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庭の王国への旅  作者: キュノスーラ
時空跳躍ターミナル
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時空の旅人たち

 みずみずしい芝生の上で、王冠をかぶった青い髪の女性が、手を差し伸べて言った。


「わたくしが、女王の位を受け継ぎます。心安らかに旅立ってください。」


 激しい風が、彼女の青い髪を旗のようになびかせている。

 赤毛の女戦士が口を曲げて言った。


「さびしくなるよ。でも、あんたの国は、私たちが守るからな。」


 仮面の男性が、泣きそうな顔で微笑む。


「いつでも、帰ってきていいんですよ。」


「ありがとう。」


 黒髪の少女は言った。


「でも、私はもう、この国には帰らないでしょう。あなたたちに全てを任せます。どうか、みんな元気で。今まで私を助けてくれて、本当にありがとう。あなたたちの国が永遠に続きますように。さようなら。」

 

 

 これまで、少女は半分以上、自分が生まれた地上の世界ではなく、空想の世界で生きてきた。

 歩いているときも座っているときも、頭の中では、自分の家の庭にある空想の王国にいて、そこで楽しく過ごしていた。

 どんなにしんどい(・・・・)ことがあっても、その世界に入れば、全てを忘れることができた。


 少女は女王としてその国を治め、不思議な獣や妖精たちと遊び、人々と交わった。

 王国の人々はいつでも少女を助け、支えた。

 長い通学の道を歩く少女のとなりを、王国からついて出てきた森の妖精たちがぴょんぴょん跳びはねながら、面白おかしく話しかける。

 炎天下での運動会の練習中には、少女のとなりの空間がすうっと裂けて、そこから魔女がこっそり手招きをする。

 魔女は少女の知り合いで、いつも、元気の出る木の実の汁をしぼった冷たいお茶をふるまってくれる――

 

 しかし、少女はこの日、そんな日々に別れを告げようとしていた。

 親友である、青い髪の女性に王位を譲り、庭の王国を去ることにしたのだ。


 何か、大きなきっかけがあったというわけではなく、おそらくは、時が来たということだったのだろう。

 クリストファー・ロビンが親友のプーに、もう森には来られないと告げたときのように。


 そして、王国の人々と別れたとき、少女は初めて「完結した物語の永久運動」を感じたのだ。


 私がいなくなっても、きっと、この王国は永遠に続くだろう。

 そこでは獣たちや妖精たちが遊び、人々がそれぞれの暮らしを守り、兵士たちは誇り高く、姫君たちは笑いさざめき、秘密の湖の岸辺には絶えることなくさざなみが打ち寄せ続けるのだろう。

 人の心に生まれた世界は永遠であり、ひとたび始まった物語は、決して終わることはない――



 少女はそれからも地上で学校に通い、大人になり、職業を持った。

 それでも、天性として備わった「物語の世界に入る力」は、失われはしなかった。

 大人になった彼女はそれを「時空跳躍能力」と呼んだ。


 物語の世界に入り、それをことばに変換するのは、歓びに満ちた素晴らしい仕事だったが、同時に、孤独な作業でもあった。

 だから彼女は、自分と同じ能力を持つ友たちを呼び寄せた。

 彼女は軌道上に基地を建造し、時空跳躍ターミナルと名付け、毎日、地上での仕事を終えると、そこへ帰ることにした。

 そこでは友たちが待っていて、共に、物語の世界をことばに変換するという楽しくもありながら困難な事業、時空の確定作業に没頭するのだった。


 ある大晦日の晩、酒を飲みながら、彼女はふと懐かしそうに言った。


「庭の王国! ええ、覚えていますよ。あの素晴らしい国で起きたことは、今でも、はっきりと。

 でも、あの庭は、もうない。昔、災難があって、地上から失われてしまいました。残念ながらね。

 いや……だからといって、あの王国が滅びたというわけじゃない。あの国は、今でもありますよ。いいえ、今だけではなく、永遠にあり続けるでしょう! たとえ私やあなたがたが滅びるときが来ようと、ね。

 ひとたび生まれた物語は、決して、なかったことにはならないんですから。

 ただ、そのことが皆に分かるのは、物語を語る者がそこへ行き、また戻って、その世界の光や風や人々の歌を、ことばに変えてくれたときだけです。」


「そう。」


 時空跳躍ターミナルに住む星の娘、アストライアは、花の香りの茶を満たしたカップを置いて、真剣な顔をした。


「では、あたくし、これからちょっと行ってきましょうか?」


「ええ?」


「だってアウローラさんは、もうその王国には戻らないと、約束して出てきたのでしょう? あたくし、前に、そんなふうに聞きましたわ。

 アウローラさんが行けないとなれば、誰か、他の者が行くしかないでしょう。その時空の出来事を、ちゃんと、ことばに変換しておかなくては、その時空ははじめから存在しなかったことになってしまいますもの。それほど素晴らしい時空だというのなら、確定しておかなくては、惜しいわ。」


「その通りじゃ。」


 名前のない老人が、焙じ茶の入った湯呑をテーブルに置き、横から大きく頷いた。


「アウローラくん、わしも行こう。

 ――アストライアくんよ、気を悪くせんでほしいが、おそらくは君よりもわしの方が、庭の王国については詳しく知っておるよ。

 この通り、もはやひとりでは時空跳躍もおぼつかぬじじいじゃが、わしは、これまでにも折に触れてアウローラくんから庭の王国の話を聞いておったからな。向こうに着けば、少しばかりだが、道案内もできる。

 ぜひ、わしを一緒に連れて行ってもらいたい! わしらが一緒に行くならば、ひとりで行くよりも、より遠く、より深くまで、行くことができるじゃろう。」


「まあ、気を悪くするだなんて、とんでもない。」と言いながら星の娘は立ち上がり、ちょっと膝を折ってお辞儀をした。「とても心強いですわ、おじいさま。あたくし、喜んでご一緒させていただきますわ。」 


「おふたりとも、ありがとう。それは……本当に、嬉しいです。また、あの国の人たちの声が聞けるなんて。みんな、私のことをちゃんと覚えていますかね? 私、一応、女王だったんですけどね。」


「まあ大丈夫じゃろう、多分な。」


 老人はにっと笑ってそう言うと、立ち上がって、星の娘のとなりに立った。


「それでは、準備が整い次第、わしらふたりで出発する。跳躍は、アストライアくんに任せておけば間違いないな。」


「ええ、安心してお任せいただきたいですわ、おじいさま。

 それでは、アウローラさん、一時間後に時空跳躍ゲートを開きます。行って、そして、帰ってきますわ。あたくしたちからの報告を、楽しみになさっていてね!」



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