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17/25

17:変化

≪やあ、昨日は結局連絡してくれなかったけど、大丈夫だったようだね≫

「まーな」

一真はようやく整備を終えた【黒刃金】のコックピットの中でそろそろ慣れてきた胡散臭い顔を真正面から見ながら軽く肩をすくめた。

「なあ、アンタ等政府はどのくらいこっちの状況を把握してるんだ?」

取りあえず聞きたいことがあった。だけど課長は質問の意味が分からないのか可愛らしく小首を傾げた。やっぱり一々こっちの神経を逆なでするオッサンだ。だからって腹を立ててなんかいられない。

「人さらいのこと、そっちは把握してるのか?」

≪人さらい?ああ、確か一月前くらいに救助された地上難民がそんな奴らから逃げてきたって言ってた気がするよ。それがどうしたんだい?≫

「どうやら俺らはそいつらに狙われてるらしい。既に二回襲われてる」

思わず手に力が籠る。だが課長は手元の端末を弄るのに夢中で気づいている様子は無かった。

やがて課長は手を止めてこっちのモニターに情報を送って来た。

≪こいつらだね。まあ、こいつらだけってわけは無いだろうけど、取りあえず僕らが把握してるその辺の人さらいたちの情報はこれだけだね≫

送られてきた情報に一通り目を通していく。しかし流石は政府の公式文書、あまりに無駄な前置きや必要性を感じない語句の多さに辟易する。普通に生活していて『まことに遺憾であると共に』や『国民生活の安寧維持のための』なんて言葉を前にする機会があると思えない。そもそもこれは人さらいに関する資料であって国民生活やらなんやかんやが必要になるもんなんだろうか。

「で、この【宇津田商会】って言うのが人さらいの正式名称なのか?」

≪うん。リーダーの宇津田千児って男を中心に二十人くらいで構成されているグループだね。話に聞く限りじゃ軍用重量二脚を数機持ってるらしいし≫

「軍用重量二脚?」

記憶に新しいあの青い能面みたいな顔をした機体。赤土から聞いた話では遠距離からの指令で動いていたらしいが、だとしても操っていたのには変わりない。

流石に手持ちの資料では【宇津田商会】の保有している軍用重量二脚の情報は乗っていなかった。だけど、少なくとも一機は分かっている。課長もこっちが送った昨日の戦闘記録をコーヒー片手に眺める。

≪ふうん。じゃあ、これがそのうちの一機ね。撃破できたと思う?≫

「思ってない。多分まだ動いてるはずだ」

≪さっきから力籠ってるね。何かあった?≫

何気なく放たれた課長の一言に一真は思わず今までとはまた違った意味で力が籠った。まさかあんな課長にこっちのことを見抜かれるとは。どうしてあんな課長なんかに。そこまで考えてふと昨日の夜に志和に言われた言葉を思い出す。

あまり感情を表に出すもんじゃない。俺は志和の言う通り周囲に見え見えの分かりやすいタイプなんだろうか。

≪ま、僕はそのくらい素直に感情を見せてくれた方が分かりやすくていいけどね。今更僕に言われたって背筋が凍るだけかもしれないけど、僕はその方が好感を抱くよ≫

「あ…」

しかし次に返って来た言葉は至って真逆。まあこの辺りは個人の趣向の違いなんだろうが、それでも一真にはまるで左右に引っ張られてるような気分だった。

だけど流石にこいつに今更好感を抱く、なんて言われても背筋が凍る。まあ自分でそこまで言ってるんだからいいんだろうな。

「そろそろ出発だ。悪いけどエレベータにつくのにはもう少しかかると思う」

≪ああそうかい。ま、君の学業に支障が出ないのなら僕は別にいいけどね≫

「は?」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



今回の移動からは後発部隊は廃止になった。また前回のように後発部隊を狙った襲撃が無いとは限らない以上妥当な判断だろう。そして今回佑奈は非戦闘員たちの乗った装甲車の護衛役だった。

安定性の高い四輪バギーに跨り、後ろの小さい荷台にバズーカと弾を括り付けておく。四輪バギーは戦闘メンバーの中でも人気が高いから今まで数えるくらいしか利用できなかったが、毎回こういった便利なアイテムを独占している赤土たちがほとんど戦線離脱しているため結構簡単に手に入った。

まあ赤土はもう戦線復帰しているから、当たり前みたいな面して数少ない四輪バギーの内の一つに乗っている訳だが、子分が居ない分ずいぶん寂しげに見える。

昨日言っていたことは本当なんだろうか。

ふと佑奈の頭に浮かぶ疑問。赤土が調べていたことが本当なら私達は狙われていることになる。そして何より、佑奈は二度も何もかも奪われてしまいかけている訳だ。

しかし赤土の言うことを真正面から受け止める気があまりなかった。そもそも赤土に対する信用度はぶっちぎりでどん底にある。アイツが言ったら地球が丸いことだって嘘と思えるかもしれない。

だけど昨日の赤土はなんだか真剣だった。どうも一真に助けられたあたりから毒気が抜けてきた気がする。

そこまで考えて、佑奈はふと斉人に言われた言葉を思い出した。

一真が来たあたりから私は変わって来た。だけど、それは私だけじゃない。アイツを中心に私達は変わり始めた。それがいいことか悪いことかはわからない。悪い言い方をしてしまえば、アイツが来たことが斉人が死んでしまった要因の一つになった、なんてことも言える。

それでも、私たちは先に進み続けるしかない。なら、いつか私はもっと変わってしまうかもしれない。だけど、私は斉人を忘れたくない。そう思えた。

「佑奈、少しいいかい?」

気が付けば昨日建てた斉人の墓のある方角を見つめていた佑奈に、わずかに苛立ったような顔の志和が声をかけてきた。それにしても、いつも無表情な志和が最近やけに感情を見せるようになったのも一真の影響かもしれない。

「やはり【黒刃金】の状態が良くない。だからさっき話し合って、今日は昨日の目標だった軍需工場を目指すことにした。だから佑奈にはコースを先行してほしい」

「分かった。なら、通信機はどれを使えばいい?」

「小型カメラ付きのこれを使ってほしい。これならだいぶ先の詳しい地形や敵機を探せるはずだ」

志和は佑奈に普通のよりも少し大きめのヘッドセットを手渡すとそのままムスッとした顔のまま背を向けて歩いていった。結局どんな理由で志和が苛立っていたかは分からなかった。まあ、わざわざ聞きに行くほど興味があるわけじゃないし、今更追いかけられて聞かれたって迷惑なだけだろう。

ヘッドセットを付けて四輪バギーのアクセルを握る。その時ふと視線を上げると、大きなピンクのリボンが見えた。

目が合うと同時に駆け寄ってくる加那。もう目は赤くは無かった。

「あの、お姉ちゃん。また戦いになるの?」

「まだ分からない。だけど早く他のみんなのところに戻れ。もうすぐ出発だ」

どんな口調で話していいのか分からなくて、つい刺々しい言葉遣いになってしまう。そのせいか見るからに加那はおびえたようにわずかに後ろに下がりかけていた。

だけど加那はすぐに気を取り直したのか上着のポケットの中から何かを取り出してより一層近づいてきた。それは色違いの二つの手作りお守りだった。

「これは?」

「お姉ちゃんと、お兄ちゃんに。もう誰も居なくなってほしくないの…」

私と、一真と言うことなんだろう。やっぱりこの子は素直と言うか、純粋過ぎると言うか。でも、どこか羨ましかった。

「ありがとう。ちゃんとアイツに渡しておくから、もうみんなの所に戻ってね」

出来る限り優しく声をかける。どこまでやれたか分からなかったけど、少なくとも加那は笑って頷いて走っていった。

佑奈は渡された手作りのお守りを眺める。片方は一真に渡して、と言っていたけど、今から渡しに行く時間は無かった。まあ、終わってから渡せばいいか。

佑奈はそう結論付けると、ちょっと笑顔になって四輪バギーのアクセルを吹かした。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



フットペダルを踏み込みバックユニットのブースターを噴かせるも、思っていた以上に動かなかった。特に足元辺りから滅茶苦茶な振動と金属音が響いている。

「あーあ。やっぱりか」

予想はしてたが、いざ現実問題として突きつけられると胃が痛くなる。

問題が起きているのは【黒刃金】の足の裏、新型の180°対応ローラー。大きな衝撃で形が激しく歪んだらしい。勿論自覚はある。あの時、臨時拠点を迂回している余裕が無くて無理やりジャンプして飛び越した時だ。あの時の衝撃でローラーがいかれたらしい。

しかし、ローラーがいかれた程度で移動を中止する訳にはいかない。そもそも形の歪んだ新型ローラーを整備できる設備も資材も無いこの状況ではどうしようもないし、この機体を置いていくわけにいかない。

一真は思わずため息を付かざる負えなかった。もっと機体を大事にすればよかった。あそこでわざわざジャンプする必要がどこにあったんだ。ちょっと時間をかけて迂回すればそれで済んだ話だったのに。あそこで数分時間をかけたところで結果は――――

そこまで考えて一真は急に背筋が凍り付いた。そう、俺が何をしたって結果は変わらなかった。どう頑張ったって斉人を助けるのは無理だった。

今までで一番強烈な吐き気が襲ってくる。斉人の遺体を目にしてから定期的に襲ってくる吐き気。これは死体を見たことへの恐怖なのか。それとも斉人を守れなかった俺への罰なんだろうか。

片手で口元を押さえ、うめき声を必死に押し殺しながら一真は一人コックピットの中で息をひそめ続けた。まるで誰かが一真を追い詰めているかのようだった。

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