あの夏の出会い
花火の街・新潟県長岡市に住んでいる。
それだけ聞けば、夏が好きで、祭りとか楽しいことが好きな人……そう思われるかもしれない。
だが実際は違う。
俺、岸伊織は、どちらかと言えば静かな場所を好む人間だ。
暑いのは嫌いだし、祭りとかはそこまで好きではない。
確かに、学校ではよく笑うし、周りとも普通に話して、クラスの空気を壊さない程度には明るく振る舞っていると思う。
理由はそうしていた方が楽だから。
変に目立たず、変に沈まず、流れと空気に乗っていれば余計なことを考えずに済む。
高校の夏休みに入ると、その『演技』から少しだけだが解放される。
そんな伊織が夏休みに決まって向かう場所は、家からそう遠くない距離にある川西図書館だった。
冷房の効いた空気。
静かで落ち着いた雰囲気。
本の匂いと、時間がゆっくりと過ぎるような感覚。
ここなら、俺は誰の目も気にすることなくいられる。
今日も、普段通りだった。
家から乗ってきた自転車を隣にある駐輪場に止め、そのまま図書館の自動ドアをくぐる。
ひんやりとした館内の空気に、思わず肩の力が抜けた。
入館して、右側にある階段を登り二階へ。
机が並ぶスペースの向かって左奥。
毎回、自然とその机を選んでしまう。
机に荷物を置き、勉強道具を取り出す。
椅子に座り、今から勉強をしようとした時。
伊織はなんとなく通路を挟んだ反対側の本棚の方を見た。
そこには、しゃがんで何やら分厚い本を読む女性の姿。
長い髪が、背中まで流れている。色素が抜けたような、柔らかくて淡い、美しい色の髪だ。
彼女は、その分厚い本を棚に戻し、スッと立ち上がった。
その瞬間――
彼女のポケットから何かが落ちた。
薄いピンク色。可愛らしいクマの絵の描かれた、小さなハンカチ。
「……」
声をかけるかどうか、少し迷った。
でも、そのまま気づいていないふりをするのも気が引けて、伊織は席を立った。
ハンカチを拾い上げ、落ち着いた声で彼女に話しかけた。
「あの、このハンカチ。落としましたよ」
彼女は振り返った。
少しだけ目を見開いてから、驚いたようにぱちぱちと瞬きをする。
「え〜! ありがとうございますぅ!」
明るくて穏やかな声。
「大丈夫ですよ。落とし物を届けただけなので」
彼女はハンカチを受け取って、にっこりと笑顔になった。
その笑顔を見た時、胸が、胸の奥が、ドキッと音を立てたような気がした。
――すごく、綺麗だ。
彼女の顔立ちもそうだけど、何よりも、その笑顔。明るいのに、どこか儚い。
無理に笑ってるように見えて、それでいて、とても楽しそうにも見えた。
自分でも、この感情が何なのかわからない。
そうして戸惑っているうちに、彼女は微笑み、軽く会釈をしてその場を去っていった。
この出来事はこれで終わり。
……そう思っていた。
次の日。
「また、会えるわけ……ないよな」
そう思いながらも、伊織は同じ時間に川西図書館に向かっていた。
冷房の効いた空気を浴び、そのまま二階へ上がり、そして、いつもの席へ。
視界に入った光景に、伊織の心臓は鼓動を強めた。
いる。
昨日、伊織が座っていた席。そこで、彼女が勉強していた。
何事もなかったかのように、伊織は彼女の斜め向かいの席に座る。
伊織が勉強を始めてからしばらく経った頃。
「あ!」
彼女が小さく声を上げてこちらを見た。
「昨日の優しい人だぁ」
その一言は、伊織の心に微かに響いた。
「こんにちは」
少しだけ緊張しながら挨拶すると、彼女は微笑みながら席を立った。
「お隣、失礼しまぁす」
さらりと揺れる長い髪と、ほんのりと香る柔軟剤の匂い。
気づけば、彼女は俺の隣に座っていた。
それからしばらくの間、黙々と勉強を続けた。
だが、自然と彼女の方を見てしまう。
垂れた髪を耳にかける仕草。
顎に手を当て、考え込む仕草。
何をしても絵になるんだな……そう思った。
すると、彼女と目があった。
「……そんなに私のこと見てぇ。どうしたの?」
揶揄うような声。
「……っ、い、いや。なんでもないです」
「え〜? 何もないのにジロジロ見てたのぉ?」
彼女は悪戯な笑みを浮かべてそう言った。
伊織は何も言い返すことができなかった。
そんな時間はあっという間に過ぎていった。
――夕方。二人は図書館を出た。
空は夕焼けに染まっていた。彼女は、図書館前の駐車場を横切るように、北の方角へ歩いて行く。
(もう、会えないのは嫌だ……!)
気づいた時には、声が出ていた。
「……あのッ!!」
その声に、彼女は振り向いた。
まだ名前も知らないような関係。だけど、なぜかまだ一緒にいたい。そう思ってしまった。
ここを逃したら、もう会えないような気がした。
「俺、いつもここにいるので!!」
彼女はにっこりと笑いながら言った。
「私も! いつもここにいるよ〜!」
それを聞いた瞬間、伊織の世界は少しだけ明るくなったような気がした。
その言葉は、伊織の世界に色をつけた。
はじめまして、戸崎翔嵐と申します。
第一話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
本作は連載していくつもりなので、最後まで読んでいただけたら幸いです。
感想などありましたら、お気軽にどうぞ。
今後とも、よろしくお願いします。




