第128話:降伏する理由
こんにちは、暁改めアイラです。
北部の前線司令部の一つとなっていたカナイマ市に駆けつけたボクたちは、美しい街並みを守るため、ペイルゼンのアシガル部隊の隊長エイム氏と一騎討ちをするため一旦町を出たが、跳躍を実践して見せたところ一騎討ちを蹴られて、降伏されてしまった。
兵士たちは動揺している。
突然自分達の上官が、勝利を疑っていなかった上官、しかも王族が、一騎討ちすら止め降伏を宣言したのだからそれは仕方がないことだろう。
(ボクだってユーリがいきなり降伏したら錯乱する)
まして自分達を巻き込んで降伏するというのだから、先程まで勝戦だったことも相まって、なかなか承服しかねるだろう
「ここまで着いてきてくれたお前たちには申し訳ないと思っている。ようやくアシガル装備の複製にも成功し、いよいよこれからというときに、こんな決断しかできない私を許して欲しいとは言わない、だが、我々ペイルゼンがイシュタルトに勝てないと言うのが事実だ。やはり、戦争をするべきではなかったのだ。」
そもそもペイルゼン内でもタカハトくらいは別れていただろう、それでなくても元は貿易と土地の借款相手だったのだから・・・
それを思い出したのか兵士達もおとなしくなった。
初期に前線となった地域は住人同士の交流も深かったときく、それらをズタズタにして迄開戦するだけの旨みは本当にペイルゼンにあったのかな?
「では、貴方が降伏して何をしたいかを聞かせていただけますか?エイムさん」
ユーリは少し不満そうにしている、そんなに戦いたかったの?
ボクの知っているユーリもリリーもそんな好戦的じゃなかったはずだけれど。
「初めからペイルゼンは戦争できる状態ではなかった。これまでの内政方針的にも、軍備も治安維持を重視したもので、外交も軍縮してるから仲良くしてくださいという立場でやって来た。」
うん、大規模な農業用地を貸したりしてるね。
戦争できる状態の国にそんなことは出来ない、ペイルゼンは帝国とはヘルワール、ドライセン、オケアノス領とはアスタリ湖で隔たれていて、仮想敵となりうるのもペイロードか大陸外だけだしね。
ペイロードと仲良くしていれば軍備は最低限でよい、後は貿易の為の陸路、海路の警備くらいだ。
そのくらいの戦力しか保持していないからこそ、ペイロードは土地を貸していたし、不戦条約を結んでペイロードもペイルゼン間の兵は少なく配置していた。
そこで今回の開戦なのだからペイロードの対ペイルゼン感情は極めて悪いだろう。
「そもそもこの戦争の仕掛人はオケアノスとドライセン・・・というよりは旧ヴェンシン復権派の連中です、彼らは各国の純血主義者たちを中心に声をかけました。それがうちの国では私の兄、第一王子エイブラハム・イグルバルト・ペイルゼンでした。色々要因はあったのですけれど、ペイルゼンではここのところ獣人系亜人の復権が行われておりまして、国内出身の獣人奴隷と言うのはもういないのですれど、それの要因の一つとなったのが私の存在なのです。」
?
エイム氏がなんだというのだろう。
「エイムさんが何故獣人復権の要因になるのですか?」
ユーリも同じところに引っ掛かる。
「私は、頭はヒトですけれど、尻尾があるんですよ。」
そういってエイム氏はフリッツの治療をだいたい終わらせたトリエラを手招きすると鎧の外しかたを教え、黒鎧をトリエラに脱がせてもらった。
(自分で着脱出来ないらしい)
すると・・・
「尻尾が・・・」
トリエラの言うとおり
エイム氏のズボンのお尻からキス族タイプの尻尾が生えていて、彼が混血なのだとありありと分かる様になっている
「私の母の祖母がキス族だったそうで、母には獣人の特徴はありませんでしたが私には特徴が出ました。初めは母の姦通が疑われましたが私がペイルゼン王家の特徴である、火紋という魔方陣を扱えたことと私が父王によく似ていることで疑いは晴れ、私も母が少しでも肩身の狭い思いをしない様にと邁進して参りましたので政治に軍制改革にそれなりの成績を残させていただきました。兄が嫉妬するほどに、父も獣人への扱いを変えようとおもいいたりペイルゼン出身の亜人には通常の国民権を付与する様になりました」
「私は将来的に兄を支えられればと思っておりましたが、兄は私が王位を狙っていると思っている様で、自身に政治的、軍事的成果を付加したいがために独断でオケアノスと結び此度の宣戦布告となりました。」
弟が自分より優れていると言われることに耐えかねたみたいだ。
だからと言って国王でもあるまいに現場判断の一時停戦ならともかく、開戦の段取りをしてしまうのはやり過ぎ、明らかに越権行為だね
「自分で開戦しておきながら兄は軍部所属の私に、敗戦続きの責任を追及してくる様になりました。混血のお前が劣っているから負け戦続きなのだ、やはり王には自分が相応しいのだ!と」
結構な困ったちゃんみたいだね、セルゲイも真っ青だ。
「父王はこの期に及んでは致し方なしと私に武功を立てる段取りをつけました東西の砦に大動員し中央を薄くさせて少数のアシガル部隊を配置、前線をくぐり抜けここカナイマまで魔動力付き高速馬車を用いた一撃突破で前線を崩しその武功を持って私に王位継承をさせて兄を廃嫡するつもりで今回のカナイマ攻めとなりました。カナイマを狙いたかったのはこちらにペイロード家の直系の長女がいるらしいと聞いたからです。」
カナイマより北にある前線拠点はスルーしてきたらしい、危険な強行軍だ。
「彼女をどうにかするつもりだったの!?」
ユーリが厳しい声で訪ねる。
少し前にスザク侯が殺害されたばかりなので少し警戒の色が強い
「いいえ、彼らに勝利した上で講和を持ちかけたいと思っておりました。アシガル装備は一般兵に対しては圧倒的に強いので優勢を取って講和したかったのです。」
害するつもりはなかったとのアピールだけれど、戦争である以上本当のところはわからない。
事故は起こりうるしね。
「ですが、貴方方の存在により、アシガル装備すらも戦争を優位にできるものではないとわかってしまいました。いままで平和的解決をペイロード側が打診していたのは、これまでの軍縮と友好があってこそであったのに砦を突破できないのだと勘違いした我等は牙を剥いた。そして私は、あなた方がペイルゼン王族の皆殺しすら可能であると、私は知ってしまった・・・・」
重々しい表情のエイム氏、アイラとしてはいままで考えたこともなかったが、確かに朱鷺見台で暁は要人暗殺の訓練もうけている。
跳躍、隠形はそういうことに向いている。
通常の隠形は訓練でも身に付くが、跳躍、さらに能力をある程度隠匿できるボクの生まれ持った隠形は希少だ。
まだやったことはないが今のボクほど暗殺向きの人間もそうそう居ないだろう。
何せ仕事を済ませれば自宅まで跳んで帰れるし、この世界の魔法と異なるので、魔法封じの中でも利用出来た。
(自分のことながら恐ろしいね、相手にしたくない。)
少し長い沈黙。それを破ったのは懐かしい声だった。
「あれ?ユーリ君とアイラちゃん?」
茶目っ気のある、それでいて包容力のある声。
「ユミナ先輩!お会いしたかったです!!」
思わず飛び付きたくなるのを我慢。
(両側と後ろに護衛がついてるからね)
あれは確かレギナ先輩とジョッシュ先輩それに魔砲兵のサルファー先輩だ。
余り関わりはなかったけれど皆かなり実力のある先輩たちだ。
(それにしても北伐侯家の長女の護衛が若手ばかりでよいのだろうか?)
「ユミナ先輩お久しぶりです。相変わらず驚いてるのかどうかわからない驚き方ですね。」
ユーリはユミナ先輩の無事が確認できて少し安心した顔をしている
「何か急にペイルゼン兵が攻めてきたと思ったら急に攻撃がやんだからなにかと思ったら、アイラちゃんの活躍?」
ボクがエイム氏の近くにいるからか、ユミナ先輩はボクが原因だと判断した様だ。
「半分くらい?」
半分はボクの能力故に、もう半分はエイム氏賢明さ故にだ。
そうでなければまだ一騎討ちしてる頃だろう。
興奮気味な声があがる
「エレノア殿!ご無沙汰致しております!!」
サルファー先輩はエッラの信奉者だ。
彼は7つも下のエレノアに気持ちよく敗北してからずっとエレノアに敬意を抱き続けている。
(卒業後も変わってないみたいだね。)
「こんにちは、サルファー先輩、ご無沙汰してます」
エッラのほうは別に嫌ったりはしていないのだけれど体の大きなサルファー先輩のことは苦手な様で距離があるのに引き気味。
身長2m近いものね・・・ボクも隣に立てば完全に顔を見上げることになるから正直首が辛い相手だ。
「サルファー、後にしよう、今はこのペイルゼン兵達のことだ。」
「そうだぞ、心酔しているエレノアさんがいてうれしいのはわかるけれど俺たちの主人はユミナ様なんだぞ。」
サルファー先輩はその業務態度を同僚につっこまれている。
(確かに護衛が対象から目を離すのはダメだよね)
「それじゃ、何があったか、このペイルゼン兵達をどうすればいいのか教えてくれる?」
ユミナ先輩はおっとりとした声で、ボクとユーリとにことの顛末を尋ねるのだった。
お昼休み投稿です。
いよいよ年末までにアイラが13歳を迎えられるか怪しくなって参りました。
師走の忙しさが憎いです。