第94話:魔力偏向機と神器
こんばんは、暁改めアイラです。
念願の神楽との再会を果たし、お互いの想いを消化しあったボクたちは、当面の目的であるクレアリグル姫救出のために空路で帝都ルクセンティアへと向かっている。
ルクセンティア帝城に軟禁されている、正当なるルクス帝国継承者、クレアリグル・リヒト・ルクセンティアは現在16歳で現在帝国の継承権一位を持つために、婚姻を迫られている状態だという。
そしてその座を狙う内務卿らがこの戦を煽動した張本人たちだと神楽のもたらした情報が報せている。
ユーリの目が静かに怒りに染まっていた。
アンゼルスから100kmほどの地点、恐ろしいほどの快速で野を越え山を越えてきたボクたちは同じ姿勢で長時間居たため帝都に着く前に、一旦休憩を挟むことにした。
神楽の話では帝都まであと40kmばかりらしいけれど、普通なら山と谷を越えるのにも時間がかかるからもっと大変なはずだ。
今ボクたちがいる地点まで僅かに1時間40分ほどでたどり着いたけれど陸路なら急いでも5日かかるらしい。
神楽の案内でボクたちは周囲に集落のない、山間の少し開けた場所に着陸した。
魔力偏向機の性能は恐ろしいものだった。
この「黒の金の突撃騎馬兵」の鎧衣は飛行に優れているというだけあって、2人抱えた状態でもまったく疲れることがないというか、抱えている重ささえ感じなかった。
どうもこっちの世界では体系付けられていない重力魔法の作用が働いているらしい。
この鎧衣のシステムは、別にボク自身を純粋に強くしているわけではなく魔法の運用を効率的にするアシストをシステムでやってくれるというもので、今把握しているだけでも100以上の鎧衣が、暁天の中に記録されていた。
コレに更に実質四つ子専用の魔法アシストシステムやら、自動防御システムなんかも入っているらしいのでたぶん一生かかってもすべての性能を使い切ることはないだろう。
イロイロと試してみたいのだけれど、今はクレアリグル姫の救出のことを第一にしているので、休憩すると決めた以上は休憩する。
「はぁー空の上ってすっごかったねぇ!」
着陸してから5分ほど立ってもまだアイリスは興奮気味、初めての空にテンションが上がったままでナカナカ降りてこない。
「マスターやエッラさんはいつもあんなところからの景色を見ていたのですね、わ、私は高いところスキだったはずなのに、ちょっと震えてしまいました・・・さ、寒さのせいですよ!?別に粗相したりしてませんから!それはそれとして?ちょっとお花を摘んできます。」
そういって茂みのほうに向かったトリエラは戻ってきたとき顔が真っ赤だったけど、見なかったことにしてあげよう。
「私は普段あんなに高く飛べませんから、私は普段飛行魔法ではなくって風魔法で飛んでるだけですし。」
エッラは淡々としたもので、特に感動したというわけではなさそうだ。
「ところで、ひとつよろしいでしょうか?」
ナディアが手を挙げて発言の許可を求める。
「なにかなナディア?」
ユーリが優しい笑顔で可愛いメイドに続きを促す。
するとナディアは訝しげにこちらを見つめてきた。
「どうして、カナリアさんはアイラ様をお膝に乗せて座ってるんですか?」
なるほど、確かにそれは不思議だ。
先ほどまで敵同士で、仲間になったばかりなのに、たいした仲良しぶりだね。
「女の子が腰を冷やすとよくないかなって。」
一応ユーリ以外女の子なので、その理屈はおかしい。
それと、言いながらギューっとボクのことを抱きしめた神楽の胸がボクの首と肩の間辺りに当たっているのがわかる。
エッラの様に大きいわけでもないけれど、確かな二つの膨らみが感じられて実にナイスだ。
普段なら女の子の胸なんてもう大して気にしなくなっているけれど、神楽のものとなるとやはり別だ。
(あの小さかった神楽が、今やこんなに立派になって・・・。)
感慨深いものを感じながら自分の胸元を見下ろすと、少し敗北感も感じた。
「あぁそれと、カナリア・ローゼンフィールドというのは、魔剣使いとしての偽名ですので。これから皆さんにはカグラ・キリウって呼んで欲しいです。本名なので。」
おぉ、さらっと言ったね。
コレで人前でもカグラって呼べる。
「なんで今本名をバラすのですか?」
まだそんなに親しくなった覚えはないといわんばかりにマガレ先輩がジト目で神楽をみる。
「私は、アイラさんのお優しい言葉に救われたので、姫様をお救いしたあとは、一生アイラさんに近侍したいと思っています。皆さんはそのお身内なので、明かしておこうとおもったんです。」
神楽がまっすぐ見つめ返すと、少しの間探る様に見ていたマガレ先輩は、興味を失ったとばかりに目を反らした。
「じゃまぁたたっとご飯食べて、仮眠とって、ルクセンティアに行こうか」
部隊長のマガレ先輩の合図でボクたちはご飯の支度をする。
と言っても、エッラとボクが収納から取り出しただけだけれども。
火を使わなくても良いように、パンと温かいスープを砦で用意してきた。
ほんの2時間ほど前に軽く食べているけれど、もう一度ここで食べていくことで士気を挙げておこうってことだ。
戦闘が始まってからおなか減ったらつらいからね。
ボクたちはいまから戦争に行く、それも後ろがしっかりした戦いではなく。
1小隊での電撃戦、まだほとんど全員が学生の身分とはいえ最精鋭部隊だ、必ずや成功してみせる。
「そうだ、帝城に着いたあとのことを決めておきましょう」
軽食のあと、神楽がボクを抱きかかえたままで言う、最初皆なにかしら文句をいっていたが、ボクが別に抵抗もしていないのをみて、何も言わなくなったが、マジメな顔をしても絵面がしまらないね。
膝の上に前世ならば魔女っ娘コスプレにしか見えない女の子を乗せているのだから。
ボクは軽く身じろぎして神楽から開放してもらって横に立った。
神楽は特に気にした様子もなく続ける、
「帝城には2つ特に大きな尖塔があり、そのどちらかに姫様が軟禁されていると思われます。内務卿たちは今回の戦で賭けをしており誰かが勝てばすぐさま自分の息子や孫に姫を襲わせる予定でしょう。が、姫はそれを望んでいません、姫が望むのは先代からの協調路線です。もっといえばそろそろ国境線なんてなくしてしまいたいと思っています。」
国境線をなくす?それは全土を統一するということだろうか?
それは協調路線とは真逆になるんじゃない?
「国境線をなくすってどういうことかな?」
ユーリがたずねる、皆気になる部分だよね。
いまの戦争だって国境線が表向きの理由だし
「今の王国の様な形態を作りたいみたいですね。中央にひとつの代表を作り、周囲は別々に統治するけども最終的にはひとつの国家であるという認識をしている。」
王家と四候家のことだろうか? 今は破綻しかかってるけれどね
「そしてそのためにはまず国境を物理的に隔てているものを取り除こうということで、姫様は魔剣使いの私に、ヘルワールの攻略を命じました。」
攻略?不思議だね、まるでダンジョンみたい・・・。
「もしかして、ヘルワールはただの火山ではなかったのですか?」
神話が好きなナディアが少し興奮気味にたずねる、ネクレスコラプスの舌の魔剣の話も聞きたいみたいだね。
「あぁそっか、簡単に流れで話すとね、魔剣というか神器っていうのが帝国での呼び方なんだけど、サテュロス全体で7本あるって言われてて・・・・その場所がね。」
そういって地図を取り出し拡げる神楽。ひとつひとつ名前を上げながら指差していく
「大陸北西部大火山地帯ヘルワール、大陸南西部ホーリーウッド領とルクス帝国の国境線沿いの大森林地帯のやや西寄りに位置していた古代樹の森、大森林地帯の南部でルクス帝国からホーリーウッド領スザク領と南の国との間にまで一部迫り出した大湿地帯ベナムスワンプ、王国領内ホーリーウッド領と王国を著しく遠くしている難所悪魔の角笛、大陸北東部にある海のごとく大きなでも浅い湖アスタリ湖、東とオケアノス領の間にある水晶谷クリスタルバレー、そして東と南の間の地域にまたがる紅砂の砂漠この七つが神器のある場所だといわれていて、事実既にヘルワールと古代樹の森の神器は回収した。さてこの神器の配置に思うことは?」
「はい!なんか都合よく特殊な地形にありますね」
こんな状況でも能天気で元気の良いトリエラの声、実に和む。
でも確かに全部特殊な地形の場所ばかりだね。
「そうですね、確かに全部特殊な地形です、そのおかげか角笛以外は有史以来常にこの大陸の国境線として機能してきました。」
地形が、たとえば川や山が国境になるのは普通のことだ。
でもそれが有史以来というのはどういうことか?
一度はどこかに併合されるものだろう。
それがずっと国境線だったということは、これらの土地は各国に組み込まれたことがないということか?
「それはこれらの土地があまりにも異常だから、土地自体もそうだけれど、住んでいる魔物もユニーク化が進んでいて、その土地で出会う固有種はかなりの難敵です。古代樹の森でも八本足で糸まで吐くフォレストタイガーの進化した風なモノや、木の上から投網の様にした糸を投げつけてくるサル型の魔物など、かなり手を焼かされました。話がそれました、がこれらの土地はおそらくは人為的、あるいは神の意思とでも言いましょうか、長らく人の領域とならない場所ということです。」
「ですが、ヘルワールにあった魔剣もそうですが、各地にあると謳われるそれは、ネクレスコラプスの死体から発生したものですよ?」
たまたまなのでは?とエッラが懐疑する。
「そもそも皆さんはネクレスコラプスを一体どの様なモノだとお考えでしょうか?」
神楽が優しい表情で疑問を投げかける。
アイリスは何でいまさらそんなこと聞くのとでも言いたげなキョトンとした顔で
「名前の通り、首がどこかわからないくらいたくさんの頭を持ったヤギの化け物で、たくさんある頭は毒を、主首は業火を吐くの、それで聖母様が生んだ聖王様に討伐されて今のサテュロス大陸の材料になって、その流された血を吸った泥がサテュロス族を生んだって、ナディアが教えてくれたよ?」
ボクやアイリスの神話に関する知識はナディアに寝物語として聞かされたものがほとんどだ。
「はい、それがこのサテュロスの成り立ちの神話として伝わっているものですね。ですが姫様は違う解釈をしました。ソレも私が持ち帰った古代樹の森の神器が安置されていた場所が余りにも人工物の匂いをさせていたからです。持って帰った神器もソレはもう見事な装飾の施された槍で明らかに人工物でした。」
破壊の獣を打ち破った体の一部がそこらに散らばって丁度いい具合に安置され、装飾が施されるはずはないので、最低でもその部品を使った作製物とかあるいは・・・
「われわれが出した結論は、ネクレスコラプスはおそらくは大陸全土を巻き込んだ大規模な紛争や、民族浄化戦争の類で・・・、その主首、指導者を聖王なるものが討伐したのがおそらくはヘルワールかヘルステップ、その頃の人々がどの様な技術を使ったかはわかりませんが、火山やら湿原や湖を作るための装置として、神器を配置し、全土を巻き込む戦争が起きない様にしたのだと考えました。現に私が森の槍を抜いてから森は徐々に減退し平野が増え開拓が進んでいますし、ヘルワールも火山の勢いが弱まりました。これからは国際協調の時代です。物理的な隔たりは必要のないところまできているハズです、ハズでした・・・が」
合点がいった。
「つまりカグラが今回ヘルワールの魔剣を回収したのは姫の命令によるものだけど、その出発時点では今回の戦争のことは含まれて居なかった。戦争に参加したのは回収後にヘルワールに現れたあの4人からの恫喝で、姫様から命令を受けたわけではないと、そういうことだね?」
コクリとうなずく神楽、その目は寂しそうだ。
「では何故姫が軟禁されていることやその場所がわかるのかな?」
ユーリがたずねると。
「前々からソレに近い状態にはなってたの、先帝がなくなってもう2ヶ月くらいになるのだけれど、その直後から内務卿らが姫様を他の人の前に出さないようにしていったの、曰く帝位継承前に大事があってはいけないからって、私も徐々に一緒に居られる時間を奪われて、それでもあるとき姫様が私にいったの、次の魔剣回収に言って欲しいって。だから私も姫様の元を離れるのはイヤだったけれど、9年ぶりに魔剣回収の旅に出たの。それと、その2箇所のうちのどっちかに居なくっても帝城まで行けば私が感知で姫様の居場所はわかるから。一先ず帝都まで移動したらこっそりと空から侵入しましょう。」
一体誰が悠か昔に地形を変える程の装置を作り、稼動させていたかはわからないけれど今肝心なのはクレアリグル姫に何事もないうちに救出することだ。
頷きあったボクたちは予定通り2時間半ほど仮眠を取り、夜中の1時くらいに帝都につく様に調製してから再び空へと旅立った。
ファンタジーに超古代文明とかはつき物ですよね?
魔剣とかはそういうものだということにしておこうと思いました。
作中で言った事があったか覚えていませんがこの世界には暗黒大陸・サテュロス・セントール・アンヘル・ハルピュイア・エルという6つの大陸がある予定です。