1:黒いアルバイト
初投稿です。自分の内にあるロボット物への情熱だけで書きました。どうぞご覧下さい。
夢を見ていた。
まだ、私が家に居た時のこと。
まだ、世界が壊れてしまう前のこと。
パパが着替えを終えて、ママが私の朝食をテーブルに乗せていく。
私はそれを、当たり前だと思っていた。
テレビのニュースが変わり映えのしない言葉を繰り返している。
一体何を言っていたのか、興味のなかった私にはもう思い出せない。
だから夢の中でも、テレビは全く音が出てなかった。
テーブルにつき、トーストに手を伸ばす。
もうやめよう。
もう、いい加減目覚めなきゃ。
でも目は覚めない。
続きはもう分かってる。
ニュースの声がいきなり鮮明に聞こえて、パパが思わずカバンを落とす。
地面が激しく揺れて、思わず手に持ったトーストを取りこぼす。
床に落ちたトーストが、べちゃっと嫌な音を立てた。
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なぜ、俺はここに居るのだろう。
自由に足を伸ばせず、ちょっと手を動かしただけで何かにぶつかる。シートはごわごわでさっきから背中が痛い。そして何より、ヘッドセットのクッションが破れて耳に直に金属部分が当るのが不快過ぎる。
≪聞―――か?動か――は分――て――?≫
「ノイズばっかで聞こえねえっつの」
舌打ちしながらヘッドセットを軽く叩き、余計なダメージが耳に残る。
≪な―だ?―然聞こえ―――≫
「そっちも聞こえてねえじゃねえか!くそっ」
再び舌打ちしつつ、取りあえず恐ろしいほどに旧型の無線機のつまみを操作する。いまどき相当なレトロマニアしか現物を見たことのないシロモノで、扱い方など教習所で習った覚えはない。
しかし、なぜかちょっと弄っただけでいくらか調子が良くなった。
「おい!聞こえてんだろオッサン!」
ノイズが消えたというのに、通信相手は暫く答えようとしなかった。
「無視すんじゃねえよオッサン!聞こえてるんだろ!?」
≪オッサンって誰だい?ボクはそんな名前じゃないなぁ≫
「どう考えてもアンタのことだろうが!」
≪そうかい?でも、一応言っておくけどボクは君の上司だよ?学生アルバイトの日狩一真君≫
思わず青筋を立て、通信相手の四十後半のオッサン、政府特別派遣警備部、立原零次課長の顔を思い出しつつ、一真は苛立った時の癖で下唇を噛む。辛うじて反撃の糸口が見つかった。
「はいはい分かりましたよ課長さん。けどさ、俺こんな危険なバイトだなんて知らなかったんだけど?これって詐欺じゃね?」
思い返せばあんな怪しげな広告に引っかかったのはまずかったのかもしれないが、募集している相手の名前からしてそれほど危険なものではないはずだった。
≪何言ってるんだい。ちゃんと広告に書いてあっただろう?日給七万で大型特殊二脚免許持ち募集って≫
「だからって地上に行くなんて聞いてねえぞ!しかもこんなポンコツで!」
一真は地上へ向かう大型エレベータの中、型落ちとすら呼べないレベルの旧型の軍用中型二脚に乗り込んでいた。
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西暦2150年。
22世紀も折り返し地点となったこの年、地球上で人類同士の戦争は完全に消滅した。
介護用ロボットの技術を応用して生まれた軍用特殊大型二脚ロボット完成のよる、人類の長年の夢であった巨大ロボットの実現と、人の手を介さない自立兵器の技術の完成により、わざわざ人が戦う必要がなくなり、軍は自動的に縮小し始めた。
そしてその二年後、ロボット技術において最先端に立ち続けていた我が国日本の提案により、ある計画が世界単位で進み始めた。全生命の地下移住計画である。
すべてを地下に移住させて地上を無人にし、そこを無人兵器たちの戦場に変える。人的被害も物的被害も存在せず、無人兵器同士の代理戦争。各国がそれぞれの技術で作り上げた巨大ロボット同士を戦わせて勝敗を決める。
かつて放送されていたアニメから得た発想ではあったが、まだ散発的に続いていた戦争による被害は見過ごせない物があり、それを完全にゼロに出来るその提案は実に魅力的であった。
すぐさま世界中で地下都市が建設され始め、いずれ始まるロボットバトルのルールや規格の統一等が進められた。
半年後、ある程度やりやすい土壌が整っていたロボットバトルの準備が整った。
そしてその一年後、地下移住計画開始の目途が立ち、一部の権力者たちが一足先に地下へ移住を開始し始めた。
しかし、その時異常が発生した。
世界各国から集められた天才たちがプログラムしたロボットバトルのジャッジシステム【URANOS】。このシステムがある限り、世界中のロボットは指定された相手以外に対する攻撃は出来ない。
だが、このシステムが突如何者かのハッキングを受けて暴走を始めた。
攻撃対象が敵国ロボットでは無く、一般市民を含むすべての人類に設定されてしまった。
それと同時に【URANOS】の制御下に置かれていた世界中のロボットが人類に向けて攻撃を開始。この攻撃で【URANOS】を完成させたプログラマの約半数が死亡。外部からのハッキングを防止するべく常にセキュリティを進化させ続ける【URANOS】を止める手段は消滅した。
縮小しきった軍ではまともな抵抗も出来ず、人類はなすすべなく地下に逃げ込むしかなかった。
だが、取り残されてしまった人々はまだ大勢居た。
そして事件発生から二か月後。地下に避難したものの、両親とはぐれ政府の援助を受けて生活していた高校生の一真は、街角で一枚の政府広告を見つけた。
日給七万でアルバイト募集。ただし、大型特殊二脚免許所持者に限る。
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「…これ、無線機壊れてるぞ。こんな物で地上に出る気か?」
「俺に言わないでください…」
あと一歩で地上と言う所で軍による最後の検閲。取りあえず乗せられたこのポンコツと、座席の下の隙間に落ちていた地上探索許可状を胡散臭げに見つめる軍人は、見たところそれ程年を取っているようには見えなかった。精々三十の半ばかそこいらだろう。まあ、俺には関係ないが。
ため息を付いた軍人は「ちょっと待ってろ」とだけ言って奥に戻っていく。ノイズが不快な音を奏で続ける中、俺はあの軍人が地上探索許可状をもっていかなかったことに気づいた。しかし、勝手に降りる訳にもいかない。
やがて軍人が真新しいヘッドセットを持って戻ってきた。
「こいつを使え。少なくともそのおんぼろよりはマシなはずだ」
「あ、ありがとうございます。それと、この書類…」
「一度見れば分かる。さっさと行って来い」
軍人はそれだけ言って振り向かずに奥に戻っていった。俺も人のことは言えないが、不愛想だがいい人なのかもしれない。名前を聞いておけば良かったと軽く後悔しながら壊れた無線機のスイッチを切り、真新しいヘッドセットに搭載された無線を付ける。
「聞こえる?オッサ…課長さん」
≪おお!ずっとクリアに聞こえるねぇ。一体どんな魔法を使った?≫
「さっき親切な軍人さんに新しいの貰ったんだよ。つーか、こっちが新品になった途端そっちも聞こえやすくなるってことはそっちの機械はまともってことかよ」
≪あ?ま、いいじゃんそんなの。それより、これならナビも送れるかな。じゃあ、まず今から送る座標に向かってくれる?≫
「それよりまず俺を地上に送って何をさせたいのかだけ教えろよ。こっちは免許証見せた次の瞬間にはこのポンコツに乗せられて地上行エレベータに直行だぞ?」
≪まあ、それもそうか。じゃあ、君は地上難民問題は知ってるよね?≫
「当たり前だろ。地下避難に間に合わずに地上に取り残された数十万人。救助の目途も経ってないって話だろ?」
≪ああそうだ。急きょ再編された軍もまだ地上の重量二脚対策に追われてて、とてもじゃないけど地上難民の救助まで手が回らないってね。だけど、地上の危険さを考えれば一刻も早い救助は必要だってことは分かるだろう?≫
「おいおい…まさか、俺にそれをやれってことか?」
思わず顔をひきつらせながら一真は呟く。
どう考えても荷が重すぎる。まだ軍でさえも手が出せない状態の地上に行く時点でまともじゃないのは分かっていたが、さらにそこで人命救助までやれと言うのか。こんなポンコツで、免許証を持ってるだけのペーパーパイロットの高校生に。
しかし無線の向こうのオッサンはやけに楽しげな声だった。
≪察しがいいじゃなーい!説明が少なくて済んだよォ≫
「絶っ対戻ったら訴えてやるからなオッサン!」
これ以上課長の楽しげな声を聞きたくなくて、一真は一切の躊躇なく無線のスイッチを切った。
目前に迫る隔壁を超えた先には、もうすでに地上が迫っていた。
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特殊双眼鏡越しに見える敵は、最近でも珍しい旧型の中型二脚だった。しかし、油断はできない。偵察目的の可能性もある。右手部分のアームに握られた対大型マシンガンも見過ごせない。
そして何より、これ以上先に進まれてしまえばこちらの拠点の位置を知られてしまう。
双眼鏡を放し、後ろの仲間たちに向けて小さく頷く。
「近づいてきてる。でも、あれなら簡単につぶせるはず」
報告を受けた仲間の一人、木ノ嶋斉人軽く頷き返すと手早くスナイパーライフルを片手に持ちながら左手のビルに向かう。背負ったバズーカの重さにわずかに顔をしかめつつその背中を追いかける。
「大丈夫か?佑奈」
斉人は心配そうに振り向くが、佑奈はその視線を振り切って足を進める。足手まといはごめんだし、女扱いもされたくなかった。
目標の位置にたどり着き、バズーカのスコープに目を当てる。やがて、目標がふらつきながら射程に入って来た。わずかな違和感を感じる。まるで、人が乗っているようだった。
しかし、この地上でわざわざ二脚機に乗る人間など居る訳がない。
「リーダー聞こえる?かなり旧型だけど、俺達だけで何とかしてみる」
≪分かった。ただし、あまり派手なことをやらかすなよ。音や爆発でほかの偵察機を呼び寄せたくない≫
「分かってますよ。じゃ、さっさと片付けますか」
斉人の合図を受け、佑奈はバズーカの反動を抑えるべく固定し、慎重にターゲットを狙い、ロックオンする。敵はこちらに気づいていないのか全く変化がない。好都合だ。
佑奈はバズーカの照準を中型二脚の頭部にロックし、一思いに引き金を引いた。
一呼吸置く間もなく放たれた砲弾が中型二脚機の頭部に命中し、精密機器を根こそぎ吹き飛ばされた敵機は無様に真後ろに倒れ込んだ。
「やった…!」
「おし。適当に部品かっぱらって戻ろうぜ」
「了解」
敵を倒せた高揚感に身を包まれながら私は頷く。斉人も同じ気持ちなのか心なしか声が明るい。
固定したバズーカを取り外し、再び背中に背負って立ち上がる。ビルを駆け降り、倒した敵のもとに急ぐ。久しぶりに倒した敵の姿を一刻も早くこの目に焼き付けたかった。それに、ジャンクパーツを回収すれば少しは拠点も便利になるだろう。あんな旧型からそれほど貴重なパーツが取れるとは思えないが。
「へへへ…見ろよ。ここまで旧型じゃ、逆に貴重な部品が集まりそうだぜ」
「平和な時代なら骨董品としての価値が出そうなくらいだな。そもそもこんなの、【URANOS】の制御下にあるものなのか?」
佑奈の言葉にわずかに斉人が首をかしげた。暫く散らばったパーツを集める手を止め、「確かに…」と呟く。だけど、倒した後にそんなこと言ってもしょうがない。どの道ロボットは全て敵しかいないのだし。
そんなことを思いつつ、頭部パーツの吹き飛んだ中型二脚機の肩に乗る。この型のロボットは、胴体部分にコックピットがある。そこなら多少希少な部品や金属が紛れていてもおかしくない。
首なしになってむき出しになったコックピットハッチが視界に入り、佑奈は手ごろな場所にあった緊急用レバーを下ろす。
そして、学生服を着て気絶している男を見つけた。