影、宴を裂く
屋敷の中庭では、華やかな宴が繰り広げられていた。灯籠の灯りが揺れ、酒の香りと笑い声が夜気に溶けていく。中央の座にはキンゾウが陣取り、上機嫌で杯を傾けていた。彼の隣には、白い髪の美しい女——ツキが座っている。両脇には艶やかな着物を纏った女たちが侍り、男たちは酒を酌み交わしながら騒いでいた。
ツキは肩を抱き寄せられながらも、露骨に嫌悪の表情を浮かべていた。キンゾウはそれに気づかないふりをして、笑いながら杯を空ける。
その一角で、ひときわ大きな男が不機嫌そうに座っていた。巨体の男、ニオウ。腕を組み、眉間に皺を寄せている。
「おいお前、村の小僧にやられたんだってな」
ラオウがニオウの肩を叩きながらからかうように言った。
「なんだ、兄者か。違うんだよ、あれ…絶対忍者だよ」
「それにしたって情けねえだろ」
「…あー、何とでも言ってくれ。もう死んでるしな」
ニオウは酒を煽りながら、悔しさを隠すように笑った。
☆
その頃、屋敷の外ではイチが静かに準備を整えていた。
「手裏剣も入れておいた。すぐに影として出せるよ」とモモの声が響く。
イチは手のひらに意識を集中すると、黒い手裏剣が現れた。冷たい金属の感触が指先に伝わる。
「私にいい案があるんだけど」とモモ。
「どんな?」
「あそこにいるネズミを捕まえて」
イチは目を凝らし、暗がりに動く小さな影を見つける。手裏剣を投げると、鋭く飛んでネズミを仕留めた。
「そのネズミに触って影にできるから」
イチがネズミに触れると、それは砂のように崩れ、黒い霧となって手の中に吸い込まれた。念じると、黒いネズミが姿を現す。
「このネズミを…そうね、10匹出して」
イチは集中し、次々と黒いネズミを生み出した。合計10匹。小さな影たちは、静かに地面を這い始めた。
☆
宴の最中、キンゾウはますますご機嫌だった。ツキの肩を抱き寄せ、周囲に笑顔を振りまいている。ツキは目を伏せ、耐えるように黙っていた。
そのとき——
「なんだ、突然どうした」
キンゾウが声を上げた。黒いネズミが数匹、宴の場に現れたのだ。男たちがざわめく中、ネズミたちは行灯へと一斉に走り出した。
次々と灯りが消えていく。屋敷の門の篝火も、風に吹かれたように消えた。月明かりだけが残り、場は一瞬で闇に包まれた。
「早く明かりを灯せ!」とキンゾウが叫ぶ。
その瞬間、月が雲に隠れた。
闇の中を、両手に影の脇差を持ったイチが疾風のように走り抜けた。男たちの間を縫うように動き、次々と斬り伏せていく。女たちは悲鳴を上げ、震えながら身を寄せ合った。
手裏剣が宙を舞い、正確に敵の額を捉える。血が噴き出し、男たちは次々と倒れていった。
「お前ら、早く何とかしろ!」キンゾウが怒鳴る。
そのとき、月を覆っていた雲が流れ、光が広場を照らした。
ニオウが立ち上がり、イチに向かって突進する。
「忍びか、お前は!」
イチは影の太刀を出し、ニオウの一撃を受け止めた。火花が散り、二人の影が月明かりの下で交錯する。
宴は、恐怖と混乱の場へと変わった。
そして、ツキの瞳が、イチの姿を捉えていた。