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十.五話目

 げに楽しき文化祭はあっという間に終わり、一週間が過ぎた。

 10月の中旬。三年生は受験に向けて慌ただしく準備を進めていく最中、俺達二年は中途半端な学年の中頃の時期というせいか、中弛(なかだる)みの境地に居た。受験という執行猶予がまだ随分ある内に、残り少ない平穏を目いっぱい享受しようという意思が見え隠れするようにも感じなくもない。


 さて、今日もまた、放課後にいつもの喫茶店で、倉葉の人生相談に付き合うこととなった。

 余談ではあるが、度々行われるこの二人っきりでの人生相談や文化祭での目撃証言で、この頃友人や顔見知りは愚か、名前もよく覚えていないようなクラスメイトからも『お前と倉葉は付き合っているのか』という様な質問攻めに合う。

 俺のようなろくでなしと慣れ合うことによって倉葉の人間的価値が貶められてしまうのではないかと前に危惧した通り、正直恐れていた展開ではある。が、十分予測できていた事態でもある。先のような質問には『俺は倉葉の下僕であり奴隷であるからそういう関係はありえない』と答えれば、大抵の人間は納得してくれる。


 ……もちろんこれは俺が(あらかじ)め用意していた言い訳であるが、この回答で納得してもらえるという事は、つまりは大抵の人間にとって俺という人間はそういう人物だという事だ。どういう人物であるかは察して欲しい。



 HRが終わり、沈みつつある夕日に照らされ、燃えるようなオレンジ色に染まる校門へと歩を進めると、一足早くその前で待っていた倉葉の姿があった。


 律儀な事に、倉葉は大抵の場合、俺より先にここで待っている事が多い。それはどうやら今日も例外ではなかったようだ。


「……あ、こんにちは、日瀬(ひのせ)君」

 倉葉は俺の姿を視認するとこちらへと駆け寄り、長い黒髪を軽やかに揺らしながら会釈した。

「お、……おう」

 長い髪から一瞬ふわりと香った、女子独特の良い匂い……もとい、シャンプーの香りに密かにドギマギしながら、俺は辛うじて返事を漏らした。


 しかし、


 案の定、下校中の周りの生徒たちの物珍しげな視線が、俺達二人に向かって集中してくるのを感じた。

 おまけにどこからかヒソヒソと囁き合うような声まで聞こえてくる始末だ。


 正直居辛い。非常に居辛い。

 倉葉の方はそのような事はまったく気にしていないのか、それともただ感付いていないだけなのか。いずれにしろいつもと変わらない様子で平然としており、一刻も早く俺と例の喫茶店でお茶を飲みたいらしく、微妙にうきうきとした表情を浮かべていた。


「と、とりあえずまあ、とっとと行こうぜ。お前の家は門限厳しいらしいからな。時間が惜しいだろ」

「あ……そうですね。じゃあ、行きましょうか」

 いよいよ周囲の人間の好奇の視線に耐えられなくなった俺は、さっさとこの場から退散しようと倉葉を促した。

 倉葉の方もそれに応えてくれたので、そうとなればと言わんばかりに俺は倉葉を連れ、逃げるように速足で校門をくぐり、まずは右へと曲がろうとした所、


 そこで目撃したものの異様さに、思わず俺は立ち止まり、そのまま固まってしまった。


 下校中の生徒たちが行き交う狭い道を、何か黒い、巨大な物体が鎮座していた。

 それがやたらと無駄にでかい、やたらと存在感を放つ一台のリムジンだと認識するのには、多少の時間が掛かった。

 

 何でこんな所にこんなものがと疑問に思ったが、その時、俺の背筋にぞくっとした感覚が走った。

 何故かは分からない。だが、そのリムジンからは、異様なまでの不吉を感じた。これまでに無い嫌な予感が、その高級感溢れる黒い車体から漂ってくるのだ。


 警鐘を鳴らし続ける本能に従い、俺はやんわりと倉葉の手を引き、急いで通り過ぎようとした。だが、俺の体は前へと進むことなく、そのままつんのめってしまった。

 何事かと思い後ろを振り返ってみると、倉葉はその場から微動だにせず、例のリムジンを、まるで幽霊でも見たかのような、愕然とした表情を浮かべていた。

 目はこれでもかと見開かれ、一切のブレ無くそのリムジンを視点に定めている。あまつさえ額には汗さえ浮かんでいる。


「お、おい、倉葉……?」


 あまりにも異常な様子に、俺は思わず声を掛けた。が、その続きは突如響き渡ったバン!というやたらと大きな音に無情にもかき消されてしまった。


 音の発生源は今まさに倉葉の視線を釘付けにしているリムジン。その後部座席の扉が勢いよく開け放たれたのだ。


 中から降りてきたのは、乗っていたリムジンの高級感に勝るとも劣らない上品さと貫禄を湛えた一人の中年女性。着ているものも俺がこれから先どう頑張っても手が届くことは永久に無いであろう、べらぼうに値段が張りそうな黒を基調とした洋服を着ていた。

 何より印象に残ったのはその眼光の鋭さだ。人睨みするだけで悪鬼も散り散りに逃げ出してしまうだろうその瞳は、俺の貧相な想像を超えた様々な経験を積んでいるであろうという事が嫌でも分かってしまう。とても高級ブランド服を纏った貴婦人がするべき目つきではない。


 なんなんだろうかこの人は……。わざわざ校門前でこんな馬鹿でかいリムジンを停車させ、まるで見計らったかのようなタイミングで車から出てきて、しかも明らかにこちらをガン見しているのだが、少なくとも俺にはこんなおっかない知り合いに心当たりは無い。


 すると俺の隣に居た倉葉が、突如ぽつりと呟いた。




「……お母さん……」



まさかの豪華二本立て。次からはいつものペースで行けそうなので生暖かく見守ってくだされば幸いです。

9/9PS.豪華二本立てじゃなくて豪華二分割(?)の間違いでした恥ずかしい……

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