第165話:悪魔の角笛1
こんにちは、暁改めアイラです。
16歳の6月も半ばになりました。
フローレンスおばあ様は、4月の後半に、帰省後とどまり続けていたフローリアン様と直前に再度神楽につれてきてもらったアニス、サリィに手を握られて、安らかに逝ってしまった。
その後、葬儀のためにハルベルトやリント、フェニアも一度つれてきて、みんなでちゃんとお別れをして、ホーリーウッド侯爵家最後の侯爵夫人にしてホーリーウッド王国の初代王妃フローレンス・ホーリウッドは盛大な葬儀を済ませた上で土葬された。
ボクにとっても悲しい別れではあったけれど、おばあ様のために泣いてくれる市民たちを見ていくらかは楽になった。
おじい様は、おばあ様がなくなったのがよい機会だとして、ギリアム義父様に譲位することになり、ユーリの王位継承権が1位に変わった。
なおジークと同様ギリアム義父様やユーリの補助をしつつ連邦政府の運営に携わっていく様だ。
ディバインシャフトの城主はギリアム様からユーリに代わり、サークラやキスカ、サルビア、ガイラルディア、ヘレニウム、アプリコット、サルートはホーリーウッド城に移ることとなり、サルビアたちはホーリーウッド側の学校への転校は嫌がったため毎朝の通学が大変になったと嘆いていた。
ディバインシャフト城のユーリの子どもたちの中では、4歳直前だったリリだけがちゃんとおばあ様の死を理解していて、プリムラやサクヤ、そして下の4人はもちろん、その場の空気で大泣きはしたものの、人の死と言うものを直感的にも理解することはできていない様だった。
5月中には、葬儀のためにつれてきた者や、3月の帰省後とどまっていたフローリアン様、キャロル、ステファン、ソフィ、クロエも一緒に領地や王都へ帰っていった。
そしてこの6月半ば、ボクたちはサテュロス大陸最後となる悪魔の角笛の攻略に向かうことになった。
「それにしても、せっかくシグルドを特訓したのにダンジョン攻略には間に合わなかったね?」
ホーリーウッドの兵士たちを連れて出発して5日目、馬に揺られながら隣のユーリに語りかける。
「そうだね、紅砂の砂漠が今くらいの予定だったのに、予定外の攻略完了しちゃったからね。」
ユーリの言うとおり、本来なら今年は紅砂の砂漠のダンジョンを攻略する予定だったのだけれど、ダンジョン近くで発生した流砂の調査をしていた部隊がうっかり攻略を完了させてしまったのだ。
結果オーライではあるのだけれどね。
今回のダンジョン攻略はホーリーウッドとイシュタルトが主に派兵するが、前回のように近くに平地がなく数箇所に分けて拠点を構えることになった。入り口があるらしい谷部分には魔物が大量に跋扈している上に、山の斜面からも魔物が降りてくる可能性があるため、連峰の南東側ふもとの平地にスザク兵を中心にした拠点を設置、角笛の山道の南西側出入り口にホーリーウッドの拠点、角笛の北の斜面沿いにホーリーウッド、ザクセンフィールドとペイロードの増援による拠点、北東側にイシュタルトが拠点をつくり魔物が逃げてきた場合に備える。
そしてイシュタルトとホーリーウッドの主力部隊が連峰と角笛間の谷地を挟むように拠点を設置して、まずは山の表面にいる魔物を討伐する。
今回の作戦の流れとしては、外側の拠点の設営、魔物の囲い込み、主力拠点の設営、魔物の殲滅、その後ダンジョンの攻略に移る。
主力の設営が完了するまではボクたちはスザクが設営した南東の拠点に一時入ることになっていて、そこに向かうと、出向中のメロウドさん、シリル先輩、マガレ先輩とオーティスやジャン先輩といった見知った顔とが設営を指揮していた。
「これはユークリッド殿下!姫様方も遠いところからお越しいただきありがとうございます。」
こちらの到着を待っていたおそらく指揮官クラスの人たちが、ボクたちを出迎える。
今回ホーリーウッド家からは出向中のメロウドさんたちのほかには、ユーリ、ボク、カグラ、エッラ、ナディア、エイラが攻略に参加予定で、さらにダンジョン攻略中は拠点に待機してもらう予定で、アイリス、トリエラ、オルセー、アイヴィ、トーマさんがこの場に来ている。
「出迎えご苦労、いよいよ連邦の悲願の刻が近づいている、最後まで油断しないよう皆の奮闘を期待している。」
ユーリが声をかけると皆がハハァ!と頭を下げる。
しかしボクはそんなやり取りよりも・・・。
離れたところで声を掛け合いながら太くて長い金属の棒を地面に打ち込んでいる兵士たちが気になる。
あれってテント建てたりかまどを作ったりしてるんだよね?
うず・・・
なんていうか、ボクもアレやってみたいなぁ
男の性なのか、女の好奇心なのかちょっと自分でもわからないけれど、設営中の兵士たちを見ているとやりたくてたまらなくなってきた。
そういえば大規模な設営が完了された陣地はアンゼルスやマハでも見たけれど、設営中の拠点を見るのは初めてだね?
「アイラ、どうかした?」
しばらくボクが他所を向いてボーっとしているので、ユーリが気になって声をかけてきた。
「あぁ、ごめん、ちょっと設営が楽しそうだなぁって・・・」
前世ではありえない様なぶっとい鉄杭を大きなハンマーで地面に打ち込んでいる。
外周部分には柵を設置しているのも見える。
「だめだよ?」
そういいながらユーリがボクの手を握り指を絡める。
「僕の正室の君が、ダンジョンの攻略に加わるのは君にしかできないから危険でも許される、でも設営は君じゃなければできないことじゃあない、それに君があの中に混じって設営してたら兵士たちが萎縮してしまうよ?」
むぅ・・・。
やりたいけれども、兵士たちに迷惑はかけられない・・・。
それでも熱い視線を送っていると
「(今度中庭でやらせてあげるから。)」
とユーリが耳打ちし、その吐息が直に当たる感覚に耳朶を熱くしながらボクは頷いた。
その後、立派な幕舎に入ったボクたちは今日の予定を確認する。
「それじゃあ、今日は兵たちが拠点の設営をしている間に僕とアイラ、神楽、オルセー、オーティスとで入り口の正確な位置と、攻略拠点の設営場所を確認してくるから、他のみんなは拠点の防衛をよろしく」
話し合いの結果偵察部隊が決まり、マガレ先輩やシリル先輩はついてきたそうな目をしていたが、エッラやメロウドさんも残るので、何も言い出したりしなかった。
上空からの位置確認のために神楽の飛行盾で連峰を越え、山脈との間にある谷間を確認する。
「オルセーさん、それでは指示をお願いします。大体どのあたりに、あるんでしょうか?」
飛行盾の操作をしている神楽が、オルセーにたずねる。
「んっと半分よりクラウディアよりだからしばらくそっちにお願い。」
軽く返すオルセーにオーティスがたずねる。
「なぁ?オルセー殿はどうして、入り口の場所を知ってるんだ?」
「んー?ナタリィから場所を聞いたからだよ?」
「そのナタリィ殿てのはなにものなのだ?」
「んー・・・あたしの・・・ママ?かな?」
オーティスからの質問にオルセーは淡々と、というよりもなにも考えていない感じで答える。
「あぁ・・すまん、答えてくれてありがとうな」
それを何か複雑な事情があるっぽいと感じたオーティスはそれ以上聴かなくなった。
実際複雑な事情は存在するけれど、おそらく今オーティスが考えている様な家庭の事情の様なものはないのだけれど。
「あ、このあたりだよ」
25kmほど北上したところで、オルセーが場所を指定した。
「それでは少し高度を下げますが、どのあたりにしますか・・・?といってもこの様子なのであまり下には下りられないですが」
下の様子を見ると連峰のほうには大量に、角笛側の山脈のほうにはいくつかの集まりでまばらに魔物がいる。
一部は発情期なのかボクや神楽のメスのにおいをかぎつけているのか、興奮した様子でこちらを見上げている。
「さすがに5人であの数の相手はしたくないよね・・・、オルセー、目印をつくるから指示して。」
上から見る限り岩肌で、目だった特徴のある場所はない。
何箇所か小さな峰の様に盛り上がったところがあるくらいか。
「んーっと・・・1,2、3・・・・アレ!」
オルセーはその峰の数だろうか指を指しながら数えて少し丸みを帯びたものを指差した。
ボクはその指示された場所の真上に火の玉を設置する。
(とりあえず3日分くらいの魔力を注いで・・・)
「これでよし、あとはホーリーウッド側の拠点候補地を見つけよう。ちょっと広めで近くの斜面がしっかりしてそうなところが良いからその当たりかな」
テニスコート4面分ほどだけれども平たい土地が段差を持って2つ連なっている場所にさっきと同様のマークをつける。
入り口近くとの距離は・・・2kmないくらい。
十分許容の範囲だろう。
「じゃああとは、ここから戻りながら簡単に順路を決めよう。」
効果的に魔物を討伐し追い込むための順路を考えつつその日はスザク側の拠点に帰り、一夜を明かした。
翌日も朝から行軍、拠点の防衛と追い立てられた魔物の討伐のために隊を4つに分ける。
「スパロー大尉とオーティス中尉は、こちら側の斜面から山の麓をなぞる様に魔物を狩ってください。」
「了解しました。」
「心得ました!」
責任者であるユーリが隊を振り分け、それに従う隊長格の声が幕舎内に響く。
「この南東の拠点の防衛は、ファルケン中佐とペッカー少佐にお願いします」
「は!」
「了解であります。」
ファルケン中佐とペッカー少佐は軍官学校出身者で二人とも40前後のおじさんだ。
今回の出兵では南の指揮官をしてくださる方で、とくにペッカー少佐は温厚そうなおじさんなのに持っている武器がボクの体重よりも重たそうな斧・・・。
振るっているところがぜひ見てみたい。
「今日はまず谷の南側入り口にホーリーウッド側の拠点を築くので拠点構築はメロウド大佐とシリル少佐の班で、マガレ大尉は目がよいので警戒と防衛をお願いします。僕とエッラ、アイラとカグラとオルセーはそれぞれ谷の東西の斜面の魔物を追いたてて前進する。山道側には魔物除けの結界があるから、おそらく奥に奥にと逃げるはず、ある程度追い立てたら伝令を送るので、谷の中の拠点構築を開始するためにアイヴィ少尉とトーマ中佐の隊が前進する。そのときはマガレ大尉の部隊も一緒に前進を。」
「「了解」」
会議が終わるとみんなあわただしく自分の隊に向かい兵たちに指示を出し始めた。
無論ボクと神楽も・・・。
「それじゃあボクたち第二部隊は角笛側の斜面を担当する。一応角笛側には魔物は行かないはずだけれど、追い込むときは上から下に追い込む様にするよ、基本的にはボクとカグラ、が上から魔物を追い立てるので、みんなは拠点側に向かわない様にアイリスの指揮で徐々に前進して欲しい」
ボクも、ボクの隊として振り分けられた兵士300名に指示を出す。
第二部隊は軍官学校卒生が多いので兵士の数は少ないけれど、アイリスの補佐のためにエイラ、トリエラ、オルセーがついてくれる。
そして今回の山狩り部隊は兵士は全員セイバー装備で卒生はみんな魔導篭手装備だ。
とうとう量産型セイバーの配備数が連邦全体で3000を超えて、今回の作戦にはそのうち2400が配備されている。
もしもセントールがせめてきた時のための装備として、セイバーは開発されたけれど、軍隊としての運用実績は前回のアスタリ湖攻略と今回の角笛攻略だけとなる。
その程度の熟練度で、おそらく長くアシガル装備を用いてきたセントールに勝てるのか、あちらの装備がどの程度進歩しているかもわからないけれど。
まずは戦争が起きないように連邦政府とセントール側との関係がこじれない様にジークやギリアム様にはがんばっていただきたい。
「アイラ様、このセイバー装備の開発には、アイラ様やカグラ様も関係したと伺っておりますが、まっこと素晴らしい装備でございますな。まるで鎧を着けているという気がしない軽さです。」
近くに居た小隊長格の軍曹が本音かおべっかか、ボクに声をかけた。
目を見るとキラキラしてるからたぶん本音なんだろうね。
「それはよかった、一応魔力をわずかに消耗するけれど、あなたたちは普段から訓練していると聞いているから、動けなくなるタイミングはわかるんだよね?」
「はい、本作戦のために念入りに訓練を重ねてきております。」
そういってもう一人別の軍曹が楽しそうに会話に加わってくる。
・・・フルフェイスのフルメイルなのでわずかに見える目以外表情なんてわからないけれどね。
階級がわかるのは肩パーツに所属と階級がわかるエンブレムが付加されているからだ。
1時間半ほど歩くと最初の目標、拠点予定地にたどり着いて、続けてボクたちは、向かって左手側の山の斜面を上り始めた。
※国境なきサテュロス編終了後について、こちらのアイラ一人視点の物語を終了して、複数視点方式で投稿しようかと思っております。
そのため完結する際に切れ方が非常に不自然になる予定なので事前に報告させていただきます。