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六話目


 ガチャン。


 鉄製の錆びかかった扉が、重々しい音を立てながら開いてゆく。


 10月ももうすぐそこまで迫ってきたとは言うが、まだまだこの場所で……屋上で飯を食うのは当分止められそうにない。実際、最近の気温は別にそこまで寒いという程ではなく、せいぜい少し涼しめ、というくらいにしか感じられないからな。


 それに……



 屋上には先客がいた。フェンスに寄りかかって遠くの景色を見ていた人物が一人。

 そいつは俺がこの場所に来たことに気がついたのか、遠くの景色から目を離し、こちらを振り向いた。


 風になびき、流れる様に揺れる長い黒髪、

 そして、鈴のなるような澄んだ声。



「こんにちは。日瀬(ひのせ)君」


「……相変わらず早いな、倉葉(くらは)は」



 ……こうして、一緒に飯を食う友人もできたことだし、な。



 ******



「どうだ?何か見つかったか?やりたいこと」

「いえ……今はまだ、特に何も……」

 残念そうに首を振る倉葉。まあそう簡単に見つかるようなら苦労はしないだろう。

 俺も俺で、『一緒に考えてやる』とか何とか息巻いておきながら、今だ何も具体的なことは考えてつかずという……自分の体たらくっぷりに反吐が出る勢いだ。

「やっぱり難しいですね。色々本を読んでみたりはしているんですが……」

「本読んで何とかなる問題でもないような気がするが……」


 俺と倉葉、二人仲良く隣合って座り、それぞれの飯をちょこちょこ食べながら会話していた。

 ちなみに俺が食べているのはおなじみ購買から購入した安い菓子パンとジュース。倉葉のは色とりどりの華やかなおにぎりやらおかずやらがぎっしり整然と詰まった、小ぶりのサイズの弁当箱。

 チラ見しているだけで涎が口の端から湧いてくるような代物だ。昼飯一つとってもこうも一般人と差があろうとは……改めて恐るべき人物だ、倉葉恋花(くらはれんか)……!


「……そういえば前から気になっていたんだが、その弁当誰が作ってるんだ?

お母さんとか……もしかしてお前が作ってんのか?」


 すると倉葉は首を横に振り、簡潔に答えた。

「いえ、私でもお母さんでもなくて、お手伝いさんの吉田(よしだ)さんですよ」


 お手伝いさんだと……!?


 思わぬ返答に俺は目を丸くした。お手伝いさんを雇っているという事は、ひょっとしなくともこいつの家は金持ちなんじゃなかろうか……。

 倉葉恋花の超人性の底知れ無さに、俺はただ(おのの)くことしかできなかった。


 しかしまあ、それは一旦置いておくとして、


「……もうすぐ文化祭か。……生徒会長だろお前。やっぱ最近忙しいのか?」

「開会・閉会の挨拶の暗記、催し物のスケジュール調整、敷地内での出店の許可……てんてこまいですよ」

「ほお……」


 やっぱりそれなりに、いや、かなり忙しいようだ。幽霊部員として徹底して暇人を貫いている俺とは雲泥の差である。というか先程から何かとこいつに差を感じるばかりでいるような気がしないでもない。


 そういえば我らが新聞部は一体どのような出し物をする気なのだろうか。『あいつ』が部長になったらしい今、とりあえず何かろくでもないトンデモ企画を考案しているのは間違いなさそうである。


「あの……日瀬君」

「ん、何だ?」


 倉葉は言うのを逡巡(しゅんじゅん)しているのか、暫く瞳を彷徨わせていたが、やがて申し訳なさそうに目を伏せながら言った。


「見つかるんでしょうか……私のやりたいこと」

 やたら言いにくそうにしていたものだから何を言い出すのかひやひやしていたのだが、なんて事は無い、ただの弱音だった。

 ……そういえば、こいつはその弱音すら容易に吐けないような環境に身を置いていたのだった。それを思うと成長したというべきか、随分と素直になったものだと思う。

 あとよく考えてみればこいつは生徒会長としての仕事に、やりたいこと探し。……それらを両立してやってきてるんだよな。……ふぅむ……。


「……そうだ!」

 急に閃きが舞い降りたその瞬間、俺は倉葉に向き直った。

「今日の放課後空いてるか?……いや、空けれる、か?」

「……一段落ついたので、とりあえずは空けれるとは思いますが……どうしたんですか?」

 不思議そうな顔で首を傾げる倉葉に、俺は目いっぱい恰好付けつつ言った。

「気分転換だよ。ちょっくら放課後付き合え」

「……きぶん……てんかん……?」

 ますます不思議そうに悩ましげな顔をする倉葉。頭に?マークが見えるようだ。この様子だと気分転換ということ自体に馴染みが無いようだ。今更だけど本当にどうかしてるぜ、こいつを取り巻く環境。


「……っと、もうすぐ昼休みも終わりそうだ。今はとりあえず飯を平らげることに集中しようぜ。詳細は後でメールで伝え……ってお前のメアド知らねーじゃんか……」

「……えーと、それじゃあこれを食べ終わったらアドレス交換をしましょうか……」

 おずおずと携帯片手にそう言う倉葉。うむ、まったく良くできた娘だ。



******



「……えっと……」

 不必要なまでにきょろきょろと辺りを見渡す倉葉。その様子はまるでリスだ。


「心配するな倉葉。ここは猛獣ひしめく危険なジャングルじゃあ無い。ただの学校近くの喫茶店だ」

「ジャングルとまでは思っていませんが……でも、こういう所に来るのは初めてなものですから……なんだか緊張してしまって……」


 やたらもじもじと落ち着きの無い動きをする倉葉。思いっきり挙動不審だ。肩にもすっかり力が入ってしまっている。

「そんな緊張するような場所なんかじゃねえよここは。コーヒーとかケーキとか頼んで飲み食いしながら適当にだべっておけばそれで問題ないんだから」

「そ……そうなんですか?」

「そんなもんだよ。とりあえずもっと肩の力抜け。ほらメニュー」

 洒落たレイアウトの施されたメニュー表を渡してやると、倉葉はまるで試験開始直前ギリギリまで参考書に噛り付く受験生のように、やたらと目力を込めて真剣に上から下まで読みやがるものだから……

「……ブハッ!!」

 ……つい思い切り噴き出してしまった。


「な……何ですか!?」

「ククッ……すまん、気にするな……!」


 突然笑い出した俺に対し、不審そうに憮然とした表情で見つめてくる倉葉。だがその顔は、見ようによっては笑われたことに対してふくれっ面をしているようにも見える。


「ハハ……すまんすまん。悪かったよ」

「もう……。はい、私はもう選べましたから……日瀬君、どうぞ」


 メニュー表を俺に渡した時の倉葉の顔は、普段通りの穏やかな微笑を浮かべていた。

 大分緊張が(ほぐ)れたようだ。うん、良かった良かった。


 それから俺と倉葉は、注文通りに出された飲み物とケーキを突っつきながら、互いに様々な事を語り合った。

 といっても倉葉にはそれ程話題といえるようなものが無いので、話題の提供元はほぼ俺なのだが、


「……ってなことがあるんだが……」

「あ……それは多分……こういうことかと……」


 話題が無くとも倉葉には知識があったので、俺の話の中にある出来事に対して色々と突っ込んでくれたりしてくれたので、それほど退屈はしなかった。いや、むしろ目から鱗な気分にさせられたことも多々あったので、やはりそれなりに楽しかった。


 だが、


「あ……すいません、電話です」


 突然倉葉の制服のポケットから、携帯の振動音が響いた。

 桜色の携帯を取り出し、電話の発信元は誰からなのか確認した瞬間、倉葉はポツリと呟いた。


「……お母さんですね」


 倉葉は俺の目の前で通話をすることを(はばか)っているのかチラリとこちらを見たが、俺は別に気にしなかった為、とりあえずOKと言わんなかりに顔を見ながら一度頷いてみた。

 俺の認可を受けた倉葉は、感謝するように一度会釈をすると、流暢な仕草で携帯を開き通話ボタンを押し、携帯を耳に当てた。

 口に手を当て、小声で何かしら呟く倉葉の声と、スピーカー越しに聞こえる甲高い声をできるだけ気にしないように、俺は手元にあるすっかり冷めたコーヒーをちびちびと飲みながら、窓の外の景色を眺めていた。


 しばらくして、


「……あの、すいません。……突然で申し訳ないんですが、急に帰らなくてはいけなくなってしまいました……」

 通話を終えた倉葉は、心の底から残念そうな面持ちでそう言った。

「ああ、いいぜ全然。気にするな」

「本当にすいません……私の分のお金はここに置いておきますから……」

 財布の中から、自分の分の紅茶とケーキ代をきっちりと取り出してテーブルの上に置いた後、出口へ向かって歩き出す前に、俺に向かって言った。


「今日は……本当に楽しかったです。……ありがとう。日瀬君」


 淋しげな微笑でそう言った倉葉は、少し駆け足気味で、店の出口の方へと去って行った。



「……はぁ……」

 倉葉が居なくなってしばらくした後、俺は天井を仰ぎ見ながら一人ため息をついた。


 倉葉が母親だと言っていた、電話の向こうのあの甲高い声。

 ヒステリックな響きを持った、やたらと耳につく不愉快なあの声を回想しながら、俺は倉葉恋花の未だに抱える問題について、そのままの状態でずっと考え込んでいたのであった。

もう六月……時がたつのは早いですね。

それはともかくこの作品は全12,13話の予定です。折り返し地点ですね。

次話はいつも通り2週間以内です。

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