第141話:最上級生として2
こんにちは、暁改めアイラです。
入学したばかりの一年生たちの前で模擬戦闘を見せることになりました。
瀟洒なメイドバトルに続いて、見ごたえのある男の子同士の決着がつき、場の盛り上がりもかなりのものである。
そんな中とうとうユーリとエッラという勇者の闘いが始まろうとしていた。
普段の模擬戦闘におけるユーリとエッラの勝率は大体五分五分だ。
これはエッラがユーリを圧倒する膂力と敏捷性を持っているけれど、ユーリのもつ超反応がエッラとの力量差を埋めてしまうからだ。
(これが命をかけた戦闘なら恐らくユーリの勝率がかなり高くなるだろうけれど)
ユーリのもつ強運、これはボクも持っているはずの能力だけれど、これは命を分ける一瞬に僅かな幸運をもたらす能力だと言われている。
命がけの戦いなら、五分の闘いはユーリの勝ちになるが、今回は命がけではないため、恐らく先に集中力を乱した方が負ける。
教官が二人の名前を呼ぶと、場内が大いに盛り上がる。
二人が向かい合うと静かになる。
まるで時間が止まった様に、始まりの声を待ち。
「はじめ!」
教官の号令と同時に二人は自分の収納から得物を取り出してぶつかり合う。
ユーリのもつ剣はジョージとの戦いで損なわれた盾の剣を神楽の持つ分解技術によって鋳とかし、金属塊に分けてから再精練し直し、さらにヘルワールで獲得していたらしいサラマンダーの骨格をラピスに鉱物生成してもらった金属を足して打ち直してもらい、以前よりさらに巨大な盾の剣・改とも言うべき物だ。
名前こそ盾の剣 のままだけれど厚みと幅と長さが一回りずつ大きくなっている。
また余った素材で旧盾の剣より二回り小さい焔の剣と名付けた剣を作成している。
こちらは前回の様に盾の剣を失った場合に竜骨剣では強度に不安があるため作製した。
非常用であるため今は収納の中だ。
何れも実用性を重視した飾りや遊びの少ない剣でユーリの真面目な性格とよく似合っている。
一方、エッラが構えた槍も以前とは違うものだ。
フォレストタイガーの牙を贅沢に12本金属化して作った心材にワイバーンの骨格を金属化させた素材で全体を作り上げた物で、盾と細剣も合わせて新調してある。
さらにプレゼントしたユーリが盾、細剣、突撃槍にそれぞれ名前を付けている。
突撃槍「嵐穿」
凧型盾「風を受けるもの」
細剣「夜に迷う者」
どうもユーリは名前を付けるのが好きな様だ。
そうして二人の構えたオルカーンとスヴェルグラムが打ち合い、衝撃と金属音が闘技場に広がる。
何人かの一年生達は悲鳴をあげた。
目の前で繰り広げられている模擬戦闘が、自分達が巻き込まれれば一瞬にして絶命する様なものだと気づけてしまったからだ。
事実すでに南方戦でクロト将軍を突き殺したものよりも鋭い突きが何本も放たれている。
さらに二人の方からくる風圧でボクの制服スカートが激しく捲れるがリリを抱えているのでうまく押さえられない。
そのままではユーリの選んだボクに似合う下着(薄いピンク色のかわいい系)が露になってしまうが、そこは優秀メイドのナディアとエイラがスカートを押さえてくれている。
やたら大きな剣をもった細身なユーリとやたら大きな槍をもった小柄なエッラが闘技場の中心辺りで暴威を振り撒いている。
その姿だけでも新入生には脅威のはずでそれがたまに自分達の近くまで移動してくるのだから恐怖心を植え付けるのに充分だ。
耐性の低い子で泣き出している子もいる様だ。
模擬戦闘の内容は、終始エッラが優勢で、ユーリは押されつつも紙一重で受けるか回避し続けている。
新入生の大半から見れば寸止めの時と回避出来ているときの何が違うかわからないだろう。
そもそもほとんどの子に見えてないだろうけれど
が、終りは唐突だった。
受けに回っていたユーリが受けずにエッラの槍を流してエッラの頬の横まで盾の剣を伸ばしてピタリと止めた。
エッラの速度なら避けられないこともない気もしたがエッラは降参の姿勢を取る。
どうもいい落とし所だと判断した様だ。
ユーリの面目も保てるし、十分すぎるほど威力も見せつけた。
これ以上得られる物もないならここでケガしないうちに切り上げることにしたのだろう。
驚き半分感動半分といったところだけれど、暴風の治まった闘技場の中に新入生たちの拍手がまばらに聞こえる。
「お疲れ様ー、ユーリ、エッラ。盛り上がっ・・・たかどうかは別としていい模擬戦だったよー」
感想を告げつつユーリに汗拭きを差し出す。
エッラにはエイラが手渡している。
それにしても半数近くは音と衝撃波に怯えているばかりだったからね、盛り上がり方は中ぐらい
「ありがとうアイラ」
受け取ったユーリは汗を拭き始めて、ユーリとエッラの汗の混じった匂いがふんわりと鼻に入ってくる。
5分くらいの試合なのにこの二人だとこんなに汗が出るんだね。
ユーリの汗の匂いに少し反応してその体に鼻を押し当てたくなるけれど、もういい年なので人前で甘えたりは恥ずかしい、恥ずかしいので我慢する。
役目も終わったのでその後は教室で平常の授業を受けて、今日の放課後はお仕事もないので、そのままユーリと一緒に闘技場へ行きシグルドの訓練を見学する。
(あーうん・・・ダメだダメだとは聞いていたけれど)
なんと言うか、勇者だと言うのにその辺の剣士課学生と変わらない練度だ。
「ユーリ様!もう一本お願いします!」
「いいよ」
ユーリは隙をわざとつくってシグルドに打ち込ませる。
その際によくシグルドに隙ができるので、ユーリは的確に隙のあるところに打ち込んでいく。
それを何度受けてもシグルドは隙だらけで改善する気配がない。
「なにか根本的に間違ってるのかな?」
いくらシグルドが弱いと言っても、ステータスはそれなりに高く、毎日の様に濃密な訓練を行っている。
それがこうも成長が見られないというのは・・・
(サボったり手を抜いたりというタイプではないはずなのだけれど)
考えていると、授業が終わったらしいアニスがルイーナともう一人のお友だちもつれて六人で闘技場に入ってきた。
「あ、おねーちゃーん!おにーちゃーん!シグルドー!」
気が抜けるほどマイペースな妹たちの声に考え事をしていた自分はどこかに消えてしまった。
「アニス、シャオたちも、初日の授業お疲れ様。」
例年初授業の日は班決めとオリエンテーリング位で終わるのだけれも、今年からは初日から連邦の理念についての授業をやる様になっているため、少し授業がある。
妹たちの声に反応してユーリとシグルドも動きを止めた。
それに気を良くしたのかアニスとテティスがユーリの方に走り寄っていく。
テティスはユーリの胸に飛び込みマーキングでもする様にほっぺたをこすり付けた。
一方アニスは、シグルドの方をじっと見ている。
今日はユーリはまだ服を着たままだが、シグルドの方はすでに脱いでいる。
そんな彼の上半身は中々に筋肉がついていて、だからこそ細身のユーリとの練習での弱さが際立って不人気な訳だが、そんな彼のことをじっと見つめているのだ。
「アニス、男の子の裸をまじまじ見るのは止めなさい、年頃の娘がはしたないよ。練習の邪魔に成らない様にボクとこっちでみてよう。」
そういってボクはリリを抱っこしたままで、ユーリたちの近くまで行くと、どうも様子がおかしい。
テティスがユーリに甘えて、シャオがそれを羨ましそうに見ているのはいつものことだけれど。
リウィがおろおろしていて、アニスがシグルドを見つめて顔を上気させていた。
(まさかアニスのひとめぼれ?シグルドは確かに見た目はいい方だし、性格も好ましいけれど、ウェリントンの両親から預かった大切なアニスを任せるなら最低でも生前の暁より強い男でなければ!)
「アニス、ほら恥ずかしいし訓練の邪魔になるから離れなさい、ごめんねシグルド」
再度呼び掛けるもアニスはシグルドを見つめ続けていて、シグルドは何故そんなに見られているのか分からずに困った様に笑っている。
「いいえ、可愛らしい方ですね、アイラ様の妹君ですか?」
「うん、四年度下なんだ。可愛いでしょ?」
何せ姉妹で一番サークラに似ているからね。
適性試験の日の入学式で新入生全員の前で歓迎の辞的なものを演説したけれど、顔が見えた一年生の中では一番の美少女だった。
「アイラ様の妹だと言われれば納得の可愛いらしさですね、アニス様どうぞお見知り置きを」
シグルドはそういって跪いた。
その上で顔をあげると。
「それで、アニス様はどうしてすでに自分のなま・・・」
と、なにかをアニスに尋ねようとして、できなかった。
「アニス!?」
ボクにも何が起きてるのかわからなかった。
ただアニスが、シグルドの顔めがけて抱きついて、その唇を奪って、それから満足した様に体を離すまでの間一度名前を呼んだだけだった。
闘技場内いる全ての人が呼吸を止めて、アニスがシグルドを開放すると同時にほぅっと息を漏らした。
「アニス!何してるの!!」
思わず声を荒げてしまう。
「あーやぁぁぁぁぁ!マァマァァァア~!!」
声で驚いてしまってか、自分が怒られたと思ってかリリが泣き出してしまうが、今のボクには愛娘にごめんねを言う余裕はなかった。
ただ君じゃないよと頭を撫でて胸に押し当て、顔はアニスの方を見る。
アニスはキョトンとした瞳でボクとユーリの方を見てそのあとニヘラと、気の抜ける様な笑顔を浮かべて
「お姉ちゃん、私、シグルドと婚約する!」
とそう宣言した。
一歳半過ぎた子がどれくらいしゃべれるか余り覚えていないです。
自分の赤ちゃんの頃の母子手帳を見たりしてこれくらいしゃべれるかな?とかいてますがそもそも一歳半ならずっと抱っこよりも遠出でなければなるべく歩かせた方が自然だと言うことに今さら思い至りました。
次回からリリはもっと歩かせます。