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19:敵襲

苛立たしげに指で机を叩き、志和は手元の端末を眺めて小さくため息を付いた。軽く頭痛でもしているのかしかめっ面で首を回す。耳元のイヤリングがきらりと光った。

「邪魔するぜ」

「ん。何か用かな?」

ノックも無しにいきなり入って来た赤土を前に端末の電源を切り、志和はいつもの細目で赤土を見つめる。どこかその視線にうすら寒いものを感じながらも、赤土は一真から渡されたデータを自分のリストフォンから転送する。

「あのガキに調べさせた。俺らを狙ってるかもしれねえ人さらい共のデータだ」

人さらいに関する赤土の仮説は既に志和の耳にも入っていた。しかしまだ明確な証拠がないことや敵の正体も分からないことから他のメンバーへの説明は控えていた。しかし最近立て続けに起きた事故がこういった人さらいによる攻撃かもしれないと言う仮説自体は志和も認めたことで、言い出した赤土が調査することになったのだった。

志和は手早く端末を再起動させてデータを確認し始める。一直線の細目なので視線がどう動いているのか分かりづらいが、せわしなく動く指の動きからしてデータを見ているのは分かる。

「『宇津田商会』と言う奴ららしい。だが、今日攻めてこなかったあたりからして今夜あたりに来るかもしれねえ。アンタはどう思う?」

「そうかもしれない。だけど、そうなってくるとこっちの戦力が全然足りないね。敵が重量二脚機を複数機所有しているのなら余計に」

「なら、あのガキをメインにして迎撃すりゃあいいだろ。今夜と明日を乗り切りゃ無事に地下へ避難させてもらえるんだろ?」

「そうだな。そうなれば、私もリーダーなんて似合わない仕事からも解放させてもらえる、と言う訳だ」

自嘲するように笑う志和。そう長い付き合いでもないが何気にそうやって笑う志和を初めて見た赤土は意外そうな顔で見つめた。当然志和は不思議そうな顔で振り向く。

しかし、次に口を開いて出てくるはずのセリフは出てこなかった。赤土は凍り付いたように固まり、思わず警戒する赤土に背を向ける。

「どうした?なんかあったか?」

「嘘だ…あり得ない…どうして…」

赤土の声など聞こえていないようにうわ言を呟きながら椅子に座り込む。しかも気が付かなかったが、いつもの細目が見開かれている。一体どうしたと言うんだ。まさかリーダーを止めるなんてことがそれほどショックだったとでもいうんだろうか。

「ま、俺はもう戻るぜ。じゃあな」

完全に赤土の声が聞こえていない。思わず肩を竦め、赤土は志和に背を向ける。

その時、不意に嫌な気配が赤土の背中に突き刺さった。まるで氷でできたナイフで刺されたような感覚。だがそれにしてはやけに動物的な凶悪さを感じる。

思わず振り返った時、赤土の体に何か熱いものが突き抜けていった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



自動修理の進む【黒刃金】を加那は身じろぎひとつせずに見つめ続けた。真っ黒な色の機体が怒ったような顔をしているのは加那ほどの年の女の子にとってはかなり怖いはずだが、加那には不思議とそう思えなかった。

この機体に乗ったお兄ちゃんが、加那たちを守ってくれる。もうこれ以上誰も居なくなってしまわないように。もうあんな悲しい思いをしなくていいように。

そう思えば、目の前の黒い機体はまるで父親のような頼もしさを思わせてくれた。

「お、大体修理終わったみたいだな。ほら、加那ちゃんもそろそろ寝な」

「うん…」

隣で【黒刃金】の修理を見守っていたおじさんが加那の頭を撫でる。

「ったく、あの兄ちゃんも自分でやりゃあいいのによ。呑気に深夜デートだもんなぁ…っと、加那ちゃんの目の前で言う話じゃねえか」

「?」

キョトンとした目で見つめる加那に気づいておじさんは苦笑いする。何を言われているのかさっぱり分からない加那は首をかしげる。

その時、加那の視界に気になるものが入って来た。

「ねえ、あっちに何かあるの?」

「あっち?」

「うん。隣の部屋」

加那が指さす場所は、【黒刃金】が格納されている格納庫の隣の格納庫。しかも使用中なのか赤いランプで鍵がかかっていた。

「んん?この工場は誰も使ってないから鍵なんかかかってないハズだろう?誰かいるのか?」

そう言って扉の前に立つおじさんの足元、加那は通気用の小さな窓を見つけてそこから中をのぞき込む。

そして加那は、能面のような顔がゆらりと動くのを見つけてしまった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「何だ!?」

バイクを止め、一真は真っ暗なはずの夜空に広がる赤い光を見つめる。隣に同じようにバイクを止めた佑奈も同じように赤い光を見つめ、いつしか視線が鋭くなっていく。

「敵襲か…!」

「マジかよ!急がないと!」

慌ててバイクのアクセルを回す二人。脳裏に浮かんでくるのはやはりどうしようもない後悔ばかり。

なんでこのタイミングで外出なんかしたんだ。あのゴリラから人さらいが俺たちを狙ってきているかもしれないって聞いたばかりだったのに。

「言っておくが、外出をすると決めたのは私の方だ。それにあそこは元々かなりの防御用の設備がと取っているからそんな簡単に墜ちたりはしない」

まるでこっちの考えなどお見通しと言わんばかりに佑奈が振り向きもせずに叫んでくる。なんだか負けたような気がしたが、それでも心がちょっとだけ軽くなった。

「悪いな。気を遣わせて」

「礼なんかいらない。気持ちの悪い…」

流石に気持ちが悪いはないんじゃないか。まあ、佑奈にお礼なんて言ったのは初めてだし、照れ隠しのつもりも含まれてるんだろうか。

そんなことを考えながらも速度を上げ、次第に工場の様子が見えてくる。かなり大きな被害が出ているようだ。外壁の彼方此方が崩れているが、ここからでは全体的な被害は見えない。

だけど、こんな被害を出せるのは重量二脚機以外には考えられない。勿論旧時代に使われていた戦車や爆撃機の方が直接的な被害は大きいが、それらの配備が国際法で禁止されている現在でそんなものがあるはずがない。

「おかしい」

「は?なんだって?」

「壊れ方が不自然だ。それに外から攻撃されている様子もない」

どちらかと言うと、内側から爆破されたみたいな壊れ方をしている。砲撃の光も音もないし、そもそも迎撃しているようにも見えない。

「一体何が…?」

「とにかく急ぐぞ!」

不安げな声を出す佑奈を前にして、俺はバイクのアクセルをさらに強く回した。どんどん加速し、ついに工場を襲っている敵機の姿が視界に入る。佑奈の息をのむ音が聞こえ、俺は思わず奥歯を噛みしめる。

やはりと言うか、能面の顔をした青い機体がゆらりと上体を起こし、足元の炎に照らされて不気味な笑顔を見せつけてきた。

また頭の中に冷たいものが蘇り、焼け付くような胸焼けに襲われる。あれが、俺たちの敵。あれが、佑奈の家族の仇。あれが、斉人の仇。そして今、俺の居場所を奪おうとする敵。

「くそおおおおおおおおおおおお!」

今ここに【黒刃金】があれば。戦う力があるはずなのに、今の俺はなぜ無力なんだ。課長が言っていたみたいに漫画やアニメのヒーローになるつもりなんかない。だけど、少なくとも今あそこで苦しんでいる人たちが居るはずだ。なのに俺は、こんな時に限って伸ばせるはずの手を伸ばすことが出来ないのか。

「くそ、ここからじゃ狙えない!」

佑奈が悔しそうに叫ぶと携行バズーカをバイクの荷台に括り付けて再びまたがる。その目は焦りと怒りが籠っていた。このまま工場に突入するつもりらしい。勿論そんなことをすれば命は無い。生身で、しかも戦況の全く分かっていない場所に行くなんて、いつもの佑奈なら間違いなくやらないことだった。

だが、今の佑奈はもう冷静さを失っていた。それほどまでに、あの青い機体は佑奈から多くの物を奪ってしまっていた。勿論、今の一真にとってもそれは同じことだった。

その時、まだ無事だった工場のハッチが開き、黒い機体が爆炎をバックにブースターを噴かせて一真たち目がけて突撃してきた。

呆気にとられる一真と佑奈をよそに【黒刃金】はまっすぐ突き進んでくる。途中で気づいたのか青い機体がレールガンの銃口を向けるも、下から放たれたバズーカ弾によって照準は大きくずれていった。

二人の目の前でブレーキをかけ、首の後ろのコックピットハッチを手ごろな足場の近くに待機させる。

「誰が乗ってるんだ!?」

「わ、私が知るわけないだろ!」

慌ててコックピットハッチを開けて中に入る二人。聞き覚えのある泣き声と大きなピンクのリボンがコックピットの中に居た。

「加那ちゃん?」

「お、お兄ちゃん、お姉ちゃん!」

加那が泣きながら佑奈の胸にしがみつく。佑奈はその背中にわずかに血痕が残っていることに気づいた。

「何があったの?」

「こ、工場にあの青いのが居たの!それで、暴れだして、おじちゃんがかばってくれて…」

「工場に?ってことは、あそこが敵の拠点だったってことかよ!?」

泣きじゃくっていて、ハッキリ言ってよく分からない説明だったが、それでも十分だった。分かることは、これで俺は戦えると言うこと。

コックピットのシートに座り、完全自動操縦モードから自立操縦モードに切り替える。一気にディスプレイやモニターの映像が変わっていき、駆動音も今までの穏やかな音から凶暴な音に変っていく。

「二人は外に居ろ。俺がアイツをぶっ壊す!」

正直に言えば、かなり自信ない。昨日の戦いでは歯が立たなかった。あの時援護砲撃が無かったら間違いなくこのコックピットが抉られていただろう。だけど、今はそんなことなんて関係ない。今の俺がやらなくちゃいけないのは、あの青い機体を二度と動けなくなるまで壊すことだけだ。

静かに頷いた佑奈が上着のポケットから何かを取り出し、一真の手に握らせた。

「お守りだ。持ってろ」

それだけ言って佑奈は加那を抱いてコックピットから出ていく。一瞬唖然としながらも、俺はハッチを閉めて【黒刃金】を立ち上がらせた。

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