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7話4節(中)


 ぴりぴりとした沈黙をはらんだ三つ巴のにらみ合いのなか、寄り集まって花嫁を隠す黒騎士らの肩越しにアトリと魔物狩人と視線が交わった。


「恐がらないで。私は魔物狩人、人間を魔物から守る者よ。こいつらからあなたを助けに来たの」

「た、助けにって……一体、何をどうするつもりなんです」

「まずは、こいつらを討伐してあなたのを呪いを解いてあげる。厄介な呪いだけど、まだ不完全だから術者の奴らさえ滅してしまえば消滅するはず。人間のままで居られるのよ。もう二度と魔物餌食にならないよう、私達魔物狩人が保護もするわ」

「人間の、ままで……」


 噛み締めるように呟いたアトリは、突然の花嫁の刻印からの解放と保護の提示に戸惑いつつも思考する。


 どうやらあの少女はアトリの敵ではないらしい。救いの手を取れば黒騎士から逃れられるようだ。しかし、それは郁らの殺害という手段でもって達成されるというのには躊躇いを禁じ得ない。相手がいくら化け物でも変態でも、この約一ヶ月に渡って身を守ってもらった恩義は帳消しにはならない。黒騎士からの解放は喉から手が出るほど求めていたことだが、何も殺さなくてもというのがアトリの率直な心情であった。アトリには、冷徹に打算する頭はあったが、借りのある相手を見殺しにして悪人になる覚悟がないのだ。


(花嫁にはなりたくない……でも、黒騎士を殺すのはちょっと忍びない……どうするべきか)

「忌々しい魔物狩人が……勝手な事を抜かすな! こいつは私達と共に生きると誓約したのだ、貴様などに渡すものか!」


 アトリが葛藤に囚われ言葉を紡ぎあぐねていると、朔の怒声が沈黙をつんざく。彼は、続いて現れた新たな略奪者に激昂し、獣じみた荒い息遣いで肩を大きく上下させている。今にも怒りのまま斬りかかりそうな勢いだ。しかし、素人目から見てもそれなりに消耗している黒騎士が万全の調子である魔物狩人にかかって行くのは無謀に思える。ましてや、この場にはまだコレールがいるのだ。三つ巴の乱戦や挟み撃ちに遭う可能性は容易に想像できる。どうにか踏み留まらせなければ、今までの苦労が水の泡だ。


「さ、朔さん、落ち着いてください……!」

「落ち着いてなど居られるか! アトリ……! 貴様は何故、私達から離れる事を考えている! 貴様は誓約を忘れたのか。それとも、私に八つ裂きにされたいのか!」


 攻撃をやめさせようと腕へ縋り付いたアトリに朔は厳しい視線を向けた。後ろめたい所を突かれて返す言葉を探すアトリを見据え、彼は言葉を継ぐ。


「貴様は私に誓約した筈だ……私を裏切らない、私を花婿とすると。約定(やくじょう)を違える事は許さない。逡巡する余地など与えない。魔物狩人など即刻誅戮してやる……貴様はそこで背信の弁明を考えていろ!」

「朔、手伝ってやる! 俺もあいつは気に入らない! 途中からしゃしゃり出てきて、勝手な事ばかり言う奴は嫌いだ!」


 怒り狂った朔はアトリの腕を乱暴に振り払い、郁や霧月の制止も聞かず魔物狩人に斬りかかる。同じく闖入者が気に食わないらしい武志も彼に続く。そうしてなし崩し的に戦いの火蓋が切って落とされた。もう統率も隊列もばらばらだ。


「ああっ……朔さんも武志君も考え無しに突撃だなんて……」

「ふう。仕方ない子だね……僕らもやるしかなさそうだ。アトリはここに居るといい。向こうは撤退するようだから、取りあえず大丈夫だろう」


 端に眼を遣れば、コレールは舌打ちしながら「魔物狩人の相手までしていられるか」と一人消えていくところであった。たった一人で三つ巴の混戦に臨む程、無謀ではないらしい。


「良いんですか……逃がしても」

「始末しておきたい相手だけど、こんな状況だ。三つ巴になってまで仕留めるのは荷が重いよ。あの魔物狩人は結構厄介だ。今の僕ら四人で抑え込めるかどうか……」

「そんなに危ない相手なんですか、あの子」

「そうだね。僕がやられてこの街に逃げ込んだのは、あの魔物狩人のせいだからね。今度は逃げられないから……どうにかしないと」


 そう言い残した郁は朔らに加勢し、霧月もそれに続く。魔物狩人は身軽な動きと符の駆使で朔と武志を同時に相手して攻防を続けていたが、郁らも出てくると一旦後退して距離を取った。残された朔らも、追撃に及ばず大人しく郁らと合流する。……四人の青年と一人の少女が睨み合う。これでも黒騎士有利とは言えない状況らしいのは、先の戦闘の消耗ゆえか、相手が魔物狩人であるがゆえか。


「流石の魔物狩人でも、四対一はきついようだね」

「そこの無謀なお仲間とまとめて始末出来るよう、合流させてあげただけよ。やっぱりお前はこの街に逃げ延びてたのね。とうとう獲物を捕まえたみたいだけど……私が来たからには年貢の納め時よ」

「あまり大口を叩くものじゃないよ。負けた時に惨めな思いはしたくないだろう?」

「ご心配には及ばないわ。私は負けない……お前達はここで私に討伐されるんだから!」


 そう言って、少女は懐から出した四色の式札を頭上に投げて印を結んだ。ピリピリとした緊張感と渦巻く空気の中、赤、青、白、黒の札はそれぞれ火の鳥、水の鳥、白い風の鳥、黒い岩の鳥に変じた。魔物狩人は陰陽師か何かなのだろうか。ともかく、これで四対一から四対五だ。


「行けっ! 紅雀(こうじゃく)蒼雀(そうじゃく)白雀(はくじゃく)黒雀(こくじゃく)!」

「式神など……小賢しい真似を! 手間取らせるな、小娘ェッ!」


 式神が羽ばたき、朔が先陣を切り、魔物四人と少女一人に式神四匹の戦いが始まる。高い機動力で式神を掻い潜った朔は魔物狩人に斬りかかるが、風の鳥……白雀と魔物狩人の連携に阻まれ憎き敵に大鉈を叩き込めない。また、怒りと疲労で明らかに精彩を欠いており、式神をあしらえるような決定打を繰り出せない。一方の魔物狩人は余裕綽々で朔の攻撃を捌いていなし、白雀との堅実な連携で彼に手傷を負わせてゆく。そして、目の前の愚かな魔物を蔑むように一瞥した。


「本当に……救いようの無い単細胞ね。何の為に私が今の今まで介入しなかったか、少しは考えたらどう? さっきの戦闘で疲弊したお前に勝ち目は無いわよ」

「うるさい黙れ、忌々しい簒奪者(さんだつしゃ)め! 私達の命を狙うだけに飽き足らず、花嫁まで奪おうなどと企てた罪……冥土で永劫に悔い続けろッ!」

「気概だけは立派ね。でも、自分の置かれた立場が全く分かってないわ。見なさい。お前の仲間はもう駄目そうよ」


 憤怒と憎悪に突き動かされるまま、ひたすら苛烈な猛攻を加えていた朔だが、そう告げられてはたと視線を後方に向けた。そちらでは片割れらが式神とやり合っているが、その旗色は決して良いとは言えない状況であった。


「ああ、今日は厄日です……!」


 悲鳴じみた弱音を吐いた霧月は、水を撒き散らす鳥……蒼雀のせいで電撃が封じられていた――使えば周囲の片割れも感電させてしまいかねなかった――。ならば別の手段をと蒼雀を鉄槌で潰そうと奮闘しているが、素早い蒼雀に鈍重な鉄槌の一撃はなかなか届かない。更に悪いことに、突然入れ替わった紅雀に火炎を浴びせられてしまう。霧月は逃げようとして流体化したが、逃げおおせる前に焼かれてしまい、耳にこびりつくような悲鳴を上げて動かなくなった。炭化した塊に顔の一部や片手の形が残るのが生々しい。


「ああっ、くそ、霧月ぃ!」


 続いて、岩礫で構成された鳥……黒雀に応戦していた武志が悲鳴を上げた霧月を助けに向かおうとしたが、霧月の所からやって来た蒼雀と追ってきた黒雀との挟み撃ちに遭ってしまう。彼は黒雀に捕らえられて岩礫で押し潰された。ばきぼきと骨の砕かれる嫌な音が響く。


「まったく……ままならないものだね! こんなにも早く崩れるなんて!」


 そして、交戦していた紅雀が霧月の方へ向かい、一時は自由に動ける身となっていた郁だが、瞬く間に片割れがやられたことで三匹の鳥を相手にしなくてはならなくなった。三匹がかりの猛攻にさらされたせいで集中が乱され、殺傷力の高い礫や苦手な炎を避けることに気を取られたところを蒼雀に捕らわれてしまう。脱出する暇もなく水で圧縮されながら溺れさせられた彼は、気絶したところで水の塊から吐き出され、べしゃりと床に放られる。


「霧月、武志、郁……!」


 魔物狩人と白雀を相手に激しい剣戟の応酬をし、一進一退の攻防を続けていた朔だが、片割れらが次々と討たれたことに動揺して一瞬の隙を生んでしまう。当然、それを魔物狩人が見逃す訳もなく。彼は白雀の真空の刃に全身を切り刻まれた上、刀でばっさりと袈裟斬りにされてしまった。


「ぐうっ……ア、アトリ……」


 黒い血しぶきを上げながらその場に倒れ伏した朔だが、それでもアトリを死守しようというのだろうか。執念深くも彼女の元へ這って行こうと血塗れの体で蠢いた。だが、それも刀で背を一突きされて阻まれ、無念に顔を歪めながら遂に沈黙する。


 ――そうして、アトリが呆然と眺めているうちに黒騎士は皆倒れ伏した。式神を従えた魔物狩人は強敵で、消耗している黒騎士が敵う相手ではなかったのである。


(全然回復しない……いつもはどんなに酷い怪我をしてもすぐ治るのに……)


 連戦で消耗しているせいか、魔物狩人の攻撃はなにか致命的な効果を持つのか、黒騎士が再生する様子はない。死んでいる、もしくは緩慢な死を迎えつつあるようにピクリとも動かない。


「一角が崩れれば脆いものね。いくら知能と力を付けても、所詮は群体型……群れていなければ何も出来ない」


 動かなくなった朔を放って、魔物狩人は手近な所に倒れた郁の方へ向かう。郁は気を取り戻したらしく、「ごほっ、ごほっ……うう……」と弱々しくせき込みながら蠢いていた。とてもじゃないが魔物狩人から逃げられそうにはない。


 今更遅いかもしれないが、見殺しにはできない。このまま恩知らずの烙印など負いたくはない……どうにかして郁だけでも助けなくては――アトリは咄嗟に彼の側へ滑り込み、魔物狩人から阻むようにその身を抱き込んで庇った。いつも暑苦しいくらい引っ付いてくる体が今はとても冷たい。視界の端には黒い血の滴る日本刀がちらつく。いつ自分にも振り下ろされるか分からない凶器に、アトリは背筋を冷たいものが這うのを感じた。


(大丈夫。大丈夫だ……たぶん、あの魔物狩人はヒロイックな振る舞いが好きな正義の味方タイプだ。守るべき人間を巻き添えにしてまで黒騎士を殺せない……だから、大丈夫)


 アトリは己にそう言い聞かせ、その場にどうにか踏み留まる。怯えて逃げる訳にはいかない。自分が恩知らずの悪者にならないためにも、ここで黒騎士への借りを清算し、日を改めて魔物狩人に乗り換えるのだ。今日のところはどうにかしてお帰り願おう。


「……何をしているの」

「お、お願いです。今日のところは見逃してください。私は彼らに守られてきた借りが有ります。ここで見殺しにはできません。日を改めてあなたの所へ伺いますから、今日のところは、どうか」

「騙されては駄目。あいつらがあなたを守ったのは、あなたが獲物だから。根底はさっきの奴と同じよ。ただ方法が違うだけで、自分の欲望の為に人間を食い物にする所はまったく同じ……あなたはこんな奴らの為に身を挺さなくて良いの。奴らが消えれば全て解決する事よ。そこを退きなさい」


 アトリがどう訴えようと、魔物狩人は黒騎士を滅するつもりらしい。ゆえに白刃はいつまで経っても納められず、視界の端でちかちか光っている。


「やめるんだ、アトリ……君まで、殺されてしまう……」

「だ、大丈夫です……あなたは魔物だけど、私は人間。私ごと切り殺せばあの人は殺人犯です」


 そう口走った一瞬、魔物狩人が動揺したような素振りを見せる。潔癖そうな振る舞いをするだけあり、やはり殺人には抵抗があるようだ。もう一押しでどうにかなりそうな気配である。


「……今日のところは、お引き取りを。私はあなたに殺されたくない」

「わ、私は魔物狩人よ……あなたを殺したりなんかしないわ! 良いからそこを退きなさい!」

「退くのはテメエの方だ、魔物狩人」


 ヒステリックな叫びに知らない男の声が被るように入って、アトリは声の方へはたと振り向いた。一階部分へ繋がる階段の側に誰か立っている。鋲や鎖の付いた、ロングコートのようなお馴染みの軍服に黒い長髪。やはり鋲の付いた指貫グローブ、ベルトだらけのロングブーツという、まるでパンクロッカーのようないかつい出で立ちの男だ。首回りを包む黒い獣毛や黒髪から覗く狼のような尖った耳、指貫グローブから伸びる黒い毛皮に覆われ鋭い爪が生えた指は、彼が人間ではなく狼男のようなものに近い事を明白にしている。

 そんな男は眼にかかる長い長い髪から獰猛な獣じみた金色の瞳を覗かせ、行儀悪く太刀の背を肩に乗せた。そして、ずかずかという表現がぴったりな足取りでこちらへ向かってくる。……白蝋のような肌と軍服からしてあれも黒騎士のようだが、危険な感じのする男だ。決して油断は出来ない。


「随分血の臭いが濃いと思ったら、てめえら派手にお楽しみのようじゃねえか……と、聞こえちゃいねえか」


 冷たく退廃的な悪人面の美男子はまるで血の臭いに誘われた猛獣のようだ。おまけに、仲間がやられたというのに鋭い犬歯を剥き出しにしてシニカルな笑みを浮かべている。そんな佇まいと挙動に危険の香りを感じたのは魔物狩人も同じようで、素早く身を翻して彼へと切っ先を向ける。


「……お前は、こいつらの仲間ね」

「片割れが世話になったみてえだな。そいつらなんざ、大した遊び道具にもならなかっただろ。礼に今度は俺が相手してやるよ」


 男はニイッと凶暴な笑みを浮かべて物騒な台詞を吐き、太刀の切っ先を魔物狩人に向けた。片割れということはやはり彼もまた黒騎士であるようだ。しかし、相手は郁らが四人がかりで戦って負けた相手。この男一人で勝てる訳がない……そう思ったアトリが口を開こうとすると、腕の中の郁がその口を塞いできた。先程よりはややしっかりしてきた様子だが、戦闘不能状態には変わりなさそうだ。


「……大丈夫。彼は、こういうのだけはめっぽう強いんだ……やってくれるさ」


 郁がそう言うのならそうなのだろうが、アトリには不安しかない。あのチンピラじみた男の強さは未知数。奴が負ければ今度こそ黒騎士も終わりだ――そんなアトリの憂いを他所に、男と魔物狩人は対峙する。


「おい、女。俺はそこの野郎どもと違って甘くねえぞ。女子供だろうと容赦はしねえ……尻尾巻いて逃げ出すなら今のうちだぜ?」

「舐めた口を。お前もそこの奴らと同じように黙らせてあげるわ」

「ハッ。やれるもんならなあ! こちとら久々に暴れられるんだ、簡単にはくたばらねえよ!」


 男はいわゆる戦闘狂というやつなのかも知れない。ふてぶてしく物騒な台詞を吐き、黒曜石を思わせる黒髪を振り乱し、高笑いしながら魔物狩人に斬りかかってゆく。そうして無謀にも突っ込めば、当然、魔物狩人が四匹の式神……四雀をけしかけて迎え撃つ。敵の体自体が武器であり、衝突すればただでは済まないのは郁らが実証している。しかし、男はそれに真っ向からぶつかる。そして暴風のように逆巻く強烈な冷気を発し、まず蒼雀を凍結させて太刀で砕き、後に続いていた白雀を正面から真っ二つに切り裂いて式札を破壊した。残った黒雀と紅雀がすかさず連携するが、男の悪魔のような暴れぶりを食い止めるに至らない。先行した紅雀は男の巻き起こした凄まじい冷気に炎を掻き消され、残った式札を切り裂かれた。


「……ああ? 何だ、痛ェなあ」


 背後から黒雀に礫の雨を浴びせられた男だが、まるで石ころをぶつけられたような反応だ。確かに幾つかの礫は勢い良く頭部に激突したというのにぴんぴんしていて、男は振り向きざまに黒雀の岩の体を凍らせて太刀で粉砕した。そうして、あまりにも呆気なく、数分前まで猛威を振るっていた式神は全滅を迎える。野獣もひどく人間離れしていたが、こっちはこっちで異常だ――そんな感想を抱かざるを得ない、一方的な暴れぶりであった。


 戦闘で撒き散らされた冷気はそこかしこに霜を張り付かせ、アトリや郁もその例に漏れない。弱った味方への配慮は一切ないようだ。アトリ自身も冷気に苛まれながら、ぶるぶる震える郁をもう少ししっかり抱き込んで温める。魔物も低体温で死ぬかどうかは知らないが、念のためだ。


「こいつ、こんな簡単に四雀をっ……」

「あんなつまらねえ鳥はもう飽き飽きだ。早く掛かって来いよ。てめえの牙を見せてみろ!」


 瞬く間の蹂躙に魔物狩人は動揺の色を見せたが、すぐに式神を召喚し直そうとする。すると男は「誰が式神なんざ呼べつった」とそれを阻むように間合いを詰めて斬りかかった。彼は相手の出方にひどく失望したようであったが、すぐ気を取り直し、辺り構わず殺気をまき散らす暴力的な太刀筋を打ち込む。これには魔物狩人も刀で応戦せざるを得ない。


「ちっ。この……! あいつらと同じ魔物の筈なのに、どうして四雀を!」

「お前の見せた手の内は全部、そこでくたばってる奴らから貰ってんだ。それでもちったあ足掻くと期待してたんだがなあ……(ぬる)いもんだぜ。――俺はなァ、殺すか殺されるかの戦いがしてえんだ! もっと殺す気で掛かって来いよォ!」

「情報共有か、厄介な特性を……!」


 どうにかして四雀を呼び出して態勢を立て直そうとする魔物狩人を、更に踏み込んだ男が追い詰める。生白い美貌を狂喜の笑みで歪め、獰猛に眼をぎらつかせ襲いかかる姿は血に餓えた狂犬のようであった。しかし、それでいてむやみやたらに刀を振っている訳でもなく、男は確実に魔物狩人の刀を打ち据え、反撃の隙を奪い、逆に致命傷を与える隙を生み出そうとしている。一方の魔物狩人は防戦に終始しており、迫り来る刃をどうにか受け流すので精一杯であった。

 ……魔物狩人とはいえアトリとそう年の変わらない少女だ。式神の援護もなく、膂力も体格も自分を大きく上回る相手の猛攻を受ければひとたまりもない。的確に打ち込まれ続ける強力な攻撃に体が参ってきているようで、段々と動きが悪くなっているのが素人のアトリにも分かった。


「物足りねえ太刀筋だ。全然昂らねえ……オラオラァ! さっきまでの威勢はどうしたァ! あの鳥が居なけりゃ、まともに戦えねえのか!」


 そう吼えた男は、とうとうふらついた魔物狩人の隙を突くように殊更強い一撃を打ち込む。魔物狩人の刀はキィンと高い音を立てて弾き飛ばされていった。更に、間髪入れず追撃に入った男は魔物狩人に当て身を食らわせ、刀と別方向に彼女を弾き飛ばす。宣言通り男は本当に女の子だろうが何だろうが容赦しない。おまけに殺気や命のやり取りを高揚感を得る手段とでも思っているのか、敵に激しい斬り合いを求めている。それはまさに狂乱としか言い表せない、悪鬼羅刹の如し暴れ振りであった。――そんな化け物相手に、丸腰となっても戦意を喪失せず立ち上がる魔物狩人も相当なものと言えるのではないだろうか。


「ぐっ……このっ……!」

「三下剣士が。鳥に頼り過ぎだ。話になりゃしねえ……おい、今更変な真似すんなよ。首と体がサヨナラするぜ?」


 一瞬にして距離を詰めた男は魔物狩人の首筋へ太刀の切っ先を宛がい、術の使用に釘を刺す。その口振りは外道ここに極まれりといった塩梅であった。まるでデスマッチを楽しむ悪役レスラーのような笑顔が更に柄を悪くする。とてもじゃないが窮地を救ったホワイトナイトには見えない。


 一方の魔物狩人は逆転敗北に苦虫を噛み潰したような顔をしていた。当て身のせいか、僅かに鼻血が出ている。敵とはいえ年頃の女の子だというのに惨いことをするものである。


「……命乞いはしないわよ。さっさと殺しなさい。私を倒せば、私の一族が報復に動き出すでしょうけどね」

「はっ、元々てめえなぞ殺す気はねえよ。魔物狩人の(はらわた)なんざ食う気がしねえ。グダグダ言ってねえで、負け犬はとっとと失せろ。二度と面を見せるんじゃねえぞ愚図が。刀は持ってけ」


 しっしっ、と追い払うような男の仕草に魔物狩人は屈辱だと言わんばかりに表情を歪める。そのまま噛み付かないのは自身の敗けを理解しているがゆえだろう。彼女は僅かに逡巡した後、「……今回だけは引いてあげる。でも、その子を救うのを諦めた訳じゃないから」と呟いて立ち上がり踵を返した。そのまま刀を拾ってつかつかと階段を降りてゆき、倉庫から出て行く。あくまでも高潔な討伐者でありたいのか、敗走の途にあってなお、背筋をぴんと伸ばして澄ました様子であった。



2021/6/11:加筆修正を行いました。

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