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五話目

起承転結の「承」の部分です。このまま突っ走っていきたいとおもいます。

日瀬(ひのせ)君。私はね、別に何でもかんでも何の努力も無しに、そつなくこなせる訳じゃないんです。別に生まれた時から、何でもできて完璧だった訳じゃないんです。


 勉強も運動も、全部私が今まで努力したから今日の成績があるんですよ。当たり前ですよ、なんでもなさそうな顔で何でもできるなんて、そんな人間いるわけがないでしょう?いるとすれば、そんな人は人間ではありませんよ。


 小学校の頃から中学校、そして高校2年生の今まで、私はずっと勉強や体力作りに励んできました。暇があれば知識や教養を養うために、読書をしたりもしました。人と接するときは、時には言いたいことを我慢して、常に相手を不快にさせないように努めてきました。


 でもその代わり……私には友人と呼べる人が一人も居ませんでした。


 当たり前ですよね。平日も休日も、ずっとそんなことばかりしてきたんですから。当然友達に割ける為の時間なんてありませんでしたし、人付き合いに関しても……先程言った通り、誰にも本音を話せないのですから、誰に対しても表面上の付き合いしかできません。知り合いと呼べる人は、沢山いますけどね。


 そして私は、自分を取り巻くそんな環境に、ずっと疑問を抱かずに日々を過ごしていました。

 実際疑問を抱く余地なんて無かったんでしょう。毎日毎日忙しくて、目が回りそうでしたから。


 でもある日、……といっても最近の事ですが、休み時間、クラスの子が私に言ったんです。


 倉葉(くらは)さんは、将来何かやりたいことはある?……そんな事を言われました。


 その休み時間の前の授業で、先生が進路についてのお話をしていたんです。私は別に、高校を出たら目指す大学に進学するという目標がちゃんとありましたから、これといって関心は無かったんですけど。

 私はきちんと彼女に、大学に進学する予定の(むね)を答えました。でも彼女は明確な目標がまだ無いようで、それで私に相談してきたということでした。


 私は彼女に聞いてみたんです。『あなたの方は今、やりたいことがあるんですか?』って。

 そしたら何て答えたと思います?……『いっぱいありすぎて、選びきれない』って答えたんですよ。


 その言葉は、私にとって、とても衝撃的でした。


 だって私には、やりたいことなんて何一つ無かった。明確な『目標』はあっても、自分の『やりたいこと』というものが無かったんです。

 勉強して良い成績をとっているのも、運動しているのも、本を読んでいるのも、私はただ、人からそうしなさいと言われた事を忠実に実行しただけ。


 考えてみれば、私は小さい頃から、人から言われたことに、ただ従順に従うことしかしてきませんでした。自分の意思で、何かをしたい、何かをしようだなんて思ったことが無かったんです。


 大学の話にしたってそうです。私が自分でここに行きたいと希望したわけではなく、ここにしなさいと、そう言われたから希望しただけでした。


 完璧無敵の生徒会長……私のことをそう呼んでいる人もいますが、私が立派なのは、その『完璧無敵の生徒会長』という外面だけ。


 外面がどんなに華美で立派でも、中身は空っぽ。


 私という人間は、そんな大層なものなどではなくて、ただの張りぼてでしかないんですよ」



 ******



 ……長い長い語りを終えた倉葉恋花(くらはれんか)の顔は、内に秘めていたものを俺に向かって一思いにゲロったおかげか、普段の顔からは想像がつかないくらいにとても清々しく、晴れやかな表情をしていた。


 たった今いきなり本人の口から語られた、倉葉恋花の知られざる半生。

 人に言われるがまま、あらゆることをその通りにこなしてきた。自らの意思の入り込む余地など無く、また自身も何かを求めることなど無かったという境遇。

 多少は同情すべきなのだろうが、打算的に考えてみればこの話が彼女の飛び降りという行動の動機に少なからず絡んでいるのは恐らく間違い無いだろう。

 こんな時には、辛かったのだなぁとかなんとか言って、なんだかんだで説得して早いとこあのフェンスの向こうのギリギリの場所から安全地帯であるこちら側へと引き戻すべきなのだろうが、生憎倉葉恋花はそんな薄っぺらい手であっさり釣られてくれるような安い女などではないだろう。パンとジュースに釣られはしたが。

 なので少々際どい手ではあるが、直球に問いかけてみることにした。


「……じゃあお前は、自分を取り巻くそんな環境が嫌になって、……逃げ出したくなって、それで昨日の昼休みにあんな行動を起こしたってことか?」

「はい。あの時、自分の異常さに気づいてしまって、これからもやっぱりこんな異常な生活を送って、ゆくゆくは異常な将来へと繋がってしまうのではないかと思って、……思ってしまったら、もうどうしようもなくなって、それで、つい……発作的に」

「発作的……」

 正直あれは本当の理由を言いたくないがための、ただのその場凌ぎの彼女なりのジョークだと思っていたんだが、案外あれはガチだったらしい。


「でも、今日は違います。今日はちゃんと、覚悟を持って挑んでいます」


 一転、決然とした表情で彼女は告げた。


「一旦自分が異常だって気づいてしまったら、もうそれまで当たり前だと思っていたことはできないでしょう?昨日だって、家に帰ってから毎日やっていた勉強も殆ど手が付かなかったんです。


 もう私は昨日の時点で完璧な人間ではなくなってしまったんです。


 完璧な人間であれ。そうあるべきだと常々言われてきたのに、それはもう、叶わなくなってしまったんです。



 こんな私なんて……」


 ぎゅっと、彼女は自分の胸に手を当て、硬く拳を形作った。


 完璧な人間であれ……

 誰にそう言われ続けてきたのか、それはまあ、ここまでくれば大体想像はつくが……。とりあえずそれは置いといてだ。


 ここまで来て、自分とは最も縁遠い人物だと思っていた倉葉恋花という人間が、徐々に少しずつ、大体理解できつつあった。


 周囲から見れば倉葉恋花は何の非の打ちどころが無い完璧な奴だが、それは『完璧な人間であること』を求められていたからそうしていただけであった。自分から何かを求めることを知らなかった……本人曰く、『中身が空っぽ』な彼女にとって、恐らく『完璧な人間であること』事体が彼女のアイデンティティそのものだったのだろう。

 クラスの奴の何気ない一言で自分が異常だということに気づいた彼女は、それまで何の疑問も抱かずにしていた勉強やらの諸々の業務をこなすことができなくなり、アイデンティティの崩壊に悩まされた。

 自分が異常だと分かっていても『中身が空っぽ』の彼女には、『完璧な人間であること』以外に自分の存在意義を見出すことなどできない。


 そして、人知れず追い詰められた末に……。


「……なるほど、な」

 ふぅ、と息を軽く吐きつつ俺は呟いた。倉葉恋花が飛び降りに至るまでの経緯をざっと整理してみたが、成程、存在意義の喪失……確かに真面目そうな倉葉ならば、それは耐えられないことなのだろうな。


「……だけど、やっぱりこんなことで命を絶つのはおかしいと思うぞ」

 倉葉の肩がぴくりと動き、ゆっくりとこちらへと向けられた眼が、何が言いたいとばかりに、探るように静かに俺を見据えた。


「完璧であれだかなんだか知らないが、完璧であることだけでお前の価値が決められてもいいのか?」


 自分でも何が何だか分からないうちに、言葉が勝手に口から紡ぎ出されていた。


「ただ人に言われて、完璧であるだけの人生なんて、そんなの人生とは呼べない。生きてるっていえないだろ?お前はただ人に言われたことを実行できなくなったからここで死ぬっていうのか?」


 倉葉の顔は先程と何も変わらない。ただただ不気味なまでの無表情で俺を見据えるのみだ。

 だが表情に変わりは無くとも、心に何かしらの変化が生まれることを信じて、俺は半ばがむしゃらに言葉を投げ打った。

 

「……そんなのは機械の生き方だ。お前は今まで言われたことしかしてこなかった奴かもしれないが、ちゃんとした、確固たる自分の意思を持った『人間』だろ?


 ならお前は、ここで死ぬべきじゃない。生きろよ。死ぬ覚悟があるくらいなら、死に物狂いで生きてみろよ!」




「……なら、」


 長い沈黙が支配する中、あいも変わらずの無表情を湛えた倉葉の消え入りそうな声がそれを破った。


「生きてほしいというなら……どうすればいいんですか、私は?何を生きる指針とすればいいの?どうやって生きればいいの?……私は……」


 振るえた声音から、彼女が明らかに戸惑っているような感じが見受けられた。

 どうやら先程の俺の言葉は潜在的に結構効いていたらしい。あと一押し、といった所か。だが、やはり存在意義の件が相当なネックとなっているようだ。

 ……ええいくそ。こうなればヤケだ。


「そんなものはこれから考えればいいだろ。たしかに悩みながら生きるのは苦しいだろうが、死んで何もかも終わるよりかは遥かにマシだろ。」


 一旦言葉を切り、更にそのまま続ける、

 ……のだが……。



「……まぁ、わざわざお前を自殺から引き留めた責任、みたいなものもあるしな……


 その……


 ……お前と、俺とで、一緒に考えて、みるっていうのは……どう、だろう……」


 ……。


 なんだこれ。微妙に気恥ずかしいぞ。

 なんなんだこの、あれだ。……告白しちゃったみたいな雰囲気。

 おいおいやめろよそんな状況じゃないだろう。告白されているほう今にも飛び降りそうな感じなんだぞ。


 ふと見れば、倉葉恋花は今までの無表情とは一転、目を丸く見開き、ぽかんとした表情で俺を凝視していた。

 ……やめろ、そんな目で見ないでくれ。そんな気は無いんだ。毛頭無いんだ。本当に。


「……ふふっ」


 唐突に、耳をくすぐるような、心地よい声が響いた。


 倉葉恋花が笑っていた。

 上品に手を口元に当て、目を細めて、肩を震わせながら笑っていた。


「……そうですね。私一人で考えるのは無理でしょうから。


 日瀬君、

 一緒に考えて、くれませんか?」


 いつぞやの様に、花の咲くような笑顔で、彼女はそう告げた。

一応まだ続きます。次回も2週間以内に投稿予定です。

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