あの夏の自己紹介
今日はここ最近で特に暑い。
伊織はそう思いつつ、いつものように川西図書館に向かっていた。
自転車を止め、図書館の自動ドアを抜けた。普段通りのひんやりとした空気が、伊織の身体を包んだ。
伊織は二階へ上がり、いつもの席へ。
昨日と同じ時間、同じ場所。
勉強道具を取り出し、机に広げる。
「……」
昨日のことが、ずっと頭から離れない。
『私も! いつもここにいるよ〜!』
昨日、彼女が口にした言葉。
あの綺麗な長い髪。柔らかくて、無邪気な明るいあの笑顔。
不思議と彼女のことを考える。……いや、どちらかと言うと考えてしまう、の方が正しい。
伊織は両手を頰に当て、思考を切り替えた。
さて始めようかと言わんばかりにシャーペンを持ち、ノートに問題を解き始めた。
ある程度、問題を解いて休憩に入ろうかと思った時。
「お! また会えたねぇ!」
伊織はその声の聞こえた方を向く。そこにいたのは昨日の彼女だった。
まるで、友達と遊びの約束をしたけど待ち合わせに少し遅れできたような雰囲気。
「……こんにちは」
そう返すのでやっとだった。
妙な安心感。
伊織は思った。この人は、自分とは違う何かを纏っている、と。
彼女は、そのまま伊織の隣にある椅子を引いた。
「じゃ。お隣、失礼しまぁす」
そう言って、彼女は当然のように隣に座る。距離は、なんとなく昨日よりも近いような気がする。
ノートを開き、クマのぬいぐるみ型のペンケースを置く。
そして彼女は静かに勉強を始めた。
伊織は少しだけ休憩し、再び勉強を再開した。
それからしばらく、二人は無言で勉強を続けた。ページをめくる音とペンの擦れる音だけが静かに響く。
横目でチラチラと彼女の方を見る。真剣な表情。
普段の柔らかい笑みとは違い、大人びている。
不思議な人だ。
ーーどれくらい時間が経っただろうか。
彼女はふと顔を上げ、こちらを見る。
「そういえばさぁ」
小さな声。楽しそうに、期待しているような表情。
「名前、聞いてなかったよねぇ?」
伊織は、少し驚いた。そういえば、彼女とはまだ名前も知らない仲だった。
「……俺は、岸伊織って言います。」
「伊織くん……かぁ」
彼女は小さな声で確かめるように言うと、そのまま会話を続けた。
「私の名前はねぇ、朝倉日華梨って言うの」
そう言いながら、彼女はノートに『朝倉 日華梨』と書いてみせた。
整っている丁寧な字。少し丸みを帯びている。
日華梨の名前を聞いて、伊織の頭に浮かんだのは、可愛らしい……ではなく、『綺麗』という言葉だった。
音も、漢字も、日華梨も。
伊織の胸にストンと落ちてくる気がした。
「……似合ってる」
小さな心の声が、自然と出ていた。
「え? ほんとぉ?」
日華梨は、少し照れたように微笑みながら、ノートを閉じた。
「伊織くんって高校生だよねぇ?」
日華梨は楽しそうに話を続けた。
「はい。高二です」
「高二かぁ」
彼女はにんまりと笑った。
「じゃあ、私の方がお姉さんだねぇ? 高三だから」
そう言って日華梨は、顔を少し傾け、こちらを下から覗き込む。
……顔が近い。伊織の心臓は鼓動を強め、耳が熱くなっていくのを感じた。
「……そう、ですね」
伊織が視線を逸らしながら答えると、日華梨は楽しそうに肩を揺らした。
「ふふっ。そんな伊織くんは、この辺に住んでるのぉ?」
「はい」
「じゃあ、ここにはよく来るんだぁ」
「まぁ、そうですね」
日華梨は微笑みながら頷いた。
「私もねぇ、ここ気に入ってるんだよ」
そう言うと、日華梨は楽しそうな表情のままノートに視線を戻した。
その横顔に嘘はなかった。
この夏休みが。
ここでの彼女との時間が。
彼女という存在が。
当たり前になるような気がしたーー。
最近、学校でテストやら受験やらで忙しい今日この頃です。
どうも戸崎翔嵐と申します。
何かと勉強よりも執筆してる時間の方が多いような……。
これからも執筆を続けていきますので
『あの夏、色彩をくれた君』を今後ともよろしくお願いします。




