表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/106

6話4節

・注意:この話には、凄惨な負傷などのグロテスクな描写、お下品な描写が含まれます。苦手な方はお戻りください。


[4]


 芯まで焼け焦げた体を引きずり、コルドは深い闇に包まれた屋敷を奥へ奥へと進んでいた。予想外の追い打ちは体を焼き尽くさんとばかりに峻烈なものであったが、彼女は執念で持ちこたえ、皮一枚繋がった状態で生き残っていた。そして、主人により予め与えられていた緊急帰還の呪符のお陰で逃げ切ることができたのである。誇り高き魔神の眷属である彼女にとって人間モドキ相手に撤退など屈辱の極みであったが、まずは敵の情報を主人に提供するのが先決であった。また、それが残り僅かな命に残された唯一の名誉挽回のチャンスでもある。


 そうして転がり込むようにして執務室へ入って来たしもべに、コレールは不愉快そうに顔をしかめて鼻を押さえた。強すぎる独特の焦げ臭さの為である。一方、至る所からぶすぶすと煙を上らせる黒焦げの使い魔はそんな事を気にする余裕もない――未だ生きて動いているのが奇跡的な状況なのだ――。コルドはもはや満足に動かぬ口でどうにか報告をし、自分の記憶を抽出したので利用して欲しいと、記憶を閉じ込めた水晶玉を差し出し息絶えた。限定的ながらも己の使命を果たした安堵ゆえだろう、その死に顔は満足そうな色を湛えていた。……執務室に焼死体を一つこさえられたコレールにとっては、全く以て迷惑な話であったが。


 仕方なく、コレールは焦げ臭さの根源に近寄り、水晶玉から記憶情報を再生する。――コルドの最後の任務中の風景だ。そこには人間モドキが二人いる。少女の姿をした方はビジュの記憶の中にもあったもので、どうやら守られるだけの無力な存在のようだ。

 問題は青年の姿をした方――恐らくは例の邪魔者――である。こちらは手掛かりと同じ魔力の波動を持ちながらも、先日とは違う姿であるし、今回はスライム状の形態になったりもする。ここまで自由に形を変えるのだから、別人の姿に変わるのは造作もないことなのだろう。


「気配を隠し、姿を変える……となれば、仲間であるこの弱い人間モドキを利用してやるとするか。捕まえる事さえ出来れば、こちらの領域に誘き出す餌になるかも知れん……」


 弱点となりうる存在の発見――四体もの使い魔を犠牲にした割には乏しい収穫だが、これで邪魔者へ本格的な対策を取れる。コレールの推測が正しければ、少女モドキを利用して効率的に邪魔者を始末することができるだろう。


 戦闘要員に犠牲が増え続けている事で、それよりも弱い収集要員らが慎重になりだし、精気収集量が落ち始めている。悪い流れを食い止める為にも邪魔者はとにかく早期に排除しなくてはならない。


「――人間モドキごときが、手間を掛けさせる。出世の邪魔はあいつら三人で十分だというのに」

「三人? それはボクも頭数に入ってるぅ?」


 苛立ち混じりの独り言に応える、人を小馬鹿にしたような猫撫で声。その主は若草色の長髪を一束の三つ編みにして垂らした青年――ドゥルールであった。コレールよりは少し幼い印象だが、彼もれっきとした悪夢の四闘士の一人である。コレールにとっては、四闘士であることを差し引いても気に食わない男……天敵にも等しい存在だ。


 部屋の主の敵意に満ちた視線も意に介さず、ドゥルールは「何かくさいよねぇ、この部屋……ああ、こんな所にゴミ落ちてるじゃん」と、足元の使い魔の骸を見遣って鼻を摘まむ。コレール自身も悪臭に耐え兼ねた身だが、しもべをゴミ扱いするほど落ちぶれてはいない。侮辱に血を上らせ、声を荒げたのは自然な反応であった。


「ドゥルール、貴様……! わざわざ俺に焼かれにでも来たのか!」

「まあまあ、そんなに怒らないでよぉ。随分とお困りみたいだから、助けに来てあげたんだよ? せっかくリラム様に目を掛けられだしたのに、さっそく失態犯すなんて話にならないでしょ?」


 秘密にしていた苦境を知られている――そのことにコレールは思わず身を固くしたが、表面上は平静を取り繕う。このドゥルールという男は、他者の隙や弱みに付け込んで破滅に導くのを楽しみとするような存在である。怒りや動揺は奴にとって何よりの好物なのだ。激情家のコレールにとっては苦行以外の何物でもないが、怒りを抑えて冷静にやり過ごすしかない。


「――たかが人間モドキだ。貴様の手助けなど必要ない。それよりも、己の仕事に専念したらどうだ? 俺と違って、邪魔者が多くて精気収集もままならんのだろう? 要らぬ世話を焼く前にやる事があるんじゃないのか」

「うわぁ、かわいくなぁい。そんなだと、いつか足元掬われるよ? まあ……これも要らない世話だろうけどねぇ」


 出来の悪い兄弟を馬鹿にするようにニタニタと笑いながら、ドゥルールは闇に溶けていった。去り方すらもいけ好かない奴だと、コレールは解消されない苛立ちをぶつけるように拳を壁へ叩き付ける。それに驚いた美しく忠実な側近――ルージュが駆け付けてきて、気遣う様子を見せてきたが、コレールは「何でもない」と彼女をすげなく拒絶した。右腕といえど、所詮はしもべ。弱味など見せられる訳もなかったのである。


(とにかく今は、あの弱い人間モドキを捕らえる方策を打ち出さなくては……)


 ルージュに死体の片付けを命じて、コレールは執務室を後にした。ドゥルールに実情を知られているとあっては、これ以上まごついている時間はない。付け入られて何かされる前に、事態に幕引きをしなくてはならないからだ。後手に回れば確実に足元を掬われる。とにかく今は、早急に人質の捕獲作戦を立て、実行者に相応しい使い魔を見繕わなくては――そんな焦燥を胸で燻らせながら、コレールは廊下の闇に消える。その背後では、死体袋を取りに出て来たルージュが憂いに満ちた瞳を向けていたが、ついぞ気付かれる事はなかった。



◇◇◇◇



 ――夕食後の雛形家には、霧月の情けない悲鳴が響いていた。ちょっぴり挙動不審な口振りで報告する彼に、何か察した朔が鬼刑事のような追及を始めて、全て洗いざらい吐かせてしまったのである。単なる情緒不安定な猜疑心の塊かと思われた朔は、嘘に対して鋭敏な嗅覚を持っていたのだ。……その割にはアトリの上っ面だけの態度に気付く様子も無いが、それはきっと「恋は盲目」という奴なのだろう。閑話休題。


 霧月が慢心によって敵を取り逃がしたと知った朔は、「アトリに何か有れば許さんと言ったはずだ」と鬼面のような形相になり、失態と約束違反に対する罰として関節技地獄を再び繰り出した。アトリが慌てて情状酌量を訴えるも彼の答えは頑として否であった。朔は大事な花嫁を信じて託したのに裏切られたと思っており、強い憤りと深い悲しみを覚えているようだ。理解したくはないが、前回よりもえげつない技ばかり掛けながら説教しているのは、その現れに他ならないのだろう。相変わらず物騒すぎる男である。


「……朔。それぐらいにしておきなよ。聞いた限りじゃあ、その魔物はきっともう死んでる。大事なのはこれからだ」

「霧月は慢心により敵を逃したのだぞ? 簡単に許せというのか」

「それだけお仕置きされれば、霧月も骨身に沁みて分かっているよ。ほら、朔。霧月を放すんだ。これじゃあ、いつまで経っても次の話が出来ないだろう?」


 そこまで言われてやっと、朔は渋々霧月を解放した。自由の身になった霧月は「ひどいです、ひどいです」とアトリに泣きついてきた。二度目な上に戦闘後、更には威力五割増とあっては相当痛かったのだろう。先程、朔から救えなかった罪滅ぼしにとアトリはその背中をぽんぽんと叩いて慰める。


「うう、ずびっ……アトリさん。私、背中ぽんぽんよりも、ぱふぱふが良いですぅ……」

「ぱ、ぱふぱふ……?」

「私の頭を、アトリさんのお胸の谷間に優しく挟んで押し込めることです!」


 顔を上げた霧月の涙は既に止まっていて、ウキウキワクワクという擬態語がぴったりのいい笑顔であった。おまけにサムズアップしているのが、何とも言えないイラッとした感情を喚起させる。やはり、天音霧月はどう足掻いても下衆の範疇を脱する事のない生き物であったのだ――そう思い出したアトリからはすっかり同情心が消し飛んでしまった。残ったのは、騙されたようなしょっぱい気持ちだけだ。


「霧月貴様ァ! 反省の色が無いではないか!」

「朔さん、私は十分に反省しておりますよ! 十分に反省した上で、明日から邁進出来るよう、アトリさんに励まして貰おうとしただけです!」

「それなら、俺だって明日頑張るからぱふぱふして欲しいぞ!」


 再び憤怒した朔が霧月へ襲いかかりそうになり、霧月は要らぬ口答えをし、武志がそれに異常反応してぱふぱふして欲しがりだす……騒ぎは収まるどころか収拾がつかなくなり始めている。それに終止符を打ったのは、目にも止まらぬ早さで伸ばされた郁の蔓であった。蔓は寸分違わぬ正確さで標的を……三人の尻を立て続けにブスリと一刺ししたのである。不意に襲ってきた痛恨の一撃に、三人は悶絶しながら尻を押さえるしかない。


「みんな静かになるまで一分も掛かったよ? ……今度同じ事をしたら、お嫁に行けない体にするからね。さあ、次の話に移ろうか」


 ゴミを見るような目で三人を見下ろし、そう宣告する郁。三人はそれぞれ青い顔でぷるぷる震えながら、黙ってコクコクと頷いた。アトリは「男がお嫁に行けない体はおかしいだろう」と思ったが、自分がそうされるのは御免なので口を噤んでおいた。結局、人間自分がいちばん可愛いものなのである。


「……さてと。襲撃はこれで三回目。敵は僕らのことを邪魔者と認識して攻撃を加えているようだ。これは、僕がアトリを守る為に、人間の精気を奪うなんて悪さを働いていた魔物を殺したのが原因だろうね」

「これからも刺客が送り込まれるでしょう。三度も返り討ちにされたとあれば、敵も別の手を打ってくるはずです。どこかで停戦するべきでは?」

「停戦など必要ない。全て誅戮すればそれで終わる」

「ずっと戦うのか? それは楽しみだけど、アトリが危なくないか?」

「落とし所を見つけて停戦出来れば、それに越した事は無いだろうね。もっとも……敵の全貌が分からない以上、それも難しいけれど。しばらくは朔が言うようにかかってくる敵を片付けていくしかない。そろそろ敵も動きを変えてくるだろうから、今まで以上に気を引き締めていこう」


 郁の言葉に、三者三様に頷く。それぞれ思う所はあるようだが、それが今の最適解と理解しているのだろう。アトリはそれを蚊帳の外で見ているような感じであった。戦略会議となると守られるだけのアトリには話すことがほとんど無いのだ。命が惜しければ、こういう場で決められたこと、言われたことには大人しく従うより外ない。化け物だけは自分でどうにか出来ないのだから。


「そういう訳で、アトリと一緒に行動できる人数を増やしたいと思うんだ。不測の事態に対応するには、一人だと少し不安だからね」

「……分かりました。そういう事なら仕方ないです。お願いします」

「ああ、駄目だよ。頭なんか下げないでくれ。君は僕らの花嫁なんだから、そんな他人行儀にしなくていい。それならもっとラブラブな感じで頼んで欲しいな……例えば、「私の心も体も郁さんに委ねます」ってアバンチュールにもつれ込んでくれたら、僕はとっても嬉しいよ」

「ああっ、ズルいですよ郁さん! それなら私だって、お願いの印に全身をくまなくスリスリさせて欲しいです!」

「俺はぱふぱふがやりたい!」

「……私はそのようなものは要らない。ただ、今朝のように寄り添わせてくれるならば、それでいい」


 野郎四人が立て続けに身を乗り出し、それぞれの要望を語る様は嵐のようで、アトリはその勢いに押されて閉口してしまう。また、聖徳太子ではない彼女には全てを完全に聞き取ることはできなかったが、どれも碌でもないことを言っているのだけは理解できた。そうして、先程までの戦術会議に少しの頼もしさを感じ、わずかに敬意を抱きかけていたアトリの心は深い憂愁の水底に沈む。――所詮、変態は変態の範疇を超えないのだ。彼らが真人間になるなど、全人類に英知を授けるより難しい。


(それでも、うまくやっていくしか無いんだよなあ……)


 ゲームのボスラッシュのように次々と迫り来る変態らを適当にあしらいつつ、アトリは自身にそう言い聞かせ続ける。変態の花嫁になって人間をやめるのは御免だが、化け物の餌食になって死ぬのはもっと御免だ。色々と危険性をはらんでいても今は黒騎士を頼るしかない。新しい防衛手段と黒騎士を捨てる方法を見つけるまでは、そうせざるを得ない。全ては、この呪われた盾を捨てる好機が訪れるまでの辛抱であった。



2021/6/8:加筆修正を行いました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【番外編】
クレイジーダーリン(EX):番外編
【小説以外のコンテンツ】
第一回:黒騎士人気投票(Googleフォームへ飛びます)
Twitter
【参加ランキング】
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ