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庭の王国への旅  作者: キュノスーラ
庭の王国
2/28

王国の衛兵たち

     *     *     *     *     *



 その大地にはじめて降り立ったとき、星の娘は、ほうと大きく息を吐き、それから、ゆっくりとまぶたを開いた。

 その目は、まず彼女自身がはいている藍色の靴のとがった先端をとらえ、その脚と身体全体を包む藍色の衣をとらえ、その袖口から突き出した、細く白い十本の指をとらえた。


「成功じゃ。」


 その声は彼女の後ろから聞こえた。

 銀の髪を揺らして星の娘が振り返ると、そこには茶色のマントをはおった灰色の髪の老人がにこにこしながら立っていた。


「見事な跳躍。肉体の再現率も、申し分なし。」


「お誉めにあずかり光栄ですわ。」星の娘はそう言ったが、その言葉は上の空に響いた。


 彼女らは、深い崖のふちに立っていた。

 切り立った崖の下には、岩石の転がる荒れ地が広がり、さらにその向こうには、巨大な門がそそり立っていた――崖の上に立っている彼女らが見上げねばならないほど、天を摩するほどに巨大な、真っ白な門が。

 巨大な門には扉があり、その扉は閉ざされていた。

 その門を出入りする者が人間の大きさをしているとすれば、星の娘や老人は、蟻よりも小さいことになる。


「見てごらん、あれが、庭の王国の入り口じゃ。」


 老人が指差し、星の娘は目をこらしてそちらを見た。

 巨大な白い門の下、扉と柱とのあいだに、小さな隙間が空いているのがわかった。

 小さなといっても、それは門の大きさと比べてのことで、近くまで行けば人間が通り抜けることのできる大きさはありそうだった。

 その前に、いくつかの人影が動いているのが見えた。


「王国の衛兵たちじゃよ。」星の娘と並んで立った老人が言った。「何人くらいおるかのう? よく見えん。」


「やはり、スコープを持ってくるべきでしたわ。」星の娘は細い眉を寄せて言った。「あたくしも、あまり目は良くありませんの。」


「いや、余計なものは持たぬほうがよい。」老人が言った。「彼女らはとても職務熱心なのじゃ。あれこれ持ちこもうとして、悶着が起きてはまずいからの。」


「彼女たちですって?」


「王国の衛兵はみな、年若い娘たちじゃ。そういうきまりになっておる。」


「そう。」呟いて、星の娘はますます眉を寄せた。


 星の娘は、自分の気位の高さや、それをよく表すツンとした顔立ちが、若い娘にあまり受けが良くないということをよく知っていた。


「あたくし、審査のあいだは、できるだけ黙っていることにしますわ。つまり、入国審査のようなものがあるのでしょう、あそこで?」


「まあ、そうじゃ。」老人はそう言って、マントの胸のあたりを片手で押さえた。「さあ、降りてゆこう。」


 老人を先頭に、ふたりはくだり始めた。

 足元の切り立った崖に、つづら折りの細い階段が刻まれ、下の荒れ地へと降りられるようになっているのだった。

 人ひとり通るのがやっとの細い階段は、ざらざらした砂がのっていて滑りやすく、星の娘はかたわらの岩壁に指をかけながら、慎重に一歩一歩、老人の後について降りていった。


「もう少し、手すりですとか、きちんとしておいていただきたいものですわね。」


 ずいぶん長い時間をかけ、下の平らな地面を踏みしめるときになって、星の娘はやっとそう言うことができた。

 それまでは、一足ごとにぱらぱらと足元から落ちていく小石や砂のように、今自分がのっている階段も突然崩れて落ちていくのではないかという不安と戦うことに忙しくて、とても文句を言うどころではなかったからだ。


「これも、王国の守りのためじゃよ。」


 若い道連れよりもよほど確かな足取りで階段をくだり切った老人は、苦り切った顔で手の土埃を払っている星の娘に笑いかけた。


「外から攻め込むことを難しくするために、わざと道を険しくしてあるのじゃ。ここから先も非常に歩きにくい。気をつけてゆこう!」


 ふたりは庭の王国の入り口に向かって、荒れ地を北へと縦断しはじめた。

 行く手にそびえ立つ白い門は、あまりにも巨大で、近づくにつれてさらに圧倒的な存在感を増し、見上げて歩くと今にもこちらを押し潰してしまいそうに思われた。

 そこで星の娘は、下を向いて進むことにしたが、それは足元の安全のためでもあった。

 地面はところどころが砂に覆われ、ところどころは濃い灰色の岩盤が剥き出しになっていて、そこらじゅうに小石が散らばっていた。

 また、子供の頭ほどのものから、大の大人が数人がかりで手を繋いでも囲むことができないほど大きなものまで、さまざまな大きさの岩石が転がり、あるいは半分ほども地面にうずまっていた。

 岩の中でも大きなものは、ぐるっと回り込んで、避けて通る必要があったし、時には岩と岩のあいだの、ごく狭い割れ目を通り抜けなければならない場合もあった。


「これもまた、攻め寄せる敵を防ぐためなのでしょうね。」


 岩に擦れた衣の汚れを、眉を寄せて眺めながら、星の娘は呟いた。


「その通りじゃ。もっとも、庭の王国が外から攻められたことは、これまでない――少なくとも、この時点においては、まだ、一度もない。」老人はそう言い、またひとつ大岩を回り込むと、大きく腕を振った。「さあ、いよいよ、やって来たぞ!」


 ふたりの目の前に、これまでとはまったく違った光景が広がっていた。

 荒れ地のごつごつした地面が突然途切れ、磨き抜かれた象牙のようになめらかな白い石でできた、ゆるやかな階段がふたりの前にのびていた。

 その階段は全体として扇を広げたような形をしていて、一段一段は低かったが、すべての段の蹴込み板には美しい草花や鳥や獣たちの姿がびっしりと彫り込まれ、王国の職人たちのすぐれた仕事ぶりを物語っていた。

 扇のかなめにあたる、階段の最も上には、王国の入り口である小さな――それは白い門の巨大さと比べてのことであったが――アーチ型の門があり、その奥にはわずかに青い空が見えていたが、そこまでたどり着くのは、簡単なことではなさそうだった。


「あたくしは、何も喋りませんわ。」星の娘は呟き、ぎゅっと口を結んだ。


「止まられよ!」


 ふたりが壮麗な階段の最初の段に足を置くよりもはやく、上から鋭い声が飛んできた。

 庭の王国の衛兵たちが、階段の両脇にずらりと並び、厳しい視線でふたりを見据えていた。

 彼女たちは、みな、同じ格好をしていた。

 濃い桃色の上着を着て、クリーム色のズボンをはき、上着と同じ色の膝丈のブーツをはいている。

 上着とブーツには深紅の縁どりがあり、それと同じ色の短いマントを全員が羽織っていた。


「我らはあなたがたの顔をこれまでに見たことがない。」


 階段の真ん中に進み出た、金の髪の娘が、威厳ある調子で言った。

 その手には金色の穂先の長い槍が握られていた。

 彼女はその槍を天に向けていたが、立ち方の油断のなさから見て、儀礼用の飾りとして持っているのではなさそうだった。


「また、あなたがたのような格好をした者を、これまでにこの地で見たこともない。あなたがたは何者か? 我らが王国に、何用があって参られたのか?」


「わしらは、あなたがたの王国の美しい姿を、一目、この目で見たいと願って参りましたのじゃ。」老人は小さく頭を下げて言った。「薔薇の女神様のしろしめす庭の、豊かにして美しい国! 草木は青々と伸び栄え、秘密の湖の水は七色に輝く。わしらは長年、この地を訪れることを夢に見ておりました。そして今、とうとう、それが叶いましたのじゃ。」


「それはまだ分からぬぞ。」


 金の髪の娘――髪留めに刻まれた太陽の紋章で、彼女が衛兵たちの隊長であることが分かる――は、厳しく言った。


「あなたがたは、今初めてここに来たと言う。そうであるのに、薔薇の女神様の御名と、秘密の湖のことを知っているとはいかにも奇妙だ。我らの国のことは、外の者には隠され、知られてはおらぬはず。」


 隊長の槍の穂先が、老人の胸にぴたりと向けられた。

 それと同時に、衛兵たちがそれぞれの武器を構えた。

 銀の槍を構える者、弓に矢をつがえる者、髪を留める飾りから、編み棒に似た形の細長い武器を抜きとって、両手に構える者もいた。

 星の娘は、藍色のケープの下で、ゆっくりと腰の後ろに手を回そうとした。

 そこに、衝撃波を発生させる護身用の武器があるのだ。


「動くな!」


 老人に穂先を突きつけたまま、隊長は星の娘に鋭い目を向けた。


「そなたが何をしようとしているにせよ、それをしとげるより先に、我らの武器がそなたらを串刺しにするぞ。」


「まあ、まあ、みなさん。どうか、落ち着いてくだされ。」


 老人が、まるでお茶でも飲んでいるときのように、ゆったりとくつろいだ調子で言った。


「わしらは、あなたがたの敵ではない。今、証拠をお目にかけよう。じゃが、その前に慌てて槍で突っつくのは、やめてくだされよ!」


 老人はゆっくりと両腕を広げ、肩よりも高く掲げると、右手だけをゆっくりと動かして、胸のあたりのローブのひだにさし込んだ。

 衛兵たちが一斉に緊張したが、隊長が片手を挙げてそれを制した。


「それ、これをご覧!」


 老人が懐から取り出したものは、真新しい紙を巻いて封印をしたものだった。

 隊長は用心深くそれを受け取って後ろに下がると、封印を破って紙を広げ、中をあらためた。

 そこに書かれたことを目で追ううちに、その表情には、ありありと驚きの色が広がっていった。


「とても信じられん。」やがて、隊長はそう言ったが、それは疑いではなく、あまりにも大きな驚きをあらわしていた。


「では――本当に? あなたがたは、あの方のところからおいでになったのか?」


「誰のことです、隊長?」左右に控えた衛兵たちが、口々にたずねた。「あの方とは、いったい、誰のことです?」


「我らの王国のもといをきずかれた、あのお方……一の女王陛下。」


 衛兵たちが大きくどよめいた。


「あのお方が!」


「今はもう、外の世界においでになるはず。」


「では、本当に――」


「アウローラさんのことですの?」星の娘が眉を寄せて言い、老人が「しいっ!」と言った。


「たいへん失礼をいたしました。」隊長が言って、恭しく紙を返してよこした。「あなたがたに武器を向けた非礼をお詫びいたします。あの方からの手紙に、あなたがたのことがはっきりと書かれておりました。どうぞ、この門をお通りください。」


「詫びるには及びませぬ。」と、老人は笑って言った。「当節のような油断のならぬ時代にあっては、当然のこと。あなたがたの弛まぬ働きがあってこそ、王国の平和は守られておるのじゃから。」


 隊長は頭を下げ、ふたりを導くように階段をのぼっていった。

 衛兵たちは一斉に武器を掲げ、老人と星の娘に敬意を表した。

 ふたりは、隊長のあとについて階段をのぼり、アーチ型の門に達し、細密な彫刻のほどこされたその表面を驚きをもって眺めながら門をくぐり抜けた。


「ご覧なさい!」隊長が叫んだ。「薔薇の女神様のしろしめす庭の、豊かにして美しい国に、あなたがたはおいでになった! この国の姿をその目でご覧になったのは、人間の中では、あなたがたが初めてです――あの方と、あの方の妹御の他には。」


 ふたりはこうして、庭の王国の地面を踏み、その空の下に立った。




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