第123話:無名のモノローグ
こんにちは、暁改めアイラです。
クラウディアの王城で、ボクたちは今後の方針を話し合っていた。
ボクたちホーリウッドの認定勇者は、足回りが強いため先ずは北への進軍の手伝いをすることとなった
と言っても北もある時期を境に、国境を100kmほど後退させており、防御する前線の短縮に努めている様である。
さて今ボクたちの前で語りだしているのは魔剣使いカナリア・ローゼンフィールドこと神楽だ。
神楽が何故魔剣使いと呼ばれるに至ったか、魔剣とは一体なにを指したものなのかが今明かされようとしていた。
神楽は目を瞑って語り始めた。
「ひと昔前、ひとりの女の子がおりました。その子には沢山の姉妹がいて、下から2番目だった彼女は大好きな姉たちに可愛がられ、大好きな婚約者もおりました。そんな女の子に転機が訪れたのは、9歳の時のことです 。」
あぁ・・・ボクにとっても大きな転機であったあの夜のことだろう、忘れたことなんてない。
「凶悪な魔物が女の子と婚約者の男の子の日常を壊してしまいました。突然町を襲った黒い魔物、常人を寄せ付けない動きを見せた魔物に女の子は身を守ることも危うい状態でした。そんな彼女を庇って婚約者が魔物の牙を受けて食らいついたまま魔物はどこかへ去りはじめました。」
加速しても光弾を使ってもあの魔物・・・ガルムを捉えることは出来なかった
「女の子は焦りました。今この魔物を見失えば、自分は二度と愛しい人に会えない!そう思った女の子は、男の子がおとした御守りの剣を拾って走り出しました。」
暁天のことだね、おかげで今ボクは助かっている
「女の子は武術を習っていましたし体力も同じ年代の中ではある方でした。追い縋れるはずだと思ってました。いつの間にか景色が変わり、見知らぬ森の中に居ましたが、追いかけ続けました。」
「どんどんどんどん距離が開きます、男の子との戦闘で胸に穴の空いていたはずの魔物はそれでも無尽蔵に走り続けられる様でした。」
この時のことは覚えている、ボクはガルムの胸や喉に何度も暁光を突き立てて光燐弾兎を放っていたけれど、やつに致命傷を与えた頃には、ボクも事切れていた。
「遠くになった彼を追いかけ続けたせいでしょうか?女の子は足下の木の根に気付かずに転びました。
僅か1秒に満たない数瞬、顔を上げた時にもう魔物の姿は見えませんでした。女の子は恐くなりました。」
どれだけ絶望しただろうか?どれだけ心細かっただろうか?
9歳の少女にどれだけ深い絶望を刻み込んでしまったのだろうか。
「周りは見知らぬ夜の森。愛しい人との日常も温かい家も、そこにはありません。」
全て喪わせてしまった。
「女の子は愛しい人の名前を呼びながら歩き続けました。」
ボクが彼女からその存在を喪わせてしまった。
「やがて見つからない男の子の名前を呼び続けた女の子は一先ず人里に戻ることにしました。でも道がわかりません、あまりにも無茶苦茶に走ってきたので自分がどっちからきたのかすら分かりませんでした。女の子はとりあえず空を飛ぶことにしました。女の子は魔法で空を飛ぶ盾を召喚して足下の森を見渡して、絶句しました。知らない森でした。彼女のいた町なんて見当たらず、海も山も見当たりませんでした。」
もうその頃にはこっちに来ていたってことだね。
「女の子のいた国にこれほど大きな森があるとは知りませんでしたが、女の子は一先ず人里目指して一方向に進み、やがて空が白んできた頃小さな村についたので場所を聴くことにしました。」
「早起きな村人に話しかけた女の子はより大きな絶望を味わうことになりました。言葉が通じませんでした。女の子は今自分がいる場所が分かりませんでした。そのとき白んだ空の雲が切れて月と太陽が見えましたが、女の子の見慣れたそれとはどこか違うように感じられて、女の子は自分が遠くに来たのだと、本能的に理解しました。」
ボクは生まれ変わりだったけれど、神楽は迷い込んでしまった、それは守ってくれるものが居ないということだ。
「言葉の通じない女の子を村人は扱いに困りましたが一先ず、汚れてるのを見てお風呂にいれてくれました。女の子は失礼とは思いますがこんな小さな村にお風呂があると思わなかったので喜びました。」
ボクも最初のころは驚いたね、この文化レベルの世界でお風呂が村の家にもあるのだから。
魔法道具様様だ。
「お風呂から出ると簡単な食事を振る舞ってくれて、お腹の減っていた女の子はパンと穀物のスープを一息に食べました。」
「そのときです!村の中で悲鳴が聞こえました。村人とともに外に出た女の子は、大きな牙を持つ魔物が村の他の人を襲っているところを目撃しました。すでに女の子とそう年の変わらなそうな女の子が一人、貪り食われているところでした。女の子は思わず小さな悲鳴をあげてしまいましたすると魔物は女の子の存在に気づいて、襲いかかろうとしました。すると最初にお風呂と食事を用意してくれた村人が間に割って入りました。村人はまだ言葉も通じないどこのものかもわからない女の子を庇いました。」
神楽は強いけれど、平和なれした日ノ本の撫子であった。
きっととっさに反応できても最初の致命傷を避けるくらいで、執拗に狙われれば生き物を殺す覚悟が出来る前に殺されていただろう。
ただでさえ直前に年頃の近い女の子の死ぬところや、それ以前にボクの、暁の失跡という絶望を味わっている。
村人の犠牲に感謝・・・といっていいのだろうか?その人が居なければ今神楽に会えていない可能性だって十分にあったのだ。
「村人の、男の腕から血が溢れ、他の武器をもった村人は遠巻きに囲むばかりで動き出せません。女の子は覚悟を決めました。今この見知らぬ恩人の男を死なせては自分は二度とあの愛しい人の前に堂々とは立てないと確信がありました。女の子は初めて生き物を殺しました。今まで強力な魔法をもっていても生き物を殺すことをしたことはありませんでしたか、女の子は魔物を殺しました。村人たちは歓声をあげ、ケガした村人も腕を押さえながら女の子の頭を撫でました。」
よかった村人も生きていたか、いつかお礼を言いに行きたい。
ボクに出来る範囲で実のあるお礼もしよう。
「女の子は弱い治癒魔法も使えたので男に治癒を施し男はまた喜びました。その後村人たちにも歓迎され10日間ほど村で過ごした女の子は身振り手振りでコミュニケーションをとれる程度には村にも慣れて、その間にいくつかの魔物の群れを滅ぼし、その後その国の大きな街を目指すことにしました。」
10日で共通の理解の及ぶ言語がないのにボディランゲージが可能になるなんてさすがは子ども、ボクも暁を維持したまま言葉覚えるの早かったなぁ。
「最初の村人の男ゴルフは少女の名前をちゃんと呼べず、カグラからカンクルリア、転じてカナリアと呼ぶようになりました。」
カナリアって名づけはその村人なんだね。ちょっと嫉妬してしまうかもしれない。
「ゴルフは危険な旅を厭わず、カナリアを都につれていくと村の人達の前で誓いました。村人たちはゴルフとカナリアのお別れの儀式を盛大に行いました。村人にとって都への旅はそれほど危険なものだったのです。」
見知らぬ少女のために、死ぬこと前提の旅をしてくれる、その村人には感謝しても仕切れない・・・。
いつかきっと何かお礼をしよう。
「徒歩の旅は苛烈でしたが、20日ほどかけて二人は都につきました、ここならばもっと広い情報がわかるかも! そうやってカナリアの気持ちも上向いて来ていたけれどその淡い期待は最悪の形で裏切られることとなるのです。」
悲しそうに、本当に悲しそうに都への到着を語る神楽は、泣いている?
泣かないで欲しい、笑っていて欲しいのに・・・
そこに居なかったボクには彼女の後悔や過ぎ去った悲しみから守ってやることはできないんだ・・・ただ癒してやるしか出来ない。
神楽の腕が寂しそうに蠢いていたので、ボクはリリを神楽の腕の中に預けた。
ちょっとまた難産になりそうなので更新は遅くなると思います
ごめんなさい。