第89話:凶報7
こんにちは、暁改めアイラです。
シリル隊と第1遊撃隊の生存者を救出したボク達はアンゼルス砦に帰り着いた。
ギリアム義父様への説明を終えたボクたちは、休んで良いと言われた。
「ギリアム義父様、少し良いでしょうか?」
基地司令の義父に甘える様で申し訳ない気持ちもあるが、ここは最善を尽くさなくてはね。
「なにかな?アイラ」
義父は相変わらず少し疲れた表情でいる。
「アイビスをこちらに呼んだり出来ないでしょうか?」
「アイビス、とはスザク家のアイラと同い年の娘か?」
「はい、アイビスの魔法ならシリル先輩の脚も治るのではないかと」
義父は少し考えたあと首を左右にふった。
「確かにスザクの再生魔法ならばシリルの脚は治るだろう。だがあれは魔力の消耗が激しい、こんな戦地だ、これからケガ人は増えるだろう、アイビスにどれだけ負担をかけるかわからんし、11,2歳の子どもがその様な魔法を持っていると知られれば拉致して無理にでも・・・という輩が出ないとも限らない・・・・、シリルはここで終わるのが惜しいのも確かだ。戦後にスザクに頭を下げるよ、でも今
はそうだな、戦中でもソナタらは子ども同士だし東の裏切りについても手紙を出すので、ついでにアイラからアイビスに手紙を書くのは良いと思うよ」
義父は優しくボクの頭に手を置いて笑った。
その日の夕方膠着を続けるグリム戦線アンゼルス砦に急報が入った。
義父に呼ばれてボクたち遊撃隊が再び司令室に立ち入るとジル先輩がいた。
「ジル先輩!」
彼女と仲の良かったボクは思わず飛び付きそうになるが、ここが戦地であると思い出し控えた。
どうして先輩が・・・?という言葉も飲み込んだ。
義父が語り出した、表情にはあまり出ていないがこれは悪い報せだ。
「フェムスとヘルワール近辺の大小5つの町と村が陥落したそうだ。」
!?
ジル先輩はそれを知らせに来たのかな?
それにしても速い気がするけれど、そもそも彼女は北方ではなく王都にいたはずだね?
「アイラちゃん、お久しぶりです、クラウディアからこちらに無理やり間に合わせた長距離用通信結晶の試作品を運んで来ましたが、まさか記念すべき最初の通信が自分の実家の領地が占領された報せ、だなんて・・・」
ジル先輩は暗く悲しい顔で告げる。
「状況は?」
ユーリはジル先輩の心情を慮ってか手短かに話題を進める
ジル先輩は卒業後に短くボブにした横髪の少し下側、かつてならばみつあみのあった辺りで手を所在なさげに遊ばせながら、情報をつたえる
「どうもヘルワールを抜け5000の軍勢と魔剣使いと呼ばれる恐ろしい使い手が現れたらしいです。」
ヘルワールは活発な火山地帯だ。
(寡兵ならともかく5000もの軍勢が抜けられるものなの!?)
それにまた魔剣使い・・・か昨日の帝国兵のバルコニー?だったかごつい鎧のおじさんも言ってたね・・・
土地柄軍勢を相手どるだけの戦力を用意していないため対応が後手になり、なすすべなく陥落したとの連絡があったそうだ。
さらに・・・
「また哨戒兵からの報告でその魔剣使いが、この盆地に向かって移動をしているそうです。」
重々しく告げるジル先輩の表情は暗い
「魔剣使いとはもしかしたら・・・いやそんなはずは・・・」
ギリアム義父様がうなされる様に呟いている。
「義父様何か心当たりがおありですか?」
ボクの問いかける声にも反応が鈍い
ややあってギリアム様はユーリに語りかける
「ユーリ、ヘルワールの成り立ちはしっているね?」
ボソボソと・・・何か信じたくないという感じがひしひしと伝わってくる。
「はい、ヘルワールは広大な火山地帯でいつでもどこかしらで噴火している土地で、伝説に拠れば《地平灼く千頭の山羊》ネクレスコラプスの主首の切断された舌とそのとき溢れた血が今も熱を放ち続けていると」
ユーリはひとつひとつたぐる様に言葉を紡ぐ。
「そうだ、その舌は切断された後炎の魔剣となりヘルワールのいずこかに突きたっているという、これを抜くものがあればその者はヘルワールの火山と同等の力を自在に操れるという、もしや魔剣使いというのは・・・」
義父様がその表情を曇らせる
もしもそんな魔剣が本当にあるならば、ソレを抜き使いこなすものが現れたのならばヘルワールを軍勢で越えるのも容易かろう。
しかしだ
「ギリアム義父様所詮その様なものは伝説に過ぎません、ボクは、ヘルワールを大軍で越えたとみせかけるなにかタネがあると考えます。」
例えばフェムス間道の帝国側からだけみえる抜け道があるとか・・・あとは、
「簒奪侯が裏切ったのであれば、帝国式装備を身につけた東兵の可能性もあります」
つまりこちらの動揺を狙う情報戦だ。
「そうだと良いのだが・・・」
もしも本当に魔剣だったらと思うと脚が竦む、いくらボクやユーリが勇者でも神代の遺物に敵うとは思えない
それでもボクは戦いを降りることはできない、ボクは家族を守るのだから。
もしも帝国により王国領が占領されれば王家や四侯家、オケアノスは裏切ったから三侯爵家は帝国にとって最優先の制圧対象となる、殺し犯し辱め権威を貶めて、最後には必ず全滅させるだろう。
ならば初めからこの戦に逃走や敗北の選択はあり得ない
帝国の目的がおそらく王国の制圧である以上中途半端な講和もない
ボクはどんな表情をしていたのだろうか?
「アイラ・・・・」
ユーリが悲しそうに呟きながらボクの手を包み込む様に優しく握り込む。
「アイラとアイリスの幸せは絶対にボクが守る。守るから、そんな顔をしないで」
「ユーリのことは、私とアイラが守るからね。」
アイリスがボクの手を握りこんだユーリの手を両手で包み込む。
何を心配しているのか、この2人と一緒にいて、ボクが無様を晒すわけにはいかないというのに。
「大丈夫だよ、ボクとユーリとならどんな相手だってへっちゃら、後ろにアイリスがいるなら、ケガしたって平気」
とにかく当面の間は、その魔剣使いとやらが盆地に来た場合を想定して警戒を強めるのと、セルゲイたちがあと2000ほどの兵を抱えてどこかにいるはずだ。
アミはどこまで追っかけていったのか・・・・。
その後も話し合いは続いて、ひとまず主力候補として第4遊撃隊は温存待機を命じられた。
第1遊撃隊のステファンと第3遊撃隊のシリル先輩、デメテル先輩、フローネ先輩、シア先輩は後方へ療養に帰されることとなった。
シア先輩もデメテル先輩も残りたがっていたが、無理やり義父様が帰らせた。
ついでに捕虜たちもホーリーウッドに送られることになったが、セーラは捕虜としてではなく難民として受け入れることとなった。
第1の生存3人と第2の5人合わせて8名で第一迎撃部隊、第3と第4の残った人員で第2迎撃部隊となった。
第1迎撃部隊は通常部隊への迎撃を、ボクたち第2は件の魔剣使いがきたときの控えになった。
帝国との接触面積の広い森林地帯に、メロウドさんたちをはじめとするホーリウッドの最精鋭の黒騎兵隊、紅騎兵隊、蒼騎兵隊、白騎兵隊、碧騎兵隊が散っているのが痛いけれど、魔剣使いとやらが1人の人間ならば勝ち目はある、こちらは勇者2名と槍王1名だ・・・・。
そういう風に強気を演じて会議は終わったけれど・・・。
会議後再び休息を言い渡されたボクは寝る前にアンゼルス砦の上から盆地を眺めていた。
いつ魔剣使いとやらが来るかわからない。
なんでも魔剣使いは初めに降伏勧告をしてから、戦闘を開始するらしいけれど。
それはよっぽど腕に自身があるんだろうね。
ボクだったら奇襲できたのなら、奇襲のまま頭を落とす。
それはアイラが肉体的にはかなり弱いということを知っているから、そして、アイラはユーリと幸せにならなくてはならないからだ。
そしていつその魔剣使いの気が変わるかもわからない、圧倒的に強いらしい彼の人が奇襲をかければ、ボクは寝ている間に砦ごとぺしゃんこになっているのかも知れない、それはそれで仕方ないのかなとも思う。
そんな相手ならアイラがちゃんと正しいアイラでも、暁のボクであっても負けて殺されていただろうから、でもボクが起きて対峙するときは、絶対に最期の最期まで諦めたりしない、ユーリとボクとアイリスと、他の家族と、友達と・・・・。
「アイラ、ここに居たんだ?」
愛しい声に考え事が中断される。
「ユーリ?どうしたの?ボクを探してくれてたの?」
だとしたら、部屋に居ればよかった。
「うん、ちょっと話したいことがあってさ。」
そういう彼の表情はいつになく感情がないというか、さっぱりした感じだ。
「ここは肌寒いから、中に入ろうか?」
夜風の強い屋上は少し寒い。
「うん、新しく部屋を用意してもらったから、ちょっと二人で話そう。」
ユーリについていくと、周りに他に部屋のない角部屋に連れてこられた。
「ココが、ユーリの一人部屋なの?」
一人部屋には広いけれど、他の皆の部屋と少し離れている。
ユーリの部屋にしたためか、心なしか良い布のベッドだね。
戦地にしてはだけれど。
「あぁちょっと硬いかな。」
ベッドに腰掛けて体をゆすってみる。
ボクがベッドや間取りに気をとられている間、ユーリは何かを迷い、考えていた。
ボクは深刻そうな彼の様子に気づかない振りをして、天真爛漫なアイラを演じ続けた。
最近ちょっと区切りの都合だったり眠気の都合だったりで1回の更新が短い気がします、テンポ悪くなりすぎないように気をつけ様と思います。
明後日10/27(日付的には明日ですね。)は更新がない可能性が高いです。