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「依頼の方か」

 口調からは軽快さが消え、重たい溜息を一つ吐き出す。

 ウィズは少し何かを考えるように視線を動かす。

 視線がぶつかり、そして奥殿のほうを見、腕を組みなおす。

 奥殿の方を見るということは。

「ご神託が必要ですか」

 水竜の神託を、という依頼じゃないのかな。

 いや、でも神官長様に何か調べ物を頼みにきたんだっけ。

 ということは、神託が必要というわけではないのかもしれない。


「神殿の人に、戴冠式に出て欲しいんだ」

 言い難そうに目を逸らしながらウィズが言う。

 パキン、と何か枝が折れるような音が頭の奥でしたような気がする。

 多分、それはレツが出した音。

 頭の中でアラームが鳴り出し、胸騒ぎがする。

 何となく伝わってくるレツの気配にも、明らかな拒絶が含まれている。

「そうおっしゃるという事は、そのような慣例は過去にはないということなんですね」

 きっと、そういうことなんだろう。

 妙に歯切れの悪い言い方だし、レツを怒らせる可能性があることくらい、ウィズはわかっているのだろう。

「少なくとも、城の記録にはなかった」

 やっぱり。


 政事まつりごとには一切関わらない。

 それが水竜のずっと変わらない信念。

 だとしたらあえて「水竜の神殿」の人間が戴冠式という「政事」に参加するような事はなかっただろう。


「でも、もしかしたら城の記録にはなくても、神殿の記録には有る可能性も無い訳ではないだろう」

「それを神官長様に調べるように依頼されたんですね」

 膨大な記録の中から探すのでは、時間が掛かって仕方がない。

 あの巨大な書庫の本を一つ一つくまなく調べたら、年単位の時間が必要だわ。

 とはいえ、さすがに全部の物を調べるわけではないだろうから、そんなに時間は掛からないだろうけれど。

 それでもかなりの時間が掛かるんじゃないのかな。

「かなりのお時間が掛かるかもしれませんね」

 今日中に調べられるだろうか。

 少なくとも数時間は掛かるし、その間に日が暮れてしまうかもしれない。

「ああ、だからまた別の日に改めようと思ってたんだけれどな」

「そう、ですか」


 何かがひっかかる。

 どうして後日返答する事にしなかったんだろう、神官長様は。

 そうすればゆっくり調べる事も出来るのに。


 どうしても今日中に返答したかったから。

 ウィズに頼まれて(正確には国王陛下に)早急に返答する必要があると考えたから。

 それとも、ちょっと卑屈な考えだとは思うけれど、私と一緒にいたくなくて席を外したかったから。

 そのどれも納得できそうだけれど、神官長様の真意を推し量る事は出来ない。

 だって、私には神官長様が何を考え、何を思うのか、全く想像すらつかないんだもの。


「俺は、というか王宮の人間は、神官長様に参加して欲しいんだ」

 そう言ったウィズの表情は、少しだけバツが悪そうだけれど、曲げられない意志のようなものが同居しているようにも見える。

 でも神殿のトップである神官長様が参加するなんて、きっとレツは認めないと思う。

 そうか、そのための前例探しなのね。

 今は認められないと言っても、もしかしたら前例があるかもしれない。

 前例があればレツも首を縦に振るかもしれない。

 神官長様も王都に帰りたいから、急いで探しているのかしら。

 やっぱり神官長様でも、生まれ育ったところが恋しいのかもしれない。

 だから必死で、少しでも早く調べて答えを見つけたかったのかも。

 普段の様子からは、そんな風には全然見えないけれど。

 でも本心を隠すのが上手な方だろうから、そんなことおくびにも出さないだけで、本当は帰りたいと思っていらっしゃったとしても不思議はない。


「今まで随分長い間神殿を出ていないから、ご両親も心配しているし……」

 そうよね。もう何年神殿にいらっしゃるのかしら。

 ただでなくても体の弱い方だから、心配するわよね。

 元気な様子が見られれば、ご家族の方もご安心なさるでしょうし。

「俺もお体の事が心配だし、一度責務を離れて休養するのも良いだろうと思うんだ」


 俺も、心配なわけね。

 それが本音かな。


「昔から線の細い方だったけれど、肌は血の気が引いたように白くなってしまわれたし、抱いたら折れてしまいそうな位華奢になられて。お前もそう思うだろ」

 え。ここで同意を求めるの。

「そう言われましても、私は以前のお姿は存じませんから」

 抱いたら折れそうって言われても、そんなこと普通考えないからわからないって。

 それに私は王宮にいた頃の神官長様なんて知らないもん。

「いや、ここ数ヶ月でまた痩せたみたいだ。さっきも顔色が悪かっただろ」

「そう言われてみれば、そうかもしれません」

 正直そこまで観察するほど一緒にいなかったし、顔を逸らされていたからわかりません。

「もっとちゃんと気配りしてくれよ。ただでなくても病気がちな方なんだから」

 苛立たしげに言うウィズに、何で私がって言い返したくなったけれど、その言葉は飲み込む。

 私に対しては余裕ありありな態度なくせに、神官長様が絡むとこうも変わるのね。

 前々から思っていた通り、ウィズは神官長様のことが……。

 こんな形ではっきりと再確認させられることになるなんて。

 わかっていたことなのに、胸がチクチクと痛む。

「ここは王都に比べて気候が穏やかとも言い難いし、無理しているんじゃないかと、本当に心配だよ」

 何かがすーっと音を立てて冷めていく。

 目の前の、今までに見たことがない顔で心配しているウィズを見ていると、どんどん体の温度が下がっていくように、肌の周りを包む空気が冷え込んでいく。

 決して寒いわけじゃないのに、ブルッと首元に寒気がして震えてしまう。

「無理しないように、お前からも言ってくれよ」

 言って聞く方なら、いくらでも言うわよ。

 私の言う事なんて聞くはずないじゃない。そんなこともわからないの。

 それに第一、今わたしはあなたが心配している方に避けられてますから。

 会話すらまともに交わしてません。

「傍仕えの者にも、そのようにお伝え致します」

 ウィズを一睨みするけれど、全く気が付いていないみたい。

「祭宮様が、神官長様のことを心配されているって」

 吐き捨てるみたいになったけれど、気にしない。

 どうせそんなことにも気が付かないだろうから。神官長様のことで頭がいっぱいで。

「ああ、頼むよ。あとさ、水竜にもお願いできないか、神官長様のこと」

「は?」

 思いっきり呆れ口調になったのは無意識。

 気が付いてはっとするけれど、ウィズは全くその事には気付いていないみたい。

「だからさ、戴冠式に神官長様が出席出来るように」

「何をおっしゃっているんですか」

「だから、もし前例がなくても神官長様に王都にお越し頂けるよう、お口添えして欲しいんだ」


 あ、そこに繋がるのね。

 依頼は本当はその事だったのね。

 神官長様が調べて出た結果どうこうはあんまり関係なくって、要は神官長様を一時的に王宮に戻したいと。

 戴冠式に出席というのは、あくまでその口実で。

 そうか、そこまでしてでも王宮に戻したいのか。

 でも絶対にレツは了承しないと思うけれど。


 ねえ、レツ。



 レツを呼ぶと、一気に肌が粟立つ。

 体中の神経が剥き出しになったみたいになり、一気に奥殿との隔たりがなくなって距離が近くなる。

 レツが目の前にいるような、そんな錯覚に陥る。


 --ボクが何で国王なんかにひれ伏して、おめでとう何て言わなきゃいけないわけ。バカバカしいっ。


 そう言うと思ってた。


 --神官長が国王に頭を下げる事は、ボクが頭を下げる事と変わらない。


 うん。神官長様が「水竜の神殿」の表の顔だもんね。

 神殿を代表するものが頭を下げるなんて。


 --ボクは絶対にイ・ヤ・だ。この件に関しては絶対にボクはひかないよ。


 うん。わかってるよ、レツ。


 --その目の前の大ボケ野郎追い返しといて。ボクはもうそいつの声すら聞きたくない。


 すっとレツの気配が遠のくのを感じる。

 このまま回線が切れるのかと思った瞬間……。


 --今は返してやんないって伝えといて。そっちの都合じゃ動かないんだからね!


 耳元で怒鳴られて、キーンという音が耳に響く。

 この件に関してはもう何も言いたくないって感じで、扉を思いっきり閉められた時みたいな音がして、空中に広がっていた感覚が一気に体に戻ってくるような、ドンっという衝撃を受ける。


 レツ、レツってば。

 もう一度読んでみたけれど、返答はない。

 本当にこことの間を遮断しているみたいで、声が返ってくるどころか、自分の声すら霧にかき消されてしまうみたいになる。



 目の前にいるウィズを見たら、なんだか何を言うのもイヤになってくる。

 どうせこの人に何を言っても聞く耳なんて持ちやしないんだろうし、でもそれでも納得してお帰り頂かないといけないわけで。

 面倒くさい。

 真底面倒くさいわ。

 こないだ言った事も忘れているみたいだし、そこから言わなきゃいけないの。

 そう思うと溜息がこぼれるのを我慢する事が出来ない。



 イライラと言葉を探していると、トントンと扉を叩く音がする。

 神官長様がお戻りになられたのかもしれない。

 そうしたら前例が無いから無理って、神官長様から言って貰えるかも。

 期待をして扉のほうに目を向けると、トレーにカップを載せたシレルが入ってくる。

 シレルが悪いわけじゃないけれど、がっかりした気分は隠しようが無く、小さく一つ溜息をつく。

 ウィズにもシレルにも気が付かれないように。


 目の前にカップが置かれ、シレルに笑顔を向ける。

「どうもありがとう」

「いえ」

 そういって頭を下げてから、シレルが横に跪く。

 何か話があるといった素振りで。

 シレルの方に体を傾け、意図的に耳をシレルの顔のほうへ近づける。

 抑揚の無い低い声が、ウィズには届かないくらいの小さな声で耳に入ってくる。

「まもなく神官長様がお戻りになるそうです」

 わかった、と告げる代わりにシレルにわかる程度に頷く。

 意外に早く調べ終わったのね、と思ったけれど、それも口には出さないでおく。

 シレルは立ち上がり、この部屋に私がいる時の定位置である扉の傍にすっと立つ。

 きっとシレルのことだから、いつも寸分違わず同じ場所に立っているんだろう。


 ウィズのほうに向き直ると、湯気の向こうでいつものような祭宮の顔をしている。

 本心がまた見えなくなる。

 でもその本心を知る事が出来てよかったのか悪かったのか。

 そんなに神官長様のことを想っていたなんて、全然気付かなかった私が間抜けなのかな。

 ううん。本当はわかっていたのに、私はずっと認めたくなかったんだわ。

 いっそウィズの事を嫌いになれたならいいのに。

 胸に光る青い石を捨てる事も出来ない。

 身に着けるのをやめればいいのに、それすら出来ない。

 レツにしか本心は見せないって決めているのに、ウィズの顔を見たら心が揺らいでしまう。

 私の手には届かない人。

 わかっているのに認めたくなかった。

 でも認めるしかない。

 だってウィズはこんなにも神官長様のことに一生懸命なんだもの。


 そんな人になんて言って諦めさせたらいいの。

 巫女としてきちんと説明しなきゃいけないって事は十分わかってる。

 どんなに求めたって、決してその願いを叶えることが出来ないって言わなきゃいけない。

 上手に、語彙の少ない私に出来るだろうか。

 巫女なんだから、出来るかじゃなくて、やらなきゃいけない。


「水竜は一切政事には関わりません」

 意を決してウィズの顔を見る。

 もうあの余裕綽々はウィズでも、神官長様のことを心配しまくるウィズでもない、祭宮が目の前にいる。

 それはある意味ではとてもラッキーかもしれない。

 まともにウィズに感情をぶつけられたら、恐らく巫女らしくなんてとても無理だから。

 きっと私も感情的になってしまうから、話し合いにもならなくなる。

 今ここにシレルがいてくれてよかった。

「以前にも申し上げましたとおり、王家の方々が行う『政』には干渉いたしません」

 覚えていないはずはない。

 絶対に忘れてなんていないはず。

 ウィズの瞳の中に、ゆらりと動くものがあるのがわかる。

 あの時と同じような鋭い炎が点っている。

 でもこのことに関しては絶対に曲げられない。

 それがレツの意思。

 レツの、水竜の意思が絶対。

 この国を真に統べるモノが、他の者に跪くような事はあってはならないから。

「それは存じております」


 カップのお茶を一口飲み、ウィズが瞬きをして見返してくる。

 皇太子殿下が即位すると言った時と同じ、強い意志を宿して。

 その目を見て、ハッと気が付く。

 そうか、ウィズは私を見ているんじゃない。レツを見ているんだわ。

 巫女という入れ物を通して、レツを睨みつけているのね。

 でもレツはもうウィズと向かい合う気なんてさらさら無い。

 その気配は、一切届いてこない。

 そんなことに巫女でないウィズが気付くはずも無い。

 けれど、あえて口にしないでウィズを見返す。

 その目に私はどんな風に映っているんだろう。

 緊張感ないなって自分でも思うけれど、ちゃんと巫女として映っていればいいなって思う。

 ササである私を見てくれなくていい。

 せめて巫女である私を認めて欲しい。


「水竜様が政事に関わらないというのは、以前にもお聞き致しました。けれど神官長様のお体が心配です」

「心配だから、という理由で水竜のご意思は変わりません」

 少し強い口調になるウィズに、努めて冷静に接する。

 不思議と私の心の中は凪いだ湖のように静か。

 辛いとか悲しいとか不安とか、そういう感情はどこかへ吹き飛んでしまったみたい。

「巫女様は神官長様のことが心配ではないのですか」

「そんなことはありません。しかし神官長様には専属の侍医もついております。確か王宮で診ていただいていたお医者様だと聞いています。ですので私は安心してお任せしております」

 にっこりとウィズに微笑みかける。

 何故だろう。一言言葉を発するたびに、心の中の何かが崩れていく。

 その「何か」が剥がれていくたびに、少しずつウィズとの距離が広がっていく気がする。

「しかしこちらの環境は神官長様にはご負担になるのでは」

「どうしてそう思います」

「え?」

 聞き返されるとは思っていなかったようで、ウィズが面食らったような顔をする。

 そんな顔、初めて見る。

 ウィズでもそんな顔するんだ。私、本当にこの人のこと何も知らなかったんだなあ。

 そんな風に客観的に事態を見つめられるほど冷静でいられるなんて、まるで自分じゃないみたい。

 思わず口元に笑みが浮かんでしまう。

 自嘲の笑みが。

 それをウィズがどう捉えたかはわからない。

 全く表情を変えないから。

「確かに王都に比べれば気候はよくありません。けれど、神殿にはなくてはならない方。誰もが神官長様に心地よくお過ごしいただけるように尽力しております」

 よくもまあペラペラと口が回る。我ながらすごい。すごすぎる。

「祭宮様は神官たちをお疑いになられるのですか」

 決して「はい」とは言えないのはわかっている。

 部屋の片隅には神官の一人が控えているのだし。

「いえ。そういうつもりではありません。ただ以前より明らかに顔色がよくない良くないように感じます。巫女様はそう思われませんか」

「そうかもしれませんが、それが王都にてご静養される事とは繋がりません」


 一呼吸置いてウィズを見る。

 何故かウィズがそっと目を逸らして、窓のほうに目を向ける。

 つられるように窓の外に目を向けると、暖かい春の日差しに木々が輝いている。


「巫女様とは違い、神官長様がこの神殿から出てはいけないという規則は無いはず」

「そうですね。そう伺っています」

「では何故駄目なのです。神官長様のお体を最優先に、なぜお考え頂けないのか」

 ウィズが声を荒げる。

 そう、そんなに心配なの。

 でもごめんなさい。私は首を縦には振れないわ。

 だって……。

「もっとも大切なのは水竜のご意思です」

 ピシャリとウィズを撥ね退けるように言い放つ。

 目線が交錯する。

 私はもう、その目に動揺したりしない。

「戴冠式に神殿のものが出席する。形はどうあれ、水竜が国政に関わる事になります」

 絶対に、目を逸らしたりはしない。

 喉の奥に焼ける様に熱い塊があって、それを飲み干すために一度唾を飲み込む。

 けれど熱さは変わらないまま。

「水竜は決してあなた方王家の方に頭を垂れる事はありません」

「それなら戴冠式の中で、決して神官長様が下座に着くようなことや、頭を下げるような事は無いようにするから」

 必死な顔。

 いつの間にか祭宮の仮面が少し外れている事に、ウィズは気付いていないみたい。

「いいえ、そういう問題ではありません。わざわざ神殿の者が参加するという事自体が認められません」

「それは水竜のご神託なのか」


 疑いの目が向けられる。

 やっぱり巫女として認めてくれないのね。

 私が感情でこんな事を言っていると思っているの。

 どうしてあなたには何も伝わらないのよ。


「私をお疑いになっていらっしゃいますか。それとも水竜を疑っていらっしゃいますか」

 喉につかえている熱さは体中に広がっていく。

 その熱さとは対照的に、私の声はどんどん冷えていく。

「恐らく前例は無いでしょう。そしてこれからも永遠にありません」


 ウィズは頭を抱え、ソファに深くうなだれる。

「何なんだよ」

 吐き捨てるような小さな呟きが聞こえたけれど、聞こえなかったふりをする。

 熱さを消そうとテーブルに置かれたお茶を一口ふくんで喉を潤す。

 けれどやっぱりそれは消えることは無い。

 ウィズを見ている限り、この熱は消えてくれないのかもしれない。

「まもなく神官長様もお戻りになるようです。私はこれで失礼いたしますね」

 うつむいたままのウィズに声を掛け立ち上がる。

 扉のほうに目を向けると、シレルが会釈をする。


「待てよ」

 低い声がして振り返ると、ウィズが顔を上げ、憤りを隠さず真正面から睨んでくる。

「これ以上、私から申し上げる事はありません。祭宮殿下」

 意図的に、祭宮殿下を強調して言う。

 微笑を付け足すのも忘れずに。

「ササ! 何なんだよ。何を怒っているんだよ!」

 怒っている。私が?

 何で、怒るようなこと、何も無いじゃない。

「怒ってなんていません。私は伝えるべき事はお伝えしましたから」


 ウィズが立ち上がり、手を伸ばそうと持ち上げた腕に、青い石が見える。

 二つで一つ、対の石。

 この石みたいに私たちは対の存在。


 国王陛下の窓口である祭宮。

 水竜の窓口である巫女。

 どちらが欠けてもこの国は成り立たない。

 けれどその間には神官長様という二つのものをくっつける存在が必要で。

 本物の石みたいに二人で対には、なれない。


 ウィズの伸ばされた手は、私に触れる少し手前で止まり、そしてまた力なく下へ落ちる。

「ササ、なんだよな」

 確認するように、ポツリとウィズがつぶやく。

「ええ」

 それ以上の言葉が繋がらない。

 ウィズは何を確認したかったのだろう。

 ササなのかと問われれば、答えはイエス。

 私が水竜の巫女になっても、サーシャという名前を捨てたわけじゃないから。

「そうですか。わかりました」

 ウィズがまた祭宮の顔に戻る。

 さっきまでの勢いは消えたけれど、頬が少しだけ紅潮している。

「お時間をとらせてしまい、申し訳ありませんでした」

 深く頭を下げて、ウィズが形式ばった言葉を述べる。

「巫女様がご健勝でありますように」

「祭宮様もお元気で」

 ウィズが顔を上げる前に扉へと足を向ける。

 それが非常に失礼なことだってわかっている。


 でも私はもうウィズの顔を見たくないんだもの。

 胸の中の熱さがこみ上げてきて、耐えられなくなっちゃうのがわかっているから。

 本当は走り出したいのを懸命にこらえているくらいなんだから。

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