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22:反撃

目を覚ました佑奈は、全く知らない部屋に居た。頭がぼんやりしていて一体ここがどこなのかすら思い出せない。確か、一真と一緒に出掛けて、戻ったら工場が襲われていて、そして戦いに行く一真を加那と一緒に見送ったはず。そこから先は…。

「ここは…?」

次第に頭がハッキリしてきた。一真が戦っている間、突然加那が小さな悲鳴を上げて動かなくなって、そして後ろから近づいてきた誰かが背中に何かを押し付けてきて…。

そこまで頭が回ってようやく佑奈は両腕両足が電磁錠で拘束されていることに気づいた。周囲に特殊な機械が置かれ、そこから放たれ続ける電磁波が佑奈の両腕両足首に取り付けられたリングを空中に固定していた。

「え…!?」

思わず拘束された両腕両足をばたつかせるが、どちらもむなしく空を切るだけだった。

「ようやくお目覚めかい?」

「っ…!志和…!?」

声のした方を見れば、薄気味の悪い笑顔を浮かべた志和が佑奈を嘗め回すようにじっとりとした目で見つめていた。背筋が凍り付くような寒気を覚えた佑奈は思わずまた逃げ出そうとするが、結局どうしようもなくただいたずらに志和を喜ばせるだけだった。

「どうして…!?ここはどこ!?一真は!?」

周囲を見渡し、何もない殺風景な室内に佑奈を拘束する機械と志和しかいないことを改めて突きつけられる。それに気づくと急に不安になり、そして目の前に居るそれなりに知っているはずの志和の初めて見る歪んだ顔に凍り付くような恐怖を感じてしまう。

だが、志和はそんな佑奈の心など知ったことではないかのようにあからさまに大きなため息を付いた。そして手元に置いていたリモコンのスイッチを押し込む。

「あっ…!?」

一瞬頭の中が爆発したみたいな衝撃が走り、佑奈は思わずかすれた悲鳴を上げた。本当なら泣き叫ぶぐらいの痛みだったはずだが、それすらかなわないほどの激痛が佑奈の全身を一瞬だけ襲っていた。

「アイツの名前なんか言うから悪いんだ。これはペナルティだよ」

全身の力が抜けて肩で息をする佑奈の頭を撫で、志和はまるで子供に言い聞かせるように優しげな声で呟いた。その声音は佑奈の背筋に冷たいものを伝わせた。

なぜ志和が。なぜ今私は拘束されているのか。なぜ私が一真の名前を出しただけでペナルティを与えられているのか。何一つ分からない。だけど、目の前の志和の目が完全に今までのとは違うのは分かった。

「ま、でもいいか。教えてあげるよ。一真君なら、今頃一人で野垂れ死んでる頃じゃないかなぁ?【黒刃金】はもう動かないだろうし、あそこの修理機能は潰してきたからね」

「どういう、意味…?」

「どういう意味って、そりゃあ…」

そこまで言って志和は満面の笑顔で佑奈の顔を覗き込み、一息に言い切った。

「僕に負けたからさ。完膚なきまでに、ね」

何を言われたのかすぐには分からなかった。だけど、今のこの状況からしてそれ以外の現実はあり得ないことももう分かっていた。

不意に視界が滲み始める。なぜそうなるのかは分からなかったが、少なくとも一真が負けたという事実を突きつけられて悲しいと言うことは分かった。

だけどまたあの衝撃が全身を襲ってきた。

「ダメだよォ。アイツのことで泣いたりしちゃ」

「う…あ…」

意味のないうめき声が漏れ出るが、志和はそんなことなどお構いなしに恍惚の表情で佑奈の頬を撫でまわした。まるで泥を塗りたくられているかのような気分だった。

「なん、で、こんなこと…」

信じられなかった。今目の前に居る怪人が、ずっと私達を導いてきたリーダーだなんて。私の家族を、仲間を、斉人を殺したあの青い機体を操っていたなんて。

「なんで?こんなこと?決まっているじゃあないか!」

決まってなんかいない。なんでそんな笑顔を見せるんだ。

「君のためさ。佑奈。ずっと僕は君のために、邪魔な奴らを片付けていたって言うのに、君は全然気づいてくれないんだもの。ちょっと傷ついちゃったな」

「え…?何、だそれ…」

「ずっと君を見ていたんだ。【URANOS】が暴走する前から、君のことだけを見ていた。誰にでも優しく、それでいて淋しがりやだった頃の君を街角で見つけたときから、僕はずっと君を影から守ってきたんだよ。なのに、あの団地の奴ら、僕を君から引き離そうとしたんだよ?ひどいじゃないか」

「どういう事!?団地の奴らって…」

そこまで考えて、佑奈は不意に思い出す。確か、【URANOS】暴走が始まる数週間前あたりから近所の人たちがやたらと声をかけてくる頻度が上がっていた。両親も帰ってくる時間が早くなり、外出するときは必ず誰かが近くに居る気がしていた。

「ほんとはすぐにでも君を連れてどこかへ行きたかったんだ。だけど、その直後に【URANOS】が暴れだして、僕は働いてたあの軍需工場で整備していたまだ【URANOS】と繋がっていなかった【蒼鬼】を手に入れて、その時に誓ったんだ。君を僕だけのものにして見せる。その為の力が手に入ったんだからね」

意味が分からない。なら、志和はずっと私を付け回していたのか。あの団地のみんなは、志和から私のことを守っていたのか。

「だからまず、君をあの団地に閉じ込めていた奴らを片付けた。そしたら君が今までの君じゃなくて、無理して強がり始めたから、僕はちょっとがっかりしたけど、でもおかげで本当の君を知っているのが僕だけになったから結果オーライだって思った。だから、あえて距離を置いて君を見守ることにしたんだ。その為に慣れないリーダーなんて役割を頑張ってこなしてたんだよ?なのに、次々君に近寄る邪魔者が現れるんだ。片付けても片付けても、まるで埃みたいに湧いて出てくる」

「斉人のこと…?」

「そうさ。アイツ、生意気にも君のリストフォンにログなんか残してさ。もう少し早く片付ければよかったよ。まあ、佑奈もそんな気なかったってこと聞けて僕も安心だったけどさ」

何気なく言い放つそのセリフに、思わず佑奈の全身の毛が逆立つ。

「なんで知ってる!?あれは、私達だけの…」

再びスイッチが入り、佑奈はかすれた悲鳴を上げる。志和はまるで無感動な目つきで肩で息をする佑奈を見つめ続けていた。

「何だって知ってるのさ。君のことなら、ね」

そう呟いて志和は右耳につけているイヤリングを指ではじく。わずかにかすれる目で佑奈がイヤリングをよく見れば、そのイヤリングは小型の受信機らしく時折ちかちか光っていた。

「ずっと君がどこ居るか、誰と何をしゃべっているのか、全て知りたかったんだ。おかげで君に近づく悪い虫や、気味を悪く言う悪者は全部把握できたよ」

「じゃあ、斉人だけじゃなくて赤土の事故もか?」

「ああ。意外と生命力が高くて驚いたけど、まああれで十分懲らしめられたし、もう居なくなちゃったからどうでもいいか」

どこか他人事のように吐き捨て、志和は佑奈の上着の裾に手をかけた。まるで臍のあたりを手の甲で撫でられるかのような感触に佑奈は体をよじって抵抗する。だが全身を電磁の鎖でがんじがらめにされている佑奈には志和の手を振り払うことなど出来なかった。

「放せ!この…!」

あらん限りの憎しみと怒りの籠った目で睨みつける。だが志和はそんな佑奈の顔を見つめ憐れみとも取れる表情をして開いてるほうの手で佑奈の顔を撫でまわす。

「そんな無理しちゃってさぁ。僕は知ってるよ、君が本当は臆病でか弱いお姫様だってね」

「なに、それ!馬鹿にするな!!」

「馬鹿になんてしてないさ。ずっと君を見守って来たって言ったろう?君がいつもいつも誰かに弱みを見せたがらない…いや、周囲に強く見せようって無理してることなんて分かってるんだよ。だから、僕だけが君を守ってあげられる。本当の君を知ってるのが僕だけのはずなんだよ!」

息がかかるほどの近さで、いや息を吐きかけているのか、志和は甘ったるい声から次第に怒りに染まった声音に変えながら佑奈に迫った。その生暖かい息が肌に吸い付くような感覚が佑奈の心に亀裂を走らせた。

「それを君は、あんな見ず知らずのガキに君の心を覗かせたりするから…!」

強烈な恐怖が佑奈の心の亀裂を広げていく。ずっと隠していた弱さがとめどなく溢れ出て、涙になって零れ落ちる。

「いや!やめて…!」

志和は乱暴に佑奈の上着を破り捨て、佑奈の上半身は瞬く間に下着姿にされてしまう。

「やめて!助けて!助けて、一真…!」

こんなところで叫んだ呼び声が届くはずがない。頭では分かっているけど、それでも叫ばずにいられない。

当然それが志和にとって面白いはずがなかった。

「だからさぁ…どうしてアイツの名前なんか言うんだよ!」

再び電気ショックが佑奈の全身を襲う。今までとは段違いの威力と時間に佑奈は声すら出せずに苦しみ続けるしかできない。

「アイツなんかより僕の方がずっと君のことを見ている!君だって分かってるだろ?アイツはどうせ地下に逃げたに決まってる!なのに何で君はアイツのことばかり…」

気が狂いそうになるほどの激痛の中、佑奈は狂ったように目を見開きスイッチを押し続ける志和と一瞬目を合わせてしまう。もうひとかけらもの理性も見当たらないその目に何一つ共感も信愛も抱くことなんて出来ない。一真も斉人も、形は違っても佑奈にとって心地良い輝きがあった。どちらも佑奈のことを安心させてくれる何かを持っていた。

「どうして僕じゃないんだ!!」

志和の絶叫と共に、巨大な衝撃が佑奈たちを襲った。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



思ってたより【黒鷹】の操縦は簡単だった。対レーダー用の超高性能ステルス機能と視覚的にも探知されない光学迷彩の二つは完璧に機能しており、ある程度航路を事前に設定して貰っていたこともあって戦闘機の操縦など初めてな一真でも十分扱える。一応敵と出くわした時用にかなり本格的な武装は積んであるらしいが、恐らく使うことは無いだろう。

「ほんとに、どこでこんな代物を調達してきたんだ?」

≪そりゃあイロイロ…表に出せない裏工作もちらほら、ね≫

「法律違反はしてないだろうな…」

口笛を吹いてごまかす立原課長を前に、思わず全身から力が抜けていくのを感じる。結構余計な力が籠っていたのかもしれない。

≪それにしても、よく見つけたね。いやそもそも見つけたというよりよく気づいたね。あちらさんが発信機を使ってるなんて≫

「前に市販の物を改造したイヤリング型の音楽プレイヤーを持ってたやつを見たことがあってさ。今まではあんまり気にしてなかったけど、たまにアイツ俺と佑奈が喋ってるのを横から入り込んで来た時にやたら今までの会話の流れを把握してることがあったこと思い出したんだよ」

≪なるほどね。そうなると彼が君がもう追ってこないと思い込んでるおかげで予備の受信機を現場に置き忘れるなんてポカやらかしてる訳かな?≫

「さあな。でも、もうこれで逃がさないさ」

≪自動操縦に切り替えられるね?終わったら読んでくれればいいよ≫

「ああ。それと、ありがとな。課長」

≪お礼なんて気持ちの悪い…君のキャラじゃないよぉ≫

最後まで気色の悪い声を出す。だけど、なんとなくこれはこれで癖になってきてしまった気がする。末期症状かもしれない。

「じゃあ、もう行くぜ」

それだけ言って通信を切り、【黒鷹】を自動操縦モードに切り替えハッチに向かう。

【黒鷹】は大型重量二脚機である【黒刃金】専用の輸送機であり、輸送する際には機体の後部にオミットされた専用クレーンを下部に展開し使い捨ての爆砕ボルトで【黒刃金】を固定し、【黒刃金】の首の後ろにあるコックピットハッチが【黒鷹】の床ハッチと結合される。つまり、床ハッチのスイッチを押すだけで自由落下で【黒刃金】の操縦席まで降りられると言う訳だ。まあ結構怖いが。

操縦席に座り、シートベルトをきっちりと絞める。そしてディスプレイ横の起動スイッチを入れ左右の操縦桿を握りしめる。モニターが完全に起動し、高速で通り過ぎていく地上を見下ろしつつ事前にまとめておいたデータメモリを挿入し、目標をロックオンする。

「行くぜ!強制パージ!」

爆砕ボルトが一斉に起爆し、【黒刃金】が空中に投げ出される。一気に重力に掴まって地面に向けて落下していくが、全身のブースタを吹かしてバランスを取り、思い切り踏み込んだフットペダルに連動してバックユニットのメインブースタが火を噴く。瓦礫の街がどんどん近づき、やがて機体は薄汚れた旧刑務所前に繋がる旧国道に足裏のローラーを着地する。思っていたより速度が出ていてとっさに両足のパイルアンカーを地面に突き刺し急制動をかける。予想通りのGが全身をまんべんなく叩き付けてくるがそれでも操縦桿を握る両腕の力は一切緩めない。そして旧刑務所前にたどり着くと同時に右腕で外壁を殴りつけ、発信源の部屋まで右腕を伸ばした。

モニターに唖然とした顔の志和と床に横たわる佑奈の姿が映る。ここまで来たからにはやることは一つ。

「志和ァァァァァァァァ!!」

ハッチを開き、バックユニットと伸ばしたままの右腕を足場に全速力で走る。後ろを振り返ることも足場を確認することもなくただひたすらに志和の顔を睨み、思いきり足を踏み切って飛びかかる。

「歯ぁ食いしばれこのクズ野郎ォォォォォォ!!」

渾身の力を込め、着地の代わりに志和の顔面に右拳を叩き込む。何かが潰れたような気色悪い感触が拳に残り、俺はコンクリート製の床に転がり込んだ。

「一真…」

起き上がると同時に背中に柔らかくて暖かい物がしがみついてきた。小刻みに震えていて、呼吸もそれに合わせて俺の首筋を撫でていく。何をされていたのかはよく分からないが、立っているのもやっとなのか俺の背中に結構体重をかけているのは確かだ。

「よお、まあその、何だ。取りあえずこれ着ろ」

思わず振りほどき、出来る限り視線を逸らしたまま着ていた学生服の上着を差し出す。上半身下着姿の佑奈は一瞬きょとんとしていたが、すぐに顔を真っ赤にして上着をひったくるように受け取った。怒っているのか、それとも照れているのか。

「それにしても、やっぱりそういう顔も出来るんだな。佑奈は」

「え?」

「いや、ずっと笑えば可愛いかもなって思ってたからさ。やっとそれが確信できた」

「…馬鹿…」

そう呟いて佑奈は軽く視線を反らす。でも上着を着てからずっとその右手は俺の左腕を掴んだままだった。

「何なんだよ。これ…」

不意に聞こえてきた声に俺たちは振り返る。顔面を押さえた志和が仰向けに倒れたまま何かをぶつぶつつぶやいていた。

「僕がずっと守ってきてあげたんだよ?ずっと、ずっとずっとずっと!!」

ふらふらと起き上がり、鼻血で真っ赤に染まった顔を押さえながら睨みつけてくる。

「許さないよ、佑奈は僕の物だお前なんかに奪わせない!!」

「人を物扱いかよ。そんなんだからモテねーんだよストーカー野郎」

佑奈を背中にかばいながら睨み返す。しかし相手はすでに足元がおぼつかないのかたたらを踏んでいる。さすがに顔面に全体重込めたパンチを決めたのが効いているらしい。

「許さないィィィィィィィィ!!」

喚き散らしながらよろよろとこちらに向けて両腕を伸ばしながら歩いて来る。まるでゾンビだがこれ以上付き合っていられない。

「行くぜ。ちょっと掴まってろ」

「え…きゃっ!?」

ちょっと恥ずかしいけど、佑奈の背中と膝の裏に手を回して持ち上げる。所謂お姫様抱っこの体勢に顔から火が出そうになるが、これ以外方法が思いつかない。来た時と同じく【黒刃金】の右腕、右肩、バックユニットを足場にコックピットに戻る。来た時と違うのは、俺の膝の上に佑奈が座っていることだった。

「ちょっと狭いけど、なんとかなるだろ」

操縦桿やあちこちの計器を操作するのに何の支障もないことを確認し終えるとほぼ同時に目の前の半壊させた旧刑務所の壁がぶち壊され、あの能面の顔をした青い機体がレールガンを構えていた。

「一真…」

佑奈が不安げな顔で見つめてくる。言いたいことは一真にも分かっていた。あれがあの程度で諦めるとも思えなかったわけだし、ここに来ると決めた時から覚悟していた展開だ。

「しっかり掴まってろ。俺の操縦は結構荒いぞ!」

「分かってる!」

ぎゅっと抱き着いてきた佑奈の体温を胸に感じながら俺は操縦桿を握りしめた。

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