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庭の王国への旅  作者: キュノスーラ
庭の王国
14/28

帰るべき場所

 行ってみると、騎士たちはもう翼を外してそこらの木にかけ、鎧兜も一式脱いで身軽になり、きちんと並んで隊長を待っていた。

 何人かが走ってきてエレクトラの槍と兜を受け取り、そこらじゅうにある複雑な革帯を解いて、翼を外し、鎧を脱がせた。


「よーし、みんな、こっちに並んでくれー!」


 オニユリが真っ黒な鉄のフライパンをガンガンと打ち鳴らして叫んだ。

 みんなは一列に並び、あつあつの濃厚なシチューをお椀にいっぱい受け取った。

 騎士たちのうち、ある者たちは、手際良く分担して新鮮な果物、野菜のサラダ、焼いた干し魚、厚焼きのクレープ生地に似たものなどをテーブルの上に並べていった。

 またある者たちは、大きなやかんからオニユリ自慢のお茶を注ぎ、湯気をたてるカップを次々と並べていった。

 全員が一刻を争うようにガタガタと音を立てて席につき、オニユリが「どうぞ!」と言うと、騎士たちは「ありがたい!」と叫んで、猛然と食べ物をかき込みはじめた。


「――おかわり!」「俺も!」「こっち、二人、いや三人分!」


「お前たち、味わって食え。」


 呆れたように言ったエレクトラも、その十秒後には「私にも。」と椀を差し出した。

 厳しい訓練を終えたばかりの騎士たちの食欲はすさまじく、大鍋にいっぱい入っていたはずのシチューは、ほとんど魔法のような速さで消えてなくなった。


「よし、よし。」


 オニユリはふらふらしながら、満足そうに頷いた。


「徹夜で支度した甲斐があったよ。あたしは、ちょっと『ゆりかご』で横になってくるからね。食後のお茶はそこに用意してあるから、どうぞ。悪いけど、洗い物は自分たちでやってくれ!」


 さすがに走る元気がないのか、オニユリはふらふらとハンモックの小屋のほうに歩いていった。

 ひとりの騎士が立ち上がり、食後のお茶を注いで回った。


「うん、うん。」


 エレクトラはカップを両手で持って深く香りを吸い込み、この上なく満足そうな顔をした。

 それから、騎士たちの食べっぷりにつられてあっという間に朝食を平らげてしまったこちらを、カップのふち越しにじっと見た。


「君たちは、旅人か。若いし、なかなかいい面構えをしているな。どうだ、君たちも翼の騎士団に入らないか。言った通り、訓練は厳しいが、そのぶん、訓練の後の飯は格別にうまい。」


 そう言って、エレクトラはにやっと笑った。

 それで、冗談で言っているのだと分かったが、彼はいまや自分が軍隊に勧誘されるような歳に見えるのだということを思い出し、先ほどの動揺が急によみがえってくるのを感じた。


「わし、――いや、」彼は口ごもり、それから、慎重に言った。「こんな歳でも、ものになりますか。」


「若いうちに始めなければ、飛び方を身につけることは難しい。だが、君くらいの歳ならばまだまだ大丈夫だ。」


「あたし、やってみたい!」


 星の娘が、目を輝かせて言った。


「翼をつけて飛んでみたいわ。タカみたいに空を飛べるようになったら、どんなに気持ちがいいでしょう。風に乗って、どこまでも行きたいわ!」


「こらこら、そういうわけには、いかんよ。」


 彼は慌てて言った。


「訓練にはとても時間がかかると、今、聞いたところじゃないか。とても、そんなに長いあいだ、ここにはいられない。アウローラさんのところに帰らねば。」


「どうして?」


 星の娘は、口をとがらせた。


「アウローラさんのほうが、ここに来ればいいんだわ! アウローラさんは、もともと、ここの人なのに、どうして帰ってこないのか、あたしにはわからないわ。

 今夜のお祭りが終わっても、あたし、ずっと、ここにいたい! この国はほんとに素晴らしいところだもの。景色もいいし、楽しいことがたくさんあるし。」


「アストライアくん……」


 彼は、昨日、眠る前に感じた漠とした不安の正体を、ようやくはっきりと見た。

 この国は、かつてひとりの少女が築き上げた、理想の王国だ。

 光あれという言葉によって世界に光があるようになったのと同じで、その少女は自分の望みを物語として語り、王国は、そのようになった。

 彼は自分の、若々しい張りの戻った手の甲を見つめた。


(いつまでも……物語の世界で、楽しく、心おどるような日々を……)


 それを素晴らしいことだと感じる心が、彼の中にもある。

 望まない義務を何ひとつ負うことなく、望まないしがらみからは完全に解き放たれて、美しく雄大な景色を見、気持ちのいい人々と交わり――

 心のまま、思うままに、物語の世界に遊んでいることができたら。


(じゃが、アストライアくん……いくつもの素晴らしい物語が、そうではないのだということを、わしらに語っておるではないか。『ピーター・パン』や、『とぶ船』、『くまのプーさん』、そして『はてしない物語』――

 アウローラくんが愛する、それらの物語の話を、君も前に聴かなかったかな? 物語の国は、永遠にとどまることのできる場所ではない。本当にこどもの頃は、永遠にそこにいられると思うが、そうではないのじゃ。

 わしらは、もう、おとななのじゃ、アストライアくん。物語の国は、永遠に在り続けるけれど、わしらは、そこを訪れ、そして、帰っていかなくてはならん――)


 彼は、哀しげに、だが断固としてかぶりを振った。

 彼の肌に、次々としわが刻まれ、しみが浮かび、黒髪から色が抜け落ちて灰色になった。

 誇らかに伸びていた背が曲がり、輝かしい若さが去って、彼は、もとの老人の姿に戻っていた。

 それを誰もが見ていたが、誰ひとり、それを奇妙なことだとは思わなかったようだった。


「ねえ、どうして、帰らなくちゃならないの?」


 幼い姿のままで、星の娘が、くちびるをとがらせて言った。

 不意に、エレクトラがそれに答えた。


「かつて、あの方も、帰っていった。おそらく、君たちは皆、そうしなくてはならないのだ。」


 星の娘は、不思議そうにエレクトラを見た。

 老人は、驚いてエレクトラを見つめた。

 騎士たちは、いったい何の話が始まったのかと、興味深そうに隊長の言葉に耳を傾けた。


「あの方って、誰のこと?」


 星の娘が訊いた。


「君たちが話していたのは、」とエレクトラは言った。「この王国の、一の女王陛下のことだろう。――名は存じ上げなかったが、私は昔、陛下にお目にかかったことがある。いや、それだけではない。この王国の空を一緒に飛んだこともある。私たちは、友だちだったのだ。ずっと昔のことだが。」


 誰も、何も言わず、全身を耳にして、エレクトラの言葉の続きを待った。


「ある日、あの方は、もう自分がこの国を訪れることはないだろうと言った。私はさびしかったが、引き留めはしなかった。時が来たのだ。

 この国に生きる私たちは、永遠に年老いることがない。だが、あの方は違った。あの方はこの国に生きると同時に、外の世界にも生きていて、外の世界に命を持つ者は、こどもから、おとなになる時が必ず来るのだ。

 私たちは、天空の庭で別れた。その庭は、遥かな高みにあって、普通の手段ではまず行きつけない。あの方は秘密の道を通ってその庭にのぼっていったが、私はその道を知らなかった。だから私は、この翼をつけて嵐の中に飛び込み、渦を巻く風の力で、女王たちの庭までのぼっていったのだ。

 あの方は、今にもゆこうとしていたが、私を見つけて驚き、とても喜んだ。

 あの場所で見た芝生の青さ、噴水の水のしぶき、澄みきった空――私は、永遠に忘れぬ。」


 エレクトラは微笑んだ。

 彼女の心の中にある、誰も見たことがないその場所の風景が、それぞれの胸の内に鮮やかに描き出されていった。


「これまで、あの場所に至ったことがある者は、薔薇の城に住む者を除けば、この私だけだ。だが、君たちはおそらく、あの場所を見つけるだろう。」


 星の娘は、長いこと黙って考えていたが、やがて「その場所、とてもきれいだった?」と訊いた。


「最高の空だった。」


 エレクトラはそう言い、星の娘の頭に手を置いた。


「君も、あの空を見るだろう。そして、その光景を、生涯忘れることはないだろう。」


 彼女は手を引っ込めると、口をおおい、大きなあくびをした。


「すまんな。私もさすがに限界だ。少し寝る。――おい、お前たちも眠っておけ。特別に不寝番はいらんぞ。」


「俺がいるからな。」


 いつの間にかやってきていた〈雪の王〉が、老練の兵士どうしが再会したときに見せる気安さで、エレクトラと騎士たちに頷きかけた。


「空の戦士たちよ、久しぶりだ。ここでは、見張りは俺にまかせて、ゆっくり眠るといい。」


「おお、ありがたい。」


 さっと席を離れ、手分けして洗い物を片付けていた騎士たちは、最後の椀を拭き終えると、そこらじゅうに生い茂って分厚いクッションのようになっているクローバーの上に次々と横になり、たちまち眠りはじめた。


「おやすみ。」


 エレクトラも、木陰のクローバーのクッションの上に寝そべり、深く息を吐くと、すぐにぐっすりと眠り込んでしまった。


「みんな寝ちゃった!」


 星の娘が、呆れたような、面白がるような調子で言った。


「でも、あたしはちっとも眠くないわ。ねえ、さっきオニユリさんが教えてくれたんだけど、あっちに行ったら、花畑があるんですって。行って、遊びましょうよ。」


「そうか。」と、それまでずっと黙っていた旅人が頷いた。「では、俺も行ってみよう。」


「やった! みんなで行きましょう。ねえ、いいでしょう?」


「ああ、そうじゃな。」


 老人は微笑んで、頷いた。

 それから三人は花畑に行き、日が中天にかかり、傾きはじめるまで、そこで過ごした。

 星の娘は咲き乱れる花のなかにしゃがみこんで、髪を耳にはさみ、あれこれとしゃべりながら、花輪や花束を次々とこしらえた。

 老人は、そばの石に腰をおろし、星の娘の言うことにあいづちを打ったり、あたりの景色を眺めたりした。

 旅人は花畑をぶらぶらと歩き回り、気になる花を見つけるとかがみこんで香りを確かめ、しまいには、ちょうどいい木陰を見つけて横になり、昼寝をはじめた。

 ずいぶん長いこと経ってから、オニユリが慌てて走ってきた。


「悪い、悪い! ちょっと横になるつもりが、ぐっすり寝込んじまってさ。簡単なもんだけど、昼飯、できてるよ。食べおわったら、祭りの準備を手伝ってくれ! あっ、もう、飾りを作ってくれてるじゃないか。」


 三人は、星の娘が作った山ほどの花輪や花束を持って、オニユリの小屋に戻った。

 オニユリが言った「簡単なもん」とは、かたく焼き締めたパンを一口大に割って、コケモモのジャムをたっぷり塗りつけたものだった。

 騎士たちとエレクトラはとっくに目を覚ましていて、パンをかじりながら、そこらじゅうの木から木へと、白っぽい紙風船のようなものをたくさんつけたロープを張り渡していた。


「今夜の風祭りのための灯りだ。」


 はしごの上から、エレクトラが言った。


「香料をまぜた蝋燭を入れてある。火を灯したところは、それはそれは美しい眺めだ。――おい、おい、そこ! 違うぞ、そっちの木じゃない。」


 エレクトラはあっという間にはしごから飛び降り、部下たちの方へ走っていってしまった。


「オニユリ。あたしたち、何をすればいい?」


「そうだな、じゃあ、テーブルに花を飾ってくれ。それがすんだら、これを、そこらじゅうにぶら下げてくれよ。」


 オニユリが、真鍮の板を切り抜いてきれいな星の形にした飾りを引っ張り出してきた。


「それから、あんたたちは、騎士たちの手伝いを頼むよ。暗くなるまでに、林じゅうに灯りをともさなきゃならないからな。」


 こうして、星の娘がせっせと花や星を飾るあいだに、老人と旅人は、騎士たちと共に林じゅうに灯りをぶらさげることになった。



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