9:憎悪
シールドガンでライフル弾を防ぎ、何もないことを確認しつつ一番奥の【甲士】の足元にグレネードキャノンをぶち込む。爆炎でよく見えなかったけど、直撃した【甲士】が派手な音を立てて倒れているのは見えた。これならあとは誰かが直接止めてくれるのを待った方がいい。どうやら斉人が実践してくれたおかげでほかのメンツも有効なやり方だと認めてくれたみたいだった。まあ、だからと言ってそのまま俺の評価が上がるとは思ってないケド。
「くそ!後どのくらい来るんだよ?」
倒しても倒しても湧いて出てくる敵に思わず悪態をつくが、警告音に気づいてディスプレイを見てみる。既にグレネードキャノンの残弾は残り三発と少なくなっていた。元々装弾数が少なかったのもあったし、考えてみれば既に作戦開始して一時間以上経過していた。何とか一撃で済まして節約してきたが、とうとう誤魔化しきれなくなってきた。シールドガンも残弾が尽きてただのシールドになっているし、手ごろな武器は近くにはない。あんまり使う気になれなかったが、あの剣を使うしかない。
後方支援の長距離砲が敵の足を止めている内に距離を取る。あの剣を置いてきたのは確かA1棟付近で今いるのはB5棟。位置的にはそんなに距離は無いが、わざわざ取りに行く暇があるかどうか。だけど、作戦終了までまだ時間があるのだからやるしかない。
建物の陰から回り込んできた【甲士】がブレードで突き飛ばし体勢が崩れかける。咄嗟にフットペダルを踏み込んで後退しながらグレネードキャノンをぶちかます。だが残り少ない貴重なグレネード弾は【甲士】の右腕とブレードを吹き飛ばしただけだった。
「まずいな…」
後退を続けながらもう一度照準を合わせるが、警告音が響いて反射的に操縦桿を倒す。滅茶苦茶な遠心力で頭がぼんやりしながら、すぐ目の前に迫っていた【甲士】に心臓が飛び出そうなほど驚いた。咄嗟に操縦桿をすばやく切り替えてシールドガンで殴りつける。ちょうど発射しようとしていたライフルの銃口が潰れたらしく、暴発してライフルが爆発し、【黒刃金】も激しい振動に襲われた。緊急用のボタンを押し、足元のパイルアンカーがアスファルトの地面を抉りながら機体の動きを止める。吐きそうなほど強烈な衝撃とGの嵐に見舞われた俺は力が抜けそうな体にムチ打ってグレネードキャノンを放つ。体勢を崩していた【甲士】が直撃を受けて派手に後ろに吹き飛んでいった。これで残り一発。
「もう弾無いからA1棟まで後退する!誰でもいいから援護してくれないか?」
自分で言っといて誰でもいいからってセリフに情けなさが滲んでいて哀しくなる。
しかし、既に状況は作戦前と違って一真に対する不信感は少なからず薄れていた。少なくとも一真がこのグループを攻撃しに来たわけではないことだけは伝わっていたが、そんなこと張本人は気づけるはずもなかったが。
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佑奈は弾切れしたバズーカを捨て、身軽になった体で倒れた【甲士】のコックピットに侵入する作業を続けた。もうこれしかできることがないし、一機でも多くの敵を行動不能に出来ればあと楽だ。今までは残弾が尽きたら逃げ回るしかなかったが、こうしてやることがあることは精神衛生的にもかなり助かる。
A1棟まで後退していく【黒刃金】を視線で追いながら予備のアサルトライフルを組み立てて構える。正直言って効果は無いが、丸腰よりましだ。そもそも本当なら作戦予定時間に合わせて弾数を持つのがふつうだし、正直言ってどのくらい必要か予測できる。だが、予測したと言ってもその通りにできる訳でもなかった。とりわけ今回は事前に志和の奴がごねたから私は準備するのに時間がかかった。その結果あまり弾が残っていなかった。主に赤土達が手当たり次第に資材を持って行ってしまうから。
舌打ちしている佑奈に見せびらかすように赤土が派手にバズーカをぶちかます。一発では倒れない【甲士】も、ありったけの爆薬をぶつけて行けばいずれは壊れる。
「もうそんな必要なんてどこにもないんだから、無駄に炸裂していった弾を有効活用させてくれてもいいだろ」
思わず呟いてしまった愚痴が誰にも聞かれていないことを祈る。まあ、こんな状況で他人の独り言に耳を傾けるような奴が居るはずないが。
≪佑奈、少し早いけどこちらの移動は完了した。A1棟に待機させておいたレールキャノン車に向かってくれ。それなら距離を稼いだままある程度足止めできるはずだ≫
「分かった。すぐに向かう」
相変わらずタイミングのいい奴。だが今はそんなことなど気にはしない。
【黒刃金】が向かった先に見つめ、バイクのアクセルを全開にする。土煙を巻き上げて加速していく私の横を、剣を握りしめた【黒刃金】がすれ違っていった。
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≪もう少し時間を稼いでくれるか?あと少しで作戦完了になると思う≫
「了解!」
正直言って頼りない剣だが、あと少しなら何とかなるかもしれない。あのヒートアップとやらもこれなら使うこともないだろ。万一使っても補給源は結構転がってるし。
フットペダルを思い切り踏み込み、強烈なGで顔がゆがむ。操縦桿を握る両腕が折れそうになるが、根性で堪えて右の操縦桿を力任せに倒した。連動した【黒刃金】が右腕の剣で目の前の【甲士】の左脚の膝の装甲の隙間を切り裂く。地響きを上げて倒れる【甲士】を見下ろし、次の目標を探る。
その時アラートがコックピットに響いた。
「熱源接近!?」
咄嗟に機体を右に逸らし【甲士】から離れる。バズーカ弾やグレネードをマシンガンのように浪費し続けているゴリラの群れが視界に入った。
「無駄遣いばっかしやがって!知能はゴリラ以下かよ!?」
外周スピーカーをオンにして叫ぶ。だが、返事の代わりにこちらにバズーカを向ける赤土の姿が一真に余計な苛立ちと背中に氷を付けられたみたいな寒気を感じさせる。その目が冗談抜きに笑っているのが分かり、本気で撃つ気なのか冗談交じりのちょっかいなのか一真には分からなかった。
だが、その直後に赤土達が後ろに置いていた残りの弾薬箱が爆発し、赤土達が一人残らず爆風に巻き込まれて吹き飛んでいく姿は一真の心により冷たい物を突き刺していた。
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全身をしたたかに打ち付けた赤土は額に手をやり、真っ赤に染まった右手を見て思わず逃げようとするかのように転げまわった。何とか体を起こし、同じく巻き込まれた手下たちを見渡す。全員何とか動いている。どうやら爆発したのが残り少ない弾薬箱だったおかげでそれ程の被害が無かったようだ。
「くそ、お前ら!もらい火や流れ弾に警戒しろっつったろうが!」
こんな初歩的なミスを起こすような手下しかいないのか。まだ呻き続ける足元の手下を腹立たしく思って蹴りつける。額から流れる血は止まらないが、冷静になれば派手なだけでそれ程の傷じゃない。
そこまで思考が行ったあたりで、赤土はこっちを無機質に見つめ続ける【黒刃金】の姿が見えた。装甲越しにまるで笑われている気がした。
「くそ、くそ、くそぉ!」
足元に転がっていたマシンガンを引っ掴み、【黒刃金】の怒ったような顔に向けて引き金を引く。
「ガキがこの俺を見下ろすんじゃねえ!俺のことを馬鹿にしてんだろ!?見下してんだろ!?何が地上難民救助だ!なんでお前なんかに助けて貰わなくちゃいけないんだよ!」
湧きあがる怒りに任せて赤土は引き金を引き続ける。やがて弾が付き、何の反応も返さなくなっても引き金を引き続けた。
あの日、【URANOS】が暴走を始め日本中で地下への避難が始まった日。赤土は家族と一緒に避難用のエレベータにたどり着いていた。ヤクザ者でいつもなら周囲の人間は思わず一歩引いてしまう。だけど、生まれたばかりの息子と妻はちゃんと一人の人間として見てくれていた。だからヤクザを抜けることは叶わなくても、せめて二人だけは守りたかった。
だが、既にエレベータに敵が迫った居た。残り少ない避難民たちがエレベータに殺到する中、避難誘導をしていた警官は赤土の顔を一目見て、赤土とその家族を後回しにした。彼は暴力団対策室所属だった。気が付けば、たった一人で地上に取り残されていた。守りたかった家族は二人とも動かなくなっていた。
今赤土の目に映る【黒刃金】のツインアイが、あの時赤土達を見た警官の目と重なった。
「なんで、なんで、なんでお前らは俺たちをいつも…!」
【黒刃金】がゆっくりと視線を外す。あの時の警官と同じ動き。赤土の背筋に冷たいものが走る。
そして【黒刃金】は左腕のシールドガンを赤土達の目の前の地面に突き立てるようにかざし、倒れていた【甲士】が放ったライフル弾を防いだ。
≪おいゴリラ!アンタが何なのかは知らねえし知る気もねえ!だけど死ぬなら俺が居ないどっかで勝手に死ねよ!気分悪いだろうが!≫
一真はそれだけ叫ぶとディスプレイを操作し、【HEAT UP】の表示に触れた。ケーブルで繋がった剣が発熱し、三分のカウントダウンが始まる。シールドガンを切り離し、一気に倒れている【甲士】のもとに近づく。【甲士】がライフルを【黒刃金】に向けるより早く、超高温に熱せられた剣が精密機器が集中する【甲士】の頭部を溶断した。
【HEAT UP】を強制中断し、ケーブルを動かなくなった【甲士】につなげてエネルギーを吸収させてもらう。既に作戦終了時間だった。
後方から長距離レールキャノンが放たれ迫ってきていた【甲士】たちを足止めする。
赤土はその光景を見つめたのち、仲間たちをたたき起こして安全区域まで後退を始めた。