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18:願い

ずしん、ずしんと何かに掴まっていないと体勢を維持できないほどの振動に耐えながら、佑奈は手元の操作盤を指定通りに操作する。モニターに映る【黒刃金】はいつものスムーズな動きではなくて、まるで人間のように一歩一歩足を使って歩いていた。ローラーがいかれたと通信で聞いたが、見るからに機体が上下に激しく揺れまくっている。そもそも周囲にこれほどの振動を受けているのだから、内部は一体どれくらいの負荷がかかっているのか想像もしたくない。まあ今も中で操縦している一真が顔を真っ青にしていることだけは想像できるが。

結局出発してからと言うもの全く敵襲が無かったと言うのに予定よりもだいぶ遅れて到着した軍需工場で、佑奈たちはまず非戦闘員たちを中に入れた後に【黒刃金】の収容を始めていた。だが、まず【黒刃金】を整備するためには機体を工場の内部に入れなくてはならない。その為にわざわざ佑奈がコントロールルームにまで出向いて整備用ハッチを開けようと悪戦苦闘していた。

「こんなに大変だったとは…」

思わず独り言を呟きながらようやく現れた『open』のアイコンをタッチする。ワンテンポおいてから音を立ててハッチが開いていき、【黒刃金】がやたらとのっそりと歩き出す。どうもさっきから見ていてイライラするくらい反応が遅い。あそこまでボロボロなら当たり前なのかもしれないが、私はなぜかそうは思えなかった。思わず知らずポケットの中にあるお守りを握りしめる。時間をかけて所定の位置についた【黒刃金】がオートロボットに取り囲まれ、一瞬にして装甲がはがされていく。慌てて機体の首の後ろにあるコックピットハッチから這いずり出てきた一真の顔は、今までで一番軟弱な顔つきだった。

コントロールルームの制御が自動に切り替わったのを確認し、佑奈は足早にコントロールルームを後にする。出来る限り急いで【黒刃金】がある整備室に向かうが、既にそこには一真の姿は無かった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



かなり念入りにゆすいだのにまだかなり酸っぱい口を押え、一真は真っ青な顔で空っぽになった胃のあたりを押さえ、崩れ落ちるように椅子に倒れ込んだ。力なく背もたれに寄り掛かり、瞼を持ち上げる力も出てこなくて目を閉じる。だけど目を閉じて浮かんでくるのはちらりと見えた黒っぽい赤い色ばかりで背筋が凍り付くような思いで飛び起きてしまった。全身から脂汗がにじみ出て、思わず叫びだしそうになるのを奥歯を噛みしめて必死にこらえる。

どうしても駄目だった。出発した時からずっと、胸のあたりが焼け付くみたいに熱かった。まるでじわじわと焼かれているような痛みに似た胸焼けに襲われ続けて、それ以外のことがほとんど頭に入ってこなくなっていた。

何でこんなことになったんだろう。どうして斉人が死んだんだろう。認めたくない。だけど、斉人が死んだことはもう変えようがない事実で、今はもう独り血まみれのままで土の下に居る。もう二度と会うことは無いんだろう。なら、父さんと母さんもそうなんだろうか。もう二度と会えないなら、二人共もう死んでしまったんだろうか。俺は、もうこの世界で一人だったんだろうか。

そんなの嫌だ。二人だってまだ生きてるかもしれない。俺はまだ一人じゃない。

ずっと現実感がなかった、父さんと母さんのこと。今、俺が居る場所が戦場だってこと。ここに居る限り、誰かが死ぬってこと。頭の中で、ずっと片隅の方で小さく居続けていた思いが膨らんでいく。ここにあるのは、どうしようもなく、変えようもなく不自由で残酷な『現実』。ずっと目を反らしてきたこと。だけど、だからってこんなにも急に突きつけることは無いじゃないか。

「どうした、泣いてるのか?」

慌てて目を開いて声の方を向く。開いたままの扉にもたれかかりこっちを見つめるあの女は、どこか愁いを帯びていてまるで俺を同情しているようだった。

「泣いてなんかいるかよ」

「なら、何をしていたんだ。まさか落ち込んでいじけていたなんて言うんじゃないだろうな」

「何だよそれ。悪いけど俺は、お前みたいにすんなり切り替えるみたいな器用な真似できないんだよ」

珍しくあんなに泣きじゃくっていたくせに、次の瞬間にはもう忘れたみたいにいつも通りの冷たい顔に戻る冷血女。俺は絶対にこんな奴にだけはなりたくない。こういう奴は、どう考えても人間として何かが間違っていると思う。

言外に告げた敵意に気づいたのか、佑奈はそれ以上何も言わずに部屋に入り一真の目の前に立った。

「ちょっと付き合え。お前に見せたいものがある」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



二台のバイクのエンジン音が無人の街に響き、どんどん後方の軍需工場の明かりが見えなくなっていく。隣を併走する一真の顔色はもう暗くて分からない。だけど、まだ真っ青な顔のままなのは見なくても分かった。

「おい!どこに行くんだよ!」

それでも結構声を張るのは、精一杯の虚勢なのかもしれない。

「そう遠くない。着いてから話す」

次第に見覚えのある景色に変っていくを横目で見ながら返し、佑奈はそれ以上語らずに先を急ぐ。目的地に近づく道は、ほぼすべてが手あたり次第破壊され尽くされていた。やっぱり、あの軍需工場に配備されていた二脚機たちが暴れまわったんだろう。

思わず心にざわつくものを感じながら佑奈はハンドルを強く握りしめる。やがて、目的地の廃墟が視界に入った。

「あそこだ。ここで止めるぞ」

「ここ?」

佑奈の隣にバイクを止め、一真は訝しげに周囲を見渡した。

「ああ。私が住んでいたマンション団地だ」

佑奈はそれだけ言って歩き出す。舗装された道なんてほとんど残っていないが、それでも大体の道は体が覚えている。慌てて一真が追いかけてくる。そしてついに、佑奈はずいぶん懐かしく思える場所で足を止めた。もう、ほとんど原型が残っていない。だけど辛うじて何かが建っていた形跡は残っている。

「私も数か月前まではただの高校生だった。だけどあの日、いきなり奴らに襲われて、何もかもなくなってしまった…」

口にするだけで、いやここに居るだけで思い出すあの記憶。目の前で次々と吹き飛び、潰され、消し飛んでいく人の体たち。一瞬たりとも忘れたことは無かったが、それでもここに居ればより鮮明に思い浮かんでくる。

「家族も、友達も、親切なおじさんやおばさんたちも、みんなみんな私の目の前で死んでいった。気が付いた時には、私だけが生き残っていた」

瓦礫の一つに手を置き、佑奈は俯く。ただのサラリーマンの父とパートで働く母。少しおせっかいだったけど親切だった近所の人たち。そこそこの進学率を誇る高校に進学したばかりで、新しい環境で見つけた新しい友達。確かまだ部活は正式に始まっていなかったはずだった。でも、もう実際どうだったかも思い出せない。友達なんて言っても、たった数日しか喋っていない間柄だった。だけどその程度の関係の相手すら残っていない。中学の同級生も含め、私を知っている人はみんな死んでしまった。みんな、まるで私に見せつけるみたいにあの重量二脚機が目の前で殺していった。

「昔の私を覚えている人は、多分もうどこにも居ない。居るとすれば、あの日ここに現れて手あたり次第周りの物を壊していった能面みたいな顔した青い重量二脚機だけ」

「それ、昨日戦ったアイツのことか?」

多分ね、と呟き、佑奈は悲しげな顔で瓦礫の一つに座り込んだ。一真は何も言えず、ただただ立ちすくんだまま佑奈の横顔を見つめ続ける。

やがて沈黙に耐えられなかったのか、それともふと浮かんだ疑問だったのか。どちらにせよ、一真は口を開いた。

「なんで、そんな話を俺にするんだ?」

ん?と言いたげな目で一真を見返す佑奈。その目はどこか寂しげで、それでいて一真にとっては優しく思えた。

「お前は、家族がどうなったのか知らないと言ってた。死んでいるのか、それとも生きているのか実感が湧かないって」

声が出てこなくて小さく頷く一真。佑奈は夜空を見上げながら語り掛けるように続けた。

「私も本当ならそう思いたい。もう誰も居ないなんて感じたくないし、一人ぼっちだなんて思いたくない」

「だけど現実なんだろ。分かってるさ、それくらい」

少し離れた瓦礫に腰かけ、一真も佑奈と同じように夜空を見上げる。思い出せば、こうして夜空を見上げのなんてどのくらいぶりか分からないほど久しぶりだった。

地下の味気ない人口空ならたった数日で嫌になったが、この夜空はまた違った意味で嫌になった。まるでこのまま吸い込まれていくみたいで怖かった。だけど俺たちはここでずっとしがみつくみたいに生きている。誰かが死ぬことを空に飛んでいくなんて表現していたけど、これはそんな綺麗な物なんかじゃない。

微かに斉人が空に吸い込まれていく姿が脳裏に浮かぶ。一瞬の幻覚だったけど、俺はそれをしっかりと記憶に刻み付けた。

「嫌だな。人が死ぬのってさ」

「そう、だね…」

佑奈は静かに目を閉じる。両目から一筋の涙が零れ落ちていった。

「どうした、泣いてるのか?」

何も言わず、佑奈は零れ落ちた涙をぬぐう。その仕草を見て、一真はふと気づいた。

もしかしたら、こいつは凄く優しい女の子なのかもしれない。

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