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十二話目

 デスクの上に置かれている無機質な白色の電話が、突如大きな電子音を鳴り響かせる。

 各所から送られた資料に集中して目を通している最中、無粋にも響いたそのコールに不覚にも微かな苛つきを感じ、小さく舌を打つ。


 それでも取らないわけにはいかないので、仕方なく受話器を取り、それを耳に当てる。

 すると、


「えー、お忙しい最中失礼いたします。そちらはxxx社、代表取締役の倉葉曜子(くらはようこ)氏でお間違いないでございましょうか?」

「……自分から名乗らない者に答える義理は無いわ」

 受話器から聞こえる、聞き覚えの無い若い女の声に、倉葉恋花(くらはれんか)の母、倉葉曜子は怪訝な表情を浮かべながらそう言った。


 今現在使用しているこの電話には普段、全国各所の様々な会社の重役からの電話しか掛かってこない。

 当然重要な取引等に関する談義を繰り広げるわけなのだから、ここに電話を掛けてくる者の声は大抵大なり小なり、商売人特有の緊張感を含んだ、どこか硬い感じのする声質になるはずなのだ。

 なのに今、この電話の向こうにいる何者かの声は、そういった緊張感を孕んでいない。寧ろ余裕の感じられる……というよりかは間延びしたような雰囲気すら感じられた。


「おっと。それは失礼した。……こほん、私は藍乃木高校2年、勝山という者だ。今現在、貴女が目の敵になさっている日瀬(ひのせ)の代理としてここに掛けさせてもらっている」

 電話の向こうにいる何者か……勝山と名乗った女は、飄々とした口調でそう答えた。


「……あの少年の代理?」

「その通り。あいつが直接ここに電話した場合、声を聞いた瞬間そちらの方から即切りという事もありえないことではない(ゆえ)、こうして私が奴の代わりにここへ掛けさせてもらっている次第だ」

 確かに道理と言えば道理かもしれない。事実、勝山の言った通り、こちらへ電話を掛けてきてもまともに取り合おうとはしないつもりでいたからだ。倉葉曜子には件の少年と話し合おうなどという気はさらさら無い。

 無論それは、代理であるという彼女に対しても同様だ。


「そう。分かってはいると思うけれど私は非常に忙しい身なの。子供の冗談に付き合っている暇なんて無いのよ。それじゃあ」

 遠慮も容赦も無く、受話器を耳から離そうとしたその時、


「ちょっと待った、ストップ!……安心してほしい。こちらもおふざけや酔狂でそちらへと掛けているわけではない。そちらで今使っている電話はビジネス用の物だろう?ならばビジネスの話といこうではないか」


「……ビジネスですって?一体何のビジネスだっていうの?」

「それについては焦らずとも今から話そう。まあ気楽に聞いておいて欲しい」




******




「……。ふぅ……」

 午後4時半。学校から帰宅したばかりの倉葉恋花(くらはれんか)は、自室で一人ベッドに腰掛け、ため息を漏らしていた。

 母がいきなり学校へとやって来たあの日からもう一週間は経っただろうか。以来、彼女の一日は、母に組まされたスケジュールの下、徹底管理されるという息苦しい毎日を過ごしていた。登下校は決まった時間にきっちり車で送り迎え。昼休みでも私が誰とも過ごしていないか、ランダムのタイミングで数回、部下の人から電話が掛かってくるという狂気染みた徹底ぶりだ。


 一週間前、何故いきなり母がここまで出張(でば)ってきたのか。それには理由があった。


 実は先日の文化祭、いつもおいしいお弁当を自分の為に作ってくれている、お手伝いの吉田さんがこっそり来ていたらしい。

 そして偶然にも、メイド服を着て学校中を練り歩いていた自分を目撃し、驚きのあまり携帯電話で写真撮影。あろうことか待ち受け画面に設定していたという。

 後日、その画像を母、倉葉曜子が目撃。大層憤激したその姿は筆舌に尽くしがたかったという。


 あなたは何をしているの遊ぶために高校へ通っているのよりにもよってこんな格好で歩き回って家を継ぐという自覚がetcetc……。発覚したその日は一晩中説教を聞かされてしまった。


 母の気持ちは分からないことはない。普段は気丈に振る舞ってはいるが、あの人は手塩に掛けて育て上げた自慢の息子を亡くしてしまって悲しいだけなのだ。その悲しみを正当な方法で発散できないだけなのだ。おまけに嫁いだ家を何とかして存続しなければならない。……そのプレッシャーは生まれてから10数年間、苦労を知らずに呆けて過ごしてきた私ごときでは到底推し量れない。


「はあ……」

 ついつい溜め息が漏れ出てしまう。こんなことではいけない。もっと私がしっかりしなければならないのに。


 その時、コンコンとノックの音が聞こえた。


「恋花さま、恋花さま。……お電話でございますよ」

 いつも家で家事を務めている、お手伝いさんの声が聞こえた。ちなみに吉田さんとはまた別の、これまた馴染みのある人だ。確か森谷さんだったか。


「電話ですか……?分かりました。今出ます」

 私に電話とは何事だろうと、そう思いながら倉葉恋花はベッドから立ち上がり、恐る恐る電話を手に取るのだった。

次回の投稿は少し遅くなるかもしれません。あ、ちなみに次話くらいで最終話になるかもです。

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