第132話:蹂躙戦1
こんにちは、アイラです。
今日はとうとうユーリの悲願を成就するその第一歩の日だ。
だからボクは彼の妻として、その道を支えよう。
昼前にクラウディアを発ったボクたちは3つある対オケアノス前線基地のひとつ、クラウディア東方60㎞ほどの地点にある川沿いの町ミゲルフレキ一を半年かけて城塞化したウィール砦に向かった。
ウィールにはヴェル様とフローリアン様がいらっしゃるのでその援護のためにミゲルフレキに行く様にジークから指示を受けた。
他の二ヵ所のうち北は複製足軽装備を主力とした部隊なので恐らくボクたちの援護は不要、南方は三隠密からの情報でドライセンの影はないと確定されたため挟み撃ちができる状態になった。
さらにスザクの対オケアノス守備隊は、東への警戒に宛てられていたためにスザク侯を守れなかった。
大変に怒り、戦意が高いらしい。
それなら中央突破のミゲルフレキだろうといっていたが、ユーリの正体を知るジークが気を利かせてくれたのかもしれない。
ウィール砦に着くと事前にジークが連絡をしてくれたのか、すんなりと司令室に通された。
中には勿論・・・
「久しぶりだね、ユーリ、アイラ」
優しく頬笑むヴェル様がいて、傍らにはやはり笑顔のフローリアン様がいた。
(二人とも少し疲れた表情かな?)
「ご無沙汰いたしております、ユークリッド参りました。」
ユーリが挨拶したのにあわせてボクも他のメンバーも軍式ではなく、貴族としての礼をする。
「アイラちゃ~ん♪」
ボクが顔をあげるとすでにフローリアン様がボクを抱き締めようとしていた。
「フローリアン様!?」
ただただ抱き締めたいから抱き締めただけのフローリアンはそのまま勢いよくボクを抱き抱える。
「前よりまた重たくなってるしまだまだ成長期だわね、ますます美人になってるしホーリーウッドも安泰ね!」
(重!?)
ボクが小柄で心配だったのはわかるけれど、重たくなったという言葉にショックを受けるのは仕方ないことだよね?
表情に浮いていたのかフローリアン様がボクの顔を見つめる。
「ゴメンゴメン、前と比べてというだけでむちゃくちゃ軽いわよ?私が抱えあげられる位だし?とても経産婦だとは思えないわね。」
そういってフローリアン様はボクを下ろすと、今は神楽が抱いているリリを見つめる。
ヴェル様も自然に視線をやると神楽は空気を読んでリリをヴェル様に預けた。
ヴェル様がリリ抱くと、余り人見知りしないリリが珍しくぐすり始めた。
「おお、スマンスマン、リアンも抱いてからすぐに戻す。」
慌てるヴェル様からリアン様の腕にわたるとリリは落着き始めた。
「リアンは平気で私はダメなのか?」
そういいながらヴェル様が撫でてもクリクリした目で見つめ返すだけで泣いたりしない、それなのにもう一度、とヴェル様が抱こうとすると泣き始めるリリ
「私がユーリの伯母だからかしら?」
そういって抱っこしたまま器用にリリのお腹ををまさぐって愛でるフローリアン様に
「私とて伯父である」
と反論するヴェル様、少し拗ねている様に見える。
「女の人に抱かれることが多いからかも?」
適当にヴェル様がダメな理由を推理する。
残念そうにリリ撫でてからヴェル様は真面目な顔になる。
「よく来てくれた。聞いているとおもうがジョージ・オケアノスの率いる軍勢2000が敵に合流している。」
ヴェル様が淡々と告げ、リリを抱いたままのフローリアン様が続ける。
「あなたたちには両翼のどちらかを担って欲しいの。はじめは督戦だけでいいわ、犠牲は少ない方がいいけれど、これからの時代のために戦争が悲惨だという記憶は必要なのよ」
フローリアン様は淡々と告げる、お優しい人ではあるけれど為政者はそれだけではいけないのだろう。
結局部隊を三つに別けて中央はヴェル様と王国側の認定勇者『剣天』ジェリド・フォスター、『魔砲将』ボレアス・サイリン・フォン・レイノール、白樺騎士団を中心とした魔法剣士隊など主力を率いて、敵主力にあたる。
北側は山際を迂回し、進軍するが、指揮をとるのはハルベルト、リントハイムの二王子で、ファイアブルと呼ばれる火に強く足回りの強い牛に騎乗する朱羽騎士団と弓と槍を得意とする黒曜騎士団、機動近接戦特化の蒼穹騎士団の三兵団を連れていく。
南側になったボクたちは、残り全部というか、人数だけなら主力のヴェル様と変わらないが、学校生が二十人居るくらいで残りは主に防衛隊だね、指揮官も通常の指揮系統なので部隊はよく動くかと思う。
中央が一万、ボクたちが八千、北が三千、ウィール砦に五千の兵とフローリアン様を残している。
対してこの戦場の敵はジョージが合流していたとして一万~一万三千、数はこちらが有利だ。
出撃は明朝だが北部隊は今夜夜陰に紛れて出撃する。
ボクたちは自分達が率いる部隊との顔合わせのためにミゲルフレキ南側キャンプに向かった。
事前にある程度日程を組んで兵を交代させていたため、今いる兵たちは士気が高く、土地にもなれている。
非常に良い状態だ。
この兵たちの何割かは死ぬのだと考えると、戦争はやはり悲惨なのだとわかる。
また学校生たちの中には見慣れた顔がいた。
「ユーリ!エレノアちゃん!」
「ユー君、エッラさん!みんな!」
エッラ以下はみんなにまとめられてしまったけれど
「ハスター!アイヴィ!」
「お二人ともお久しぶりです!」
ユーリとエッラが嬉しそうに声を上げる
二人にとっては一年生からの付き合いの親友みたいなものだしボクやナディアにとっても友達だからうれしい。
「アイヴィは相変わらず絶壁で安心した。」
(無事で良かった)
二人は西派閥だけれど出身は中央のためこんなところにいる様だ。
「アイラちゃんひどい!!そしてその黒髪の御姉様はどなた!?すごく綺麗!」
アイヴィは神楽のことが気に入った様だ。
「彼女はカグラ・アインベルク・フォン・コノエ子爵、勇者に匹敵する強者だよ」
ボクは自慢気に紹介する。
「綺麗な上に強いなんて素敵です!」
アイヴィに限らず、ボクたち軍官学校生は強さに憧れや敬意を覚える。
アイヴィはたちまち神楽のファンになりつつある様だ。
「アミもユーリたちと一緒にいたんだな。」
ハスターはアミを撫でながら言う、アミの母の実家の屋敷とハスターの家が近所で仲が良いそうでアミが入学する前からの知合いだと言っていた。
(今の今まで忘れていたけれど・・・)
「ごめんなさいハスター、そういえば貴方には伝えてなかったね」
アミが申し訳なさそうに言う
「無事だったならいいさ、それよりここの指揮をユーリがとるって?ってなんかでかくなった?」
ユーリはこの一年で10センチばかり大きくなっている。
それに対してハスターは4センチほどかな?
差が狭まった。
「いつまでも小さい僕じゃあないんだよ?」
嬉しそうに笑うユーリと再会を喜びあうハスターに、にっこり笑顔のアミ、さらに神楽に懐くアイヴィを見てボクたちも思わず笑顔になる。
「アイラさんこの方たちも?」
先日サーニャやリスティに会ったばかりなので神楽はボクの学校時代の仲間というものが多く存在することを理解している。
アイヴィにじゃれ付かれながら、神楽はボクに尋ねる。
「カグラ、男の子がハスターで女の子がアイヴィです。どちらも頼りになる魔法剣士で、ボクたちの同級生です。」
他は残念ながら親しい知人はいなかったが、相手からこちらは認知されていて、学生兵たちはそれなりに友好的にボクたちを迎えてくれた。
ただハスターたちもそうだけれど、みんなリリを見ると最初声をあげて驚くので、リリが泣いて大変だった。
その後防衛隊たちとも顔をあわせたのだけれど、防衛隊の一部の兵は、『貴族のボンボンの戦功稼ぎか知らんが!こんな子どもの指揮で戦えるか!」と反発した。
すると次は学生兵たちが
「あんたらただの兵隊が束になっても、ユーリ先輩やアイラちゃん先輩どころか、メイドさんたちにだって勝てないよ。」
と反発し、それを受けて最初は従順だった兵士たちも反発してしまった。
「俺たちとて、一年間この戦線を守ってきたんだぞ!」
「ガキどもが!いい気になるなよ!!」
長い戦争ですでに十分な悲惨な経験をしてきているのだと思う。
ならばボクたちは犠牲を少しでも減らすべきなのだろう・・・
「この剣はヴェルガ様からお預かりしたこの隊の指揮権を表したものだ。」
ボクが口を開こうとした瞬間ユーリが収納から剣を取り出して口を開いた。
兵士たちも声をあげるのをやめてユーリのほうを見つめる。
「諸君らの中で私の指揮に従えないものは待機を命じる、この命令すら聞けないというものは別についてきてもいいが、正当かつ明確な理由のない戦場での抗命は直ちに軍法に照らして処罰することもある。命令を聞けないものは不要だ。」
集まる視線の中でユーリは続ける。
「学生兵士諸君、まだ学生の身でありながら従軍してくれた君たちの献身に報いるため、私も力の限りを尽くそう。南側部隊は明朝6時に南門に整列するように、コレまでの動員数を考えれば今前線に出ている兵たちで、オケアノスは限界ギリギリだ。大規模な戦闘は明日で終わりにしたい、皆の命を私に預けてほしい」
ユーリが言い終わるとほとんどの兵隊は歓声を上げた。
ユーリがただのボンボンではなく、しっかりと信念と覚悟を持った指揮官だと認めたのだろう。
それでも従わない兵はいるのかもしれないけれど、そいつらはついてこないほうがいいのは確かだ。
明朝、欠員は体調不良者合わせて50人以下ですんだ。
元々の指揮系統の一番上にユーリを乗せただけなので人員の把握も早い。
昨日のうちに各隊の隊長たちを集めて作戦を話し合い、作戦も決まっている。
戦争の悲惨さは敵の兵に受け持ってもらい、味方の損失を抑えるためオケアノスの兵には可哀想だが、威嚇砲撃のあと降伏勧告、その後地表で赤色巨星を発動させることになった。
指揮権が残っていないと兵が混乱して被害が拡大しそうなので、中央に置かれるであろう敵本陣は避けるけれど。
一面焼け野原にしてしまうのは仕方ないかな?
川の東側は一年に及ぶ戦争ですでに焼け野原だから現状維持といえば現状維持だしいいかな?とユーリの要請を承諾してしまった。
作戦会議の際、赤色巨星の威力を知らない隊長たちが砲兵を貸すと言ってきたが不要だと断った。
ヴェル様たちにも伝え、戦端は南側が開くと許可を頂いた。
王国兵が朝から集結しているのがばれているのか、すでにオケアノス側も兵が集結しつつある。
そして午前10時、ボクたち南側部隊は決戦の地、ミゲルフレキ東、エスラフラウ平地に到着した。
いろいろあって遅くなってしまいました。
申し訳ありません
年末年始期間はどの程度の頻度で更新できるか分からないです。
他者の幕間+K-Aも置いてきましたが、本来は戦争後に書く予定だったので半端になっています。