月の笑顔
朝の光はまだ柔らかく、空気には夜の名残が漂っていた。
森の奥には薄い霧が立ち込め、木々の間を静かに揺れている。
イチは弓を背負い、腰には小さなナイフを差し、猟に出る準備を整えていた。
家の中では、ツキがポッドの中で静かに眠っている。
彼女の寝息は規則的で、まるで機械のように正確だったが、その白く透き通る肌は、どこか人間らしい温もりを感じさせた。
イチはポッドに目をやりながら、声をかける。
「今日は猟に出る。くれぐれも外には出るなよ」
ツキはまどろみの中で「うん」とだけ答えた。その声はかすかに揺れていて、夢の中にいるようだった。
イチは家を出て、森へと向かった。
誰も足を踏み入れない奥地まで進み、彼は手裏剣の訓練を始める。
木々の間を縫うように、鋭く放たれる刃。風を切る音が耳を打ち、的に突き刺さる感触が手に伝わる。
集中しようとするほど、ツキのことが頭をよぎる。
あのポッドは何なのか。彼女はどこから来たのか。なぜ、あの夜に現れたのか。
訓練を終え、猟もそこそこに切り上げたイチは、落ち着かない気持ちを抱えながら村へと戻った。
村の入り口に差しかかると、いつもは静かな広場に人だかりができていた。
ざわめきが風に乗って耳に届く。
中心に立っていたのは、見覚えのある白い髪の女性——ツキだった。
「イチ〜!」
ツキが満面の笑みで手を振っている。
その笑顔は、まるで太陽のように明るく、周囲の空気を一瞬で変えてしまう力があった。
村人たちは彼女を囲み、口々に言う。
「お〜イチ、こんな綺麗な嫁さんどこで見つけたんだい?」
「いや〜、べっぴんさんだねぇ。まるで月の精みたいだ」
「おいおいイチ!なんで俺に言わない!」
幼なじみのキジマルが、笑いながらイチの首に腕を回してくる。イチは慌てて振りほどきながら言った。
「やめろ、これにはわけがあって…」
顔を赤らめながら、イチはツキの元へ駆け寄った。彼女は両手でイチの腕をぎゅっと掴み、いたずらっぽく笑う。
「えへへへ」
その笑顔は、まるで何もかも計算済みのようで、イチは言葉を失った。
ツキの瞳は澄んでいて、どこか遠くを見ているようでもあり、今この瞬間を楽しんでいるようでもあった。
村人たちはその様子を笑いながら見守り、どこか祝福するような空気が漂っていた。
誰もが、ツキの存在を自然に受け入れているようだった。
イチはため息をつきながらも、心の奥でほんの少し、ツキの存在が自分の生活に入り込んできたことを受け入れ始めていた。
彼女の笑顔は、まるで夜明けの月のように静かで、そして確かにそこにあった。