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ゴーストレター

作者: 都宮 アキ
掲載日:2025/11/16

夏にちょっとしたホラーが書きたいな、と思って書いたらいつの間にか冬も近い秋になっていました。

時間はあっという間に過ぎていきますね。

怖い話ではありませんが、楽しんでいただければ幸いです。

「あのっ、君、幽霊に憑りつかれてるよっ」


 人生でこんな言葉聞くなんて夢にも思わなかった。

 都内にある大学の学生食堂は現代的な作りをしていた。学校案内のパンフレットによると昨年大掛かりな改装工事を行ったらしい。壁はコンクリートの打ちっぱなし、床は白。高い天井の一部は開けており、明り取りの窓から陽の光が柔らかく降り注いでいた。食堂らしいテーブル席があるかと思えば、一画はリラックスできるようにソファ席が設けられていた。そこのソファ席ではゼミ生がコーヒーを飲みながらよく議論を交わしていた。

 佐渡佳己はといえばまだ大学一年生ということもありゼミには所属しておらず、かといってまだ昼にはだいぶ早い時間であることから一般的な四人掛けのテーブル席に腰掛け持ち込んだペットボトルの水を飲みながら授業のノートを二冊広げていた。

 何故こんなところでノートを広げているかというと今朝寝坊して一限目の授業をすっぽかしてしまったからだ。それで高校からの友人に頼み込みノートを借りて今、書き写しの作業をしている。

 大学に入ってからというものこんなことばかりだ。別段朝が弱いわけではないはずなのに、環境の変化なのか、朝は必ずと言っていいほど寝坊してしまう。寝坊していない日でも、電車は遅れ、授業に間に合わないというのはざらであった。そのせいですでに選択科目のうち一科目は落単が決定済みだ。

 今日の一限目の授業は必修科目だ。これを落とすのは厄介だと危機感を抱いていて、佐渡は遅刻したときは友人に代弁をお願いし、かつ、ノートを貸してもらう約束を取り付けていた。

 それでこうして情けない思いを抱きながら熱心にノートを睨んでいたところに、さっきの言葉だった。

 声がした方を向けば、そこには見知らぬ男が立っていた。

 パッと見はチー牛っぽい。陰気な雰囲気で、髪の毛も伸ばしっぱなしなのか男なのに肩までの長さがあった。前髪も目にかかっている。身長は高いが細身でいかにも不健康そうだった。服装だってチェックシャツにジーパンと冴えない印象だ。

 そんな奴から幽霊がどうとか言われて、はっきり言って不快だった。頭のおかしなやつに絡まれたという印象しかない。


「そう、幽霊ね。なんか悪いことしたかなー。ありがとう、教えてくれて」


 佐渡は静かに荷物を片付けはじめた。口からはぺらぺらと適当な言葉が出てくるが、早くこの場から去りたいという思いしかなかった。


「俺は、藤原って言うんだけど、もしよければお祓いの相談に乗るよっ。実家がそういう関係だから、その」


 (うわっ、金目的かよ)と、佐渡はうんざりした。

 科学文明が発達した現代社会でどうして幽霊という存在を信用することができる。これは詐欺に違いないと佐渡は確信する。きっと一人でいるところを見てカモだと思われたのだろう。こういうときはさっさと逃げるに限る。


「藤原さん、親切にありがとう。だけど実は俺の友達にも霊能関係の人がいるんだ。俺の幽霊の件はその人に聞いてみることにするよ」

「あっ、そう、なんだ。それならよかった……あのっ、対応は早い方がいいって、その人にも言っておいて。霊感があれば、君の状態を見ればすぐに分かると思うけど……」


 藤原という男はおどおどした態度ながらそう言った。

 声の調子を聞くと、心から心配しているという風に聞こえる。

 だがこれがきっと詐欺の手口なのだ。

 佐渡は半ば感心しながら笑顔で「ありがとう」と躱した。

 その場からそそくさと立ち去った佐渡は、藤原という男があとを追ってくるかとも思い少し離れてから振り返ってみたがすでに藤原は背を向け反対方向へと歩いて行った。

 しつこくする気はないらしい。

 佐渡はホッとしつつ、少しだけつまらないなという気持ちにもなった。

 これでもしあとをついてきたら正当防衛として絡んできた不満を文句と言う形でぶつけられただろうに。

 仕方がないと、佐渡は今度、図書館へと場所を移動するのだった。




 一週間後の一限目の終わりに佐渡は藤原の姿を同じ教室内で見つけてしまった。

 今取っている授業は一年生の必須科目である。となれば藤原は同じ一年だったのか。いやもちろん単位を落として再履修している者の可能性もあるのだが、そういう者は雰囲気でなんとなく分かるものだ。あまり周囲と関わりを持たないようにしようとする空気や授業を退屈そうに受けている様子が見られる。藤原はそのどちらもなかった。隣の席には仲の良さそうな男子が座り、藤原と会話をしていた。パソコンでの授業が主流の中、今時珍しい黒板での板書の授業で、これまた珍しい教授指定の紙のノートに内容を書き写している。

 藤原に見つからないようにしなければと、佐渡は授業の終了と同時に教室から出ていった。

 しかしそれは遅かったようで佐渡は藤原にあっさりと見つかってしまった。


「待ってっ! 佐渡くんっ!」


 呼び声と共に手を掴まれた。佐渡は前へとつんのめり転びそうになる。突然何をするんだと、佐渡は後方を睨みつけた。

 すると、後方にいた藤原の垂れた前髪の隙間から見える鋭く吊り上がった目と視線が合った。

 睨まれ、佐渡はぞわりと恐怖を抱いた。

 掴まれた手から寒気がぞわぞわと上ってくるようだった。


「君、まだ友達に見てもらってないの?? ひどいことになってるよっ! すぐになにか対処したほうがいい!」

「っ、うるせぇっ!! 幽霊なんているわけねーだろっ!! 手を放せ!!」

「あっ!」


 力を込めて手を振るとあっさり藤原の手から解放された。

 もう掴まれてなるものかと手を体に寄せて藤原から距離を取った。


「なんだよっ、キモチワリー。てめぇは病院に行った方がいいんじゃねぇか??」

「気持ち悪いって思うのは分かる。だけど、真面目に俺の話を聞いてくれ! 最悪、君の命に係わるんだ!」

「スピ系の話で金を取ろうとしてるんだろうけど、お生憎様。俺はそんなんで騙されるような単純なアホじゃねぇんだわ」

「黒い髪。腰まである長い髪。年齢は三十前後。きれいな女の人。服は白の半そでに、花柄のロングスカート。靴はサンダル」

「は??」

「俺は幽霊が〝視〟えてる。先週は君の少し後ろにいた。なのに今はすぐ後ろにいる。君の首に黒い跡がある。最近悪夢は見てない? 殺される夢を見てない? 死ぬ夢を見てない? 普段、悪いことは重なってない? 大事なものが壊れたり、あとは怪我をしたり、体調を崩したり、あとは――」

「うるせぇぇよっ、バァァァカッ! キッモチワリー!! んなことあるわけねぇーだろっ!!」

「でも、このままじゃ、君は死んでしまうかもしれない! 死ぬまではいかなくても、体が弱くなってしまうかもっ!!」

「はっ。健康診断で問題なかった俺が!? 体が弱くなる? ねぇぇぇよッ! そもそも十八で死んでたまるかよっ!」


 普段感情を表に出さない佐渡だったがこのときは無性に苛立ちを覚えてつい声を荒げてしまった。

 相手を威嚇するように低い声を出し、吐き捨てるように「俺に関わんなっ」と言う。

 佐渡はふと周囲が遠巻きに自分たちを見ているのが分かった。

 少し騒ぎ過ぎた。

 佐渡は一週間前もそうしたように藤原に背を向けて足早にその場を立ち去った。振り返りはしない。きっと追いかけてはこないから。

 佐渡は藤原の言葉が耳障りだった。

 思い返してみても嫌な気分にさせられ、歩きながら奥歯を強く噛んだ。

 藤原の言っていることが的外れだったらきっとこんな気持ちにならなかっただろう。

 だが、的を射ているから焦りに似た気持ちになってしまった。


 ――最近悪夢を見ているか?


 大学に入る少し前から毎夜のように悪夢は見続けていた。

 それは逃げる夢だったり、隠れる夢だったり、殺される夢だったり、死ぬ夢だったり。夜中に必ず起きてしまうのだ。だから、寝坊してしまう。

 悪いこともここ最近ずっと続いている。スマホが壊れたり、教科書が無くなったり、夕飯を食べたら腹を壊したこともあった。怪我というほどの怪我はしていないが、しかし、気づかぬうちに痣や切り傷があちこちに出来ていた。体調を崩すというか、ずっと体の中にもやもやとしたものが溜まっている感覚があった。胸の辺りがずっとムカついているというか。食べ過ぎたときに少し似ている。それで食事内容を見直してみたがずっと改善はしなかった。それからここ最近、視力が落ちている気がしていた。以前より遠くのものが見えず、教室の後方では黒板を見るのがやっとだった。

 だがそれらは〝たまたま〟や〝気のせい〟で済ませられるような物事ばかりだ。

 佐渡はその足で学食へと向かった。

 次の講義は一コマ空いて午後からだった。

 学食で食事を取りながら時間を潰そうと考えた。気分を変えたかったのもある。

 食券機の前で何を食べようかと考えていると、「何食うんだ?」と声を掛けられた。

 友人の竹内だ。

 竹内はさっさと隣の食券機に硬貨を投入して『カレーライス』のボタンを押してしまう。

 それを横目に佐渡は『たぬきうどん』を選んだ。


「大変そうだったな」


 竹内は話したくて堪らないという雰囲気でそう言ってきた。

 先ほどの授業を一緒に受けていたから騒動も知っているのだ。


「変なのに絡まれたわ」

「ははっ。確かに変な奴だけど、悪い奴じゃないんだよなー」

「知ってんのか……?」

「ああ。藤原とは中学が一緒だったんだ。ほい、箸」

「あ、ありがとう」

「どういたしまして」


 カレーライスとたぬきうどんをそれぞれ受け取って窓際のソファ席に二人で陣取った。


「藤原って家が神社なんだよ。だから、霊感があるって話で、女子には結構人気だった」


 竹内はスプーンに乗りきらんばかりのカレーライスを掬って口へと運んだ。


「林間学校のときなんかは、どこそこに霊がいるから近寄らない方がいい、とか、この霊は気にしなくてもいい霊だとか言ってた。俺ら男子はバカにしてたけどな。女子はわーきゃー言ってて大盛り上がり。そんである日、学校行事の一環で肝試しをすることになったんだ」

「肝試しやるとか珍しいな」

「そうみたいだな。なんにせよ、夜暗い中、山道を歩くってのは子供心には楽しかったぜ」


 肝試しは学校の裏手にある山で行われた。午後七時に校庭に集合し、二クラス約六十人が参加した。三人から四人のグループを組んで一〇分程度の山道を歩く。それはなんら恐ろしいことはなかった。普段から部活動などで山に登ることがあったからだ。スムーズにいけば夜九時には終了だった。待ち時間の間はキャンプファイヤーを囲みながらボランティアの保護者たちが振舞う焼きそばを頬張った。何事もなく終わるものだと誰もが思っていたが、しかし、午後八時頃に異変が起こった。戻ってきたグループの内、一人の女子が痙攣を起こし、地面に倒れこんだのだ。周囲にざわめきが起こった。倒れた女子生徒と同じグループだった女子は半狂乱。教師と保護者は大慌てで救急車を呼び、倒れた女子生徒の対応に追われた。そんな騒ぎの中、不思議な雰囲気を携えて、藤原が前に出てきたのだ。「これは随分と悪い霊に憑りつかれてしまっていますね」と言いながら。前に出た藤原は自分の親指の皮膚を噛み千切り、誰も止める間もないまま、女子生徒の口の中に血の出た親指を無理やり押し込んだ。途端に女子生徒は痙攣が止まり、呼吸が穏やかなものになった。

 その後女子生徒は救急車で運ばれたものの、特に異常は見つからず無事に家に帰れたという。

 このことから藤原の評価は一変した。


「俺ら男子は藤原のことを尊敬したよ。漫画の主人公みたいだって囃し立てた。だけど、女子たちは藤原のことを軽蔑して、助けてもらったはずの女子は藤原の血を飲まされたのがショックで学校に来なくなってそのまま転校しちまった。保護者からも随分バッシングがあったみたいで、藤原は校長室に何回も呼ばれたんだ。そんで結局藤原も転校しちまった」


 竹内はそう話して、「ご馳走様でした」とカレーを食べ終えた。

 この話を佐渡はどう受け止めればいいのか分からなかった。

 他人の血を飲まされた女子を可哀そうだと思えばいいのか、悪霊(?)から女子を救った藤原を凄いと思えばいいのか、それとも、生徒たちの管理をしなければならない大人たちの気持ちを憂えばいいのか判断がつかない。ただ言えることは、竹内は心の底から藤原の血が特殊なもので悪霊に憑りつかれた女子を救った英雄だと思っているということだ。

 佐渡は曖昧な表情を浮かべたままたぬきうどんを啜っていた。


 翌日、佐渡は藤原を探した。

 そして昼時の学生食堂で藤原を見つけたときは神を見つけたような気分になった。


「藤原! 今、いいか!?」


 昨日とは真逆だ。そう思いながら佐渡は藤原の腕を掴んだ。

 藤原はいい加減鬱陶しかったのか、今日は前髪をピンで止めていた。やや吊り上がり気味の目が少しだけ大きく開いて、「ああ」と口が動いた。

 佐渡はこれから馬鹿みたいな話をする自覚があった。他の人に話を聞かれたくなかったから場所を移動した。校舎の端っこにある古い喫煙所。ボロボロのベンチが一つと、へこみだらけのスタンド灰皿が憩いの象徴として置かれている。喫煙者はほとんどが中庭にある新しい喫煙所に行くものだからこちらはほとんど人がいなかった。


「どうすれば霊だかはいなくなる?」

「その前に、右目、どうしたの?」


 佐渡は単刀直入に聞けば、藤原にそう返された。

 これに佐渡はうっと呻いて眼帯をした右目を手で覆った。

 佐渡は昨夜に悪夢を見てからというもの、右目が霞んでほとんど見えなくなっていた。そしてその悪夢はどんなものかと言えば、長い黒髪の三十前後の女性が、目の中に指を突っ込んでくるというものだった。女性は苦悶の表情を浮かべていた。髪を振り乱しながら佐渡に近付き、押し倒してきたと思ったら首を絞め、それから右目を取り出さんばかりに指を突き立ててきたのだ。その瞬間、佐渡に激痛が走った。それで深夜に飛び起きてみれば、右目がほとんど見えなくなっていたというわけだ。そのうち治るかもしれないと思って朝まで過ごしたが一向に改善しない。それどころか視界が一部欠けたようになっていた。佐渡は恐れおののいて、それでこうして藤原に縋ったのだ。

 佐渡はしどろもどろながらもそうした事情を藤原に語った。

 藤原は佐渡の話を静かに聞いていた。

 話を聞き終えると、藤原は「このあと、予定は空いてる?」と聞いてきた。

 午後に授業はあったが、佐渡は「空いている」と答えた。


「それならうちの神社に行こう」


 藤原はそう言った。

 藤原の神社は大学から電車で四十分のところにあった。住宅地の中にひっそりとあるそこは中々に歴史がありそうだった。色が剥げている赤い鳥居に苔だらけの狛犬。いや、よく見れば狛犬ではなかった。犬の頭に体は虎、尾は蛇になっていた。境内の中にある社はしかし立派な作りである。そう言ったら、「改築したばかりなんだ」と藤原は笑った。この男が笑うことができるのだと佐渡はこのときはじめて知った。

 藤原は境内を真っ直ぐに進み、靴を脱ぎ社の中へと入っていく。佐渡はどうしていいのか分からなかったが、何も言われなかったので後を付いて行った。

 ずんずんと奥へと進むと緑色のドアがそこにあり、その中へと入っていくと今度は一般的な住居が広がっていた。


「薫姉さん、いる?」


 藤原は奥に向かって声を掛けた。そしてその住居部分へと足を踏み込んでいく。

 佐渡はさすがにそれ以上入るのもと躊躇い足を止めてると、「佐渡くん、こっち」と藤原が声を掛けてくるので仕方なく足を進めた。

 色褪せた絨毯が敷かれた昭和の家という趣がある。ここだけ時が止まったように見える。


「おかえり。早いのね。――お友達?」

「ただいま。うん、そう」


 廊下の奥から姿を現したのは年齢不詳の女性だった。巫女服を着ていることと藤原とのやり取りから先の『薫姉さん』なる人物だと佐渡は分かった。

 そのあとすぐに藤原から女性の紹介が入った。

 名前は伊藤薫と言い、実の姉だという。何故名字が違うかと言えば結婚したからだということだった。四人いるうちの一番上の姉だという紹介もあったことから、藤原が五人姉弟の一番末であるということも分かった。ついでに、藤原の下の名前が楓だということも分かった。薫という女性は藤原と雰囲気が似ていて目つきの鋭い美人であった。睨まれると悪いことをしたわけでもないのに責められているような気分になる。佐渡は薫にじろじろと見られ、居心地の悪い思いをした。


「なるほど」


 薫が言った。何がなるほどなのか。


「また厄介そうな子を連れてきたわね」


 薫は呆れたようにしていた。

 来た道を戻るようにして本堂へと案内され、佐渡は板の間に座るように言われた。


「えーと、君の名前は」

「あっ、佐渡佳己と言います」

「佐渡くんね。佐渡くんは今自分が置かれてる状況は分かってる?」

「……一応、藤原くんからは、悪霊が俺に憑りついている、って説明は、受けてます」


 佐渡は歯に物が挟まったような言い方をした。本当であれば悪霊だなんて存在を認めたくない。だが、そうとしか言いようがない出来事の数々に否定の言葉を言いたいのをぐっと堪えていたのだ。


「……それで、これはどうにかなるんですか……?」

「原因となってる霊を取り除けば大丈夫よ。目は、……うーん……ちょっと完璧に戻すのは難しいかもしれないけど、今よりはいい状態になるはず」

「じゃ、じゃあ、お祓い? とかってこの神社でしてもらえるんですか??」

「もちろん。できるわよ」


 にっこりと薫は笑う。佐渡は救われたような気持ちになった。


「佐渡くんの場合は楓のお友達ってことで三十万円で引き受けるわ」


 にっこりと笑う薫。佐渡は地獄に叩き落されたような気持ちになった。


「さ、三十万!? そ、そんな無理です!! 払えません!! タダとはさすがに言いませんが、もう少し安くなりませんか?」

「じゃあ、二十九万円」

「ほとんど変わらないじゃないですか!?」

「そうは言ってもうちも商売だからね。娘の学費も貯めないといけないし」


 「これでも破格なのよ? 最低でも百万からなんだから」と、薫は言う。

 そうは言っても佐渡は困った。そんな金なんてない。あったら学食でたぬきうどんなんてケチなメニューを選んでない。


「親御さんに建て替えてもらうってのはできそうにないの?」

「あー……と、俺、親がいなくて……保護者は祖父母と伯父さんにしてもらってるんですけど……金のことは言いづらくて……」

「薫姉さん、どうにかできない?」


 じれったそうに藤原が口を出してきた。これに薫は「それなら、あんたが祓ってみる?」と言った。


「あんたが祓うなら私は口出しをしないわ」

「でも、俺は除霊できないし」

「除霊がすべてじゃないでしょ。浄化してあげればいいだけなんだから」

「浄化って、でもそれって大変じゃ……」

「大変だけど、佐渡くんのためならできるでしょ? だって、友達なんだから」


 薫の言葉に藤原は戸惑うようにしていた。だが、少し時間を置いて、「分かった」と答えた。


「よし。佐渡くんもそれでいいかな?」

「えっと、よく分からないんですけど、藤原がやってくれればお祓いはタダってことですか?」

「そうよ。ただ、佐渡くんにも協力してもらう必要があるから大変だと思うけど、それでも良ければ。どうする?」


 そう聞かれても佐渡に選択肢があるわけなかった。

 薫との邂逅のあと、佐渡は藤原の部屋に通された。

 古風な和室に勉強机とベッドが置いてある。

 「適当に座って」と藤原から促され、佐渡は座布団の上に座った。藤原は勉強机の椅子に腰掛けた。


「佐渡くん、ごめん。結局、薫姉さんに頼れなくて……」

「あ、いや、俺が金無いのが悪いから。つか、藤原が俺のこと助けてくれるんだろ?」

「うん。……うまくできるか分からないけど……」


 藤原は今にも消え入りそうな声でそういった。体を縮こませて申し訳なさそうにする姿はとても高身長には見えない。自信の無さがありありと見受けられ、佐渡は不安に駆られた。やはり、借金をしてでも三十万円を用意すべきだったが。そんな考えが頭を過ぎる。


「あのさ、竹内から聞いたんだけど――って、竹内って分かる? 藤原と中学一緒だったって言ってたんだけど」

「タケウチ……ごめん、ちょっと覚えてないや」

「ああ、まあいいや。それでその竹内が言うには、痙攣した女子に藤原が血を飲ませて治したって聞いたんだけど、お前の血を飲めば俺も治るのか?」


 血を飲むなんて普通なら真っ平ごめんだが、もしも藤原が『そうだ』と言えば、のっぴきならない状況の佐渡は血を飲む覚悟をしていた。

 だが、藤原はそうは言わなかった。


「うーん……佐渡くんの場合は、血を飲んだら多少良くなる、けど……根本原因の解決、にはならない、かな……」

「じゃあ、中学のときの女子は?」

「あの子と佐渡くんとでは状態が違うんだ。あの子はまだ俺でも対応できたけど、佐渡くんは結構重症。だから、薫姉さんを紹介したんだ」


 藤原が嘘を言っているような雰囲気はなかった。

 佐渡はがっかりした。血を飲んでパパっと解決できるのであれば一番楽でいいと思ったからだ。

 それではどんなことをやらされるのかと佐渡は恐々と藤原を見つめた。

 藤原は佐渡の視線を受けて「まずは情報を整理しよう」と言った。


「幽霊が憑りついた時期、つまり、佐渡くんの具合が悪くなり始めた頃のことを教えてほしい」


 藤原にそう言われ、佐渡は空中に視線をやり、過去のことを振り返った。

 記憶を一つ一つ辿っていくと春休みに高校時代の友人たちとA県に卒業旅行へと行ったあと辺りから具合が悪くなったということを思い出した。

 それが原因なのだろうか。分からない。

 しかし一応そのことを伝えると藤原はスマホでA県のことを調べ始めた。詳しくどこへ行ったのか教えてくれというので、スマホに残っていた画像を見せながら訪れた観光名所を次から次へと伝えた。画像を送っていくと、「ごめん、一つ前に戻って」と藤原から声が掛かった。それで佐渡は一つ前の写真に戻した。それは山の頂上へ向かう道の途中にある橋の上で撮った写真であった。

 自分と友人三人が写真に写っている極々普通の画像だった。

 それを藤原は見つめて、しばらくしてから今度は自身のスマホで何やら調べ始めた。


「この橋って、もしかしてここ?」

「そうだと思う」

「じゃあ、この人かな?」

「何がだ?」

「佐渡くんに憑いてる霊」


 藤原は手に持っていたスマホを佐渡に渡す。佐渡はそのスマホ画面に表示されたネットの記事を読んだ。

 そこには橋から転落死した女性のことが書かれていた。名前は湯川いづみ。年齢は二十九歳。顔写真は無かったからどんな女性かは分からない。だが、直観で佐渡はそうだろうと思った。湯川いづみという名を思い浮かべるだけでぞわりと背筋が震えるからだ。


「きっとここで写真を撮った時に憑いてきちゃったんだろうね」


 藤原はさらりとそう言った。

 藤原は「現地に行くから」とそのあと言った。「今から?」と問えば、「今から」と返答があった。

 ここからA県にある橋まで車で五時間は掛かる。

 それが分かっているのだろうかと佐渡は不安に思ったが、藤原は織り込み済みのようだった。佐渡は鳥居の前で待つようにと言われ、その言葉に従うとやがて『健康美神社』と書かれたワゴン車で藤原が現れた。佐渡は助手席に乗ると、そのままA県へと向かった。

 『健康美神社』とはなんとも縁起の良さそうな名だなと思った。そのことを伝えれば、藤原は当て字なのだと言った。元は『戌寅巳けんこみ神社』と言って、入口にある狛犬を指しているのだという。だが、いつの頃からかそれが訛って『けんこうび』と周りが言うものだから名前を改め今の名前にしたのだという。だから、もともとは健康に特化した神社ではないのだと藤原は苦笑した。

 A県への道のりは順調だった。藤原が意外とスピードを出したというのもある。高速道路では追い抜き車線に移り、何台も何台も追い越した。見た目チー牛とは思えない運転の仕方だ。

 カーナビで案内された到着時刻よりも三十分早く到着しそうだった。だが、A県に入った辺りで佐渡はどうしても気分が悪くなった。息は荒くなり、動悸がし、耳鳴りに伴って頭痛がしはじめた。ただ座っているというのも難しくなり、窓ガラスに凭れ掛かるようにした。


「とめてくれ」


 もう限界だった。

 佐渡は山道を進んでいた車を路肩に停めてもらい、そして、草むらに向かって盛大に吐いた。胃液が口までせり上がり、また吐いた。三度吐いて、ようやく吐き気が収まった。


「大丈夫か?」


 藤原の呼び掛けに佐渡は答えることができなかった。

 喋るとまた吐き気がやってきそうだったからだ。かといって車に乗るのも怖かった。

 佐渡は動けずにその場にしゃがみこんでいると、藤原がその肩を叩いた。


「……佐渡くん、俺の血、飲んでみる……? 完璧には治らないけど、少しは楽になるかもしれない」


 藤原の声は天からの助けの声だった。この気分の悪さが多少なりとも落ち着くのであればいくらでも血を飲みたかった。

 藤原はカッターナイフで指先を切ると、その指を水が入ったペットボトルの口に差し込んだ。指先から垂れた血が水にゆらりゆらりと溶けていく。赤い水ができると藤原は飲めと言うように佐渡に渡してきた。砂漠でようやく見つけた水のように佐渡は一気にそれを飲み干した。

 効果はてきめんだった。吐き気が治まった。頭痛も耳鳴りも和らいだ。佐渡はこれなら車に乗れると、再度車に乗り込んだ。


「藤原の血は特別らしいんだ」


 と、藤原の言。


「遡ると先祖は平安時代に活躍した陰陽師なんだ。安倍晴明ほどではないにしろ、そこそこ力があったみたいで、江戸時代に下ったあとも江戸幕府から重宝がられてわざわざ京から江戸の地に呼び寄せたみたいなんだ。うちは分家筋なんだけどね。本家は今も京都なんだ。鬼を払うのをずっと生業にしていたみたい。政治家ってのはいつの時代も恨まれる仕事だから」


 藤原は佐渡が喋れない間、ぺらぺらと喋った。佐渡の気を紛らわすために気を使ったのかもしれないし、沈黙に耐えきれなかったのかもしれない。それか、血を飲ませた理由を説明したかったのかもしれない。


「ああ、見えてきた」


 藤原は橋の手前にある駐車スペースに停車した。観光地ではあるが平日の夜ということもあり、他に車はいなかった。橋の上から周囲を見渡せば、遠くに民家の明かりがぽつりぽつりと見える。

 佐渡は夜風に当たりながらなんで自分だったのだろうか、と思った。

 その間に藤原はワゴン車の後部座席からいろいろな道具を取り出してきた。赤く染めた細長い木の棒を二本に、しめ縄のような細い縄が一本、神主が持つような枝付きの葉っぱ、蝋燭と、他にも細々としたものを出してきた。

 そして写真を撮った位置に近い場所にそれらを設置しはじめた。

 木の棒を地面に突き立て、その棒にしめ縄を渡す。お膳の上に酒が入った器と人型に切られた半紙が置かれた。ちなみに半紙にはミミズがのたくったような線が書かれてあった。そして蝋燭がその手前に置かれた。まるでそれは簡易的な神社のようだった。事実そうだったようだ。藤原は幹を振り回しながら訳の分からない言葉を口に上らせ歌のように唱えだした。あとで聞けばこれは祝詞というものらしい。その祝詞を聞いていると佐渡はざわざわと心がざわついた。ここから逃げ出したいという衝動に駆られたが必死にそれを抑えた。藤原に呼ばれた佐渡は近くに寄った。そうすればお膳の上に置かれた酒を飲めと言う。佐渡は言われるままに酒を飲んだ。するとざわついていた心が落ち着いた。不思議だった。さらに藤原は佐渡にその場で座るように指示された。佐渡は土の上に胡坐を掻き、言われてもないのに目を閉じた。藤原が祝詞を再度唱えだす。肩に葉の当たる感触が、耳からは葉の擦れる音が入った。藤原が移動する気配がする。葉で何度も何度も撫でられるようにされるとその度に体に蔓延る重たい感覚が薄れていく実感があった。


「佐渡くん、上を向いて」


 上を向く。そうすれば右目を覆っていた眼帯が取り払われた。そして右目が無理やりこじ開けられる。その途端、目に赤い汁が入り込んできた。ジワリと視界が赤に染まる。藤原がまた血を流したのだと知る。瞼が下され、葉が顔にさわりさわりと触れる。


 「これで終わり」と、唐突に宣言された。

 佐渡は目をゆるりと開いた。視界はもう赤には染まっていなかった。元のように視えるとまではいかなかったが前日までの視力には回復をしていた。


「……これで幽霊は俺の中からいなくなったのか?」

「一応は。今、佐渡くんの体は清められてる状態だから幽霊が入り込めないんだ。ただ、――これは一時的なものだから分からない……」


 藤原の言葉に佐渡はぎょっとする。

 「話が違う!」と怒鳴りつければ藤原は弱ったような表情を浮かべた。


「俺は、まだ半人前なんだ。……一応、浄化をしようと思ってやってみたけど、そこまではできなかった……佐渡くんの体から追い出すだけで精一杯だったんだ……」

「じゃあどうしろってんだよっ!」

「…………ごめん」

「こんなところまで来て、ここまでやっておいて『ごめん』で済ますなよ!」


 藤原は怒鳴り声に体を縮めた。

 そんな藤原の姿に佐渡は苛立ちを隠せないでいた。本来なら感謝するのが筋合いだろうが佐渡は自分の置かれた状況に気持ちの余裕がなかった。苦しかった自分に手を貸してくれた藤原を佐渡は睨んだ。これから藤原をどんな目に合わせてやろうか。そう思った時だった。

 藤原の背後。橋の袂に人影のようなものが見えた。

 黒い髪。腰まである長い髪。年齢は三十前後。きれいな女の人。服は白の半そでに、花柄のロングスカート。靴はサンダル。

 彼女は果たして生きた人間だろうか。

 いいや、違う。あれは幽霊だ。

 この橋から転落死した湯川いづみ、その人だ。


「――なあ、視えるか?」


 佐渡は恐る恐る藤原に問いかけた。

 佐渡の視線の先を藤原は見る。


「視えるよ……黒い靄が」

「黒い……? いや、女の人、たぶん、湯川いづみ」

「視えるの?」

「視える」

「佐渡くんには霊視の能力があったんだ」

「そんなバカな。これまで一度も見たことがない」

「そうかな? 霊視の能力がある人は意外と自分の力に気が付かないってよく言うよ。人と霊が同じくらいはっきり見える人は特に。そんな経験ない?」


 そう言われたが佐渡には思い当たる節がなかった。これまでそうした不思議体験をしたことがない。だが、なんにせよ、今は霊が見えているということには疑いようがなかった。


「話しかけるのって、あり?」

「別にありだよ。何かあれば、俺がまた体から祓うし」


 頼もしいのか頼りないのかよく分からない藤原の返答。

 佐渡は意を決して、湯川いづみに声を掛けた。


「あのー、もしもし」

『えっ? はい。何か御用ですか?』


 湯川いづみは思ったより普通に会話ができた。夢で見た悪霊めいた姿は形を潜めている。そのことを藤原にこっそり言えば、「少しは浄化されたってことだと思う」と言った。「正気を取り戻したっていうか、生前の姿に近いのかも」とも付け加えた。

 佐渡は藤原の説明を素直に聞き入れた。

 そうしてあらためて湯川いづみを見てみる。

 彼女はどこか悲しそうな表情をしていた。そもそも彼女はなんで死んだのだろうか。ネットで見た記事には転落死としか書いていなかった。


「その、聞きたいことがあるんだけど、なんであなたはここにいるんですか?」


 一応年上だから丁寧な言葉を使って聞いてみる。

 すると彼女はなんの躊躇いもなく理由を話してくれた。


『私、ここで死んだんです。それを後悔して、ずっとここにいるんです』

「……なんで死んだんですか……」

『……知らない男の人にここまで連れてこられて、それで……逃げようと思ってここから……飛び降りちゃったんです』


 彼女は目をうるうるとさせ、今にも泣きそうな表情になった。

 直後、涙をその目から溢れさせた。


『お母さんに、お父さんに、ごめんなさい……! あっくんも、ごめんなさい! うっ、うっ、なんで私、あの日、出かけちゃったんだろう……別に、わざわざ出かけなくてもよかったのに……!』


 嗚咽を漏らしながら泣く彼女。

 元来男は女に泣かれると弱い。

 佐渡はどうしていいのか分からずおろおろとしだした。

 それに気が付かない彼女はそのまま胸の内の後悔を吐露した。


『お別れを言いたいのに、言えない……伝えたいのに……今の私じゃ伝えられない……!』

「あっ、じゃあ、俺が伝えようか?!」


 佐渡は咄嗟にそう言った。

 それに『えっ』と、彼女は驚いた様子だった。

 一方の佐渡は自分の考えが名案だと思えて急に乗り気になった。

 戸惑う彼女を置いてけぼりに、佐渡は口早に自分の考えを伝えた。


「君が家族とかに伝えたいこと、俺が手紙で書くよ。そうすれば伝えることもできるだろう?」

『……いいの? 書いてくれるの?』

「ああ!」

「ちょっと待って!? どんな話になってるの!!」


 藤原が声を掛けてきたが佐渡は構っていられなかった。

 スマホを手に持ち、彼女が発した家族に伝えたい言葉を打ち込んでいく。佐渡は打ち終わるとスマホ画面を彼女に見せる。そうすれば彼女はにっこりと微笑んだ。


『ああ、良かった……これでもう思い残すことはないわ』

「それなら良かった。じゃあ、お姉さんはもう天国に行けるのかな?」

『どうだろう……天国があるのかは知らないけど、さっきまではなかった道が見えるから、きっと死後の世界みたいなところにはいけると思う』

「そっか」

『ええ。……その、……あまりはっきりとは覚えてないんだけど、君には苦しい思いさせてしまったわよね? ごめんなさい』

「……しかたがないよ。お姉さん、死んじゃったんだもん。あまり気に病まないで」

『優しいのね』


 湯川いづみは手を振った。


『さよなら。助けてくれてありがとう』

「どういたしまして……」


 そして湯川いづみはその場に溶けるようにして姿を消した。

 〝道〟とやらへ向かったのだろう。

 完全に見えなくなってから佐渡は藤原を振り返った。藤原は興味深そうに眼を細め、佐渡とその背後を交互に眺めた。


「すごいよ、すごい。佐渡は霊媒師の才能があったんだ」

「れーばいし?」

「霊と交信ができる人。湯川いづみの幽霊は今、完全に消えた。浄霊できたんだ。これは本当にすごいことだよっ」


 藤原は興奮を抑えきれない様子だった。


「佐渡は霊媒師としての道を究めたほうがいいよ! もしよければその筋の人を俺が紹介できるから!」

「はぁ? 冗談も休み休み言えよ……それより早く山から下りよう。手紙を書かないと」


 佐渡は湯川いづみの約束を果たすためにそう言った。藤原の運転で麓のコンビニエンスストアまでやってくるとそこで便箋と切手を買い、丁度あったイートインコーナーで手紙を書いて、それをそのまま駐車場にあるポストに投函した。

 役目を終え、佐渡は肩の荷が下りた気持ちになった。

 体調が回復していくにつれ、ようやく気持ちの余裕も出てきた。帰り道、高速道路を運転する藤原に「ありがとう」と感謝を伝えた。藤原は「なんとか役に立ててよかった」と、ほっとしたような声で言った。夜の車中、薄暗い中では藤原の表情は読み取りづらかったが、その表情もどこか安堵の色が滲んでいた。

 日付が変わってから都内へと戻ってきた二人。藤原は佐渡を家まで送り届けると名残惜しさも感じさせずにさっさと帰っていった。

 どうせ大学で会えるのだ。佐渡はそれを見送った後あくびを一つした。眠くて眠くてしかたがなかった。それはそうだ。昨日は悪夢にうなされ眠れなかったのだから。いやいや昨日だけではない。ここ一か月はまともに眠れていない。色々とやることはあった。だが、すべてを投げうって、佐渡はベッドに倒れこんだ。三秒後には寝息。それから朝までぐっすりと眠れた。




「藤原っ! 今、いいか?」


 佐渡は学生食堂で見つけた藤原の腕を取った。

 それから二人は校舎隅にある人気のない喫煙所へと移動した。塗装が剥げたベンチに二人で腰掛ける。口を開いたのは佐渡だった。


「あの日から、変なのが視えるんだ……」


 佐渡は以前と違って眼鏡を掛けていた。安い黒縁の眼鏡は案外彼に似合っているが、ともかくとして、眼鏡を外すと遠くの方を視るようにした。


「あそこの屋上、視えるか?」

「いるね、あそこに」

「そうだよな、そうなんだよな。やっぱり、幽霊なんだよな……」

「だから、佐渡は霊視ができる人なんでしょ」

「そんなわけあるか!! 俺はこれまでの人生、あんなもの視えたことがなかった! 屋上にいる霊だって、気が付いたのは先日の件以降だ。絶対おかしい。お前、俺になんかしたんじゃないか??」

「いや、なんかしたって、俺の血を飲ませたぐらいしかしてないだろ」

「それがなんか作用してたりしないのか!? いきなり霊が視えるようになるなんておかしいだろ!」


 佐渡は必死だった。いきなり日常が変わってしまったから、頭がおかしくなりそうだった。空飛ぶ人間が視えたり、走行中の車をすり抜ける子供が視えたり、電車に向かってジャンプする女子高生を視たりと、現実と虚構の区別がつかなくなっていた。

 眼鏡をしたのはそういう理由もあってだった。視力が落ちたから作ったのもあったが眼鏡をしているとそうした幽霊というのが見えにくくなったからだ。

 どうにか元のように視えなくなる術はないのか。

 救いを求めて藤原に見たのだが……しかし、


「きっかけは確かに俺の血だったろうけど効果は長続きするものじゃないから、これは単純に佐渡くんの才能が開花したてことだね。影響を受けやすいんだね、佐渡くんは」


 という無慈悲な藤原の言葉に佐渡は空に響くような声で「ウソだぁぁぁぁ!」と叫ぶのだった。











 ……死んだ彼女から手紙が届いた、という話がSNSを一時騒がせた。


 投稿主である彼氏はその手紙が本物かどうか判断がつかないが、率直に嬉しいと綴った。


 これには賛否両論の意見が飛び交い、やがて投稿主である彼氏はアカウントを削除してしまった。




 幽霊からの手紙――それはこれ以降、度々SNSを騒がせることになるのだった。




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