15:墓標
リストフォンの通話ログから割り出した斉人のリストフォンの位置に急行したメンバーが連れてきたのは、赤黒い血にまみれた動かない斉人だった。誰かが急ごしらえで作り上げた墓石を前に、ここに居る全員が俯き、何人かが涙を流していた。それだけで、斉人がどれだけ全員に慕われていたのか分かる。孤児たちだけじゃなく、一真のような入ったばかりの新入りとかはみんな、まず斉人が積極的に話しかけ、それから次第にここに溶け込んでいった。佑奈は最初にこのグループが出来た時からのメンバーだったからそんなことは無かった。だけど、最初に一人で逃げ続けていた斉人を見つけたのは佑奈だった。家族を失って、一緒に逃げていた友達も全員失って行き倒れていた斉人を拾い、ここのグループに合流させた。最初は怯えとパニックでまともに会話すら出来なかったが、いつしかグループの中心メンバーになっていった。
どうしてなんだろう。どうして、斉人はこんな私なんかのことを。
理由は分からなかった。多分、私ではこれからもずっと分からないままなんだと思う。でも、これだけははっきりと言える。
「ごめんね。斉人…」
誰にも聞こえませんように。誰にも伝わりませんように。でも、これが私の答え。私のことを好きと言ってくれた斉人の気持ちは、私には眩しすぎる。そして何より、私は斉人をそんな風に見る気は無かった。
やがて一人、また一人と斉人の墓石から離れていく。いつまでもここに居る訳にはいかない。またいつ、敵がここを襲撃してくるか分からないのだから。
佑奈もまた墓石に背を向ける。だけど、ふと気になって振り返った。アイツは一体どうしているんだろう。振り向けばアイツはまだ墓石を前に居た。その背中は泣いているようには見えなかった。むしろ、茫然としているようにも見える。
その背中を見つめ続け、気が付けばこの場に居るのは佑奈たちだけになっていた。佑奈と、立ちすくむ一真。そして墓石にしがみつくように泣き続けていた加那だけが残されていた。
あの子はこれからどうするんだろう。まだ自分で考えることも出来ないほど幼いのに、二度も家族を失ってしまった。でも、私達にはどうすることも出来ない。世話をしてくれる大人は居ても、家族の代わりなんてものになれるだけの人なんてそうは居ないだろう。だからこそ、斉人はあんなにも慕われていたんだから。
アイツは、一真はそんな加那の姿を見つめているのだろうか。それともそれすら目に入らないほど打ちひしがれてるなんてことなんだろうか。
何一つ分からなかった。そもそも、誰かの考えを知りたいなんて思ったのはいつぶりなんだろう。
静かに一真の背中を見つめ、佑奈はじっと動きを止めた。
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一瞬で全てが夢みたいに思えた。あの女が泣きながらリストフォンを差し出してからと言うもの、とにかく全部ふわふわして訳が分からなくなった。気が付いたら捜索隊が斉人の遺体を見つけて、また気が付けば斉人は薄汚れた石に変わってた。誰かが声をかけた気がしたけど、それに反応も出来なかった。
一人、また一人と墓石の前から去っていく。それにすら気づかず、ただただ呆然と立ちすくむだけの一真に、改めて声をかけようとする者は居なかった。
その時、一真は薄らと泣き声が聞こえた気がした。
顔を上げてみれば、大きなピンクのリボンを付けた女の子が墓石のそばで泣き続けていた。一体誰なんだろう。どこかで見たかもしれないけど、今思い出すのは無理だった。
なぜか足が動いた。墓石の目前まで近寄り、女の子のすぐ後ろに立つ。
「う、斉人兄ちゃん…」
「君は…?」
女の子が顔を上げる。その目は真っ赤で、泣きじゃくるあまり来ている服は涙で首元が濡れていた。
どう見てもこの子は斉人のことで泣いている。なら、俺のせいで泣いているってことじゃないか。そんなことも分からないくらい俺は馬鹿だったのか。
「お兄ちゃんは、斉人兄ちゃんのお友達だったんでしょ?」
「ああ、多分そうだったって思ってる」
「多分…?」
おかしなことを口走ってしまった。女の子がわずかに不思議そうな声を出す。当然だろう。言ってる俺が分かんないんだから。
「お兄ちゃんも、戦ってたの?」
その一言に、心臓をわしづかみにされたような感触を味わった。別に問い詰められている訳じゃない。この子は俺が【黒刃金】のパイロットだって知っているハズなかったし、それに俺が戦闘メンバーの一人かどうかも分からないはずだった。だからこんなことを聞いてきたんだろう。
だけど、それでも俺はこの子が俺を責めていると思った。どうして斉人を、お兄ちゃんを助けられなかったんだと。
違う、俺のせいじゃない。俺一人がどれだけ頑張ったって、助けられないものはどうしたって助からなかったんだ。俺は漫画やアニメに出てくるヒーローなんかじゃないんだ。
口を開けたらそんな言葉ばかり出てくる自分の姿が脳裏に浮かんだ。勿論それがただの言い訳だってことくらい分かってる。だけど、俺にはもうそうするしか…
だけど女の子は、何も言わずに情けなく立ちすくんでいる俺を前に両目に浮かんだ涙を手でぬぐい、痛々しいほど無理やり出した笑顔を見せた。
「あ、あのね。落ち込まないで、ください!加那、もう大丈夫だから…!」
「え?」
「みんな、大変だって分かってます!お兄ちゃんだって、そうなんでしょ。だから…」
加那は痛々しい笑顔を見せ、一真はその笑顔にありとあらゆる感情を引き起こされて何一つ考えられなくなった。今にも泣きだしそうな顔のまま、笑顔を絶やさない加那を前にあらゆる言い訳が消えていく。
なんでだ。なんでこの子は笑えるんだ。さっきまであんなに泣いていたって言うのに。こんなにも斉人のことを想っているのに、なんでこの子は。
「加那、もう行かなきゃ。お兄ちゃん、またね」
慌てて逃げ出すように走り去っていく加那。あっという間に見えなくなったその背中は、まだ泣き足りてなんかいないことを鮮明に語っていた。
指一本たりとも動こうともせずに立ちすくんだままの一真。慌てて駆け寄って来た佑奈がその肩を叩くが、一真は佑奈の手を振り払って走り出した。
一瞬見えた目があまりにも異様で佑奈はわずかに立ちすくむ。その目はもはや病的ともいえるほど荒んでいた。
「お、おい!?」
思わず追いかけ、佑奈は思ってたよりも速く走る一真の背中を一瞬見失う。だけど佑奈は行く先に当てがあった。行く先は一つしかない。あそこ以外、一真に行き場があると思えなかった。
やがて一真は片腕を失い、まるで討ち死にしたようにも見える【黒刃金】の足元に佇んでいた。
「なんでだ…」
【黒刃金】の足の装甲に右拳を思い切り打ち付け、一真は絞り出すような弱弱しい声音で呟く。その背中に痛々しいほどの後悔と悲しみと苦悩を背負い、涙の様に右拳から血がしたたり落ちる。
でも、涙は出てこなかった。こんなに哀しいのに。こんなにも悔しいのに。こんなにも苦しいのに。
「なんで、笑うんだよ…」
何度も何度も拳を叩き付け、とうとう膝の力が抜けてへたり込んだ。
誰も俺を責めようとしなかった。みんなあんなに悲しんでて、みんなあんなに斉人のことを惜しんでいて、なのに誰も俺のせいだって言わなかった。つい昨日まで俺のことを怪しんでいたんだから、俺のせいだって認めることくらい簡単なはずなのに。
「俺のせいじゃねーかよ。ただの学生の分際ででしゃばってさ…」
その時、誰かが強引に俺の肩を掴んだ。
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あまりにも情けなく小さい背中に、沸々と怒りにも似た感情が浮かんでくる。気が付けば佑奈は力任せに目の前の一真を掴み上げ、真後ろの金属の壁に叩き付けた。派手な音を立てて背中を打ち付け、後頭部が鈍い音を立てて壁に当たってその反動でまた力なく項垂れる。
「いい加減にしろ。いつまでもうじうじと、お前はどこまで軟弱なんだ!」
「何だよ、よりにもよってお前かよ」
一瞬びくりと全身が力み、虚ろな目が佑奈の顔を捕える。だけどすぐにまた視線を落として力が抜けていった。佑奈の両腕に一真のほぼ全体重がかかり、わずかに佑奈の手が落ちる。だけど佑奈は一切力を緩めずに首根っこを掴んだままもう一度一真を後ろの壁に叩き付けた。
「そんな顔をしていたって誰かが慰めてくれるとでも?それとも誰かに責めてほしいとでもいう気か?」
顔を背ける一真に詰め寄り、佑奈は今度ははっきりとした怒りを感じる。ようやく分かった。どうしてこんなにも腹が立つのか。
斉人の死が無駄だとは思いたくなかった。せめて斉人の死があったから、私たちが生き残ることが出来たんだと思いたかった。斉人が命を懸けて援護をしてくれたからこいつが噂のエース機を追い払えたんだと。こいつが今ここに居るのは斉人が居てくれたおかげなんだと。
なのにこいつは、斉人が命を懸けてまで援護したこいつがこんなにも下らなくて情けない奴だなんて思いたくなかった。こんなことしていたって、誰かが助けてくれるものか。甘やかしてくれるものか。
「ここじゃ、当たり前みたいに人が死ぬの。今までだって、私達の目の前で人が死んでいく光景だって嫌になるくらい見てる。今更、誰かがたった一人死んだからって一々立ち止まってなんかいられないの!たとえ誰であっても…!」
いつの間にか涙が出てきた。言葉遣いに意識が向かず、一真の首筋を掴む腕の力も抜けていった。いつしか気が付けば一真の胸元に縋り付くように額を押し付けていた。一真が呆けたような顔で佑奈を見下ろす。佑奈は溢れ出る涙を止めらず、久しぶりに声を出して泣いた。




