最終話
「……本当に呆れた。わざわざこんな場所まで用意して。貴方たち、よほどヒマなのね」
うんざりしたとでもいうように露骨に顔を歪めながら、倉葉母ははぁっとため息をついた。
「まあそう言わずに。このような準備ができたのもヒマな学生なればこそ、と思うのだが?」
「ヒマなのはお前だけだっただろうが……。死に物狂いでバイトして金貯めた俺の身にもなれ」
決戦当日。俺と勝山。向かいには倉葉母ともう一人……倉葉恋花がややうつむき加減に顔を伏せて座っていた。
ここは町中にある高級料亭の一室。真新しい畳の匂いと窓越しに見える見事な庭園がなんとも風流、というべきか……。
「いやあ、やはり最終決戦ともなればそれなりの舞台を用意しなければな。程よい緊張感と闘志が沸いてくるようだ」
「元気なのはお前だけだよ……ここ予約する為の金貯めたの誰だと思ってんだお前」
「……それくらいにしてもらえるかしら。私もこの子も忙しい身なの。用件をさっさと言いなさい」
俺達のくだらん掛け合いに見兼ねた倉葉母が、大層イラついた様子で急かしてきた。まあ財閥だか企業グループの偉い人だもんな。俺達如き木っ端に構っている暇なんて無いんだろうが、生憎こちらはそのようなこと知ったことではない。俺には引くことのできない理由がある。
「……日瀬」
「わかってら。そんな顔すんな。こちとら覚悟はとっくにできてる」
俺は倉葉母の顔を真っ向から見据えた。そして……
「お母さん、恋花さんを俺にください!!」
「「は?……ってええぇえ!?」」
目を皿の様に見開き、倉葉母と倉葉が絶叫した。親子揃ってなかなか良い表情だ。
勝山は俺の隣であくどいニヤケ顔を浮かべながら、まるで営業マンの如き流暢な口調で倉葉母に話し始めた。
「えー、こほん、つまりですね倉葉曜子さん。彼はそこの恋花さんを今の理不尽で不自由な立場から脱却させたいわけでですね」
「悠長に何を話しているのよ貴女は!? いっ……一体を言い出すのかと思えば、くっ、くだ……、ええ!? 何をどうしたらそんな発想に至るのよ!? 訳が分からない!!」
大いに取り乱す倉葉母の隣では、
「ひっ……日瀬くんが、わたしを、くっ……ください!? くだ……、ふぇえ!?」
先程までの陰鬱な表情はどこへやら、倉葉は母と同じようにテンパった様子でいた。
「要するに、だ」
俺は自分にできる精一杯の意地の悪い笑みを浮かべ、握り拳に親指のみを立て、ビッと自分を指すと堂々と宣言する。
「今の倉葉家を継げるのはそこにいる倉葉恋花さんのみ。だが……俺が恋花さんの所へと婿入りすれば俺も晴れて倉葉家の一員になるわけで」
「そこで彼が倉葉家に認められ、晴れて倉葉家を継ぐ者となれば、倉葉嬢に跡取りとしての重圧は一切来ない。輝かしいハッピーエンドという訳ですな」
すかさず俺の台詞を、途中から勝山が引き継いだ。
「……ッふざけるのもいい加減にしなさい!! そんなくだらない冗談の為にわざわざこんな……」
「冗談なんかではありません。本気です」
「っ……」
俺の目を真正面から見た倉葉母は僅かにたじろぐ。そしてそのまま貝のように押し黙ってしまった。
やがて重い息を吐き出すと、倉葉母はぽつりと口を開いた。
「……どうしてそこまで、この子を?」
「……どうなんでしょうね。何故ここまで他人の為に自分の人生犠牲にできるような真似ができるのか。正直俺自身すらよく分かっていません。ただ一つだけはっきりと分かっていることは、恋花さんの為に何かしてあげたいって気持ちだけです。初めて彼女に会ったとき、彼女はとても苦しそうでした。そんな彼女に何かしてあげたい……。これまでの俺の行動も、……今彼女に対して抱いているこの気持ちも、全てはそこから端を発したのだと思います」
俺はゆっくりと言葉を紡いだ。自分の心境を嘘偽り無く。
すると倉葉母は突然、
「……ぷっ……ハハハハッ!」
俺も勝山も、そして倉葉も、これには驚いた。あの倉葉母が、膝を叩きつつ声を上げて笑っていた。
清々しいまでの満面の笑みを浮かべながら。
「これは傑作だわ。……ふふっ。若いって恐ろしいものね。まさか他人への好意だけでここまでするなんて」
倉葉母は笑いを中断し、真っ直ぐに俺の目を見つめる。その顔はまるで憑き物が落ちたように晴れやかだった。
「気に入ったわ。覚悟がおありならとことんやってみせなさい。言っておくけど私に認められたいのなら、まずは会社を自分で立ち上げることから始めなさい。そこで私が満足できるだけの十分な業績を打ち上げることができたのなら認めてやっても良いわよ」
「はは……いきなりレベル高いっすね……まあでも、何年かかるか分かりませんがやってみますよ」
俺と倉葉母は、どちらが言いだすでもなく互いに手を差し出し、固い握手を交わした。
「ふう。やれやれ。一応はハッピーエンドといったところか。頑張れよ日瀬。お前の戦いはまだまだこれからだぞ」
「……あの、勝山さん」
「ん? 倉葉嬢。何か?」
「これで良かったんでしょうか……私は、日瀬くんの人生を悪い方向に変えてしまったんでしょうか。私は日瀬くんに……何と言えばいいんでしょうか。……何をしてやれば、いいんでしょうか」
「ふむ……日瀬については……見ての通り、あいつの覚悟は先程見た通りだ。倉葉嬢が案じる必要な無いだろう。全てはあいつ自身が行った選択なのだからな。これから先何が待っていようと、やつ自身がきちんと考えて結論を出したのならば、やつに後悔はあるまい。そうだな、倉葉嬢がやつにしてやれることと言えば……」
「言えば……?」
「自分の為に生きること、だろうな。倉葉嬢自身が、倉葉嬢の信念に基づいて選択し、行動し、生きていくこと……あいつが貴女に求めるのは、それだけだろう。やつは今までそれのみを願って今まで行動してきたのだから」
「自分の為……ですか……。……勝山さん。私、見つけられたような気がします。自分のやりたいことが」
「ほう。それは何か。できれば聞かせてほしい」
「それはですね……
----日瀬くんの、お嫁さんです」
とりあえずはこれでこの作品は完結です。もっと良いプロットを練れるよう頑張りたいです。次回作は一応予定しています。しばしの充電期間の後、投稿予定です。




