21:決意
「どこだ、ここ」
殺風景な天井。シミひとつないのが余計生活感すら感じられずに不安な気分にさせる。だが、地下への移住が始まってまだ半年もたってないのだから、俺みたいに安いアパートに住んでる奴のほぼすべてが感じていると思う。だから、別にここが俺の部屋じゃなくても寝ぼけた頭じゃとっさに判断できるわけじゃない。
もしもここが俺が今住んでるあのアパートの部屋なら、今までのことは全部夢だったってことになる。半ば騙されて地上に出て、いろんな奴に会って、別れて、そして…。
だけど、右手に何を握りしめているのを感じて右手を開いた。見覚えのあるお守り。あの時、戦おうとする俺に佑奈が手渡してくれたお守り。
「佑奈…」
「おや?青春してるみたいね」
横合いから割り込むように聞こえてきた聞き覚えのある腹立つ声。体を起こして振り向けば、予想通りの顔が予想通りの面して一真を見つめていた。
「直接顔を合わせるのはしばらくぶりだね。一真君」
「課長さん…?俺、なんで…」
「いやあ、エマージェンシーコールが鳴ったから何が起きたかと思って迎えをよこしたのよ。そしたら君たちが居るはずの場所は瓦礫の山だし、君が守ってたはずの難民たちも居ないしでさ。取りあえず君を回収して事情を聞こうと思ってね。」
ヘラヘラした顔だが、目つきはやけに鋭かった。
「ま、事情は大体予想できているけどね。誰かが裏切って、君たちが何とか生き残った。だから問題は誰が何の目的で――――」
「ちょっと待て。君たち?俺以外にまだ生きてた奴が居たのか?」
思わず体を乗り出して叫ぶ。連れ去れた佑奈と、佑奈を連れ去った志和はあり得ないとして、それ以外で一体誰が助かっていてくれたのか。
だけど課長はのけぞって一真を避けると、ばつの悪そうな顔で頭をかいていた。
「ああ…ま、そうね。一人助かったんだけど、会う?」
聞かれるまでもない。俺は力強く頷くとベッドから飛び降りた。
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人工呼吸器に繋がれた血色の悪い青白い顔が時折震える。ベッドの枕元にそっと置かれたピンクのリボンが空調の風にあおられてわずかに動いた。
「どうやら改造スタンガンでやられたらしいね。心不全を起こして意識不明。今はナノマシンで心臓機能を補助して何とか一命をとりとめているけど、意識が戻るかどうかは分からないね」
特殊ガラス越しに見える加那の顔を見つめ、一真は思わず拳を握りしめていた。面会謝絶の札が扉にかかっていて、これ以上近づけないと言う現実を必要以上に突きつけられているような気分だった。
ガラスに額を押し付け奥歯を噛みしめる一真をよそに、立原課長は廊下の向こうから歩いて来る軍人を見つめた。軽くため息に近い息を吐きながら向かい合うと、真面目そうな軍人は教科書通りの敬礼で返した。
「立原課長、そろそろお時間です」
「もう?早すぎるんじゃなぁい?」
何となく自分について喋っていることだけは分かった一真が顔を上げた。それを見た軍人は立原課長を半ば押しのけるようにして一真の前に立った。
「日狩一真君。地上難民探索アルバイトは終了だ。あと十分で地下行きのエレベータが出るからそれに乗って地下に戻ると良い。アルバイト代と治療費は後日振り込むので心配するな」
一瞬何を言われたのか分からなかった。だけど、相手の言いたいことはすぐに分かった。俺は元々アルバイトでここに来た。本当ならここに居てはいけない人間だ。だけど…。
「それ、もうちょっとだけ後にしてもらってもいいっすか?」
「何を言っているんですか。そもそも事前に申請していたよりも長時間地上に留まった上に大怪我して帰ってきたのです。確かに色々気になることはあるでしょうが、ここから先は私たちの仕事です。早く帰りなさい」
「そうかよ…別に子ども扱いすんなとは言わねーけどさ…」
思わず右手のお守りを握りしめ、頭の中でこの四日間の思い出を思い浮かべていく。確かに色々あった。騙され、バズーカで撃たれ、出会い、戦い、別れ、そして敗北。どれもこれも碌なものじゃないの確かだけど、それでも俺に大切なことを教えてくれた。そして何より、どうしても決着を付けなきゃいけない相手も出来た。決着を付けて、絶対に助けたい相手がまだこの地上にいる。
「まだ仕事は終わってないんだ。残業代無しでいいから、あと少しだけやり残しを済ませてから帰りたいんです。お願いします」
いきなり、見ず知らずの相手に頭を下げる。今までの人生で一度もなかった経験だった。
そんな一真の姿を見て、立原課長はニヤリと笑ってリストフォンを操作し始めた。
「そんなことを言われても困ります。そもそも私にそれを決める決定権は――――」
「なら、誰が決定権を持っているのか教えてくれないかい?地上担当の第一師団の菊池中将かな?それとも作戦室の真田司令?」
「はい?」
いきなりおちゃらけた声音で立原課長が割り込んできた。しかも図々しくも軍人さんの肩に手を回してがっしりとホールドしている。
「教えてよ。別にそれが原因でクビになるなんてことないんだからさぁ」
中々気持ちの悪い猫なで声。明らかに軍人さんの顔がどんどん青ざめていっている。と言うか聞いている一真も気持ち悪くなってきた。
「え、えと、その、真田司令と、後一応軍部大臣と総理の認可が…」
「あーそう。分かった分かった。聞いてる奈美恵ちゃん?大至急真田司令と大臣の許可取ってきて」
≪了解…極秘ファイルを使っても?≫
「いいよ。時間ないしね」
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地下約六百メートルの位置にある生活区画の中心にそびえたつ超巨大地上行エレベータ。かつて建造計画が上がっていた軌道エレベータを思い起こさせるそれはディスプレイが張り巡らされた天井を突き抜けて地上と地下の狭間にある行政区画に繋がっていた。地下区画全体の六分の一を占める行政区画は国会から役所までありとあらゆる機能が揃っており、一部の政治家や官僚などはここで生活している。そして、同時にいつでも地上に打って出れるよう、この半年の間に急きょ再編された国防軍の全戦力もここに駐屯していた。そのためこの国の軍人も全員この行政区画で生活している。さすがに政治家たちとは生活環境は全く違うが。
現在午前十一時。朝の訓練も終わり、軍人たちはそれぞれ持ち場で仕事を進めていた。だが、その仕事にも様々な個人差がある。地上の監視や、対大型特殊二脚戦術の研究シュミレーション、そして開発途中の機体の整備と操縦の訓練等。そして敵襲などほぼありえないのにもかかわらず基地内の見張り。ある程度の適正で割り振られているが、この基地内の見張りは完全にローテーションで選ばれた隊員はその日一日を強烈な虚無感との戦いに費やすことになる。
ため息を付きたくなる気持ちを抑え、任された作戦室の前で直立不動の姿勢を保ちつつ変わりようのない廊下の景色を見つめ続ける。時折上官が作戦室に出入りするのでその時に敬礼する以外、休憩時間まで動くことは一切ない。しかし、この時ばかりは違った。
見張り役の男は廊下の向こうから歩いて来るスーツ姿の女性を目にして思わず警戒してしまう。今日は確か来客の予定は無かったはず。当然スーツを着た女性が来るはずがない。
訝しげに見つめる軍人をよそに、彼女は一切動じることなく歩き続ける。モデルと言われても違和感がないほどのスタイルでスーツを着こなし、街を歩けば十人中十人が振り返るほどの整った顔立ち。だが、どう見ても不機嫌そうで怒っているようにも見える表情だった。
「申し訳ありません。早急にこちらの真田司令にお伝えしなくてはいけないことが出来まして」
「は、許可状またはそれに準する物をお持ちでしょうか」
いきなり透き通るような声で尋ねられて動揺しながらも決められた手順に従って進めていく。相手は顔色一つ変えずにスーツの胸ポケットからメモリを取り出して起動させる。
「ええと、国防軍地上対策基地内における自由活動を認める、内閣総理大臣…確かに」
どうやらこの女性はかなり政府の重要なポストについているようだ。そう思えばやけに取っつき辛い態度も当たり前なんだろう。
ドアが開き、作戦室に入っていく。そしてまた何も起こらない単調な監視が始ま―――
「失礼いたしました」
いきなりまたドアが開いた。やけに生き生きした顔であの女性が去っていく。そして、一瞬見えたドアの向こうで、われらが真田司令が床に地面をこすりつけんばかりに土下座していた。
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「終わったってさ。許可は取ったからあと一日は自由にしていいよ」
立原課長があっけらかんとした笑顔でそう言い切る。どうやったらわずか五分でこの国のトップとその他に話を付けられるんだという疑問は残るが、まあ気にしても仕方ないだろう。
動く廊下に流されるまま広い空間にようやくたどり着く。そこに居たのは、結構愛着の湧いてきた【黒刃金】だった。
「修理は終わってるし、武装も完全な状態に仕上げておいたよ。固有武装のあのヒートソードにシールドガン。ついでに開発途中だった専用ライフルも完成したから腰のあたりにマウントしてある」
【黒刃金】の足元で立ち止まり、静かに見つめる一真に言い聞かせるように説明を続ける立原課長。その姿を前に、一真は初めて目の前の相手に微かな尊敬の念を抱いてしまった。
「これからどうするか、は聞く必要はないね。問題はどうやってやるか、だ」
「探すアテはあるさ。多分そう遠くにもいってないハズだ」
その答えを聞いた立原課長はくくくっと笑い、一真の腕をひっぱって【黒刃金】の隣の区画まで連れていく。そしてそこには、【黒刃金】と全く同じカラーの小型輸送機だった。
「新型だ。【黒刃金】の長距離輸送と戦闘継続能力を高めるために開発されていた支援機。その名も【黒鷹】。結構高いからな。壊すなよ?」
立原課長はそれだけ言って笑いながら一真の背中を叩いた。




