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15話1節(上):赫竜の報復


[1]


 アルシェに続いて、シーまでもが無断出撃して戦死した――そんな報せがコレールに届いたのは二日前のことになる。紅魔十傑ですら黒騎士に屠られ続けるという最悪の展開に、彼は本拠の執務室で一人、逆立つ赤髪を両手でがしがし掻きむしっていた。立て続けに失っている上級使い魔を更に二体戦死させたとなれば、将としてのコレールの存在価値が問われることは必至だ。


「ちっ……あの馬鹿どもが! 何の為に俺がわざわざ攻撃自粛令を出してやったと思っているんだ! 貴様らが人間モドキ程度も満足に始末できない出来損ないだから、俺が道具を作り直してやっているんだろうがッ……!」

「こ、コレール様っ……」


 激昂しきったコレールが執務机の上をなぎ払い、壁にぶつかった花瓶やインク壺の割れる音が薄闇を割く。かたわらに控える美しく忠実な側近――ルージュが慌てて駆け寄り手を取ってくるのが今は煩わしい。


「――構うな! 脆弱な人間どもでもあるまいし、怪我などするものか。それよりも、お前にはやって貰わねばならん仕事がある……」


 焦燥を隠しもせず、コレールは懐から禍々しいオーラを放つ宝珠を取り出す。これこそがようやく改良を果たされた呪炎だった。消費する魔力量こそははね上がってしてしまったものの、これであの忌まわしい化け物を焼き尽くすことができるだろう。……尤も、それもすべては使い手次第であるが。


「これを残りの紅魔十傑に預けろ。引き渡しを(もっ)て攻撃自粛令を停止、改めて黒騎士討伐令を敷く……奴らに伝えておけ。〝援軍に警戒し、戦況が悪化すれば速やかに撤退。己の力で敵わぬなら他の使い魔と連携して臨むこと〟とな。――背くようなら処断も許す」

「主、それは……」


 紅魔十傑の強すぎる自我は時に命令無視すら厭わない。それに、孤高を好み平素から兵を率いることを面倒がる個体も多い――自分より遥かに弱く脆い、使えないものに気を配るのを嫌っているのだ――。命令違反者が出ることなど目に見えている。それを処断してもいいというのは、ただでさえ歯止めのかからない上級使い魔の犠牲を増やすことを容認するのと同義だ。


 そんなことをすれば、我が主が魔神の巫女から責めを受けるのは免れられない――ルージュは渡された宝珠を手に硬直した表情でコレールを見つめる。主は冷淡に、皮肉げに笑っていた。


「反逆には死を、それが我らの掟だ。リラム様であろうとそれに異を唱えることはできんさ」


 無論、お前とて例外ではないぞ――そう言わんばかりの冷ややかな視線に射竦められ、ルージュは継ぐ言葉を失って跪く。我が主は破れかぶれになっているのでは……そんな懸念が頭から離れないが、彼女にできることはただ主の命令を忠実に果たすことだけ。逆らってしまっては、あの忌々しく我の強い紅魔十傑と同様に主の心を追い詰めるだけだ。


 そうして大人しく服従の意を示すルージュにコレールは幾ばくか機嫌を良くし、顎をしゃくって彼女を仕事へ送り出す。そんな主とは正反対にルージュの心は暗澹としていた。――先ほども回顧したとおり、紅魔十傑はルージュとは違う。無駄に強い自我を備えて生まれるあれらは、主の命令を絶対としない。苦境に陥っても助け合う気などない。使い魔という名を冠するに値しない、エゴの塊だ。


 これ以上、奴らが主の足を引っ張ることは許されない。私は監視役の使命を全うし、この軍団に秩序をもたらそう。そして、巫女からの責めは私一人が引き受けよう――執務室を後にしたルージュはそんな決意を胸にして、厳しく冷徹な面持ちで闇のなかに消える。所詮、相手は人間モドキ。戦況はまだこちら側に分がある。そう信じて疑わないのは彼女も同じことだったのだ。



◇◇◇◇



 朝の空気でひんやりした廊下を、眠い目をこすりながら歩く――日が昇りだして間もなく、翼から鍛練場に来いと呼び出しを食らったアトリは、身支度を整えて目的の場所へとのろのろ向かっていた。時刻は朝五時すぎ、本来ならばまだ寝ている時間である。


(まったく……こないだの祐さんといい、翼といい。黒騎士って人を寝不足にさせるのが好きなんだろうか……っと、あれは化野さんでは……)


「――前回のあらすじ! 俺ちゃん大活躍!」


 ご機嫌なムーンウォークで食堂前までやってきて、華麗なターンを決めたチャラ男……それはあのクレイジーサイコピエロ・化野司に間違いなく。アトリは朝から一人訳の分からないことを言っている男の狂人っぷりに戦慄し、思わず近くの柱に身を隠してしまった。

 ――あれは自分のことをハニーと呼んで親しげに振る舞うが、一言、二言目にはお手軽レシピのように銀行強盗のやり方や時限爆弾の作り方が飛び出す反社会的な人格破綻者だ。平穏を何より尊ぶアトリからすれば進んで近寄りたい相手ではなかった。君子危うきに近寄らず……という言葉もある。


(食堂前で止まったってことは、少しやり過ごせばあっちに入っていくはず。それまで気づかれないようにしていよう……)


 そうして柱の陰で息をひそめて一、二分ほど。何の音もしなくなったことに安心して、そっと顔を出す。見えた風景は脅威の去った廊下……ではなく、視界いっぱいを占拠する実に趣味の悪いハロウィンカラーのワイシャツとウェストコート。待ち伏せされていたのだ――そう気づいた時には何もかもが手遅れで、アトリは伸びてきた腕に絡め取られるように囚われてしまう。


 まるで社交ダンスを踊らされるかのように繋いだ腕を高く持ち上げられ、腰を抱かれ……そうやって見上げさせられた先には化野のいなせに整った顔貌があり、がっつり視線が合ってしまうや否や、危うい赤錆色の垂れ目がにんまりと細められた。憑き物そのものであるかのようなルナティックな眼差しにはいつまで経っても慣れることができず、アトリは肝が冷えて縮むような感覚に苛まれる。


「あァら……グッドモーニング、ハニーィ。こんな物陰から熱視線を送ってくるなんて、もしかして俺ちゃんの神秘のささやきに興味がおあり? いいねえ、いいねえ。そーゆーコトなら、俺ちゃんルームでゆっくり愛のランバダ踊りながら語り合おうじゃなーい」

「や、やめてください。それ以上ひっつかないで」

「やだなァ、もー。俺ちゃんとハニーィの仲じゃないの。そんなに冷たくされると、なんだか涙が出ちゃう!」


 だって、女の子だもん! ……そんな訳の分からない台詞とともに、くねくねとした妖しい動きでずいずい迫ってくる変態をアトリは一生懸命押し退ける。鼻を突くバニラムスクの香水ゆえか、はたまたこの男の狂気にほとほと疲れたせいか、じんわりと涙目になってきた。


 不幸にも、アトリが化野司と出遭ってしまってから二日。このクレイジーサイコピエロはアトリを「俺ちゃんのマイスイートハニー」と思い込んでおり、こんな調子で執拗に熱烈なアタックを繰り返している。そう、執拗に(・・・)である。


 諜報組の一角を担い、破壊工作員や暗殺者という恐ろしい役割を持つこの男は、忍者のようにいつでもどこでも好きに現れる。そうしてアトリの部屋に侵入したり、逐一行動を監視したり、不気味な電話をかけてきたりと……アグレッシブなストーカー行為を繰り返すのだ。よりによって、こんな狂気に満ち満ちた反社会的なクレイジーサイコピエロがそんなことをするなど、悪夢以外の何物でもない――降ってわいたとてつもない爆弾にアトリはただ身震いするしかない。


「あーららぁ……ハニーィ、風邪でもひいたんじゃないの? そんなにブルッと震えちゃって。んーッ、どれどれ。お兄さんが熱を計ってあげようじゃないの」


 そう言って、優しく額をくっつけようとする姿だけ見れば、化野司は気のいいお節介なお兄さんである。しかしアトリは知っているのだ。この男こそは、毎夜、悪魔憑きかゴキブリのように人の寝室の壁や天井に張り付き待ち伏せするような変態ストーカー野郎であることを。

 そのあまりに露骨で悍ましい変態ぶりに耐えられなくなったアトリが金的をかませば、呻き崩れ落ちながらも恍惚の笑みを浮かべ、「お、俺ちゃんさ……痛みに弱いのよね……こう痛いと、ほら、息子ちゃんが元気に……」などと口走り、あらぬ所を膨らませるようなド変態野郎であることを。


 ……黒騎士の変態ぶりも奇行も蛮行もある程度はスルーできるようになったアトリの精神力をもってしても、こいつを許容することは難しい。否、許容してはいけないのだ。こんな気の狂ったようなド変態は塩を撒いて遠ざけるべきなのだと、アトリの六感すべてがそう叫んでいる。


「くっ。うう……やめてくださいって、言ってるじゃないですか。今はそれどころじゃないんです……!」


 素早く力いっぱいに往復ビンタをかまし、敵がのけぞったところで速やかに体をひねって抱擁から逃れる。そうして鮮やかに拘束から脱出したアトリは、痛みという餌に甘く野太い喜悦の声を上げるド変態野郎を尻目に全力ダッシュを決めた。


 いつまでもこんな所で油を売っていては、あの迷惑怪獣……もとい小暴君系男子の翼が拗ねてしまう。あれのご機嫌とりは面倒きわまりないのだ。そんなことになるくらいなら、このまま鍛練場までクレイジーサイコピエロと地獄の追いかけっこをし、奴と翼をぶつけるのが賢明であった。



(サブタイトルの「赫竜の報復」は、かくりゅうのほうふくと読みます)

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