ポーシャ・8
今回はだいぶスムーズに書けました。
ムラのない想像力が欲しいもんですね
幸助はここで不思議と納得できた。これぐらい高値でなくては、ドラえもん顔負けの不思議道具を受け取ることなどできるはずもなかった。
だが・・・
「じ、寿命って・・・」
「さっきも言ったが安く見積もってこの値段だ。これ以上は安くすることができない」
幸助は昔、本で読んだことのある話の内容をふと思い出した。
悪魔は、人の願いを聞き入れる代わりに、その人間の魂を持っていくという話だ。スティーブンは悪魔ではないし、魂は要求していない。だが、どこかしか不思議と共通点を感じた。
幸助は突然要求された意外な代金に、少しだけ恐怖を覚える。
金や、物ならまだいい。どれも取り換えが効くし、今まで生きて来た中で、そういったものは支払った経験があるからだ。また支払えばどうなるかということも知っている。
だが、寿命を支払う・・・ということには戸惑いを感じずにはいられなかった。
今までそんなものを要求されたことはなかった上に、それは支払って良いものなのかさえ分からない。支払ったらどうなるのだろう?
「あの・・・寿命払う意外に、その商品を貰うことはできないのか?お金とかなら、少し払えるけど・・・」
「残念だが、ダメだ。私にとって、君たちの通貨など何の意味も持たないからな。それに、寿命を貰うのは私のためではない。私が魔法を使うため、人間をやめたのと同じように、これは『決まり』なんだ」
「決まり?」
「人が地球の重力を無視できないのと同じ理由だよ。人がエラ呼吸できないように。はたまた死を克服できないのと同じように、これは何人たりとも破ることはできないものなんだ。実を言うと、どうしてそうしなければならないのかは私も知らないのだ。あえて言うなら『神から定められた「法則」』というものかもしれないな」
幸助は訳が分からないというように首をかしげる。
「なに・・・少しも難しい話ではないよ。どんなものを手に入れるにも何かしらの代償が必要だろう?特に人の『心』に関することならなおさらなのだ。時間をかけ、痛みを知り、苦労をすれば人の心は得たり、変えられるものだが、そういった『努力』を無しに『変化』を起こすのが『魔法』だ。『魔法』は『時間』を無視し、『結果』を得る力のことを言う。人は『時間』という代価を払い、『結果』生み出すものだ。だから、魔法を使う時には、『使うはずの時間』に見合った『代価』を支払わなければならない。それが寿命だ。分かるかね?」
「な、なるほど・・・」
幸助は理解できたようで、理解できなかった。
「何度も言うが、払う、払わないは君が決めていいんだ。君の自由だよ。必要なら寿命2、3日程度の支払いで済む商品を用意することもできる。もちろん、その分、効果は少ないし、使用制約も多くなるがね」
それは・・・困る・・・。と幸助は悩む頭の中で呟いた。
「ちなみに、その寿命3年分の商品ってどんなやつなんだ」
幸助が気になって聞くと、スティーブンは杖をかざした。
すると、壁の向こうから一冊の本が鳥のように緩やかに飛んできて、彼の手元に静かに降りた。そして、風もないのに本は表紙を開き、ぱらぱらとページを一人で動いた。そしてあるページに一瞬でたどりつくと、そこで紙の束はぴたりと止まる。
スティーブンは開かれたそのページを指さして言う。
「『アサモンの果実』というものだ」
止まったページに書かれていた文字は見たこともない文字だった。英語でもなければ、いつしか教科書で見たことのあるような海外の文字でもない。感覚的なものだったが、その文字はもっと古い時代のものではないかと幸助は思った。
だが、彼の目がそれ以上に注目したのは、文字ではなく、ページの中央に描かれていた「林檎の絵」だった。
「この林檎みたいなのが、その『アサモンの果実』っていうのなのか?」
幸助はテーブルから身を乗り出して、その絵を見た。
さっき自分で「林檎みたいなの」と言ったが、よく見てみても、それは普通の林檎に見えた。
「まさかこれを彼女に食べさせて、一回死なせるんじゃないだろうな?」
幸助は有名な童話のワンシーンを思い浮かべながら、そう言った。
「いやいや。それなら小人が6人と、君の顔に整形が必要だ」
スティーブンはすぐに「冗談さ」と言った。どうやら同じ光景を浮かべていたようだった。
「大丈夫、これは食感や見た目は林檎そのもので命や体には何の影響もない」
要するに見た目は林檎そのもの・・・食べてみなければ、その特効性は分かんないってことか・・・。幸助は、大層な名がついている割には、地味な商品の絵を見つめ続けた。
これが本当に魔法の林檎なのだろうか?普通の林檎と何も変わらない。もしもこれを今、林檎の山に放り込んだら、絶対に分からなくなるだろう。
「さて、商品の詳しい説明といこう」
「・・・・その林檎を食べさせればいいんじゃないのか」
「その通り。食べさせればいいんだが、大事なのは、その先だ。この林檎は食べたら一時間少しの間、眠ってしまうんだ。その眠っている間は、言葉に気を付けろ。この林檎を食べ、眠っている間に聞かされた言葉は、その本人にとって本当のことになるからだ。例えば、眠っている間に、『自分のことを好きになる』と耳元で囁いたら、その人はその人間のことを好きになってしまう」
「おい、ちょっと待ってくれよ。俺は惚れ薬はいらないって、さっき・・・」
「例えばの話だ。最後まで聞きたまえ、幸助君。どんな道具も使い方次第なのだとさっきも言っただろう?」
スティーブンは大きな顔を幸助に向ける。
「君はこの林檎をどうにかして愛しの彼女に食べさせ、眠っている間に、『過去のことを忘れろ』と耳元で囁けばいい。そうすれば、彼女は過去のトラウマを忘れることができるだろう」
スティーブンは自慢気に話すと、本をその手で閉じて、幸助の目を再び見つめた。
「この商品は最上の品だ。代金は寿命3年。払うか、払わないかは君次第」
さっきと同じことを言ったのは、それほど大事なことだからだろう。幸助はまたしばらく黙って、考え込む。
「何もそう難しく考えることではない。価値観の問題さ。君の中ではどうなんだね?」
「俺の中ではっていうと・・・?」
「君にとって、確実に、そして今すぐに愛しい人の心を助けるのは、君がまだ見ぬ3年分を捨てるに値する価値があるのかということだ。君にとって、『その価値がある』というのなら、自分の未来の一部を捨ててしまうのも良いだろう。だが、彼女のために、君の輝かしい3年を捨てられないというのなら、買うのはやめるべきだ。別に彼女の心が治らなくとも死ぬわけじゃあるまい?それに寿命3年間で、彼女以外の素晴らしい女性に巡り合えるかもしれないだろう」
そう言われて、幸助の頭の中では天秤が大きく揺れていた。
3年・・・。支払わなければならない、この「3年」という期間は、いったいどれだけのことができるだろうか?
その期間には新たな女性との出会いがあるかもしれない。自分の胸に抱き続けて来た夢を叶えることができるかもしれない。新たな家族を作って、彼らと幸せに暮らすことができるかもしれない。
考えれば考えるほど、3年という期間は短いようで、払うに惜しい時間だった。いや、払って惜しい時間など、自分には一秒だってない。幸助は自分の胸を思わず強く握りしめた。
「・・・・・少し、考えさせてくれないか・・・?」
再び長く沈黙していたが、幸助はようやくそう口を開いて言った。
「3日・・いや、一晩、俺にくれ。それまでに決めてくる」
自分の命と夢にかかわることだ。今すぐに返事二言で決められることではない。幸助は申し訳なさそうに頭をかいたが、スティーブンは快くうなずいた。
「そう急ぐこともないだろう。3日などと言わず、はっきりとした答えが出るまで、いつまでも待ってあげても構わないぞ」
「いや・・・。それじゃ、いつまでも答えが出ないと思うんだ。はっきりと時期を決めておきたい」
そうしなければ、決意が揺らいでしまうことを幸助は知っていた。後で、後でと考えて、結局は何もしないままで終わる。無期限は人の考えを鈍らせてしまうものだ。
「良ければ3日後、思い切ってあんたが俺のところに来てくれると助かるだけど・・・」
「・・・それはできない。実は私は自らの命をこの建物に宿していることで保っているんだ。ここで誰かを迎えることができても、出向くことはできないのだよ」
全ては君次第だな。とスティーブンは続けた。
「何にせよ、今日はこれまでだ。君の言うように、3日待とう。それまでに決心がつくにせよ、つかないにせよ、ここに来て返事を聞かせてくれるかな?」
「分かった」
幸助はうなずいた。
「さて、今日はここまでだ。3日後にまた会おう。それまでにぜひ、検討してくれたまえ」
そう言うと、スティーブンは立ち上がり、銀の杖を床に3度打ち付けた。ごんごんという古めかしい木の床の音が響いたかと思うと、幸助はいつの間にか、あの古ぼけた屋敷の中にいた。さっきまであった明かりも、木製の棚も、スティーブンとそのメイドも、まるでテレビの画面を切り替えたかのようにぱっと消えてしまった。
「・・・なんか、今日はもう何が起こっても驚かねえな・・・・」
再び埃の舞う客間に取り残された幸助は、白昼夢でも見た気分になりながらも、屋敷を後にした。
※
ずいぶんと大胆に聞いてみたものだな。
・・・ごめん。疑われたかな?
いや、大丈夫だと思うよ。彼は魔法を見るのは初めてだしね。その仮面を外さなければ、決してバレはしない。ところで、どうかね?実際やってみて・・・
あんまり良くない・・・。少し背徳感を感じる・・・。もう覚悟は決めてたつもりだけど・・・。
まあ、そんなものさ。『良いこと』とは言い難いことだからね
でも思い切ったことは聞けて・・・良かった。
なら良かった。良いことがひとつもないのでは、こちらも残念だからね。良い青年じゃないか。幸助君・・・私は気に入ったよ
ええ。私も思っていた以上の答えを聞けて、驚いてる。
明日も続けるのかい?
・・・・少し考えがあるの。もう少しだけ協力してもらえる?
君さえよければね
ありがとう。こんなことに付き合ってもらうなんて・・・なんだが・・・
悪いと思うかい?気にしないことだ。私は商人、君はお客様だ。おっと、今はメイドだったね。『ポーシャ』