異世界行き100番窓口。
「すいません。年齢17歳、黒髪、顔は平凡の地球産男子高校生をひとり欲しいのですが……」
「地球産ですか……、地球産は需要が高いので、17628人待ちとなっておりますが…」
「そうですか……。天然勇者候補には地球産がいいと聞いて来たのですが残念です」
「すいません。いま、空きが出ているところですと、五次元宇宙開発機構産のドルマン星人などでしたら、すぐご用意できますが」
「ええと…、ご、ごじげん?う……う?かいはつ…機構ですか」
「ええ…、体色は緑、目は三つでつのが一つ、口がお腹にあることを除けば地球人と一緒ですよ?」
「それって……、もう、全然一緒じゃない……」
「いえいえ、ちゃんと脳みそもありますし、言語機能も発達しています、口がお腹にあるため服を着せると少しモゴモゴしますけど、聞き取れないほどではありません」
「いや…喋れないことを心配してるわけでは……」
「それに彼らはとにかく強いですよ!ここ、おすすめポイントです。五次元宇宙壊滅機構が総力を上げて作り上げた戦闘兵器ですから。
目からビーム、口からは一ミクロンで人類が死滅する毒ガスを常時吐き出し続け、彼ら腕は鯨ですら一撃で粉砕します」
「え?壊滅?なんか名前が…。ビーム?毒ガス?」
「彼らが降り立った瞬間、魔王なんてイチコロです!」
「え、降り立つ場所王城なんですけど、魔王城に降りるわけではないんですけど」
「大丈夫です!彼らが召喚された瞬間に!魔王の意義なんて吹き飛びますから!!」
「え……それって……」
「ええ、五次元宇宙事破滅した機関と同じ末路をたどるでしょうから!」―――。
異世界行き100番窓口
トボトボと、窓口からうなだれて去っていく巫女姿の女性。世界の希望を背負い現れた彼女は、最初とても自信に満ち溢れていた、しかし、いつの間にかその顔から笑顔が消え、瞳の色は暗くなり、彼女はトボトボと窓口を後にした。
接客の仕事は、笑顔が武器だ、私はそう思っている。
例え毒を吐こうとも、客を貶そうとも笑顔さえしっかりしていれば、客は騙される。もしかしたら、この人の言っている事は正しいのではないないか。
滅茶苦茶に聞こえるが、この人の言葉は心理なのではないかと。
つまり笑顔とは最強の武器なのだ!
しかし、彼女は笑顔を失ったつまり、彼女は武器を放棄したとのだ。武器を失った彼女は既に戦士ではない。
この窓口には、ふさわしくない。ここは戦場、常に勝者と敗者しかいない戦場である。
この戦場において私は決して敗者にはならない。
ここは、異世界行き100番窓口。今日も私は、ここに座り笑顔で毒を吐く。
「いらっしゃいませ。お客様。今日はどのような御用でございましょうか…?
勇者ですか?魔王ですか?それとも転生を希望ですか、未来に絶望しましたか?来世に甘いあこがれを抱いていますか?死んだら救われるとでも思っているんですか?あ、すでに死んでいるのですか……、ご愁傷様です。葬儀プランの方は、100万コースですか?それとも、50万コースですか?ああ、すいません。お客さん貧乏そうですものね、アレですか市民葬とかですか?それとも、膝抱えて土葬ですか?」
「いえ…すいません……。勇者をひとり」
「ああ、ご生存でしたかご愁傷様です。そういったことは早めにおっしゃってくださいお客様。こちらも呆けたお客様に付き合っていられるほど暇ではないのです。具体的には、溜まっている昼ドラと積みゲーを片付ける業務で大忙しなんです。
お客様の世界の事情なんて知ったことではないので、さっさと欲しいものおっしゃって、とっとと帰ってくださいお客様」
「え…あ、だから…勇者をひとり」
「これだから最近の若者はダメなんですよ。ロールキャベツとか草食とか言われて何が嬉しいというのですか?馬鹿ですか。
あんたら馬鹿にされてんですよ、牙をもがれて臼歯しか持たない草食動物と同列視されて何が嬉しいのですか?マゾなんですか?
それとも、蔑まれることが嬉しいのですが?真性なのですか?蹴られるのが好きなんですか?」
「いや…別に…」
「好きなら、好きと言ってください。自分の性癖も自覚していない、ドMであることもわからない、それで人生楽しいですか?
さっさと認めたらどうですか、貶されるのが好きなのでしょ?蹴られるのが好きなのでしょ?蔑まれることに快感を覚えるのでしょ?」
「…だから…、あの」
「鞭派ですか?縛られるのが好きですか?それとも、蝋燭に炙られるのがお好みですか?
四肢を奪われ、自由を奪われ、心を踏みにじられ、尊厳を貶められ、豚のように泣かされるのがあなたの趣味なのですか?」
「その、…僕は」
「なぜ、泣いているのでしょう?嬉しいのですか?新たな扉を開いたことに喜びを感じているのですか?それとも、壊れかけたあなたの世界に絶望でもしているのですか?」
「え…あっ、う?」
「存じ上げております。ドリオスマグナス星系第三恒星グレンマグナス第十二衛星オスピアン星国家群第三人類圏トスハレオス王国第三王子アレス・トーレアス・イル・セントーリア……長い。
オスピアン星国家群は、ドリスマグナス星系時間軸において三年前から隣の第十一衛星レイクラウウド星統一人類軍に攻め込まれているようですね。宇宙を股にかけての大戦争ですか、わー、すごーいスケールがでかーい」
「わかってくれるのですか?我々は悪逆非道のブルタン星人共に攻められています!既に我がトスハレオス王国は国土の半分をブルタン星人共に焼かれました!
この状況を打開するために!お力をお借りしたい!草食系でも、ろーるきゃべつでもどMでもなんでもいいですから!
我々の窮地をお救いください!!」
「はあ……。
そうですね、私もたまには仕事をしないといけませんし。いえ、仕事はいつもしてますよ。積みゲーも昼ドラも立派なお仕事です!」
「そんなことどうでもいいですか!はやく、我らに希望を!」
「はいはい、分かりましたよ。たく話の土俵が有利な場所に移った瞬間これですか、だから草食系はやなんですよ」
「そんなことは!どうでもいいですから!!」
「はいはい。分かりました。オスピアン星を救える人材ですね……」
「はい!!」
「それでしたら、……ドルマン星人などはいかかでしょうか?」
長い交渉を終え、熱いお茶を啜る。白熱した論争は、なかなかに私の喉にダメージを与えたのか、この熱々のお茶が最高の甘露のように感じられた。
まあ、結果で言えば私の説明もまともに聞かずにトスハレオス第三王子は「我がお王国を救えるならなんでもいい!」と男らしく宣言して契約書にサインしたのだが……。
無駄な言葉を省き、即決断を促すことができる。矢張り笑顔は素晴らしい。
「発注書……。ドルマン星…緊急輸送で……トスハレオス王国に……ドルマン星人を輸送……」
眼前のディスプレイを拙い動きでタッチして、なんとか一仕事終える。
最先端機器の導入だと上司は張り切っていたが、はっきり言って効率重視の仕事にタッチパネルは向かないと私は思う。あのクソ上司…どうしてくれようか?
「上司の家は…サツマオリンポス…緊急輸送で…サツマオリンポスに…ドルマン星人を輸送……」
今日もゆっくりと、窓口に座る一日が過ぎていく。
私は、この退屈な仕事が嫌いではない。沢山の事情を持った人や人種が訪れる、この窓口を管理する仕事が私は結構気に入っている。
だからこそ。今日も笑顔で私は、ここに座っている。
「済まない……、少々人手をお借りしたいんだが…」
「かしこまりました。ドルマン星人などはいかがでしょうか?心優しく力持ち、少々生態に難はありますが愛嬌の範疇です」
「じゃあ…それで」
矢張り…、笑顔は素敵だ―――。