第8話:オルセー・グランデ
子どもが病気になっていると、どんなに軽い病名でも不安になりますよね。
こんにちは 暁改めアイラです
オルセーが病にかかって10日が経ちました 5日目までに歩くこともできなくなっていたオルセーですが
ナタリィがどこからかつれてきた3人の従者の治療の甲斐あって進行が止まり、症状が緩和した。
「薬師を目指しているナタリィさんのお仲間だけあって皆様、すばらしい治療術の使い手なのですな!オルセーも大分元気を取り戻しました」
オルセーの父がナタリィとその3人の従者にご馳走(といってもウズラを1皿足しただけの質素なもの)を振る舞いながら笑っている
ナタリィがつれてきた3人の従者は男1人に女2人とナタリィを含めても、ちょっとしたハーレムだね
唯一の男がゼフィランサス、通称はゼファー、見た目18くらいの青年で火の属性が得意、温度の調整や薬の湯煎などもする様だ。
一番年上に見えるダリアは褐色の肌の女性で、見た感じは25前後といったところ風の魔法をよく使い薬草探しや、湿度の管理を行うことが得意だそうだ。
一番若く見えるのがフィサリス、ニックネームはフィー、見た感じではナタリィと同い年くらいだけれど胸が大きい。
水の属性をよく使い、解毒や浄血の魔法を担当しているらしい。
「お父様、申し訳ないですがオルセーさんは快方に向かっているわけではありません、体内の毒を解毒魔法で減らし進みを押さえているだけです」
苦しい顔でナタリィが伝える
「えぇ、わかっているつもりです」
オルリールの言葉にボクもナタリィもその従者たちもそうなの?喜び過ぎてた気がするけれど・・・と思ったがすぐに改めることになった
「オルセーが死病に冒されあとは苦しんで死ぬばかりだったのに、いまは穏やかに眠っている、あとどれくらいかは分かりませんが仲の良いリルルちゃんとももう少しだけ遊んでいられる・・・なんて嬉しいことか」
オルリールは笑っていう、笑って、娘の最期を悟っている。
「それで、ナタリィさん、お連れの方々皆さんの見立てでオルセーはどれくらい生きていられそうでしょうか?」
「今の状態を維持するのであれば、寿命を迎えてお祖母さんになるまで生きていられます。」
「死病ではないのですか!?」
オルセーの両親が驚いた表情をする。
「今の状態というのは、数日毎に中級解毒、上級治癒、温度管理の魔法ありきで、進行を押さえるだけという話です」
上級の解毒と超級相当の浄血魔法がなければ根治は無理だ ゼファーと呼ばれる従者が続ける
「それに・・・私たちもずっとウェリントンにはいられないですから」
ナタリィたちはまだオルセーの家で話すことがあるというのでボクは一人で帰された
オルセーは本当にもう助からないのだろうか・・・
ナタリィがカメ島で見せた決意の眼差しの意味はギリギリまで延命するということだったのか?
もやもやした気持ちを抱えたままさらに1週間が経過した
オルセーは動けないのは退屈だとさんざんゴネていたがいつも誰か遊びにきてくれるのでまんざらでもない様子だ
この日はオルセーのために延期していた
イルタマ煮の日となったので少しの間オルセーは部屋に一人きりだった
みんなオルセーにもとびきり楽しんでもらおうと支度に勤しんだのだ。
イルタマ煮は日保ちしない食糧をイルタマと一緒にごった煮して皆で騒いで食べるもので
子どもたちからすればただみんなで夕食を食べてるくらいの感覚だが、ワイワイ騒いでの食事はそれだけでも楽しいし、今日ばかりは夜に外にいても怒られないので特別な日である。
そして今夜はオルセーにとっても特別な夜になるかもしれない。
「あー!ひさしぶりのお外だあー」
本当に死にかけてたのか?と思うほどの底抜けに明るいトーンで、本当に楽しそうに叫ぶオルセーの大声に子どもたちも大人たちも少し呆れるほどだ。
「リルルッ!煮えるまで影踏みしよう!!」
そういってはしゃぐオルセーに
「もぅ!病み上がりなんだからあんまりはしゃいじゃダメだよ!オルセーちゃん」
病気慣れしているリルルが叱るくらいオルセーは元気に走り回っていた
怒っているはずのリルルだがものすごく嬉しそうだ。
イルタマが煮える頃になると大鍋の近くに戻ってきていて今はリルルとエッラに世話を焼かれていた
20日ほどもベッドに縛り付けられていた反動かオルセーはいろいろな人に話しかけたり、抱きついたりしていく
いつもの様にウザがられていたけれどね
ボクとサークラ以外の子どもは、オルセーが死病にあることを知らない
ただ少し質の悪い病が長引いてる程度の認識しかしていない
斯くしてウェリントン家のいるあたりにオルセーがやって来た
「トーレス!」
「うわっ・・・!オルセー、君ももう年頃なんだから誰彼飛び付くのは・・・」
「パパ以外で飛び付く男はトーレスだけだよ?」
ニヘーと笑うオルセーと、少し顔を赤くするトーレス
「ねぇトーレス、ちゅーしていいかな?」
遠くでこちらをうかがっていたトーレス好きな女性たちが一瞬嫉妬の炎を燃やすが、リルルが「オルセーちゃん病気で心細かったから」と宥めている
トーレスは少しだけ間をおいてから
「挨拶程度のならいいよ?」
と頬を差し出した
オルセーは熱を帯びた眼でトーレスの頬を軽く啄むとボクたちに向き直って
「アイラ、アイリスそんなじっと見なくても別に兄ちゃんとったりしないよー?」
とニマニマしながらからかってくる
アイリスが間に受けて
「違うもん!オルセー食いしん坊なのにあまりお肉も食べてないから、お兄ちゃん食べないか心配なだけだもん!!」
なんて怒って。
ボクもオルセーもサークラもそんなアイリスを見て笑って・・・
「オルセーは暫く元気がなかったけど、やっぱり笑ってはしゃいでる方がかわいいね」
なんてトーレスがいうものだから
モーラ達がますます前のめりに見てくるし
少しの間笑ったあとオルセーが急に真顔になって
「あーあ、こんなに楽しいのに、ひさしぶりにはしゃいだからかなんか疲れちゃった。勿体ないけど、そろそろ寝よっかな」
と大きく元気な声で言った
リルルが駆け寄ってきて
「イルタマなのにもう寝ちゃうの?いつも火が消えるまで起きてるのに」
いまはまだ地球でいうと夜7時くらいの時間で、火を消すのは3時間は後だ
声を聴いていたのかオルセーの両親もきて
「本当にもういいのかい?」とか「次は来年までないんだよ?」なんて聞いて
「次があるんだから十分♪」とオルセーが返す
そうして少し会話したあとオルセーが
「パパ、お休みなさい」
と首に抱きついて両頬にキスをする
「おやおやもう11才になるのに今日は甘えん坊だな!」と言いながらキスを返すテオロ
「リルルもおやすみーんちゅー」
と横にいたリルルに襲いかかったオルセーはリルルの頬に真っ赤がなるまでキスマークをつけた
「ひぁ・・もうーよだれでべとべとだよオルセーちゃん!仕返しだよ!!」
とキスし返すリルルは、普段よりも数倍はしゃいでいる様に見える。
「じゃあ私は一旦戻ってオルセーを寝かしつけてきますね」
とオルリールが挨拶し
「リラックスして眠れる様にお茶を出しますね」
とナタリィも続く
ボクは妙に胸騒ぎを感じて、ボクもオルセーが寝るまで手を繋いでてあげると提案したがオルセーから
「アイラは今日はあたしの分までイルタマ堪能しててよ、それでまた今度遊ぼう!」
と断られた「でもでも」と食い下がると
「ああ、そっか、それならそうと言いなよ特別だよ?」
とボクの肩を掴んだオルセーはボクの唇に・・・
抵抗する暇もなくアイラの唇の純潔はオルセーに奪われてしまった、それどころか舌まで入れてきて歯茎をなぞられた・・・
アイラは腰の力が抜けてしまってへたり込んでしまった。
「な、な、ななななにするだあ!?」
変な言葉が出てしまった。
「にへへ・・・心配してくれて嬉しかったからご褒美だよ・・・じゃ、みんなおやすみ」
そう言って満面の笑顔を浮かべたオルセーはナタリィとオルリールと手を繋いで家に戻っていった。
唇が熱いし、なんだか口の中がまだくすぐったい。
それから1時間くらいたってナタリィとオルリールが戻ってきて
オルリールの眼が少し赤い気もしたがイルタマ煮の炎が少し映ってたんだろう。
その後も恙無くイルタマは消化され
9時半くらいには大体村人の胃袋に消えた。
その後、早くオルセーちゃんが元気になるといいね、なんてはしゃぐ眠たそうなリルルも
今くらいのほうが静かでいいわ、なんて素直じゃないことをいうケイトたちも一人また一人と帰っていきボクたちも火が消える前に家に戻った、なんとなく奥歯になにか挟まった様な違和感とまだ熱を帯びている肌で、ボクはなかなか眠ることができなかった。
オルセーが今朝亡くなっていた
その報せはオルセーの家の隣に住むハンスが走って伝えた
父と母がすぐに確認のためにオルセーの家に出掛けていったが
子どもたちは家に残された
(どういうことだ!?進行させないならずっと生きていけるはずではなかったか?そもそも、ここ数日のオルセーは明らかに体調がよくなっていた。)
(それこそ昨日はイルタマ煮に参加できるくらいに・・・。)
(無理をさせてしまったのか?)
頭の中でグルグルと思考が回り纏まることはない、ただ前世で両親が惨たらしく殺されてもなんとか冷静を保っていられたボクの心は今平静ではいられなかった。
その後昼前までには村内にオルセーの死が村主である父の名の下に伝えられた
今はオルセーを納めた棺が顔だけ見える様にして蓋をずらして置かれている
体はかきむしり肉の見える箇所があるため見えない様にしたそうだ
オルセーは穏やかに笑った顔をしていた。 少なくとも今この場にいる村人の誰よりも涼しく、穏やかな表情
その自然に笑っている口元をみて夕べのキスの感触を思い返す、柔らかさも熱もまだ残っていて、どうやってもこぼれ落ちる涙は止められなかった。
普段は儚げな小鳥の樣な声で話すリルルが今まで一度だって聴いたことのない様な大きな声で、血を吐くのではないかというような声でオルセーの名前を叫び続けている
トーレスはボクと同じ様に昨日のことを思い返しているのだろうか頬を撫でながら悔しそうな表情で涙を流していた
涙を流してない人はいなかった、村人もナタリィたちも悔しそうな表情で涙を流していた、ただソラだけがなにもわかってない様に、ニコニコとノラに抱かれてノラの涙の流れる頬をペチペチと叩いていた
昼過ぎには棺がお墓に納められて土葬された。
名前を刻んだ石はまだ用意できていないので木の板だけれど、綺麗な字がかけるサークラが字を書いた。
葬儀の後ナタリィたちと少しだけ話した
「ナタリィ、進行は抑えられるのではなかったの?」
涙を止めることができないままでナタリィにたずねる
ナタリィはなにも答えなかった
「ナタリィ!!」
声が少し上擦った
突然普段ほとんど喋らない従者の1人のフィーが、ボクの涙を拭いながら頭を抱き抱えてきた
「アイラさん、これはオルセーさんが、自ら決めたことです。」
フィーは自分の胸にボクの顔を抱え込んで、優しくいい聞かせる
「あのままずるずる引きずっても寝たきりで、私たちが村を離れれば遠からず彼女は死を待つだけでした、それよりは最期にみなさんと遊んでいきたいと・・・」
フィーは落ち着いた声で淡々とボクにいい聞かせる、その低身長(145cmないくらい)に不釣り合いな大きな乳房を挟んでもなお聞こえてくるトクントクンという響きはこれがすでにオルセーからは失われたものなのだとボクに突きつけて・・・
ボクは慟哭した。
5日後 支度を終えたナタリィたちは小さな馬車で村をでることになった
5日の間に村人の中で適性のあったものに治癒魔法や解毒魔法を伝授し、テキストを書いてくれた
驚いたことにアイリスが下級治癒魔法、初級解毒魔法、初級浄血魔法を覚えることができた
教育を担当したフィー曰く「コレだけ治療特化なのは最低でも3万人に1人いるかいないかの才能」があると太鼓判を押してくれた。
こうして嵐の様な日々が過ぎて
ボクたちの心に大きな後悔と、村の発展にとっての確かな足掛かりを残してオルセーはいなくなり。
季節は冬になった・・・
アイラはオルセーのことが大好きでした、大事な兄さんを譲ってもいいと思えるくらいには愛していました。
ナタリィの腕はフィーたちをつれてきた時点で治っています。