秒針(彼の場合)
開いたままになっている屋上の扉から外を覗くと、そこには一人の少女がいた。
フェンスに腰かけ、地上を眺める彼女は月に照らされ輝いていた。その姿を見た瞬間に、僕の中で彼女は死ぬべき人間ではないと警告が鳴り響く。
「こんばんは。…―。」
僕が声をかけると、彼女は気だるげに僕を見た。
綺麗な黒髪が揺れる。二重のくっきりとした大きな目、白い肌。
きっと多くの人の視線を引き付けてきたことだろう。
「…一緒に死のうか…。」
口からついて出た言葉。
そんな言葉に彼女は「誰かわからない人と?」と聞いた。
自己紹介してみると、彼女がクスクスと笑う。僕の発言が不思議らしい。
どうしてこの屋上にいるのかと訊ねてみると、怪訝そうに僕を見る。
いい大人のすることではないと思いながらも、飛び降りではない死に方を推めてみる。生死はどうであれ綺麗な姿は留めておくべきだ。
「―…。一人になりたくないの。」
少し寂しそうに彼女が言う。そんな姿を見ていると、彼女を今死なせないことが僕に架せられた最後の義務かも知れないと思えた。
そっと、手に触れる。
ここで、僕と一緒に死んではならない。
僕は彼女の手を握って言った。
「じゃあ、提案です。僕と一緒に死ぬ前に旅行しませんか?思い出作りに。」
彼女は僕を不思議そうに見ていた。