6:出発
あの軟弱男が目を覚ましたのは夕方になってからだった。最初はみんなはいきなり現れたあの男に驚いていたが志和が軽い説明をしていたおかげですんなりみんなに受け入れられたらしいが、実際のところどうなのかは私は知らない。実際、みんなからすればいきなり敵に乗って現れたわけだから混乱するのは当然だろう。助けてもらったことに関しても、あまり実感はわかないかもしれない。正直あまりみんなと一緒に居ることは無い私でも、一晩にして数回ほど怪しい、と言う声を聞いている。まあ、分からないでもないが。
だが、私はあいつが敵には見えなくなった。
勿論いけ好かない奴だし、正直仲良くしたいだなんてこれっぽっちも思わない。まあ人付き合いのない私にはいつものことかもしれないが。
でも、少なくとも悪い奴じゃないことだけは確かだと思う。
それに、ここの空気もわずかにだが変わった。
アイツが現れたことで、もう二度と味わうことのできない平和な生活を取り戻せるかもしれないと言う希望が出来たことで、非戦闘員たちを中心に明るい雰囲気が広まっている。私には関係ないが。
だけど、ほかの奴らが敵意むき出しなのはどこか気分が悪かった。斉人も同じ気分かもしれないが、どうにかできるものでもないしどうにかする気は私にはない。これからアイツがどうなるかは今から行われる全体説明の結果次第だろう。
だけど、一つだけ私の心に棘の様に突き刺さる物があった。アイツが私達に見せた目的地の座標。もう二度と行くことは無いと思っていた場所だった。まあ、だからと言って私は志和たちの決定に逆らうつもりはないが。
私達が拠点にしている旧マンションの中央の一番広い広場に作られた簡易的なステージで、志和の隣にアイツが立っている。私の位置からは遠くてよく分からないが、少なくともまだ顔色は悪そうだ。緊張か、それともさっきの戦いの後遺症か。どちらにせよ、私だったらこんなこと絶対にやりたくない。
「さて…すでにみんなも知っていると思うが、ここはもう奴らに気づかれていると思われる。そのため早々に移動を始めるべきだが…」
志和がいつもの薄目で全員を見渡しつつおもむろに口を開ける。耳につけているイヤリングが照明に光る。
「移動先に新入りである日狩一真君が教えてくれた、地下へのエレベータの場所だ。詳しくは彼本人に説明して貰うから、静かに落ち着いて聞いてくれ」
志和に促され、アイツが小型の機械を手に前に出る。あからさまな疑惑の視線にちょっと怯んでいるように見えた。やっぱり軟弱男だ。
「えーと…俺が日狩です。俺は皆さんたち地上難民の救助にここに来たわけで…」
次第にしどろもどろになっていく。まあ、あそこまで睨まれ続ければそうなるのは分かる気がする。私だったら絶対にやめてる。
しかし、アイツもそれなりに対策は立てていたようだった。小型の機械の電源を付け、志和が大型の空間ディスプレイに接続する。
映し出されたのは、あの【黒刃金】のコックピットで一瞬だけ見えたアイツの上司。謎の薄ら笑いを常に浮かべて、気味の悪いハイテンションが記憶に残る。だが、この時ばかりは少々真剣な表情だった。
≪そこから先は上司の私が説明しよう。私は日本政府軍部省地上難民対策課課長の立原だ≫
いきなり凄まじい早口で告げられる小難しい単語の数々。よく噛まずにいえるものだ。以前あのコックピット内で顔を見た時も思ったが、口がかなり達者なようだ。アイツが騙されたと何度も愚痴っていたが、あれは特技が人を騙すことだと言われても違和感がない雰囲気がある。
≪今私達が居る地下に行くためのエレベータだけど、現在使用可能な中で君たちに一番近い場所が―――――≫
「小難しいことはいい!お前らが本当に政府の犬か証明できんのか!?」
最前列に座る、ここで一番ガタイが良く血の気の多い男、赤土亮が声を荒げた。ついさっき志和が静かに聞けと言ったはずだが、周囲がビビって止める様子はない。実際奴の気に障って半殺しになったメンバーもいるくらいの危険人物だ。何人か子分を引き連れていることを除けば、多分私の次に孤立している奴だ。仲間意識は全くないが。
アイツも目と鼻の先であんなのに睨まれていればしどろもどろになるだろうな。
≪証明ねぇ…ま、通信越しに何見せたって信じちゃくれないでしょ?≫
課長が何枚か書類をめくりながら呟いた。赤土がここからでも分かるくらいに激しく貧乏揺すりを始める。危険信号だ。
≪一応、総理の認可は降りてるし予算も出てるよ。小っちゃいけど部署も作ってもらえたし、愛想は無いけど美人の秘書も居るよ?≫
派手な音を立てて赤土が目の前のテーブルを蹴飛ばし、アイツが持ってきた小型の機械が見えなくなる。
「ごちゃごちゃうるせぇんだよォ!安全地帯から俺たちを見下ろしやがって、気に食わねえんだよ!!」
≪うーん…どっちかって言うと僕らは地下に居るから見上げてる側だと思うんだけどな≫
「課長さん、いいから黙れ」
アイツが拾い上げた機械のスピーカーのスイッチを切る。青筋を走らせた赤土がそんなアイツの首根っこを掴んで持ち上げた。
「テメエも気に入らねぇ…ガキが偉そうに、助けに来ましただぁ?調子に乗ってんじゃあ―――」
「俺だってあのオッサンに騙されてんだっつの。放せよゴリラ」
心底鬱陶しそうな顔でアイツが赤土の腕を掴む。さすがに力の差であまり効果は無さそうだが、それでもその目は負けてなかった。
赤土が予想だにしてなかったみたいに呆気にとられた顔をしたのち、両腕に力を込め始めた。このまま絞め殺す気かもしれない。流石にまずい。反対側で子供たちと一緒に居る斉人も立ち上がっている。私もハンドガンを懐から取り出して――――――
「止めろ。赤土」
「………っ!?」
ナイフ片手に志和が赤土の肩を掴んだ。線のように細い目から冷たい殺気が漏れ出す。騒がしくなっていた他のメンバーたちがその殺気に押されて黙り込む。斉人が泣き出した子供たちに慌ててなだめだしている。
一手遅れて何人かが赤土の背中に銃を突きつけ始め、赤土は舌打ちしてアイツを投げ捨てた。
「くそっ!」
そのまま腹立たしげに近くの椅子を蹴り飛ばして立ち去っていく。その背中を軽く睨みながらせき込むアイツに志和が手を差し伸べた。
「大丈夫か?」
「全然…」
首元をさすりながら志和の手を取るアイツ。もう必要ないハンドガンをしまってしまい、私はまた壁に背中を預けた。
「さて、説明を続けてくれるかい?こんな中途半端なことじゃいけないだろう?」
志和に促され、アイツは切っていたスピーカーのスイッチを入れた。
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「大丈夫かよ?あんな怪物に襲われてさぁ」
「死ぬかと思った…なんなんだアイツは?ゴリラみてーな腕しやがって」
「赤土かぁ」
擦り寄って来た斉人があからさまに悩ましげなため息を吐く。
「何なんだあのゴリラ。ここじゃあんなのまで飼育してんのかよ」
「ま、生き残りを手当たり次第に集めたグループだからさ。そりゃあいろんな奴が居るぜ?元高校生から元ヤクザまでな」
「あのゴリラか」
斉人は軽く頷いた。
それにしても、元ヤクザか。考えてみれば絵にかいたようなヤクザ顔だったな。だがそんなのに目を付けられたと言う訳か。いやな気分だ。
「ま、戦力としてはすげえよ。戦っている間は頼もしいしさ」
そう言って斉人が一真の肩を叩いて手元の端末を起動させて見せる。これからの作戦を前にある程度の情報が載っていた。
「あそこの兵器工場から【黒刃金】の武器を幾つか回収出来たから、どれ使うか決めてくれるか?それ程種類あるわけじゃないけど、あのシールドガンよりかは使えそうなライフルもあったぞ」
「へえ、グレネードキャノンにスナイパーライフルか。スナイパーライフルは使えなさそうだけど、グレネードは欲しいな。バックユニットにもミサイルを搭載出来ればよりいいけど、そこまでの準備が出来っかな」
「難しいな。重機は使えないし、いつ敵が来るか分かんないからな」
手早く準備を進めていく俺たち。二人しかいないのはちょっと寂しいが、まああそこまでやらかしてるのに変わらず接してくれる斉人にはかなり感謝している。
「それにしても、エネルギーは大丈夫なのか?見た感じ全部使い切ってたみたいだけど」
「たぶん大丈夫だろ。プラズマジェネレータはほっとけばエネルギー充填するし」
世界で初めて日本が開発したプラズマジェネレータ。大型二脚を動かすほどの出力を誇り、それ以上にエネルギーを使い切ってもしばらく放置していれば回復するステキ仕様。まさに巨大ロボット技術の礎と言える技術だ。
【黒刃金】の首元のコックピットに近いビルを昇り、リストフォンで斉人と連絡を続ける。
「グレネードとライフルを用意してくれるか?多分それがあれば何とかなるだろ」
≪あの日本刀はどうする?さっきの戦いじゃあれが一番威力があったように見えたけど≫
「あんな燃費の悪いの使えるか。一応最終手段としてその辺にころがしておくだけでいいだろ」
≪それもそうだな≫
【黒刃金】の首筋の装甲に取り付けられた足場に足をおろし、コックピットハッチを操作して中に入る。
ディスプレイを起動するが、表示されたエネルギー残量は半分ちょっとしかなかった。
「これでほんとにやれんのかぁ?」