榛名スピードボーイズと碓井ナイトカインズ
深夜。甲高いエキゾーストノートが峠の道に響く。
2つのタイヤ、小さなエンジン、引き締まったアスリートのようなボディー。
バイクだ。さまざまなバイクが峠のワインディングを駆け抜けている。
群馬の榛名山。かつての車ブームは落ち着きを見せていたが、それに変わってバイクブームが訪れていた。
そんな山に、新たな伝説が刻まれようとしていた。
201X年、夏本番の8月、とあるガソリンスタンドで働く二人の男。
仕事終わり、先に帰っていた一人が、新品のバイクをガソリンスタンドへ持ってきた。
「先輩ー!俺買いましたよついに!CB400FOUR!」
とはしゃぐ高校三年生の「南川 一樹」。
「俺この日をどんなに待っていたことか...!」
「ほぉー...cb400fourか...いいものかったなぁ」
感心しながら一樹のバイクを見るのは、一樹の3歳年上の「吉田健人」。
「いいでしょ先輩!俺の新しいバイク!」
「まぁ...俺はもうスズキのGSR400持ってるからいいけどな」
「まぁCBはちょっと重いけど...その分挙動も穏やかだから、それでテクを鍛える!」
「ま、がんばれよな」
夜10時、榛名山に、甲高いエキゾーストが響き渡る。
健人のGSRを先頭に、ヒルクライムを駆け上がるバイクが6台ほど。
榛名スピードボーイズのメンバーが走っている。
時折スキール音もたてている。
「どうだ一樹!初めての峠は!」
健人がきくと、一樹は満面の笑みで、
「最高っす!」
と叫んだ。
「なぁ、健人」
スピードボーイズメンバーの一人が言う。
「なんだ?」
「この前、朝ごろに用事で榛名を上っていたんだけどさ、」
「うん?」
「そしたら、すげぇ速さでダウンヒルを攻めるバイクとすれ違ったんだよ」
「へぇえ」
「エキゾースト聞く限り、かなり排気量小さいんじゃないかな...」
「なるほどなぁ」
スピードボーイズは基本的に夜に走る。早朝はそれぞれ仕事などの準備ゆえにめったに走らない。
だれだろうか...と考え込む健人。すると、
「先輩!早く走りましょうよぉ!!」
せかす一樹の声。
「わかったよ!今日はあと2往復ぐらいで切り上げよう」
次の日。
「ありがとうございましたーぁ」
一樹がスタンドの登板をしているころ、
「店長」
健人は店長を呼んでいた。
「なんだ吉田?」
「ちょっと、聞きたいことがあるんすよ...走り屋のことで」
「ほぉー...朝方に猛スピードで下る小排気量のばいくか...あいつのことか」
相槌を打ちながら一人納得する店長。
「知ってるんですか!?」
身を乗り出す健人。
「あぁ知ってるとも、そいつは絶対に榛名最速の走り屋だ」
「えぇっ」
「だいぶ昔のバイクだが...ヤマハのRZ350ってのに乗ってる」
「えーと...所謂ナナハンキラーっすよね」
「あぁ、少しだけカスタムしてるけどな」
「はぁ」
「もうあいつは相当な期間走ってるからな...道路のしわまで榛名の道を知り尽くしてるだろうよ」
「ひぇぇ」
ブォウン...ボボボボボ...ゥン
「すいませーん」
ガソリンスタンドへ入ってきた一台の青いバイク。
「いらしゃいませぇー...あ、木野じゃんかー」
一樹が言う。
「やっほー...レギュラー満タンで」
「ここセルフね」
「あ...そうだった」
ガソリンを入れる小さな女子。名前は「木野 桜」一樹の同級生だ。
「あ」
桜が声を上げる
「どうした?」
「あのバイク誰の?」
「あのCBだろ?俺のー!」
「えぇー!?買ったんだ!?」
「おうよ!」
「まぁ...私は自分のバイクあるし?グース350...」
「かっこいいよなそれ」
「まぁねー...じゃぁ私はそろそろ」
「おう、じゃぁな」
ブォン...ドッドッド...ブロォォォォ...
その日の夜、ガソリンスタンドを出ようとしていた店長。
「ん?」
見ると、8台ほどのバイクが榛名へと上っていく。
「...どこのやつかな...この時間から」
(今夜は...ヤマで一悶着あるかもな)
榛名山山頂
健人たちはいつものように榛名を攻め、休憩に入っていたところだった。
「おーい、そろそろいこうか?」
と健人が言ったその時だった。
ブァァァアアア...ヴゥァァアァァアアア!!
「ん?誰か上ってくる」
メンバーたちがエキゾーストノートに気付いた直後、ヘッドライトの光が1個、2個と増えてきた。
そして、駐車スペースへと入っていく。
「先頭はホンダのCBR...まさか!!?」
ヘルメットを外し、健人たちを見るなり、近づいてくる金髪男。
「俺は、碓井ナイトカインズのナンバー2。新井 愁斗」
その名前にぞっとする健人達。
(やはり...碓井、そして群馬最速と名高い新井兄弟...!!)
「ぶしつけなようですまないのだが...お前ら、ここ榛名で最速の走り屋チームを知らないか?」
しばしの沈黙
「俺たちは...榛名スピードボーイズってチームだけど、榛名では最速だと思っているよ」
すると愁斗はふっと笑い、
「なら話は速ぇ...今度の土曜...つまり3日後、俺たちと交流戦をしないか?」
「え?」
「いつも同じメンバーと走ってるとマンネリになるだろうし、お互いに。たまには違うやつらと走るのもいいだろ?」
「はぁ」
「今回はあくまで交流戦、だからな。フリー走行と、タイムアタックのみだ。どうだ?マーシャルや記録係はこっちで手配するし、マナーもきっちり守るさ」
「なら...こっちにも断る理由はないな」
「決まりだな。バトルまでは練習させてもらうのでそこはよろしく」
そういうとバイクの方へ戻る愁斗。
ヘルメットをかぶり、エンジンをかけ、ドリフトターン。そのまま次々とナイトカインズのバイクは下りを駆け抜けていった。
「健人!!俺たちもいこうぜ!これは所謂挑戦状じゃねぇか!」
「あぁ!気負けする必要じゃないぜ!俺たちもいこう!やつらを煽りまくってやれ!」
「群馬最速の腕前見せてもらおーじゃんか!!」
スピードボーイズメンバーが次々に出発の準備をする。
「そうだな...!いこうぜ!」
追いかける健人達。しかし、排気量、パワー、テクニック。すべてにおいて差は歴然。
どんどん離れていくナイトカインズ。
どんなに頑張って攻め込んでも、健人の目に赤いテールランプが見えることはなかった。