第143話:懐胎
こんにちは、暁改めアイラです。
アニスとシグルドがとうとうお付き合いをはじめる様です。
といっても、友達からはじめて僅か一ヶ月と少しの期間で、シグルドとアニスが挨拶しに来ました。
いや、アニスの様な美少女にあれだけ熱烈に言い寄られてよく一ヶ月以上もったと誉めるべきなのかもしれないが
「じゃあシグルドもアニスに惚れたんだね?」
季節は3月頭、季節が徐々に春から夏に向かいはじめ陽気が気持ちいい季節
開け放った窓から、花と若葉の匂いが入ってくる。
放課後、夏の水練大会と生徒会の役を担う中央シュバリエールの選挙に備えて書類と格闘していると真面目な顔をしたシグルドとアニスが入ってきたので、少し覚悟はしていたけれど
「はい、自分はまだまだユーリ様やアイラ様には及びませんが、必ずやアニス様にふさわしい男に成ります!その暁には、アニス様との婚約を認めていただけないでしょうか」
アニスと友達になり、親交を深めるにつれてシグルドは徐々に実力を伸ばしている。
アニスの進言によりユーリが学校製アシガル装備の試作品ゼロ・セイバーを着込んでの訓練に切り替えたところ、シグルドは目に見えて思い切りがよくなった。
どうもユーリが軽装で対応していたことで思い切りを悪くさせていた様だ。
そしてアニスという存在が護りたい存在となるにつれてか、反応もすごくよくなった。
シグルドの優しさと、自信のなさが攻めも護りも鈍らせていた様だ。
ついでに試製量産型セイバーの稼働テストもしたのだけれど、ユーリ曰く勇者であるユーリの動きをほとんど阻害しないほどの柔軟性があり、実用化が待たれる物だと評価され、遅々として進まなかった連邦製アシガル技術研究の成功例として他の研究所に資料が回された。
試製量産型セイバーはペイロードの鉱物生成で獲られた金属で作製されたゼロ・セイバーと異なり、ヘルワール跡地に見つかった鉱床から発掘される焔鉄と名付けられた火の魔力と親和性の高い魔鉄の亜種を使って製造されており、量産を前提に開発したものだ。
重量や量産品にかけられる手間を考えて金属板の枚数と魔方陣の密度を調整してある。
ミナカタから接収したハルピュイアの魔力抽出機や、ホロから得られた魔力貯蔵システム、神楽の魔力偏向機に格納されていた各種魔法技術などを用い、さらに新型や多様性を持たせる研究も始まった。
神楽は将来的にこれらの鎧を魔導鎧衣の様に魔法で装着する仕組みにしたいらしい。
「お姉ちゃん!認めてくれるの?くれないの?」
ちょっと思考が遠くに行きすぎていた様だ。
アニスがボクに詰めよって交際を認めるかどうかということを尋ねている。
答えは無論決まっている。
「アニス、前に言った通り、男女のことは他人が口をそう挟めることじゃないから、君たちが急ぎすぎたり、望まない行為を相手に強いたりしない限りはボクは見守るくらいしかできないよ。」
「じゃあいいの!?」
笑顔のアニスにボクも笑顔で応える。
「ありがとうございます!」
二人が喜びの声をあげる。
今日まで放課後の訓練を見守り、時にはそっと汗拭きを差し出したりしていじらしい姿をたくさん見せてくれたアニス
すでに学校中でアニスの初恋を応援する人たちがたくさんいて
二人の仲の発展は学校にとって良いニュースだといっていいだろう。
「学生らしい交際をする様にね。」
どの口が言うのかと思いながらも姉として妹に心構えを説く。
「うん、おねえちゃんみたいにね!」
賢い妹から即座にツッコミが入る。
シグルドは気が気でない様子でビビっている。
「アニス、おねえちゃんのは、学生らしい交際じゃなくて貴族らしい交際だから、参考にしちゃダメだよ」
すぐに切り返すとアニスは悪戯っぽく笑い
「ちぇー、私も赤ちゃん欲しいんだけどなー」
と呟いてシグルドの腕に体を押し当て、シグルドが物凄く焦った顔をする。
「アニスー?まさかと思うけれどそれは結婚まではダメだよ?」
「はーい」
まだ11歳になったばかりなのだけれどアニスはたぶんアイリスより耳年増だ。
アイリスは最近ようやく赤ちゃんのつくり方を知ったため、恥ずかしがって、ユーリと一緒にお風呂に入れなくなっているというのに、アニスはもう知っていて、あわよくば実践する気でいた様だ。
さて終戦から時間がたち、民心も大分落ち着いた。
失われた命は帰ってこないが、民は戦争を望まず。
国が連邦となったことで、今後は平和のもとに発展していくことを信じている。
そんな中でジークは三年以内に国王の座を退き、後継者としてサリィを立てることを正式に民に知らしめた。
これは現在連邦の首長とイシュタルト王を兼任しているジークがイシュタルト王位のみ先行してサリィに継がせる内容で、王権を狙うものへの牽制を目的としたものだ。
ことの始まりの前にイシュタルト王家の嫡子以外の仕組みの説明が必要になる。
イシュタルト王家では皇太子に、今回はサーリア姫になるが、クラウディアと周辺の直轄領の管理を徐々に学ばせ、国王の崩御か禅譲によって王位の継承が行われる。
それ以外の男子には東西南北のフィールド家が監理する王家直轄領の収入の2割をあてがい、王が変わる際にフィールド家の領地から退き、それまで蓄財した資産でクラウディアで隠居したり、勤勉な者は働きながら暮らしていくようにしている。
これが王家の嫡子以外のたどる道だ。
嫡子以外のというか、鑑定スキル持ち以外か
ただしこれは通常の話であり、今回は終戦直後、次の王であるサリィの兄弟であるハルベルトとリントハイムに別に領地が与えられたため、ジークの息子たちは一時据え置き、ただし長期間フィールドの財を食むため2割から1割に取り分を減らした。
これは戦争による出費のかさんだフィールド家の赤字を賄うためでもある。
が、これに反発したのがヴェル様の遺児の一人、オルガリオの実家だ。
オルガリオの母は、ジークの弟セラディアスの末娘で、セラディアスは前王の頃はフィールド家でもっとも豊かな西のザクセンフィールドの財を食んでいたわけだが彼は存分に蓄財できたはずなのに、将来ヴェル様が王になったあとのオルガリオのフィールド家からの収入を当て込んで資産をほとんど使いきっていた。
通常フィールド家の収入の2割といえば、かなりの額になるので、子孫数代に渡り生活には困らないはずなのだが・・・
これに対して、現在ザクセンフィールドにて財を食んでいるジークの次男で真面目なシャルルが自身の資産の3割をザクセンフィールドに返納して赤字を解消させ、さらにホーリーウッド家とも交渉してザクセンフィールドのみ平時の通りの2割でオルガリオに明け渡そうとしたのだが、何故か甥からの侮辱と受け取ったセラディアスは王城内のサロンでシャルルを殴り付けた。
これに激怒したジークはセラディアスの身分を剥奪し公にイシュタルトの姓を名乗ることを禁止した。
煽りを受けてオルガリオもイシュタルト姓を剥奪となり、ハルベルトが代わりに養うことになった。
年少のオルガリオは真面目で、浪費癖のあるセラディアスを見ていたためか質素な暮らしを好み、ハルベルトの領地で今は勉強して暮らしている、成人する頃にはイシュタルト姓に復籍させる予定である。
ここまでは良かったが、今年の頭くらいに何故か今度は王位継承権一位のサリィの結婚相手が次のイシュタルト王で、その相手は幼い頃から親交があり年の近くて優秀なデカイト様である、という噂がクラウディアの下町を中心に流され始めたのだ。
なおデカイトというのはセラディアスの孫で、贅沢を好む肥満体の男、21歳にして政治も軍務も果たしたことのない無能である。
どうみても失権したセラディアスの流した噂で、すでにイシュタルト姓も剥奪されているためとるに足らないものだったが・・・ジークは前述の通りにサリィこそが次期王であると示した。
さらにつまらない噂を流布して民を煽動しようとした咎でセラディアスは流罪となりデカイトどもども、ボクが焼き払ったせいで開墾地となっているエスラフラウの開拓村に流された。
セラディアスには次に問題を起こせば死罪だと言い含めてあるし、開墾地の役人にもセラディアスは最悪殺害しても良いと伝えてある。
その後シャルル以外のジークの息子たちも各フィールド家からの収入を断り全員がクラウディアで官吏として働き始め、姓もイシュタルトではない母方の実家の姓を名乗る様になった。
お陰でジークや各フィールド家の使える予算が増え神楽たちの研究にも少し予算が拡充された。
アニスとシグルドが退出したあと、少ししてまた来客があった。
「こんにちはアイラちゃん!」
アミに通されてきたのは次期国王のサリィ
「サリィ姉様!よくいらっしゃいました。」
サリィはよくセイバーやその他の鎧の開発状況の視察として学校によく顔を出す。
これは同時に秘密の合図でもあり、生徒会室に来たということは今夜は屋敷に伺いますという意味を含んでいる。
サリィはよくうちの屋敷に泊まるのだが、表向きはまだ幼いシシィを可愛がるためだ。
実際にはシシィを寝かしつけた後ユーリと同衾することも目的のひとつである。
秘密の話もするのでメイドや役員たちをサロンへ退出させる。
うちのメイドやアミたちにはサリィがユーリと関係を持っていることはばれているけれど王族同士で内密の話をするから、と言い訳して室内にはボクとサリィだけになる。
「サリィ姉様今日は?」
次期国王となるサリィがお供もなく会いに来るのは、イシュタルト王家以外ではボクとユーリ位だと言われている。
出会って5年経ったし、10月下旬に卒業して2ヶ月と少し経ったけれども、この王都での姉は今も変わらずボクを可愛がってくれていて、ことあるごとに顔を見せてくれる。
「今日はちょっと報告があってですね。でもその前に、良いですか?」
そういうとサリィはソファに座ったままで自分の隣の席をポンポンと叩いた。
これは、ちょっと甘えて欲しい様だ。
ボクももう14歳で、甘える様な歳ではないけれどリントやシシィには弱いところを見せたくなくて、でも政務に疲れて癒されたいというとき、サリィはボクを抱きたがる。
「また、なにか言われましたか?」
そう言いながらボクが隣に座るとサリィはボクの首に腕を回し抱き締めた。
「はー、アイラちゃんはいくつになっても甘い良い匂いがしますね。」
聞きようによっては乳臭い子どもとも聞こえる発言だが、実際今のボクはおっぱいも出る時期なので匂いはしているだろうね。
「サリィ姉様は頑張ってますよ、何を言われても気にする必要はないです。」
匂いについては触れず、サリィの頭を撫でながらなすがままに抱きすくめられる。
「表向きは従順に従う振りをして、陰で女の癖にとか大人しく結婚していれば良いものを、なんて言って指示した内容と異なる業務を行う者もいますし、よりよい手段があって、従いたくないなら従わなくても良いんですよ、私は政治が回ればそれで良いんですから、それを指示通りにやってすらいないのに女が政治のことをやるから失敗するんだなんて言われても困りますよね・・・」
サリィは優秀で軍務課の政務官育成系の学科で、他の追随を許さない成績で卒業したし、魔法もジークほどではないが、護身のためのものはある程度扱える。
何より民衆に人気があり、王家の継承権を優先的に持てる鑑定のスキルを持っているので、王になるのは現状サリィしかいないのだけれど・・・未だに若い女だからと侮る者はいる様だ。
「ふぅ、アイラちゃんのお陰で少し落ち着きました。」
しばらくして、そういってサリィはボクを解放する。
「ボクを抱く位で姉様が癒されるならば、幾らでもお使いください。ただ、リリやプリムラを抱いた方が効果は大きいと思います。」
二人とも、もちろんサクヤも柔らかくてかわいいので、ボクの様な経産婦を抱き締めるよりも癒し効果はあるはずだ。
「もちろんみんなかわいいですが、あの子達に愚痴を言ったり後ろ向きなことを言えないじゃないですか?だからアイラちゃんが最良なんですよ」
そういって笑顔でボクの髪を軽く手で梳きながら
「それに今日ははじめに言った通り報告がありまして・・・」
そういって佇まいを直すサリィはボクの目を真っ直ぐに見つめた。
「できました。」
と短く告げた。
(はて、今なにか作成しているものがあっただろうか?)
連邦法はすでに施行中だし、クラウディアの新しい壁も完成済、旧ミナカタやペイルゼン、ルクス、ドライラントからの学生を受け入れるための寮も充足したので、来年からはもっと本格的に学生を受け入れられる。
そして照れた様子のサリィを見て気付く、気付いてその臍の辺りを見つめ、それからまたサリィの目を見ると、コクリとサリィが頷いた。
「おめでとうございます、姉様!」
自分の夫の胤で目の前の美少女代表みたいなサリィが 身籠ったと考えると複雑な気持ちもするが、何よりもまずはめでたいことだ。
「ありがとう、アイラちゃん。アイラちゃんに祝福されるのが一番うれしいです。正直もっと複雑な顔で祝福されると思っていましたが、本当に嬉しそうに言ってくれて、とてもうれしい。」
にこにこと笑うサリィは自分のお腹をさすりながら喜びを語る。
「となるとこれから?」
ジークやユーリとも話して決めていたことがある。
妊娠初期に妊娠がわかる魔法のお陰で出来る偽装工作。
「はい、これから私は1ヶ月かけてハルベルト兄様のところを視察した後、ペイロード家に視察に行き妊娠が発覚、それからクラウディアに戻りこの子を出産します。」
父親を隠す為の手段であると同時に短絡的野心家を殺す為の罠でもある。
「流さない様にだけ注意してくださいね。」
思惑は別にしてようやく授かった命なのだから大切にしてほしい。
「はい、私の『幸せ』ですから」
サリィの子は鑑定を持って産まれるだろうか?
「サリィ姉様の幸せにボクも早く会いたいです。生まれたら抱っこさせてくださいね?」
今はまぁ、考えなくてもいい。
「もちろんです。公にはできませんがユーリ君の子である以上この子は正妻の貴方の子でもありますし。何よりも私が、アイラちゃんにこの子を抱いてほしい。私の大好きなアイラちゃんに私の幸せを抱き締めてほしい。」
彼女は王になるために自分の恋を諦めた。
そんな彼女が幸せを噛み締める様に笑えているのがとても貴いと思える。
この日もいつも通り、屋敷に泊まったサリィはこの日ばかりはユーリとは同衾せず、シシィと、貸し出されたリリとを抱いて寝て、存分に癒されてから三日後東へ旅立った。
明日がおやすみなので、なんとか遅れたぶんを取り戻したいと思っています。
早く残りの地形を変えている武器とか拾いに行きたいです。