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ポーシャ  作者: nooom
9/11

ポーシャ9

あばばばば・・・

遅刻ですね。毎週きっちりかっちりが目標ですが、これからもぐわぁんばります

一日という時間は瞬く間に過ぎた。


その日の晩、幸助は再び屋敷に向かった。

彼は、あんな非現実的なことを経験したというのに、自分でも不思議に感じるほど今は何も感じていなかった。


もちろん、屋敷から帰ってすぐは、特別なことを経験した優越感と同時に恐ろしい現象に巻き込まれた恐怖感を感じた。もしかしたら長い夢でも見ていたんじゃないかと、あの時のことを鮮明に思い出す。


だが、願い事のことを考えたり、三島由愛のために何かしてあげられると考えると、自然と考えや思いがまとまった。少なくとも、今はそう言ったものは微塵も感じていない。

『こういうものなんだ』と彼は魔法や、怪人、不気味なメイドたちを現実として、すっかりと受け入れていた。奇妙な感じだったが、人間というのは意外とあっさり物事をも受け入れることができるものなのだろう。

彼はその夜、家を出て、駅で切符を買い改札を出るのと同じような感覚で、暖炉に火をつけ、夜の12時の鐘が鳴るのを待った。そして、屋敷の中に古時計の鐘の大きな音が響いた時、暖炉は再びその不可思議な力を発現した。


「こんばんは、幸助様。お約束通りのお時間においでくださいましたね。今日はどのようなお返事をいただくにしても、ご足労くださいまして、ありがとうございます」

これもまた昨日と同じだった。メイドのポーシャは、3日前と同じように、暖炉の前に立っていて、深々と頭を下げていた。

「返事は決まりましたか?もしも、決まっていませんでしたら、期日を延ばしても構わないと旦那様からの伝言です」

「いや、決まったよ」

幸助は一晩かけて決めた答えを思い切って口にした。

「買うよ。支払は済ませに来た」

「それは良かった。さあ、奥へどうぞ」

ポーシャは手に大きなランタンを握っていた。暗闇の中で、それだけが唯一の明かりとなって、通路の闇を照らし続ける。ランタンで映し出された二つの影は、廊下を進んだ。

昨日は物静かだった木製の床が、今日は歩く度にギシギシと音を立てた。昨日は雨が降ったせいかもしれない。それにどこも窓を開けていないのだろう、屋敷の中は湿度がこれでもかというほど高く、気分が悪くなるほど蒸し暑かった。

幸助は廊下を歩いている間に、失礼かと思ったが、思わず汗だらけになった上着の一枚を脱いだ。


そうしている間にも、二人は昨日の客間に着いた。ドアが開けられた時、幸助はテーブルに、あの賑やかな怪人が座っていないことにすぐ気が付いた。

「・・・・?あれ、スティーブンさんは・・・」

幸助はそう聞いた。そこには、もう彼が座っているものだと思っていた。

「すぐに来られます。少々、お待ちください」

そういうとポーシャは、幸助が腕に持っていた上着に手をかけた。

「よろしければ、お預かりいたしますよ」

幸助は、反射的に「ごめん。よろしく」といって、暑苦しかった服をポーシャに預けた。彼女は上着を丁寧に伸ばし、それをドアの近くにあった上着掛けにかけた。

「何か、お飲物は?」

「じゃあ、昨日と同じやつを・・・」

「かしこまりました」

そう言うと、幸助は薦められる前に、椅子に座ってスティーブンを待った。

ポーシャは昨日と同じように紅茶を淹れ始めた。相変わらず、見事な手さばきで、その動きは素早くもあり、大胆で、丁寧だった。幸助は、その鮮やかな手際に思わず見とれていると、不意にポーシャが視線をティーカップセットに向けたまま言った。

「だいぶ悩まれたでしょう?」

何気なくそう聞かれたので、幸助は思わず「え?」と聞き返してしまった。

「商品のことです。支払いが『寿命3年』と言われて、だいぶ悩まれたでしょう」

このままお茶が出てきたら、無言でスティーブンを待つことになると思っていたが、彼女から雑談をしてきた。無口な人間だと思っていたので、幸助は少し意外に感じていた。

「まあ、寿命3年って意外に長いようで、短いからな。魔法の商品を買う時って、これは高いほうなのかな?」

無視するのも気が引けたので、幸助も軽い気持ちで会話にのった。

「どうでしょうね。私は命を支払うということに、高いも安いもないとは思いますが。旦那様のお話では、もっとも高い商品で10年分の支払いを要求することもあるそうですよ」

「ひえ・・・それってどんなで、何に使う道具なんだよ・・・」

「さあ。分かりませんが、大事な人生十年分を捨てるに値する力を持った物ではあるのでしょう」

「なんだか、すごそうだな」

「今回の商品にもご期待ください。3年といえば、ちょうどあなた様のような学生が、立派な勉学を学び終えるほどの時期ですからね。それを支払うに見合った商品を旦那様がご用意いたします」

幸助が言うと、ポーシャは美しい陶器にルビーの紅茶を淹れ終えて、それを目の前に物音ひとつ立てずに丁寧に置いた。カップは昨日とは違い、透明のガラスで、涼しげに氷がふたつ天井の光に反射して輝いていた。

「どうぞ、お待たせいたしました」

「ありがとう」

そう言って、幸助はティーカップの取っ手に指をかけ、口元にお茶を近づけた時だった。


「そんな3年・・・。支払うのは惜しいとか感じませんか?」


紅茶を口に含む前に、囁くように彼女が言った。幸助は何のことかと、怪訝な表情をしてポーシャを見た。ポーシャの声は昨日と同じで、少し笑っているように感じた。誘惑の声に、幸助は怪しいと感じるより先に耳を傾けた。

「・・・まあ、そりゃあ、惜しいけど、そうするしかないんだろ?」

「ほかに方法があるとしたら?」

ポーシャの口から耳を疑うような言葉が飛び出した。幸助は静かに驚き、飲もうとしたカップをテーブルに戻した。

「なんだって?昨日と話が違うぞ。俺が寿命を支払わなくても、良い方法があるっていうのか?」

確かに、スティーブンは昨日、『何かを得るには代償を支払わなくてはならない。それが世界の法則なのだ』と言った。そして支払うのは『寿命』以外はない。ポーシャの言うことが本当なら、どれも話が矛盾することになる。

「はい。ございます」

だが、ポーシャはその矛盾を肯定した。幸助は訳が分からなくなって、戸惑わずにはいられなかった。

「な、なんで、最初から教えてくれなかったんだ?」

「それは旦那様が『商人』だからです。商人が自分の不利益になることは言わないのは当然のことではありませんか。商品を安く仕入れた際、その原価を簡単に喋る商人はいません。もっとも聞かれれば、答えたでしょうが」

「・・・じゃあ、なんで君は教える?君の主人の不利益は、君にとっても不利益じゃないのか?」

「さあ、どうでしょう?」

答えになっていない答えを返され、幸助はこれまでにないほど目の前の仮面のメイドを不気味に感じた。

「私の不利益とあなたの利益は関係ないでしょう。私はただあなたの意見を聞いているだけです。寿命3年を支払うのが惜しいと感じているのなら、別の方法を教えて差し上げます。無料で魔法の商品が手に入る方法です」

幸助は何か危険な感覚を覚えた。そして屋敷に始めて来た時と同じ『怪しい』という疑念が胸に浮かび、それを盾のようにかざす気持ちになった。

乗せられるなよ・・・。自分にそう言い聞かせる。

「いや、いいよ。大人しく支払う。危険な方法だったら、怖いからな」

「寿命3年は惜しくないと?」

「まあ・・・高い買い物みたいだし・・・。それにたった3年さ。10年や20年じゃねえんだから、彼女のためならそれくらい構わないさ」

まだ、スティーブンの言っていることのほうが信じることができる気がしていた。昨日もそうだが、このメイドからは変な雰囲気があった。

あの白い仮面の下からは、どこか自分をからかうような・・・いや、自分を探っているような不快な視線を感じる。

「もう一度、考える時間はあります、古賀様。よく考えてみてください・・・あなたは何年生きられますか?」


ポーシャは幸助の後ろから歩き出し、スティーブンが座るはずだった目の前の椅子に手をかけた。

「旦那様は魔法の商品を売って、寿命を買い取ります。ですが、実は人の命の終わりを・・・つまりは『運命』を知っているわけではないのです」

彼女の細い指が主人の椅子を滑るように撫でる。

「・・・?つまり、どういうことだ・・・」

「あなたがいつ死ぬか分からないのに、この方は寿命を買い取っているということですよ。例えば、あなたが20歳まで生きられないとして、今日3年分の寿命を支払ったら、あなたはあと2年しか生きられないんです」

『命を支払う』。それがどんな意味を持つのか、本当に意味で幸助はまだ理解していなかったのかもしれない。ポーシャはそんな幸助を諭すように、あるいは煽るように、粛々と話を続ける。

「以前、1年分の寿命を支払い、商品を買い取ったお客様がいらっしゃいました。その方はお買い上げになられた商品でようやく願いを叶えられ、残る人生を楽しもうと考えられていたようですが、その2日後に亡くなられました。24歳だったそうです」

ポーシャは、ゆっくりとテーブル沿いに歩き始めた。彼女のゴシックなデザインのローファーが木の床を規則的に叩き、湿度で歪んだ音を響かせる。

「その方は本来なら25歳まで生きられるはずでした。ええ。16歳までしか生きられないという『運命』は変えられなかったでしょう。ですが、私の言う方法を試していれば、彼の夢は2日では終わらなかったでしょう。ひどい話です。せっかく望みを叶えられたというのに、支払いの限度を知らなかったために、その方は人生最良となるだろう時間を2日しか過ごせなかったのです」

幸助は自分に向けられている質問の意味が分かってきた。そして、それがなまじ自分を騙すだけものではないということにも。

「そもそも、これはあなたが一番求めている『自分の恋を成就』するための願いではありません。彼女の心からトラウマを取り除き、フェアな恋愛をするためにした願い事です。恋そのものが実るわけではないのに、どうして3年の命を懸けられるのですか?」

「・・・それの意見は決まってる。昨日、言ったろ。この願いをしたのは、俺の恋が実るかどうかじゃなく、好きな女の子の助けになりたいからだ・・・。彼女がどう答えを出してきても、3年払うのに後悔はない・・・」

「そうでしたね。ですが、願いが叶ったらどうします?あなたが彼女のトラウマを取り去り、彼女が自由に恋ができたとき、あなたのことを選んで下さったら?正直な話、その方とお付き合いするのがあなたの本当の夢ではありませんか?その時間を少しでも、長引かせたいとは思うのは、決して悪いことではありませんよ」

いつの間にか、幸助の中の「疑い」には、「思案」が混ざりこんできていた。「彼女の話に乗せられるな」という自分への暗示はなくなり、半ば、彼女の言葉に理解を示し始めていた。もし、本当に自分の願いが叶い、三島由愛が自分を受け入れてくれたとしたら?

その時間はどんなものよりも大事なものとなるだろう。

「何にせよ、自分の『運命』が見えない以上、命は簡単に渡してしまっていいものではないと私は思います。ただ『寿命3年を渡すだけ』とは考えないほうがよろしいでしょう。自分の命がいつ終わるか知らないのなら・・・」

ポーシャの言葉が幸助の胸に、乾いた布へ水を浸すようにしみこんでいく。

彼女と過ごせる時間がほんの数十年、いや数日だとしたら?できることなら、彼女と長い時間を過ごしたいと思うのは、不自然なことだろうか。

自分に正直になるべきじゃないのか?その期日を延ばせるのだとしたら、ほんの数日、数秒だけでも構わない。このまま、スティーブンの言った方法で、支払いを済ませてしまったら、彼女と過ごせる時間は、確かに3年分、失うことになる・・・。

「本当にそんな方法があるのか・・?」

その時、幸助は無意識に、そして呟くように言ってしまった。


「どうすれば、3年払わずに魔法の商品を貰えるんだ?」


その言葉を言った瞬間に、ポーシャの仮面の下から次こそ、確かに短く笑うのを聞いた。

幸助は、そうしてポーシャのはっきりとした笑い声を聞いたとき、ふとその笑い声が、自分を小馬鹿にしたり、何かが可笑しくて笑う声ではない雰囲気を感じ取った。その笑い声は、まるで自分を『皮肉』で笑っているような感じがした。

いったいこのメイドは何なのか・・・?

だが、彼女の声の調子はすぐに戻った。再び粛々とした、どもりのない丁寧な言葉が仮面の下から流れる。

「試したければ、まず私の言うことに必ずしたがってください。もうそろそろ、旦那様は仕事を終え、こちらに来られるでしょう」

ポーシャはスティーブンが入ってくるであろうドアに目を向けた。

「まずは、旦那様にはこの話をしないようにしてください」

彼女は幸助の耳に顔を近づけて、ささやく。様子をさぐるように目線をドアに向けながら、腰を曲げて、幸助の近くに寄る。

スティーブンに秘密にするだって・・?

聞いておいてなんだったが、既に怪しさしか感じない。幸助は無意識に、胸の鼓動を高鳴らせていた。まるで悪い悪戯をする子供のような気持ちだった。

「そして、商品を買うか否かを聞かれるでしょうが、どう言われ、どう条件を付けたされても、必ず断ってください」

欲しいのに、欲しいものを断るとは奇妙なものだ。だが、何か理由があるのだろう。それを聞いている時間もなさそうだったので、幸助は黙ってうなずいた。

「それからすぐに帰る支度をして、この部屋から出ていくのです。そして、必ず先ほどお預かりした上着を『ご自分の手』でとってください。私がとるよう言われるでしょうが、あなた様がそれを断り、自分で上着をとり、部屋から出ていくのです。良いですね?」

「ああ。分かった。それで・・?」

「それだけで結構です。それだけであなた様は寿命を払うことなく、商品を手にすることができます」

「な、なに??これだけ?」

もっと長く、複雑な話を聞く気でいた幸助は耳を疑った。

「そう、これだけです。カンタンでしょう?」

その通りだ。とても簡単だった。いや、簡単すぎる。

幸助は一体、メイドが何をしようとしているのか予想をしたが、彼女の目的が少しも見えなかった。あえて言うのなら、自分をはめようとでもしているのではないか?

様々な不安が思い浮かび、彼はどうしても彼女を信用できる気分ではなくなった。だが、自分はもう返事二言で、「無償で商品を得ること」を決めてしまった。

今から、言えばやめられるだろうか?今から言いさえすれば、何か悪い状況を回避できるかもしれない。幸助はそう考え、いったん、やめようかとポーシャに提案しようとした。


しかし、もう手遅れだった。

後ろのドアが開き、この屋敷の主が入って来たのだ。


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