第162話:おじいさんから聞いた建国神話
こんにちは、暁改めアイラです。
鑑定の話も終わり、魔剣、神器、鍵、呼び方は何でも良いのだけれど、そのありかについての考察中思いがけず建国神話の話になった。
現在市井に伝わっている、イシュタルトの建国神話の流れは7000~6000年前の昔に、他大陸からわたってきた始祖キリエ・イシュタルトが7人の女性とわずかな手勢とともに立ち上げた人間の集落。
現在のクラウディアから北東、現在の精霊の森とミゲルフレキの間くらいの位置に小さな集落、オンリーエドを立てたところから始まったとされている。
王はいくつもの不思議な能力と知恵、人をひきつける魅力を持ち、村はすぐに町へと発展した。
当時サテュロス大陸はサテュロス族を主要な人種とした獣人の天下であったが、各部族はそれなりに生息域に折り合いをつけて、中央から西にかけての高地や高低差の激しい土地にサテュロスが、西部の森にシャ族が、南の平原にキス族が大国を立てて、グ族やエルは大国の隙間に小さな集落を立てて暮らしていた。
国家間には争いを忌避する風潮があり、獣人たちもエル、トレントも過剰に交わることなく、平和に暮らしていた。
ある時、サテュロス族の姫が獣型の魔物に襲われてその胤で孕んだ。
堕胎も考えられたが当時の堕胎法は、母体に危険が伴うものであったために自然な流産が起こることを祈ったが、赤子の生命力の高さからかそのまま出産を迎えた。
そうして生まれたのが、魔神バフォメットである。
逆関節の脚に毛深い下半身とヤギの角、悪魔の翼と強靭なミノタウロスの上半身を持つ凶悪な魔神は強大な力を持って各地を蹂躙し、当時ヘルワール外縁に小国を築いていたルクス王、東部の港に町を作っていた後のヴェンシン王、そしてわれらがキリエ・イシュタルトとが力を合わせて討伐。
その後キリエ・イシュタルトは荒廃したクラウディアを復興し首都として、獣人が魔物に襲われることが無い様に守る国に、ルクスは獣人を管理する国に、ヴェンシンは港から獣人を他大陸に送り出した。
というのが一般に伝承されている神話だ。
それに加えて、イシュタルト王家に伝承されている話では、キリエ・イシュタルトはもともと心が男の女性で近しいものには女性であることは明かしていたが夫は持たず、4人の妻と、3人の元奴隷の女性たちとは関係を持っていたが、女性同士のため子どもはできなかった。
それが、バフォメット討伐の折顕現した聖母の加護によって男性器を授かり、両性具有となり、自身が処女懐胎した息子と、正室との間に生まれた娘とが婚姻し、その後現在のイシュタルト王家に至るのだという話。
これらは建国神話であるため、情報の統制や、失伝も多くあるだろう、ありのままに6000年以上も話しが伝わっているとは思えない、何せ3つの国のうちヴェンシンはとっくの昔に滅んでしまった。
それどころか、ルクスも滅びてしまったが・・・。
それに対してオルセーが話してくれるのは、おそらく生に近い記録・・・どれくらいの頻度でドラグーンたちが魔剣の観測をしているかは知らないけれど、政治的柵はないであろうドラグーンが粉飾された神話を伝えているとは考えにくい。
(寿命も長いらしいし)
ノイシュさんがお茶を淹れなおしてきてくれた。
全員分のお茶がエイラとノイシュさんの手で用意されて、オルセーは緊張感のない緩みきった表情で音を立ててお茶をすすって、「ンマイねーこのお茶ー」なんておちゃらけたあとにゆっくりと語りだした。
「これは、ナタリィのお父さんのデュラン様が教えてくださったことでね?あたしも半分くらいしか覚えてないんだけど・・・」
オルセーの語り口は非常に拙く、擬音や感情表現にあふれる情緒的なものだったので頭の中で整理しながらに聴き続ける。
最初にかのバフォメットが誕生したのは、今の角笛の辺りにあった中央サテュロス族の王都ホルン、バフォメットはサテュロス族の王様の娘が父王と姦淫し産み落とした亜人である。
サテュロスの王家は代々鍵を継承しており、王宮があるのはこの鍵が安置されていた台座の上だという。
王家はその血の濃さを維持するために、イトコや甥姪との結婚、時には兄妹や父娘の結婚も多く行っていた。
その近親交配の進んだ結果なのかバフォメットの姿は亜人でありながらほとんど魔物の様だったという。
この頃ホルンは大陸ほぼ中央の大平原に存在していたがこの位置は、現在の角笛の中央付近であり、その大平原は現在のクラウディアのあるクラナ平原を含む広大なもので、サテュロス族は大いに反映していた。
生まれたバフォメットは優秀な能力を持っており、始祖の再来とまで評される王であった。
彼は王となった後ホルンの北東に第二の首都と呼ばれるメンディアという街を築き、他の種族との交易の拠点として、その後ホルンの住人を移住させて遷都した。
この街を作ったことで王国はさらなる繁栄を遂げて、サテュロス大陸の覇者となった。
しかしバフォメットは精神疾患があって、歳をとるにつれてそれが表面化してきた。
彼は次第に周囲の国を飲み込んで大陸をすべて平らげようとしだした。
争いを好まない周囲の獣人の小国は恭順の姿勢を取った。
それで平和裏に国が大きくなっていけば、いつか大陸がすべて一つの国になっていたかもしれなかったが、バフォメットはそうして降った国の王を処刑してしまった。
これにあわてた周辺国はあわてて戦う姿勢をとったけれど、魔物や動物を狩る以外ろくに戦う準備をしていない獣人の国はどんどん飲まれて、獣人たちは逃げ散った。
力の無い民が逃げ回ったことで、魔物に捕まり子どもができる女性も増え大陸中央部には地獄が広がり始めていた。
少し話しは変わるけれど、サテュロス族は多くの獣人の中でもっとも性欲が強いといわれる亜人の一つで、バフォメットもその例に漏れず、戦場にあっても常に女性捕虜をひざの上に抱えていたという。
それに目をつけたのがヒト族たち、バフォメットに対応するために反乱軍を糾合した彼らは小さな都市国家の王キリエ・イシュタルトが未婚で、それもなかなかに見目麗しいことに目をつけた。
彼の王は魔法と剣に優れていて、徒手空拳でもバフォメットに一矢報いることができるだろうと、いけにえにされた。
降伏する振りをしてバフォメットに目通りした際バフォメットはすぐにキリエを気に入りまだたくさんの従者たちがいる中キリエに服従の証だとして上着を脱がせて辱めた。
しかしキリエの態度はとても清廉で、他の手篭めにしてきたものたちとは違うものだった。
感じ入ったバフォメットはそれ以後態度を改めキリエ以外を必要としなくなり、キリエに対しても非常に紳士的に振舞う様になった。
反乱軍は困った。
殺し屋代わりに送り出したはずのキリエがバフォメットを殺さず。
バフォメットの態度が柔化してきたことにあせりを覚えていた。
特にあせったのはルクス王とヴェンシン王・・・彼らはキリエと仲がよかった。
そのためはじめキリエを送り出すことに反発し、送り出さざるをえなくなった後は、キリエが囲っていた女性たちを他の王に渡さないように守っていた。
他の王たちは、キリエが死ねばその4人の美姫が手に入れられると画策していた。
しかし、キリエは死なず、バフォメットも死なず、美姫は別の王に守られている。
反乱軍の王たちの中は軋轢が生じていて、それに対して、バフォメットの王国は占領してきた土地に善政を敷き始め、支持を集め始めた。
そして反乱軍に対しても和平の道を探し始めた。
これはキリエと接することでバフォメットがようやくヒトの心を理解できたためだという。
しかし反乱軍はすでにバフォメットを殺す以外の選択を考えていなかった。
メンディアの街に設けられた講和の席でルクス王とヴェンシン王が尖兵となりバフォメットに攻撃を仕掛けて重症を負わせたが取り逃がした。
控え室にいたキリエは反乱軍の王たちからは、バフォメットが仕掛けてきてそれをルクス王とヴェンシン王が撃退したのだと聞かされ、それを信じた。
バフォメットの獣性が消えきったことを信じられていなかったからだ。
重症を負ったバフォメットはホルンに帰り鍵を台座に戻して、ホルンは数日かけてその姿を現在の角笛へと変えた。
反乱軍がホルンまでバフォメットを追いかけたときにはすでにホルンは存在しなかった。
キリエは少し悲しんだ。
両性であるキリエを、奇異な目で見なかった男は彼だけれだった。
キリエはもとより両性で、外見は美しい女性であり、乳房もあったけれども、生殖機能的には両性であった。
この両性というのは、どちらもあるということではなく、どちらにでもなれるというものだった。
そして、心は男性であった。。
キリエはバフォメットとの間に王子を生んだ。。
さらに聖母の加護を得て両性となったと発表、もとより囲っていた4人の美姫と結婚、さらに3人の従者とも関係を結び。
バフォメットの国をルクス王、ヴェンシン王の後ろ盾を得て引き継いだ。
反乱軍に加わっていた他のヒトの王はキリエがバフォメットの国の基盤を引継ぐことを不服としたが、その後ルクス王、ヴェンシン王によって国を奪われることとなった。
かくして一連のバフォメットにかかわる事変で30ほどの小国が消え、残った人の国はそれぞれに、亜人の近親姦によるバフォメットの様な規格外の発生の抑止と、魔物の子を産んだ女性たちのケアに追われることとなる。
「じゃあバフォメットは血の濃い亜人が魔剣の影響化にあったから発生したということ?」
「それに、イシュタルトの始祖はそもそもが両性具有で、聖母の加護によって両性になったわけではないということか」
「それに、始祖キリエの娘と、バフォメットとの息子が私たちのご先祖様ということになりますね。」
ユーリ、ジーク、サリィが自分たちの頭の中で気になったことをつぶやく。
いろいろと得るものはあったけれども、今まで信じてきたものがひっくりかえる内容だった。
しかしわからないことがある。
「両性になれるというのはどういうことかな?」
ボクはその部分がわからない、そもそも、聖母の加護だとかでもちょっと怪しいところだったのに、ここにきてさらにおかしいことになった。
「あたしも聞いただけだしよくわからないよ?ただ顔は代わらないけれど、体のつくりを自分で変えられたらしいよ?」
と首を傾けながら言うオルセー、結局そのことに関してはそれ以上の情報は無く。
新しい疑問が一つできることになった。
オルセーがドラゴニュートとしての母オルセーの父(つまり祖父)から聴いたイシュタルト建国あたりの話です。
たぶんオルセーのことなので大事なことを伝え忘れていそうです。