ふたりの男とひとりの少女
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ーーーー私たちは、約束を抱いて生きている。
いつ終わってもおかしくないこの世界で、
誰かと交わした、ちいさな約束を。
それは、生き延びた先にしか叶わない。
だから私たちは、今日も命を賭ける。
たとえ叶う保証なんてなくても。
ーーそれでも、信じていたかった。
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——世界は、静かに終わった。
最初の警報が鳴ったとき、テレビではまだバラエティ番組が流れていた。
誰もが“どこか遠い国の話”だと思っていた。
けれど、次の朝には街の半分が焼け落ちていた。
叫ぶ声も、泣き声も、笑い声も、
ゾンビに喰われて、音がひとつ、またひとつと消えていった。
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エンジンの低い唸りと、乾いた風の音だけが車内を満たしていた。地図にも載らない道路を、二人の男が黙々と進む。
目的地はない。ただ、生き延びるために走るだけ。
助手席の男がぼそりと呟く。
「次の町までガソリン、保つか?」
運転席の男は曖昧に肩をすくめ、眠気まじりの目で前を睨む。
そんな静けさを切り裂いたのは、ふいに視界の端を横切る、小さな影だった。
「……止めろ」
助手席の男が窓の外に目を向ける。その先には、崩れた塀を越えて駆けてくるひとりの“女”。
彼女を追いかけるように、ゾンビの群れが蠢いていた。
運転席の男がブレーキに足をかけるより早く、助手席の男はドアを開けて、まだ減速しきっていない車から飛び降りた。
「おい、マジか!待てって……!」
運転席の男が焦った声をあげるが、聞こえていない。
砂煙の向こうで、男はすでに銃を構え、ゾンビの間を駆け抜けていた。
女は必死に走っていた。
涙で滲む視界の先に、希望も助けもない。
もう駄目だ、と膝が折れそうになったそのとき――
鋭い銃声が数発、静寂を切り裂く。
目の前のゾンビが吹き飛び、群れが崩れる。
気づけば女の前に、見知らぬ男が立っていた。
「お前、こんなところで何してんだ」
低い声に、女は言葉を失う。
男は乱暴に手を伸ばすこともなく、ただ淡々と彼女の様子を見ている。
「……ここは危険だ。とりあえず移動するぞ」
女は首を横に振る。震える指で腕の裾をまくると、そこには歯型の痕が赤く残っていた。
「……せっかく助けてくれたのに、ごめんなさい」
顔を伏せる女。
男はしばし沈黙し、ふっと息を吐く。
「ここから東に行ったら避難所がある。……そこならワクチンがあるかもしれねぇ」
「……何言って……」
「まだ諦めるのは早いだろ。いつ噛まれたんだ、それ」
「今朝、です……」
「じゃあ、まだ大丈夫だ。来い。連れてってやる」
「え、でも……」
「でもじゃねぇ。そもそも、こんな中途半端に放り出すなら最初から助けてねぇよ」
男は強引に女の腕を掴み、歩き出す。
後ろで運転席の男が呆れた声を上げる。
「おいおい……やっぱり放っておけねぇのかよ」
二人の男と一人の少女。
それが、旅のはじまりだった。
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静けさが戻った路地を、男は少女の腕を引いて歩く。
遠くにエンジン音が近づいてくる。
さっきまで彼が乗っていた車だ。
運転席に座るもう一人の男が、窓越しに呆れた顔でこちらを見る。
「……せめて止まってから飛び降りろよ」
助手席の男は、まるで聞こえていないかのように無言で車のドアを開ける。
少女を先に乗せ、自分も助手席に滑り込む。
少女はおずおずと乗り込み、戸惑いと不安が入り混じった顔で小さく身を縮めた。
車内に、汗と埃と火薬の匂いが漂う。
男たちの間に、短い沈黙が落ちる。
「こいつ、噛まれてた」
助手席の男が、窓の外を見たままぼそっと言う。
「へぇ……は?」
運転席の男が一瞬だけアクセルを踏み間違えそうになり、急ブレーキ気味に車を止める。
助手席の男を振り返って、思わず声が裏返る。
「いや、だからお前何してんの? 噛まれてる奴連れてきてどうすんだよ!」
「今朝噛まれたばっかだ。まだ間に合う。東の避難所ならワクチンが——」
「いやいやいや、勝手に話進めるなって……!」
助手席の男はちらりとも運転席の男を見ない。
むしろ当然のように少女の方へ身体を向けている。
「名前は?」
いきなり話を振られた少女は、びくりと肩を揺らす。
「……ユズキ、です」
「俺はレン」
運転席の男は「ちょっと待て……」と呟きつつ、あきらめたように肩をすくめる。
「話聞けよ……。ああもう、いいわ。俺はカイ」
少女は戸惑いながらも、小さく「よろしくお願いします」と呟いた。
誰も目を合わせず、車内にはどこか間の抜けた空気が流れる。
カイが溜め息混じりにハンドルを握り直す。
「……はぁ、今日も無事じゃ済まねぇ気がするわ」




