伍:黒人留学生
「じゃ、行こか!」
「瑪瑙も大丈夫か?」
「…おう…。」
瑪瑙の緊張はピークに達した。
瑪瑙はこのとき、初めて空手道着を着た。
剣道着のような複雑な着かたではない、でも、帯というものを初めてつけた。
もちろん、瑪瑙は初心者であるから、『白』帯である。
瑪瑙は、神楽や薙、鷲の帯を見た。
全員『黒』帯。なぜか瑪瑙はハラハラした。
瑪瑙は剣道では『神童』と言われてきた。
だから、自分が周りと劣っていると感じた事は一度も無かった。
だが、瑪瑙は空手に関しては全くの初心者である。
今まで感じた事の無い、劣等感。
そして、新たな事に挑戦する、新鮮さ。
その二つが複雑に絡み合って、それでも瑪瑙は進む事を決めた。
「よろしく!」
瑪瑙は改めて全員にお辞儀をした。
体育館に入ると、いつもの様子が違うのが分かった。
いつも入るときは体育の授業のときや、行事のときくらいだったが、
今見ると、多くの部活動が行われている。
その中に剣道も混ざっていて、瑪瑙はドキっとした。
「さ!行くぞ!」
薙に背中を押されて、体育館の奥へと進んで行く。
体育館の端を歩き、壇上に登った所が、どうやら空手部の練習スペースのようだった。
部室が畳み一畳と半分なら練習スペースは5m×5m平面程度だった。
そこに体操している先客がいた。
その人の身長の高い事に、瑪瑙は腰を抜かしかけた。2m弱はある。
色は黒い。超ゴリマッチョという感じだ。
「紹介するよ!椎。こいつは『高鐔 瑪瑙』!!」
ゴリマッチョは大きな手を瑪瑙に差し伸べた。
「椎キャットデス!ヨロシクネ!」
瑪瑙は握手するのをためらった。下手に手を重ねると握りつぶされそうと感じたのだ。
「ははは!瑪瑙、こいつはアメリカからの留学生、「椎 キャット」だ。
見た目はヤングヤクザだけどよぉ、性格はめっちゃ優しいから、安心しろ!」
後ろで鷲はニヤニヤしている。神楽はあいかわらず真顔である。
目を瞑り、背けながら瑪瑙は手を重ねた。
握力もハンパなかったが、椎が勢い良く手を振るもんで、
瑪瑙は自分の手がもげるかと思ったくらいだ。
薙も鷲も大笑いしたが、神楽はやっぱり真顔だった。
「それじゃ、練習するか!」
薙が柔軟を一通り終えたときに言った。
「とりあえず、組手。二人一組で…えーっと、椎と神楽。鷲と瑪瑙。」
「なんや薙。お前はやらんの?」
鷲が薙に尋ねる。
「ああ、とりあえず今日は俺が瑪瑙の指導をするよ。」
そう言うと、薙は「何か」を瑪瑙に渡した。
「ホラ!瑪瑙、俺のん貸してやるよ。」
なにやら…グローブのような物である。ボクシングの時に使うような。
「『拳サポーター』だ。拳を守る防具ってとこか。」
「?空手って素手でやるもんなんじゃねーの?」
「ああ、それは『極真カラテ』だな。うちのはまた違うヤツだから。」
「…『極真』??」
「空手ってのはよぉ、剣道とか柔道とかと違って、
流派によってルールも方法も全部違うんだよ。まぁまた説明してやるから。」
瑪瑙は言われるままに『拳サポーター』、通称『拳サポ』をつけた。
他の部員も全員持っているようだった。
「とりあえず、椎と神楽、自由組手やって瑪瑙に手本見せといてくれ。
鷲は……別に何してても良いや。瑪瑙、俺が解説するから。」
薙は全員に的確(?)な指示を素早く出す。
「……それやったら、俺、審判やるわ。」
鷲は椎と神楽の間に入る。
そして、椎と神楽の自由組手が始まった。