10:離脱
一斉に爆弾が起爆し、今まで拠点にしていた集合住宅地が黒煙に包まれていった。レールキャノン車を自動操縦モードに切り替え、佑奈はその目で爆炎を振り切って追いついてきた【黒刃金】を見つけた。一番目立つからと【黒刃金】は最後まで残るのがこの作戦の締めだった。何だかんだ不満げに見えたが、どうやらちゃんと最後までやり遂げたようだ。
【黒刃金】が佑奈の乗るレールキャノン車に併走する位置まで来ると、顔がこちらを向いてメインカメラが佑奈を捕えた。
≪そんなもんがあるなら最初から使えばよかったんじゃねーのか?足止めどころか【甲士】の装甲もぶち抜いてたぞ≫
「こいつは長時間の使用には向かない。特殊車両用の特注プラズマジェネレータでもレールキャノン使用時は動けなくなるし、何より弾数がかなり限られてる。これでも奮発した方だ。それより…」
後ろを振り返って負傷者たちの乗る大型トラックを見つめる。運転するのは額に包帯を巻いた赤土だった。今までの赤土なら考えられない光景だ。
「アイツを助けたらしいな。なぜだ?」
≪は?≫
「アイツはお前を嫌っているし、お前もアイツが嫌いだろう?どうせこれからもアイツは事あるごとにお前に因縁つけてくる。それは分かってるはずだ」
≪まあ、な≫
「見殺しにする気は無かったのか?それとも、お前は人助け癖でもあるって言うの?」
旧軍需工場に逃げ込んだとき、一真は真っ先に気絶した斉人を守り、そして次に佑奈を助けた。一秒でも遅れていれば命を失っていたかもしれないあの状態で、散々イカレ女などと嫌っていた相手を。
正直言って、そんな風に誰も彼も守ろうなんて思う相手が居るなんて信じられない。そんな馬鹿みたい奴を信用なんてできるはずがない。気味が悪いだけだ。
≪なんだ。じゃあお前は目の前で人が死んでいく光景が見たいってのか?≫
「そうは言ってない。だけど…」
≪俺はそんなもの見たくない。気分の悪い思いなんかしたくないんだよ。悪いか≫
一真はそれだけ言い捨てるとそれ以上何も言わなくなった。佑奈もそれ以上言う言葉を失い、自動操縦モードの運転席に深く腰掛けて目を閉じた。
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地下行きエレベータにたどり着くまでまだまだ距離はあった。しかし、一日中移動する訳にもいかない。だからこそ、志和は三日かけて到着する予定を立て、一日目の拠点として旧大学病院にたどり着いた。
一真は適当に選んだ病室のベッドにわずかな荷物を置き、一人で配給された固形食糧を食べていた。味はほとんど感じない。今はそんなのに意識が向かないほど疲れていた。だけどあと二日はこの状況が続くならこんなことで倒れていては話にならないだろう。それでも疲れたものは疲れた。もう休もう。
病院独特の堅さのあるベッドに倒れ込み、ガチガチに固まった体を伸ばす。が、すぐに全身怠くなって止めた。常に目が回ってるようなふわふわした感覚のせいでやけに目がさえている。休みたいのに休めそうにないのはつらい。
「やあ、少しいいかい?」
ノックと共に柔らかい声が聞こえてきた。誰だったか一瞬わからなかったが、やがてあの線のような細目が頭に浮かんだ。
「どうぞ」
「じゃあ、失礼」
部屋に入って来た志和はいつも通りの細目でじっとこちらを見ているような気にさせる。実際のところどうなのかは分からないが。
「済まないね。一番疲れているであろう君の休息の邪魔をしてしまって」
「いや、どの道休息もままならないっすから」
「それはいけないな。君は私たちが生き延びるために必要な人材だ」
志和は薄ら笑い、ふと口元を引き締めた。
「ハッキリ言おう。君はまだここではあまり信頼されていない」
「ま、でしょうね」
「正直に言えば、私もあまり君のことを間違いなく味方と断言できる根拠は持ってないし、いくらリーダーを勤めさせてもらっていると言ってもみんなに君への警戒心を解くことは出来ないだろう」
淡々と言われる言葉の数々に余計な重しが心に繋がれていく感覚を感じる。ボッチ耐性は自分が思っていたより無かったみたいだ。志和はそんなことなど気にも留めないかのような様子で続けた。
「だからね、せめて君のことを知っておこうと思ってね。例えば、地下でどんな生活をしている、とかこうなる前はどんな生活をしていた、とか。まあ、別に言いたくなければ断ってくれて構わないが」
「どんなって、別に普通だと思うけど」
「なら、この【URANOS】の暴走後はどうなんだ?無事地下への避難が出来たんだろう?」
地下への避難、の下りでわずかに志和の瞼が動いた。どうやらここが本題らしい。まあ、ここに居るのは地上に取り残された人たちなんだから、地下での生活に対して関心があるのは当然かもしれない。
「無事ってわけでもない。親とはぐれて、ここ数か月は政府の支援とアルバイトで生活してる」
「親と?なら一人かい?」
「ああ」
一真は感情の籠らない声で返事した。志和の表情がわずかに変わり、どこか警戒したような顔つきになった。
「それにしては落ち着いてるね。時間が空いたからとか?」
「そーじゃねえけど…」
ぎこちなく頭をかき、俺は志和から視線を逸らした。なんて答えればいいのか分からなかった。そもそも、俺は家族が居なくなったことをどんな風に思っているんだろう。悲しいのか、寂しいのか。それすらわからない。
「実感がわかないって言うか、分からないって言うか。生きてるのか死んでるのかも分からないし」
「その割には家族が生きてると信じてるようにも見えないな。かと言って諦めているようにも見えない」
「それも分からないんだ。俺は父さんと母さんが今も生きてるって思ってるのか、もう死んでるんだろうなって思ってるのかも。地上に行くって決まっても、真っ先に思ったのは俺のことだけで親のことなんて今の今まで思い出すことも無かったんだ」
一度口に出したら一気に言葉が溢れるように出てきた。だけど、内容のほとんどない薄っぺらい疑問を繰り返すばかりで自分でも何が言いたいのか分からなかった。なんだか、分からないことばかりだ。
軽くため息を付き、志和はわずかに扉の向こうに視線を送った。
「どうやら私では君のことを理解しきるのは無理みたいだ」
志和はわずかに投げやりな口調で言い切ると立ち上がり、一真に背を向けた。
「まあでも、君と似た事情を抱える者はここには掃いて捨てるほど居ることは断言できるよ。相談できる相手も居ると思う。それは理解しておいてくれないか」
志和はそれだけ言って部屋を出ていった。
一真はそれを見送り、やがてベッドに横たわって眠りについた。
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自動偵察機からの映像を受信した受信機のディスプレイに映り、佑奈はその中でも重要そうな施設等を重点的にセレクトしていく。学校跡から地下鉄の地下街入口など、大人数が隠れて一晩過ごせるような施設は中々ない。特に目立った大型施設の殆どは既に破壊されているから探すのにも時間がかかる。今までなら時間をかけて調べていたが、今はかなり決まった条件下で探さなくてはいけないからかなり大変だ。現に一人か二人でやる作業を今は五人でやってる。全員あまり仲が良く無い面子だから余分な会話が無いから作業に集中できるはずだった。
どうもむしゃくしゃする。やはり、立ち聞きなんてするんじゃなかった。志和がいつもの薄目でアイツの部屋に入っていくのを見て気になってしまった。だけど、聞いた内容が内容なだけに忘れることも出来ない。
家族が死んだことに実感がわかない、だと。そんな甘ったれたセリフがアイツの口から利くとは思わなかった。確かに軟弱な奴だけど、少しは根性があると見直しかけていたのに。
苛立ちが伝わったのかタッチパネルに軽いひびが入った。
「何やってんだよ。すっげー顔怖いぞ」
さらにひびが広がる。顔をわずかに引きつらせた斉人が後ろから覗き込んできていた。やけに近い、距離感のない奴だ。反射的に殴りそうになるのをこらえて受信機の電源を落とす。その一連の流れで斉人は私の虫の居所が悪いことが分かった。
何か声をかけたいが、なんと言えばいいのか分からず微妙な間が生まれる。佑奈はそんな斉人を見向きもせずに背を向けるが、ちょうど額に包帯を巻いた赤土がいつもと違ってやたらと神妙な面持ちでいつもなら手下にやらせているトラックに重火器を乗せていく作業をしているのが二人の視界に入った。
「めっずらし。あんなことやってる赤土初めて見たぜ」
「あの軟弱男はゴリラの調教だけは上手らしいな」
佑奈のぽつりと呟いた一言で誰に怒っているのかは分かった。しかも、かなり強烈だ。最後に見た作戦終了後はちょっと距離が縮まった感じだったが、一体一晩でどうやったらここまで佑奈がイライラするのだろう。一真の性格からして直接何かするとは思えないが。
「なんだよ。ずいぶんこの頃機嫌悪いじゃないか」
一真が来た時くらいから、と言う最後の言葉を呑み込んで声をかける。
「悪いか。私の勝手だろ」
「へ?いつもなら無視してどっか行くのに」
「何だと?」
「いや、だっていつも俺がなんか言ったらさっさと逃げるみたいにどっか行くだろ。だけどこの所はちゃんと返事くらいはくれるじゃん」
「気のせい。変なこと言うな」
「ほら、今だって喋り方いつもと違うし」
私は口元に手をやり、そしてまたその仕草に赤面した。それに気づいた斉人に指さされ、何か言おうと口を開かれる。
「みんな聞いてくれ!今日はここから西に五十キロほど先の軍需工場を目指すことに決まった!後一時間後には出発する予定だから準備を進めてくれ!」
「だそうだ。私はもう行く」
佑奈はそれだけ言って斉人から逃げるように足早に立ち去った。




