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野良人にサービスしてあげる猫ちゃんの話。

作者: ほな

 私は猫だ。

 可愛くて、愛しくて、守るべき存在の猫だ。


 人々はそう思っている。私はそんな事ないと思うけど、人の目線と猫の目線は違うものだから。

 受け入れる事にした。


 だから私は可愛くて、愛らしい。


 にゃんって鳴くだけで人々は喜び、愛情を注いでくれる可愛い生き物だ。何も考えずのろのろと歩くだけで可愛がられる愛しい生き物だ。

 とても、偉い生き物だ。


 私はそこまでは思わないけど。


「…わっ」

 今日もいつも通り、公園のベンチの上の陽だまりに体を丸くして、顔を尻尾に押し付けて、眠る。


 周りからは夏の終わる匂いがする。

 木の葉が落ちる匂いかも知れない。

 遊びに出た人々が持って来た食べ物の匂いかも。


 なんにせよ、いい匂いだ。嗅ぐと自然と、するりと目が閉ざされて行く。

 秋が始まる頃は空気もちょうどいい。ちょっとだけ寒くて、日差しはほどよく暖かくて。

 そよぐ風は髭をゆらゆらする。

 眠るのには最高の日和だ。


「わぁ……」

 たまに、こんないい日には人の手も感じられる。


 どうしてそんな気持ちになるのかはわからないけど、人々、特に仕事に疲れてそうに見える人はよく私を撫でたがる。

 撫でたがるって言うより、撫でる。


 頭の上からお尻のところまで。

 毛並みを崩さないように優しく、するり。

 撫でると言うより、滑ると言うのが正しいくらい。

 力を入れずに私の毛並みを感じる。


 優しい人だ。

 私を眺める視線もとても柔らかい。


 普通の猫ならこの手を鬱陶しいと思って去ってしまったかも知れない。あるいは、怒るかも。

 でも私は、こんないい人にはちょっとだけサービスをしてあげたいと思ってしまうのだ。


 私って猫は優しいから。

 愛を貰えば、愛を返すのが当たり前だ。


 だからすりすり。その手に頭を擦り付けた。

「ゎ……」

 これは私にとっては愛の印みたいなもんだ。まぁ、他の猫達も似たように振る舞うけど。

 中に含まれた心は違うかも知れん。

 知らんけど。


 顔を擦ると、私を愛でる手が力を増す。

 さっきまでは毛並みの上を滑るようだったとしたら、今じゃ毛並みを作ると言えるだろう。

 どっちも気持ちいい。


 やっぱり猫は撫でられるのに弱いのだ。

 本当は舐められるのが一番好きだけど、人は猫を舐めないから。

 撫でられるのが好きなんだ。


 人も撫でるのは好きだ。

「ぁは…」

 誰だって私を撫でたがる人は、私に触れると笑みが浮かぶ。間抜けな笑みが、にんまり。


 私も同じような顔が出来るから、昔はそう“笑って”みた事もある。

 でも不気味だって言われたので、もうやらない。


「可愛いなぁ…君は」

 この人はどこか暗い事情があるみたいだ。

 声に、顔に、手に、指に。

 戸惑いが見える。


 私に殴られた猫と同じだ。

 怯えている。


 私に安らぎを与えてくれた人なんだから、少しだけサービスしてあげよう。


 にゃんって、人々が一番好きな鳴き声で鳴いた。

「慰めてくれるの?いい子だね」

 それだけで嬉しそうになった。


 人も猫も、やっぱり単純なんだ。


 可愛がられると嬉しいし。愛されると嬉しい。

 人や猫じゃなくても、犬とかでもそうだろう。

 でも、これだけ単純な事を理解出来ず、ずっと悩むのは人だけだろう。


 この人もそのはずだ。

 愛されなくて心配なんだろう。

 嫌われたくなくて怯えるんだ。

 おばかさんだ。


「あはは…そんなに言っても、なにもわからないけど……ありがとう。なんか楽になった」

 私の言葉も理解出来ない、おばかさん。


「にゃんっ」

 なんか、声真似された。

 どういう意味なのかはわからない。


 猫同士も鳴いて会話するのはないから。人が猫の鳴き声を真似してもあまり効果はない。

 いや、鳴き声で会話する猫がいるかも。

 人ってみんな鳴いて会話すると思うから、私周りの猫だけ違う可能性もある。


 いつか他のとこの猫に会ってみよう。


 今はこの人に、甘えてみよう。

 なんだかお腹が空いてきたんだ。


「君、お腹とか空いてない?」

 すぐ察してくれた。

 それに答えるようににゃって。短く答える。


 私の鳴きが伝えられたみたい。

「そうなんだ。お腹すいたんだ。ちょっとだけ待っててね?なんか買ってあげる」

 人は最後にもう一度、私を優しく撫でた。


 そして去っていく。

 コンビニで猫用の食べ物を買ってくるみたいだ。


 コンビニの飯はあまり好きじゃないけど、なんもせずご飯を貰えるから。

 我慢だ。

 狩りはめんどいからな。


 寝転んでたベンチから起きて、座り直す。

 お腹をベンチに当てて、両手を体の中に隠す。

 人々はこの座り方を香箱座りって言ってたと思う。


 そうやって座り直すとすぐ、人がコンビニから出て来た。手には思った通り猫用のマグロが。

 コンビニ飯の中で一番好きなやつだ。

 いいセンスしてる。


「熱いから気をつけるのよ」

 温めてまで来たのか。

 確かにいいセンスしてる。


 これ食べて、ぐっすり寝たらちょうど家に帰る時間になりそうだ。

 今すぐ寝たら足りなかったかもしれないけど。

 私は食べるのがゆっくりなんだから。

 人のおかげで助かった。


 名前でも聞いてみたいくらいだ。

 言葉が出来なくて無理だけど。


「よく食べるね…ふふ」

 何かを食べながら撫でられるという事はとても、心地よい。気持ちいい。

 世の中で八番目くらいに好きだ。


 もぐもぐ。

 マグロを口の中に入れて、噛んで、飲み込む。

 背中は優しくなでなで。


 口は食べ物で暖かく、背中は人の手で暖かく、お尻は日差しのおかげで暖かく、お腹は飲み込んだ食べ物のお陰で暖かく。

 ぬくぬくになるばかり。


 夢中になってしまう。


 いいだろう。今は安全だから。

 人に愛でられると安全になるから好きだ。


「もう食べ終わったんだ。もっと欲しい?」

 なんて甘い誘惑なんだろう。

 でもこれ以上食べたら夕飯が食べられなくなるから。あと太るから。

 太ると動くのが嫌になるから。

 我慢だ。


 私は我慢が出来る猫なんだから。

 断りに意を込めて、鳴いた。

「そうなんだ」

 伝わったみたい。


 ほんとにいい人だ。

 こんな人が怯えて生きなければならないとは。

 生き場所を間違ったみたいだ。

 残念な人。

 やっぱりおばかさんだ。


 でも、優しいから。

 サービスしてあげよう。


「ゎっ、ちょっと…」

 人はよく猫を膝の上に乗せたがる。

 猫も、よく人の上に座りたがるのだ。


 暖かいから。

 安心するから。

 柔らかいから。


「あはは……」

 人の膝に登って、程よい姿勢に寝転ぶ。

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