴェルガ皇太子がやってきた。
「ヴェル様!」
慌てて席を立つボクたち3人にヴェル様は手で座ったままでいいと合図した。
「アイラ疲れているだろうから、座ったままでよい」
「まずは、セレナ教官のことだが、残念ながら手の施しようがなかった。」
メリーベル教官が神妙な面持ちで語り始める。
あの一瞬目を離さなければ、ぎりぎり間に合ったかも知れない、そう思うと悔しいけれど。
「次に先ほど助け出された3人だが、一人は先月末、もう一人は先週から行方不明になっていた、外クラウディアの市民だった。」
教官がそこまで言った所でヴェルガ皇太子が言葉を継ぐ。
「そして、メイドの少女だが、アレは王家がグレゴリオにつけていたメイドだった。この大会期間中の記憶がない様なので、おそらく昏倒させられたまま捕らえられていたのだろう。」
そうだあの謎のシミ・・・
「ヴェル様、あの黒いモヤの様なものは、ブリミールのスキルだったのでしょうか?」
あれは空間魔法の様に、内部にモノを収納していた。
だとすれば彼は・・・。
「そのことなんだがな・・・あぁすまない、ココを私とアイラだけにしてくれないか?」
ヴェルガ皇太子が教官たちに人払いを命じると、教官もマガレ先輩もジル先輩もでていった。
みんなが部屋を出て行ったのを確認するとヴェル様は懐から1枚の上質紙を取り出した。
「陛下から預かってきた。コレをみてくれるか?」
「拝見します。」
渡されたのはステータス表だった。
ブリミール・イース・フォン・ガルガンチュア M21ヒト/
生命1072魔法21意思145筋力39器用36敏捷48反応32把握36抵抗48
適性職業/剣士・狂戦士・簒奪者
技能/誘引 剣術5 誘拐5 格闘術2 詐術1
魔術/ 身体強化中級 意識阻害初級
特殊/大口の化け物 貪欲4 消化吸収2
「これは・・・」
上位生徒にしてはちょっと特徴に欠けるステータス数値だね。筋力が高めくらいか
「昨年のブリミールのステータス表だ。特殊枠にある大口の化け物というのがあの黒い霧の正体だ。」
霧?ボクにはシミみたいに見えたけれど、まぁそういう表現でもわかるか。
「あれがどういったものかわかるのですか?」
「王家の『鑑定』や、オケアノスの『水棲』、ホーリーウッドの『戦法』の様にいくつかの家には独自に遺伝しやすかったり、その家しか担い手のみつからない特殊な技能があるんだ。『大口の化け物』はそういったもののひとつだよ。抵抗できない状態のモノを魔力量に応じて収納できる。ただ、空間魔法と異なるのは、幾分か重さを感じること、中に入っているものに対して常に魔力を消耗すること、らしい」
ホーリーウッドのタクティカルとやらをボクは知らないんだけど、どんな能力なのかな?
ユーリは所有しているのだろうか?
「大口の化け物についてはわかりましたが、あの女性たちと遺体は?」
ブリミールが悪行をなしていた目的はなんなのだろうか?
「生きていた彼女たちの話を信じるなら、玩具や食料だったみたいだね。彼はどういうわけか大口の化け物をつかって魔力や体力の補充ができた様だ。その手っ取り早い手段が人間をさらって食うというもので、さらってもすぐには殺さず、暫く生かしたまま保存して、いざ食べるときに生きたまま咀嚼するようだ、若い方の女性が一度外に出されているときに一人飲まれるところを見ていたそうだ。メイドに関してはグレゴリオが大会中悪行をするに当たって、口うるさいので閉じ込めていたというところだろうな。」
ブリミールはグレゴリオを育てたみたいなことをいっていたから、まぁ繋がってたんだろうね?東派だし。
「数多くの遺体も2年ほど前から多発していた。外クラウディアの失踪事件の被害者の可能性が高い。が、東の関与を確定できぬ以上コレはブリミールの単独犯という扱いにされるだろうな。ブリミールは東派だが出身的には王領ゆえ、あまり激しくつつくことも出来ん。申し訳ない!アイラを危険な目にあわせておきながら・・・」
ソレは違うでしょう?
「ボクよりも亡くなった方やその遺族に対して責任を持つべきでしょう。民衆からすれば等しく王侯貴族なのですから。」
「アイラはまだ子どもだからこれ以上の説明は避けさせてくれ。ところでな、今大会再開してるんだが、アイラは引き続き出場するかい?イロイロ日程変更があってね。今日は午前で決勝戦までやることになったんだ。」
ちょっとまって?再開してるっていった?ボクには声をかけずに?
「ムゥ・・・ボクエッラの戦いを見たかったんですけれど?」
ちょっと不満げな声にもなるよね。
「あぁそれなんだが、アイラ不公平だとは思わないかね?」
「??」
「試合順の早いものは次の対戦相手の試合が見れる。」
あ・・・。
「1年のアイラには伝えていなかったけれど2年以上の出場者は試合が終わっても観客席には戻れないんだ。1年が決勝まで残るなんて思わないしね。本戦出場選手ともなれば、全校でも勇名なものが多いが、1年は今年が初めてで、情報収集も満足にできていないだろう?故の観戦可能なんだが、それでもユーリは、最終グループだったため負けるまで1試合も見れなかったが」
「それで決勝前の試合くらいは見ないでやるということになったんですね。」
「ソレで今から試合をやるいみは?」
休憩挟まないでもシリル先輩なら大丈夫なのかな?
「ブリミールのせいで少し空気が悪いので、午前中で水上戦闘をすべて終わらせて午後はコンテスト関連の余興で空気を換えたいのだよ。」
まぁ理解できなくもないね、アレはちょっときつかったかもしれない。教官が目の前で一人なくなってるわけだし
「わかりました。それじゃあ参りましょう。」
承諾するとヴェルガ皇太子は意外そうな顔をする。
「む・・いいのか?大丈夫なのか?」
「何がです?」
「あぁいや・・・仕方ないこととは言え、アイラも人を一人斬ったあとだ・・・平気なのか?」
あぁ、確かに9歳の女の子が人一人斬ってケロっとしてるのはおかしいのか・・・。
「ヴェル様はボクの来歴をご存知なのでしょう?平気です、ボク初めてじゃないですから。」
そう告げるとヴェルガ皇太子はしまったという表情を一瞬出してしまったが、それ以降はいつも通り淡々と事務的になった。
部屋を出て、マガレ先輩やジル先輩とともに、フィールドへ向かう。
投入口について少したつと実況の声が聞こえてきた。
「アイラちゃんが、試合を出来る状態になった様です。入場していただきましょう。一体だれが、彼女がココまで残ると思って居たでしょうか!?史上最年少!これからもずっと最年少!!アイラ・ウェリントンちゃんの入場です!!」
早速水に飛び降りる。
さっきあんなことがあったのに、観客は学生も民衆も大歓声を投げてくれる。
「それではもう一方にも登場していただきましょう、辛くも西シュバリエール同士の戦いとなりました。」
ちょっと見切り発進気味に飛び込んできたのは、今大会中も何度も見慣れた顔だ。
「いったい誰が!大水練大会の決勝が1年同士のものになると予測したでしょうか!?さらに、二人は同じ屋敷に住む主従だといいます。一体どの様な可能性を見せてくれるのか・・・ココまで3戦連続大金星のエレノア・ラベンダー・ノア選手!!」
「エッラ!?」
エッラは水面を滑るように定位置に移動していく。
(エッラがシリル先輩を倒して、ボクと決勝?)
お互いに手加減なんて聞かないよ!?
3日に及んだ、水上戦闘もコレがラストだけれど、ボクの相手がまさかエッラだなんて・・・
「それでは、試合、開始!!」
世界が、ゆっくりになった。
遅くなりました。
帰ってからうとうとしてました。




