2:出会い
見覚えのない天井。全身が痛み、あちこち火傷しているのかヒリヒリする。
「気が付いたか?」
女の声が聞こえる。知らない声だ。どうも記憶があいまいだが、取りあえずあの爆発から助かったようだ。
体を起こし、思わず痛みにうめく。
「まだ安静にしてた方がいい。バズーカの直撃を受けてたんだ」
「バズーカ?なんだってそんなもんに…」
「…あんなものに乗ってフラフラしてたら、普通敵に間違われるに決まってる。そんなことも分からないのか?」
あからさまに呆れた口調。どうもこの女は性格に難があるようだ。どう好意的に感じてみても俺のことを睨んでいるのは疑いようがないし、何よりも来ている服が漫画やアニメに出てくる軍人みたいな服を着ていれば目の前に居るのが女でも警戒するのが普通だと思う。わずかに黒が混じった茶髪を背中まで伸ばし、鋭く吊り上がった目つき。しおらしげにしていれば十分可愛げのありそうな顔だが、どうやらその気はないようだ。まあそんなことをされてもこっちが困ると思うけど。
「取りあえず、お前の名前を教えてくれるか。それと、あんなものに乗ってた理由も」
女は溢れ出る敵意を隠そうともせずに勝手に話を進めていく。面倒な奴に捕まったようだが、ここで何かとごねる必要はない。それにそんなこと言ったら問答無用で殴られそうな気がする。実際この女拳を握りしめてるし。
「日狩一真。政府からの依頼で、地下都市からアンタたちみたいな地上難民を避難させるためにここに来―――――」
そこまで言ったら女がどこからともなく拳銃を取り出して俺の頭に突きつけてきた。どうやら何か気に入らなかったらしい。と言うか何が気に入らなかったんだ?
拳銃を突きつけられるというあり得ない体験中だと言うのに、俺の頭はえらくスッキリしていた。まあありえなさ過ぎて現実感がなさすぎるだけなのかもしれないが。
女はより一層鋭さを増した視線で俺を睨む。
「嘘を言うな。私達を見捨てた政府が、今更…!」
「嘘じゃないって!確かにまだ軍は動けないけど、急いだ方がいいからっつって半ば騙されて俺が地上に来たんだよ!」
「信じられるか、そんなつまらない話!」
銃口が額に突きつけられ、力が込められて痛みが強くなっていく。
確かにおかしいし不自然な話ではあるが、事実なのは仕方がない。この女が本気でこの銃を撃つ気ならそれはご遠慮いただきたい。だが、事実を言っているのに信じてもらえない上でのこの状況はかなりやばいかもしれない。
背筋にようやく冷たい汗が流れる。どうやら本格的に死の恐怖を感じてきたようだ。こんな冷静な考えもいつできなくなるか分かったものじゃない。
「その辺にしておきなさい、佑奈」
「っ!?リーダー…ですが…」
「あまり頭ごなしに何もかも否定するもんじゃないさ。それに、彼が言ってることが本当なら私達も助かると言うことだろう?」
目の前のイカレ女――――確か今佑奈と呼ばれたか――――は部屋に入って来た男に止められて拳銃を下ろす。さっき佑奈とやらが呼んでいた通り、こいつがここのリーダーらしい。
リーダーは穏やかな笑顔を浮かべながら俺のベッドのそばの椅子に腰かける。穏やかそうな顔をして、線のように細目でどんな目をしているのかは分からない。右耳にピアスをしているが、それ以外着飾っていない実にあっさりとした人だった。
「日狩一真君…だったね?私はここのリーダーをやらせてもらっている、志和政人だ。ちなみに彼女は新田佑奈。無礼な真似を許してやってほしい」
志和と名乗ったリーダーは深く頭を下げる。だがそんなことされるとこっちが悪いことした気分になってしまう。
「ああいやその…こっちもいきなりぶっ飛んだ話をしちゃったわけなんで…」
イカレ女が背けた顔をわずかに引きつらせる。もしかしたら、態度が違うことが気に入らないのかもしれないが、もしそうなら理不尽なことこの上ない。あんな敵意むき出しの態度取られて礼儀正しい態度で返せるほどこっちも余裕があるわけじゃない。
志和は軽く笑うと顔をイカレ女に向け、「佑奈、ここは私に任せてくれるかい?」と言う。勿論その方がこっちも心臓にいい。イカレ女も小さく頷くと、足早に部屋を出ていった。
「済まない。彼女は少々気難しいきらいがあってね…さて、改めて聞かせてほしいな。君が受けた依頼と
言うやつを」
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佑奈は少々乱暴に扉を閉め、心の中に沸々と浮かぶ苛立ちの赴くままに拠点を歩き出した。
どうしてあそこまで苛立つのかは分からないが、どうもあいつが気に入らない。言っていることもおかしいし、あんなロボットに乗っていることもおかしい。仮に政府の命令でここに来たとしても、今更政府が何をしてくれたからって納得ができるはずもない。志和もわざわざ話など聞く必要なんてないのに。
「よお佑奈。ずいぶんおかんむりだな」
いきなり斉人が片手を上げて声をかけてくる。
相変わらずなれなれしい奴。だが、一緒に戦う以上あまり邪険に出来る相手でもない。
佑奈は手招きする斉人のそばまで歩く。いつも通り、ここで保護している子供たちが足元に群がっている。どうもこいつは子供受けがいいらしい。小さい女の子まで居るあたり、内心こいつのことをロリコンじゃないか疑っているのは流石に口にしない。多分本人は気づいていないだろうが。
「おいおい…こいつらの前でそんなムスッとした顔すんなよ。折角可愛らしい顔してんだからよ」
「余計なお世話だ。用がないならわざわざ呼び止めるんじゃない」
「用ならあるって。俺たちが見つけたアイツ、目を覚ましたのか?」
「ああ。だが、どうも言ってることがおかしい。大方どこかで頭でも打ったんだろ」
「きついこと言うなぁ。後、それが本当ならお前の撃ったバズーカが原因だろ?それでその言い方は無いんじゃないか?」
斉人がニヤニヤ笑いながら言ってくる。
確かに、頭を打ったなら私のバズーカが原因かもしれない。そう思えば少しは悪いことした気分になるが、だからと言って行ったことを撤回する気はない。理由は無いが、やはりアイツは気に入らない。
私の顔を見た、大きなピンクのリボンを付けた女の子がわずかに顔をこわばらせている。まあ、いつもムスッとした顔をしている私が子供に怖がられている自覚はある。気にはしていないが。
「もういいか。私は休みたいんだ」
「あっ、ちょっと待てよ。アイツの名前くらいは教えてくれよ」
さっさと立ち去ろうとする私の背中に斉人はいちいち大声で声をかけてくる。だが、無視する理由は無い。どうせいずれ分かることではあるが、アイツをここまで運んだ功労者には一足先に知る権利はあるだろう。
「日狩一真…だそうだ。これ以上は志和に聞け」
佑奈はそれだけ言って足早に立ち去る。その背中には無言の拒絶のメッセージが込められており、斉人もこれ以上会話を続けるのは無理だと思い知った。
斉人が何か言っているようだが、全く気にならなかった。これ以上話してる理由は無かった。
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「じゃあ、地下に行くエレベータはどこにあるか分からないって言うのかい?」
「ええ…そもそも、ここがどこか分からないですし、一度使ったエレベータは安全確保のためにしばらく使わず、別のエレベータを使うんです。だから、地下から連絡を受ける必要があるんですけど…」
「その為の無線機を私達が壊してしまった、と…」
一真はそばのテーブルに置かれている中心できれいに割れたヘッドセットを眺め、思わずため息を付く。折角あの親切な軍人さんに新品をもらったのに、貰って数十分で壊されてしまった。なんだかあの軍人さんに悪いような気分だ。
志和も中々ショックを受けた顔をしている。まあ、地下への避難が出来ないと思えば分かる。だが、一応希望は残っている。
「だけど、雇い主の課長さんから行けって言われた座標があるんです。難民を探すより先にまず行けって言われた座標が。そこに行けば何か分かるかもしれないです」
「そうか…因みに、それ以外に何か言われたことは無いかい?言われただけじゃなく、渡されたりしたものとか…」
志和に言われ、一真は半ば騙されてあの中型二脚に乗せられた時の記憶をよみがえらせていく。
確かあの時、無理矢理渡された紙封筒があった。中に入っていたのは、地上探索許可状と――――
「そう言えば、カードキーがあった!あれが必要なはずでした!」
「カードキー?うーむ…実を言うと君の持ち物は一通り調べさせてもらったが、それらしいものはなかったのだが…」
「そりゃ、あの中型二脚のコックピットの中に封筒に入れてありましたから…」
志和の顔がどんどん強張っていく。鏡は無いが、多分俺も同じような顔をしているのだろう。絶対そうだ。賭けてもいい。
「じゃあ…取りに行くしかないねぇ…」
想像通りの最悪の結論。だけど、それしかないことは俺にも分かっていた。