第106話:天衣無縫
こんにちは、暁改めアイラです。
オケアノスの裏切りを恐らくは契機とする戦争が始まりました。始まったと言ってもまだオケアノスざが卑怯な騙し討ちしただけだけれども・・・今ギエンたちが実はやっぱり裏切ってましたとかいったら王国は詰むかもしれない。
王国が敗北すればその有力貴族とその関係者にあるボクたちは・・・考えたくもないけれど。
眼下に打ち立てられたオケアノスの旗は、彼の町並みがすでに日常を失ったことを示している。
町並みの中には鮮やかな赤がそこかしこに散り
各所で男たちが数人掛りで一人の女性に群がっていた。
ボクたちはこの光景が非常に嫌い、アイリスには見せられない、エッラにも見せたくはない。
ならばボク一人が終わらせればいい。
「ちょっと待っててね」
気付いた時にはボクは空の中を輝きに包まれて降下していた。
なんでかわからないけど妙な浮遊感がある
700mほど落下して町に降りた時に理由がわかった。
「天衣無縫」
この薄手で付加機能もおおよそ戦闘用とは思えない鎧衣をボクは無意識に身につけていた。
少し訂正、町に降りてなど居なかった。
ボクはただフワフワと浮遊したまま、目の前で虚な目をしてなすがままになっているナディアと同じ年頃の女の子に声をかけた。
「ねえ、生きたい?」
男たちは隣りに立つボクの存在なんて見えていないかの様に女の子に夢中なままだ。
口を塞がれて喋れない女の子
哀しみと憎悪の色が強いけど絶望には至っていないね。
ボクは右手を軽く振った。
男たちは恍惚の表情を浮かべたままで二度と別の表情を浮かべることは無くなった。
女の子はまだなにも理解出来ていない。
「踏みにじられ、貶められても、まだ生きたい?」
ボクは経験したことがないからわからない痛みだけれど
その目が生きようとしているのはわかるよ?
生きたいなら手を貸そう。
どちらにせよ狼藉者は鏖しだけど
それでもいっしょくたに鏖しにしないのは、中には全うな兵士もいるはずだと信じていたいからだ。
空からだと乱暴なのか本能による種の生存本能に駆られた民同士なのかも分からなかったしね。
それにしても恐ろしい、この鎧衣の力は恐ろしい。
この間は浮遊と絶対防御(スカートの中身は鉄壁の防御に守られる)だけだと思われたこの「天衣無縫」の能力は、魔力を燃料に能力を強化するブーストだった。
それだけだと普通の強化系魔法とどう違うのか?と思うけれども・・・違った、何もかも違った。
ボクは今、何もかも止まりきった様な世界の中に居る。
ボクはほとんど完全な停止に近い速度で加速し、しかしこの少女の意思を汲み取った。
コレは感知も大幅に増強されているね。
その分魔力がドンドン減っているのも分かる。
そう長くは持たないね。
急ごう・・・。
(あはは・・・はははは・・・)
すごい、誰が悪い人で、誰が助けを求めているかがわかる。
それにオケアノス兵全部が悪人でなくってよかった。
町の広場の教会の中で13人のオケアノス兵が、赤ちゃんを世話している。
それも楽しそうな表情で
この人たちが戦争に参加した理由なんて分からないけれど、流されてきたんだとしても、今町人に狼藉せず、子どもたちの世話をしているのはそれだけでも赦しを与える理由になる。
聖母が祝福しているよ?子どもは世界の宝なんだから。
ソレに比べて、奪うことしか出来ないこの身の不甲斐なさよ・・・。
たぶん、現実の時間にしたら2秒くらいのことだったのだろうけれど、ボクはオケアノス兵を1274人殺害した。
加速が解け、正しい時間というものが戻ってくると一気に魔力を消耗した脱力感が身体を襲った。
同時に町中で声が上がる。
それは、この町そのものの悲鳴の様であり、笑い声の様でもある。
そしてその声に反応して食後のデザートもとい、セルゲイたちの居る中央の旅館らしき建物から兵士が出てきた。
数は50くらいか
ボクは魔力と意思力の大半を失い通常なら暁光を杖代わりに何とか立っている様な状態だろうけれど、今ボクは浮遊している。
そこにでてきた兵士たちは絶句する。
そこから見えるだけでもおびただしい数のオケアノス兵が骸を晒しているのだ。
「なん・・・だ・・・?なにがあった?」
「おいそこの娘!この状況は何だ!!」
ソレを君たちが知ることはないよ。
もうその必要もないよね、なにせあと5秒足らずで全員死ぬのだから。
建物の中にはまだ町人が何人も居る可能性があるけれど、この場に居るのは全て武器は持っているものの半裸や全裸の男たち、まぁ・・・そういうことだろう?
「光輝斬林剣!!」
質問には答えてやらず、長さを建物の手前になるように調整して光の剣を伸ばして横に一閃する。
単純だからこそ雑兵相手には絶大な威力を発揮する、ただの無造作な横薙ぎ払い。
斬撃の外側に2~3人残ったけれど、それももう大丈夫。
怯えていて、逃げることも出来ない様だ。
待っててねっていったのに、ボクを追いかけてユーリとタンバさんが到着した。
そして戦慄した。
「アイラ無事・・・!?」
「まさかアイラ殿が今の30秒ほどの間にコレだけのことをやられたのですか?」
この広場から見えるだけでも既に120の骸を積み上げている。
町の中には既にここ以外だけでも1200を超えるオケアノス兵が転がっているけれど。
「ユーリ、セルゲイは残しといたから・・・・後は君たちに任せる、あっちの教会の中に、一部のオケアノス兵が赤ちゃんを世話してる場所があるからそこは見逃してやってね。」
ユーリに抱きとめられる、魔力切れで天衣無縫が解除され立っていられなかったボクは、そのままベンチに座らされた。
「アイラ・・・また無茶をして、君だけが傷付く必要なんてないんだからね、僕がやるべき復讐なんだから」
そうしてユーリは立ち上がるとその名を叫んだ。
「セルゲイ!セルゲイ・デイビット・フォン・オケアノス!」
反応はなかったけれど少しして20人ほどを引き連れて、セルゲイが現れた。
「おいチビのユークリッドよぉ、いくら同じ四候爵家とはいえ、年長者のオレを呼び捨てとはいい度胸だな?」
セルゲイはボクより8年度上・・・もう20になった頃だ。
確かに年上だけれど、ちょっと、いやかなり尊敬できない大人だ。
「あぁそっちのチビガキたしかユークリッドの腰巾着のアイラとかいったな?なんだ?足腰たたないのか?ユークリッドを始末したら美味しく頂いてやるからよ、そのまま待ってろよ?」
なんでまだ勝てる気でいられるのかな?
「ユークリッド、貴様がいつも女の後ろに隠れてる情けないやつだって知ってるけど、今日は隠れないよなぁ?」
セルゲイは挑発的にユーリを煽る。
「ボクは君相手に引いたことはないつもりだけれど・・・。」
セルゲイの横には春に退学したアルバ、腰巾着のマイク、そしてもう一人見知らぬ男が居る。
全身からあふれ出す自信が、その男が何か他のものとは違うのだと分かる。
「タンバ殿?うれしいですぞぅ、私が東に付いたのは貴殿の様なツワモノと戦うためであった・・・。セルゲイ様!私はあのタンバ殿と戦い等ございまする。」
タンバさんは変装しているはずだけれど、彼だとわかった様だ。
少なくとも手練ではある様だね。
「タンバさんあの人お知りあいですか?」
タンバさん汗かいてるね?
「あれは、【狂剣】イオタ・ソグニウムですな、戦闘狂で有名な異名持ちの剣士です。」
汗がスッと流れる。
「強いのですか?」
ボクはタンバさんにそう尋ねただけだけれど。
それがイオタなにがしなには不満だったらしい。
「おいチビぃ!人を詮索すんなよ?」
ちょっとキレれられた。
「ふはは、イオタはそこらの剣士など相手にならん狂剣士よ!お前ら生意気だったがコレでお別れとなるとせいせいするな!」
セルゲイたち3バカが笑い声を上げる。
あぁなんていうか小物臭がやばいね、ソレたぶん負けフラグだよ?
イオタが柄の長いバスターソードを構えて殺気を放つ。
タンバさんが短剣を構える。
次の瞬間にイオタの姿が掻き消えた。
というほど早くもなかったがとにかく、イオタはタンバさんに向かって飛び込みタンバさんも身構え、戦いが始まった。
そして、イオタの待ち望んだ勝負が一瞬で付いてしまった。
「イオタが!?」
イオタの首が飛び、セルゲイが間抜けな声を上げた。
ユーリが恐ろしいスピードで竜骨剣を投げつけてイオタの剣ごとその首を切断したのだ。
「うるさい・・・邪魔・・・。」
ユーリから立ち上るオーラはあまりにも禍々しい、
ようやく仇敵の縁者その一人を討てるのだ・・・それは思うところもあるだろう。
それにしても期待させておいてとんだ残念具合だったね。
「ねぇセルゲイ、君の母は本当にアクア様?」
ユーリが重要なことを訊く。
「あぁ?当然だろう?そうでなくては東征侯爵家を名乗れぬ、もっともあの様な軟弱なもの母とは認めていないが、この卑怯ものめ・・・良くもイオタを、兵たち、早く来い!貴様らの主人の危機ぞ!」
そうかそれじゃあ今からユーリは、甥っ子を殺すんだね。
慰めも必要だろう。
「ユーリ、ホーリーウッドに付いたら、ボクのこといっぱい抱きしめてほしいな。」
ボクはついさっき人の命をたくさん奪って、奪うだけの自分に嫌気が差してしまった。
そろそろ生み出せる自分を感じたいものだ。
「うん、ありがとうアイラ、覚悟してね?」
そしてその嫌悪感はきっと、今からセルゲイを殺すユーリも同じことだから・・・
短いですが、この町の話も分けることにしました。
アイラはちょっと疲れてきています。