第88話:凶報6
おはようございます、暁改めアイラです。
夕べ帰還しなかったシリル隊の捜索に出たボクたちは、大量の王国兵とマグナス先輩の遺体を発見した。
直後に、助けを求めるアイリスの声が心に響いたと思ったら、今まで使いこなせなかった跳躍により、アイリスの救出に間に合い、更にエッラ、シア先輩との合流を果たすことが出来た。
今ボクたちは制圧した東兵の拠点から西北西側に700mほどのところにあるらしい洞窟に向かっている。
怪我人が数人いるらしく、今までは裏切り者の東兵がいたためにアンゼルス砦に戻れないでいたが、つい先ほど件の拠点を制圧したので、ボク、アイリス、エッラの3人で迎えに行くことにしたのだ。
ケガ人は既にトリエラの魔法で一命は取り留めているものの、トリエラの魔力の都合で完治には程遠いらしく、エッラは移動を優先させてケガの詳しい内容は教えてくれなかったが、命に別状のあるものは居ないと聞いてボクは少し楽観していた。
第3遊撃隊には欠員が出ていないということだし、東の拠点もつぶしたので、あとは連れて帰るだけなのだと。
まぁ連れて帰ったあとも、昨日のことを聴取したりしないといけないけれど。
アイリスのペースにあわせて歩いていると、途中でユーリとマガレ先輩とシアと合流できた。
ナディアとエイラ、ステファンが居ないので、二人はアンゼルス砦に向かったのだろう。
「アイラ!!」
ユーリがボクを見るなり駆け寄ってくるけれど。
(おや?ユーリってば少し声に怒気を孕んでいるね?)
ユーリはいつも穏やかで、ボクを安心させてくれる人なのに、ちょっと怖いよ?
よく見るとマガレ先輩もエイラも表情がちょっと怖い。
「アイラ、いきなり消えてしまって、どれだけ心配したか・・・。」
ユーリに抱きしめられる。
あぁそうか・・・ボクは自分でも意図せずに跳躍で飛んでしまって、すぐにアイリスの危機に駆けつけられたことで安心してしまっていたけれど、皆からすればボクは突然アイリスの名前を呼んで狼狽したあと、忽然と消えてしまったってことになるんだ。
「ごめん・・・でも仕方なかったんだよ、アイリスが危ないって思ったら、自分でも制御できなくって・・・」
(ううん、コレは言い訳に過ぎないよね。)
ボクだってもしもアイリスやユーリが突然目の前から消失したら、取り乱す。
「ユーリ、ごめんね。」
安心させたくてユーリの背中を強く抱き返す。
毎晩の様に一緒のベッドで寝ているけれど、外でこうやって抱きしめ合うことは最近はそう多くなかった。
朝方の森の涼しい空気の中で感じる想い人の体温はとても心地良い・・・。
「アイラ・・・」
「ユーリ」
お互いを見つめる視線にも熱が入る。
こうなると自然とお互いを求めてしまうのは想い合う男女の間ではきっと普通のことだろう。
ユーリの顔が近づいてくる・・・ボクは目を瞑って彼を受け入れようとして。
「コ、コホン・・・主家のお世継ぎと婚約者の仲が睦まじいのはよろしいのですが、救援を先に致しませんか?一応戦場ですし。」
シア先輩が顔を赤くして咳払いをする。
「あ、ゴメンなさい。」
ボクはユーリほど外はともかく人前での求愛行為が得意ではないので慌てて離れる、ユーリのほうは割りとどこでも出来ちゃう人なので、ちょっと残念そうだけれど。
確かに今はシリル隊の救援が先決なのだから、おとなしく洞窟に向かおう。
顔がちょっと熱い気がするけれど涼しいしすぐに冷えるだろう。
洞窟の前に着くと、中からトリエラと第一遊撃隊の男性隊員が洞窟の入り口に隠れて外を警戒していた。
言われたから気づくけれど外からは洞窟自体がほとんど見えない。
「マスター!ユーリ様!」
コチラの接近に気づいた途端トリエラが激しく耳をピクピク尻尾はパタパタさせて喜色を浮かべたが、隣に他人がいるのを思い出したのかすぐに平静を取り繕って。
「お早い救援に感謝します。」
と述べた。
「トリエラ、無事そうで良かった。」
コレでエッラとトリエラ、シアはほぼ無傷なのが確認できた。
しかしトリエラは浮かない顔。
「私の魔力量と治癒魔法ではひとまず命だけ繋ぐところまでしか出来なくって・・・シリル先輩が・・・」
深刻そうな表情と声色にボクたちは覚悟を決めて洞窟の中に入る。
中には第一遊撃隊所属だったと思う男性が二人とシリル先輩、デメテル先輩が横たえられており、傍らに消沈というか自失状態のフローネ先輩が座っていた。
「フローネ!ユーリ様たちがきてくださいましたよ!」
珍しいシア先輩のフローネ呼び、二人は主従だけれどもそもそも幼馴染の間柄でもある。
まぁ幼馴染と言ってもシア先輩の父がザクセンフィールド家の家臣ということだけれど。
二人の間で、従軍中は普段の呼び方になったってことかな?
それはそれとして、フローネ先輩に元気がないのはどういうことだろうか、見たところケガをした感じはないけれど
「よくぞきてくださいました、ユーリ様、アイラ様。」
横になったままでシリル先輩が謝辞を述べる。
まぁ本題はケガ人のほうだ、横たえられているのがそれとして・・・アミがこの場に居ないのは周囲の警戒に当たってのことなのだろうか?
「夜が明けても帰ってこられないので心配しましたが、無事な様ですね。」
ユーリが優しく声をかけながらシリル先輩の隣に座る。
ユーリのその自然さに、あるいはまったく動じていないシリル先輩の穏やかな話し方に対してボクは息を飲んだ。
シリル先輩の右脚の膝からすぐ下が損なわれていた。
トリエラによる治療のおかげか血は止まっているがコレでは歩くことも出来まい、帰還出来なかったことも致し方ないことだ。
他の横たえられている3名もいずれもシリル先輩の様に欠損こそしていないが、服や鎧の損壊から見て、元はかなりのケガだったと思われる。
トリエラがいつの間にかボクの横にピッたりと付いていて、他の人には聞こえない程度の声で、嘆く。
「マスター、私がんばったんです・・・がんばったんですよ・・・でも・・・・」
トリエラはきっとがんばったんだろう、けれど出来ること出来ないことというのは存在する。
シリル先輩の横まで来て気がついたけれど、奥のほうに1人分盛り上がった布があって。
体の大きさ的にアミではないということを見て安心してしまっているボクが少しイヤになるけれど。
細かいことはわからないけれど、アレが第一遊撃隊の最後の1人なのだろう。
トリエラの肩に腕を回して慰め・・・たかったけれど手が届かなかったので体は横付けのままで腰に手を回して抱き寄せた。
一番落ち着いているのはどうもシリル先輩の様なので、アイリスがデメテル先輩や、生き残りの第一遊撃隊員二人を治療している間にシリル先輩から夕べの状況を説明してもらうことにした。
ユーリとボク、マガレ先輩がシリル先輩の傍らに座って話を聞く。
「アレは、もうすぐ哨戒任務の交代時間くらいの頃でした・・・」
ただ淡々と他人事の様にして語るシリル先輩は淀みなくおそらくは正確な情報をボクたちにくれる。
その内容をまとめると以下の通りになる。
交代する頃になって、砦のほうへ最後の進路変更を行った頃後方から帝国側魔導砲撃があったため探りにいくと、王国の装備をした報告にない部隊が中型の設置式魔導砲での砲撃を行っていた。
交戦は禁じられているのだから止める様に声をかけたところ、方向転換しシリル隊に向かって警告なしの砲撃が始まったらしい。
その時セルゲイがその場で指揮を執っていて、ニヤニヤしながら、『アレは帝国の欺瞞工作の可能性があるな、つぶせ』と棒読みで言い、兵士たちも棒読みで笑いながら飽和魔法射撃攻撃を加えてきたという。
後方から来た第一遊撃隊、この隊のゴメス(拠点でステファンを強姦していた第一遊撃隊の一員)がどうもスパイで、帝国と東に情報を流していたらしいが、油断したところ背中を斬られその後攻撃を全部は回避できなくなり足に炎魔法を受けたために今の足切断に至ったという。
ゴメスの裏切りにより混乱した隊は対比を開始したが、第一遊撃隊は裏切ったゴメスとゴメスに攫われたステファンを除く全員がケガをして、移動が困難と判断したためこの洞窟に隠れ、治療を開始した。
途中でトリエラが魔力切れで倒れて意識を失ってしまい、治療の終わってなかったものが二人いたがその後トリエラの目覚めまで持たず1人が死亡トリエラが魔力を少し回復でき目覚めたころには既に事切れていたという。
またこの逃走の際にマグナス先輩が迫り来る砲火の中突如東軍の後ろから現れてフローネ先輩を庇い
「オレたち兵士はこういった王国の子女をこそ守らねばならんのだ!」と言って間に割って入り東兵と交戦。最後にフローネ先輩に一目惚れしていたということを伝えて事切れたという。
そこからフローネ先輩が使い物にならず、ずっとなにかボソボソとつぶやいては俯いて涙を流すばかり。
おそらくは義勇兵と偽って東の兵士を前線に送り現場をかく乱したりしているのだろう。
昨夜の戦闘中にアミは隊を分けたセルゲイを追い姿を消したそうで、おそらくは渓谷のほうへ行っているそうだ。
もうほぼほぼ、東が帝国と繋がっているということはわかったけれど、作戦が杜撰すぎる。
帝国が敗北したり、撤退すればそれは東家の滅亡を意味する。
それでも、東は仕掛けてきた。
(それはつまりばれても問題がないか、バレないとたかをくくっているか・・・・。)
ともかく今はシリル隊と、第一の生き残りを連れて帰ろう。
アイリスがその場での手当てを済ませて、シリル先輩以外は自力で歩くことが可能となった。
1名の遺体はエッラが、マグナス先輩の遺体はユーリが異次元収納に収め、フローネ先輩はシア先輩が無理やり歩かせて、シリル先輩はトリエラが肩を貸して、アンゼルス砦への道を急いだ。
空気は重い沈黙に包まれているけれど、シリル先輩は足を失ってしまったけれど、ボクは家族が無事だったことを喜んでいた。
そんな自分が少しだけ嫌だった、フローネ先輩の絶望した表情が棘になって胸に刺さるけれど、数百、数千の死体を積み上げても、ボクは家族が無事なほうを選ぶのだから
コレは仕方ない痛みなんだと、そう思うことにした。
何度も書き直していたら、遅くなってしまいました、申し訳ありません。
いろいろ思うところがありまして、アイラを幸せにするお話だという前提に立って話を少し直していたら、あら不思議、人死にが大幅に減りました。
過去に死亡フラグっぽいのがちょっとあった人たち含めてココから先も生き残るかもしれませんが、アイラの幸せのためなので違和感を覚えた方がいらっしゃったらごめんなさい。
最初は誰が死ぬ予定だったか、は戦争終了後くらいの後書きででもばらします。